鷲の巣立ち

 トラファルガー共和国の建国の報は、すぐに銀河系全域に伝わった。当然、帝都キャメロットにいるローエングリンの下にもである。

 総統官邸ヴィルヘルム宮の総統執務室にて、ジュリアス達の声明を見届けたローエングリンは、すぐに親衛隊長官兼国家保安本部長官エアハルト・ヒムラー上級大将を呼び出した。


「ネルソン子爵家の造反を事前に察知できずに申し訳御座いません」


 執務室に入ったヒムラーの第一声は謝罪の言葉だった。


「気にするな。私もまさかここまで速く動くとは思わなかった」


 実際の所、ローエングリンはこの動きの速さに驚いていた。しかしその一方で、逃亡者の立場から国を作り、そのトップに立つ行動力には、かつて銀河連邦を滅ぼして神聖不可侵の皇帝にまで登り詰めたアドルフ・ペンドラゴンの血の力を感じさせられ、どこか納得してもいた。


「しかしながら、トラファルガーの武力は精々1個艦隊程度です。数個艦隊も派遣すれば簡単に一捻りにできるでしょう」


 トラファルガーの戦力は巡洋戦艦5隻のみと帝国軍にしてみたら塵のような存在である。軍事的には大した脅威にはならない。

 そういう事もあり、ヒムラーは今の状況をそれほど悲観してはいなかった。それどころかジュリアス達の無謀な悪足掻きを失笑したほどである。


「ふふふ。確かにそうだな。だが、奴等の戦力がそれだけだとは限らんぞ」


「え? あ、あの、それは、どういう意味でしょうか?」

 ヒムラーが首を傾げながら問う。


「トラファルガーが帝国に、いや、私とヘルに公然と反逆の意思を示した。デナリオンズや貴族連合の残党がこれを知れば、行き場を求めてトラファルガーに向かう輩も現れるかもしれんぞ」


「ッ!! で、では、急ぎトラファルガーを討伐せねば、厄介な事になるのでは?」


「まあ待て。デナリオンズや貴族連合の残党が一ヶ所に集まってくれるのなら、こちらとしては都合が良いではないか」

 悪意に満ちた笑みを浮かべるローエングリン。しかしその表情は、謀略を巡らせる策士というよりは悪戯っ子のような雰囲気をヒムラーに感じさせた。


「な、なるほど。しかし、それ等の勢力に集結されては、我々にとって大きな脅威になるのではありませんか?」


「急ごしらえで用意した寄せ集めの部隊など恐れるに足らん。心配するな」


「は、はい。では、しばらく放置して獲物が餌に群がるのを待ちますか?」


「ああ。だが、相手は皇帝陛下暗殺未遂の犯人で、トラファルガー共和国とやらは帝国に反旗を翻しているからな。何もしないのでは不自然というものだ。トラファルガー政府に、反逆者の元三元帥マーシャル・ロードを生きた状態で引き渡せば、他の者の罪は問わないと伝えて揺さぶりを掛けろ。共和国自体が急ごしらえだからな。案外、このような単純な揺さぶりで崩れ去るかもしれん。ただし、三元帥マーシャル・ロードは必ず生かした状態で捕えるのだ。傷1つ付けてはならん。良いな」


「了解致しました! では、私はこれにて失礼致します!」


 ローエングリンにとってジュリアスはただの反逆者ではない。この銀河で唯一、新たな皇帝の器となり得る存在なのだ。彼を無傷で手に入れる事が帝国の存続には必須だった。

 下手に帝国軍でトラファルガーを蹂躙すれば、彼が命を落とすかもしれない。そうなってはアドルフ・ペンドラゴンの銀河帝国は事実上崩壊した事になる。それはローエングリンにとって望ましくない。



 ─────────────



 トラファルガー共和国建国が報じられた2日後、帝都キャメロットの中央地区セントラル・エリアの一角にある庶民的なレストランに、1人の貴族令嬢が入店した。突撃機甲艦隊ストライク・イーグル第2艦隊司令官ヴィクトリア・グランベリー中将である。

 質素な造りの店には似合わない豪華なドレスに身を包んだ彼女は、ウェイターに案内されて奥の個室へと入っていく。

 その個室には平凡な私服姿をした突撃機甲艦隊ストライク・イーグル第3艦隊司令官アレックス・バレット少将がおり、既にビール瓶1本を空にしていた。


「まったく。レディを食事に誘うのにこんなショボい店を選ぶなんて」


 不満そうにするグランベリーに対して、バレットは軽く笑って答える。

「何分にもこっちは礼儀知らずの平民出身なんでね。無作法はご容赦を」


「……まあいいわ。こんな状況で一体あたしに何の用なの?」


「実はな。こいつは軍事省のチェンバレン准将という奴から聞いたんだが、総統閣下が突撃機甲艦隊ストライク・イーグルの解体を検討しているらしい」


「ッ! ……まあ、ジュリアスがあんな事になっちゃったからね。まったく、何で皇帝陛下暗殺なんて馬鹿な真似をしたのかしら」


「その事も含めて、1つ中将に話があって今日は来てもらったんだ」


「話?」


 声を潜めて、周囲の気配に注意を向けながらバレットは口を開く。

「俺は今回の一件、裏があるんじゃないかと見ている。あの御三方はまだお若く、特にシザーランド元帥は血気盛んで行動力に富んだお方だった。だが、決して道を踏み外すような人ではない。そもそもあの元帥達が暗殺未遂事件を起こしたというのがどうも解せん。そこで思ったんだが、元帥達は何らかの陰謀に巻き込まれたんじゃないか」


「また物騒な推測ね」


「これはあくまで俺の予想なんだが、元帥達は軍部と民衆から熱狂的な支持を集めていた。これを背景に元帥達が軍事クーデターを引き起こす事を危惧して総統閣下は元帥達の謀殺を図るも、元帥達はそれから逃れて帝都を脱出し、現在に至る」


「……ちょっと強引過ぎるんじゃない?」


「俺自身、そう思わないでもないが、少なくとも裏があるのは間違いないと思っている」


「仮にそうだったとして、私達に何ができるって言うの?元帥達の無罪を証明するために奔走するとでも?総統閣下は突撃機甲艦隊ストライク・イーグルを解散させようとしているんでしょ。だったら、私達も何かしら口実を付けて拘束しようとするかもしれない。自分達の身も危うい状況で他人を救ってる余裕は無いわ」


「それで、ここからが本題なんだが、俺は帝都を離れて元帥達と合流しようと思う」


「は!? ちょ、ちょっとあんた、何言ってるのよ!?」


「声がでけえよ。もっと静かにしろ」


「あなたがとんでもない事を言い出すからでしょ。もっとマシな冗談を言いなさいよ」


「至って真面目な話だ」


「……でも、そんな真似をしたら、あなたも反逆者よ」


「それも面白そうじゃないか。どうせ俺達軍人は、戦争が終わっちまえば暇を持て余して隠居した老人も同じだ。そんな惨めな人生を歩むくらいなら、あの人に付いていった方が刺激的な日々を送れそうだろ」


「あ、あなたね。こんな大事な事をそんな軽い乗りで決めちゃうの?」


「理由ならまだある。シザーランド元帥には俺を艦隊司令官にまで引き立ててくれた恩がある。対して総統閣下には何の恩義もありゃしない。いや、むしろ恨んでると言って良い」


「恨んでる?低階級の人達に大人気の総統閣下を、騎士ナイト階級のあなたが?」


 旧帝国貴族勢力を滅ぼして、騎士ナイトや平民階級に多大な恩恵をもたらしたローエングリンは、民衆から絶大な支持を集めていた。総統を恨んでいるとしたら、バレットよりも旧帝国貴族の一員であるグランベリーの方が順当だろうに。そう思ったグランベリーはまた冗談かと思って小さく笑みを浮かべる。

 しかし、バレットの表情が至って真面目だったのを見て、グランベリーはただの冗談ではなさそうだと感じ取った。


「俺は昔から貴族連中が嫌いでな。あぁ、いや。グランベリー中将は例外だ。中将のように自ら前線に立って戦う貴族には敬意を払うさ。だが、大部分の貴族は宮廷から偉そうにあれこれ命令するだけだろ。しかも、その命令はどれもこれも我欲塗れ。だからいつか奴等に自分達の愚かさを思い知らせてやりたいと思ってた」


「ふ~ん。じゃあ、良かったじゃない。総統閣下がその願いを叶えてくれたわ」


「俺は俺の手でやりたかったんだ!それに俺が以前に取り入って、最後に蹴落としてやろうと狙っていた貴族のぼんぼんを先に始末された」


 バレットは、かつて大佐時代に上官だった青年貴族に、准将へと昇進できるよう口添えしてくれるよう内諾を得つつ、その貴族の汚職の証拠を探し出していた。准将に昇進したのと同時に、汚職の証拠を開示して用済みになった上官貴族を失脚させる。

 そういう計画を立て、後一歩で准将に昇進できるというタイミングで、国家保安本部がその汚職を独自に調べ上げて、その貴族を逮捕した。これで昇進の話は無くなり、貴族を蹴落とすという爽快感を得る事も叶わなかった。

 それどころか立場が近しいという事で、上官の共犯を疑われて国家保安本部から数日に渡る尋問を受ける羽目になった。その事を恨んでいるというのは少々言い過ぎかもしれないが、少なからず不満を抱えてはいたのだ。


「恨みって言うから何があったのかと思ったら、そんな下らない理由なの?」

 グランベリーは呆れたような視線をバレットに向ける。


「とまあ、これはついでで、本音はやっぱりシザーランド元帥の方に付いた方が面白そうだって言うのだな」


「……まったく、あなたって人は」

 理由を幾つも挙げているが、どれも大した内容じゃないとグランベリーは頭を抱える。


「お前さんはどうする?俺と一緒に来るか?それともこの事を総統閣下に密告するか?」


 そうは言うが、バレットはグランベリーがどう返答するかを既に確信している様子である。事前にそう予想した上でこの場を設けたのだろう。それを察した時、グランベリーは溜息を吐いた。

「私はかつて友人のネルソンを失ったわ。戦場での華々しい戦死ではなく、宮廷の下らない権力争いでね。彼女の意志を継ぐ者達まで失うのは御免だわ」


「んじゃ、決まりだな」



 ─────────────



 数日後。総統官邸の廊下を歩いているローエングリンの下に若い親衛隊員が慌てた様子で現れた。

「総統閣下!一大事です!」


「一大事だと? 何事だ?」


「は、はい! OR(オービタルリング)の軍港に停泊していた突撃機甲艦隊ストライク・イーグルが管制を無視して強行出港しました!」


「……脱走、という事か」


「はい。現在、帝都防衛艦隊が追撃しております」


突撃機甲艦隊ストライク・イーグルはあのシザーランドが築いた精鋭部隊だ。どうせ追いつけまい。だが、行先の見当は容易に着く。どうやら、あまり悠長に構えてもいられなくなりそうだな」


 そう呟くローエングリンに、後ろに控える副官のボルマン少佐が声を掛ける。

「総統閣下、では直ちにトラファルガーに艦隊を向かわせて、全ての禍根を断ちますか?」


「いや。突撃機甲艦隊ストライク・イーグルがトラファルガー共和国と合流したとなれば、不穏分子は喜んでトラファルガーに向かう事だろう。もうしばらく待て。……あぁだが、ニヴルヘイム要塞に艦隊を集結させておけ」


 ローエングリンは決戦が近い事を察し、トラファルガー共和国に攻め込むための部隊編成を始めるのだった。

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