トラファルガー共和国

 惑星トラファルガーに新国家を建設する。その方針は固まった。

 次に決めねばならないのは、新国家の名前、政治体制である。順当に行けば、トラファルガーの領主パトリシアが国王になり、行政府がこれを支える体制になるのだろうが、パトリシア本人がこれに待ったを掛けた。


「夫を差し置いて女王になるというのは気が引ける。王にはジュリアスを推挙したい」


「え? お、俺が!? いや、それはおかしいだろ! ここはパトリシアの領地なんだから、パトリシアが王様になるのが筋だろう!」


 行政府の老人達もこれまでの主君を差し置いて、ジュリアスを王位に仰ぐ事に抵抗を覚えた。

 しかしその中で、ヴィンセント男爵がパトリシアの提案を支持した。


「あくまで極めて不謹慎な発言を承知で言うのですが、もし仮に我等が帝国軍の攻撃の前に倒れたとしても、トップに立つのがジュリアス様であればパトリシア様の身の安全を帝国に保障させる事も叶いましょう。しかし、パトリシア様が王位に就いてしまってはそれも不可能になる。それに、パトリシア様ご自身がジュリアス様にと言われるのであれば、それに従うのは我等臣下としては当然ではありませんか?」


「ふふふ。ヴィンセントは相変わらず物分かりが良いな。そういう事だ。皆にも言い分はあるだろうが、ここは私の言う通りにしてほしい」


「……そ、そこまで言われるのでしたら」

 行政府の老人達もパトリシアの意に従う事を決めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 勝手に話を進めないでくれ!」


「ジュリー、ここは堪えて下さい。私達は彼等の好意に縋っている身なのです」


「そうだよ。トラファルガーの人達の意見は極力尊重しないと失礼になるよ」


 クリスティーナとトーマスは、嫌そうにするジュリアスを必死に説得する。


「じゃ、じゃあ、ここにいるクリスとトムと3人で王位に就かせてくれ。確か古代の時代には王が複数人いた国もあったってアカデミーの歴史の授業で習ったぞ」

 苦し紛れにジュリアスはそう提案した。

 トムとクリスは俺にとって一心同体。だったら王位に就く時も一緒だ。と咄嗟に考えて言い出したのだ。


「ふむふむ。なるほど。それは面白いかもな。ではヴィンセント、彼等と協議して具体的な組織造りの草案を纏めてくれ。私はこれで失敬するよ」

 そう言ってパトリシアは、他の行政府の老人を引き連れて早々に会議室から出ていってしまう。


 パトリシアの背中を最後まで見送ったヴィンセントは軽く溜息を吐くと、視線をジュリアスに向けた。

「パトリシア様は少々捻くれた所がお有りだが、見識は確かな方だ。これについてもきっとお考えがあるのだろう」


「……分かってますよ。でも、本当にあなた方は良いんですか?俺達みたいな厄介者を受け入れたりして」

 これから共に国を作ろうという人物の心中を、ジュリアスはどうしても確認しておきたかった。


「本音を言えば、これはこれで良かったのかもしれないと思っています。先代当主マーガレット様が亡くなられた折より、私はどうもあの総統閣下が信用できないのです」


 ネルソン提督の名が出された瞬間、ジュリアス達は背筋に凍るような衝撃が走った。


「マーガレット様が亡くなられた途端、我等旧帝国貴族は衰退し、総統閣下のヘルと新貴族の台頭が始まりました。あれはあまりにも総統閣下にとって都合が良過ぎた。私は、どうしてもマーガレット様が亡くなられた一件に総統閣下が関与していたとしか思えないのです。ですから、こうして亡きマーガレット様の部下だった方々に足をお運び頂き、共にヘルと戦えるというのが嬉しいのかもしれません。下らぬ妄想、自己満足だと思って頂いて結構。しかし、総統閣下であれば、目的のためなら何でもするでしょう」


 この時、ジュリアスはネルソン提督の死の真相を話すべきか悩んだ。自分達を守るために自ら濡れ衣を被って死を選んだのだと。言葉が喉まで出かかった瞬間、隣に座っているクリスティーナがヴィンセントには見えないようにジュリアスの手をギュッと握り締めて制止する。


「私達もあの事件とは浅からぬ縁があります」


「知っています。重要参考人として拘束されていたとか。あなた方は最後の最後までマーガレット様を信じて下さったと聞いております。今更では御座いますが、心より感謝申し上げます」


 その後、4人は今後作る新国家の体制をどうするかの協議を重ねた。

 これからの事も考えると、帝国軍に対抗するためにデナリオンズなどの旧帝国貴族勢力の残党や銀河のどこかに身を隠しているウェルキン艦隊などの貴族連合軍の残党なども受け入れる事になるかもしれない。であれば、彼等を問題なく受け入れられるような仕組みにした方が今後のためだろう。それにトラファルガーにいる住民達にも不満を与えないように充分に配慮する必要があった。

 これが一時的なものになるのか、永続的なものになるのかは今後の成り行き次第だが、だからと言って手を抜くわけにはいかない。只でさえ自分達は崖っぷちなのだから。せめて仲間内でトラブルが起きたりしないように万全を期す必要があったのだ。


 そのため、協議はその日の内には終わらず、数日に渡って議論が繰り広げられた。

 その中で最も手腕を振るったのはトーマスだった。彼はその数日間に参考資料として、銀河帝国の組織だけでなく、帝国の前身となった銀河連邦、さらにそれよりも古い人類史上の国々の政治体制を調べ上げたのだ。


「トムは、こういうちまちました作業が得意だからな。頼りになるぜ!」


「何だか嫌味のある言い方だね、ジュリー」

 ジュリアスに悪意が無いのは承知の上だが、トムはジュリアスをおちょくる意味も込めてあえてムスッとした態度で返す。


「あ、いや! すまん。そんなつもりじゃあ……」


 予想通りの反応にトーマスは思わず吹き出した。

「ふははッ! 分かってるから、そんなに慌てないで」


「え? ま、まったく、トムも人が悪いな。昔はもっと純粋な子だったのに」


「そうだね。ジュリーと一緒にいたおかげで僕の心は汚れてしまったよ」


「お、俺は病原菌か!」


「はいはい。話はそのくらいにして本題に戻りましょう」

 ジュリアスとトーマスの間にクリスティーナが入った。


「で、では、コリンウッドさんの纏めた草案を拝見しましょう」

 ヴィンセントがそう言ってトーマスの用意した書類をテーブルに広げる。


 トーマスが作った草案では、彼自身とジュリアス、クリスティーナの3人が国王になるのではなく、大統領になるという形が取られていた。3人の大統領が“三人委員会さんにんいいんかい”を構成し、この委員会が新国家の最高意思決定機関となる共和政体である。

 しかし、これで終わりではない。小さな集会ではないのだから、当然これを補佐するための機関が必要だ。そこで、内政省、外交省、国防省、財政省、司法省の5つの部署が設けられて、三人委員会と合わせて内閣が組織されている。

 トーマスの考えでは、これ等の省の長官にはそれぞれトラファルガー行政府でそれに相当する機関の長官を当てるつもりでいた。行政府の長である行政長官ヴィンセントには、この5つの中で最も重要な部署となる内政長官を任せる事になるだろう。


 共和政府の大まかな形はこのようになっているが、これだけではない。

 “共和国評議会きょうわこくひょうぎかい”という議会の開設まで盛り込まれていた。トラファルガーの有力者や合流を求めてきた旧帝国貴族や貴族連合の残党を受け入れるための機関。情勢が安定するまでは、三人委員会の諮問機関、合流した諸勢力の利害調整などを行う機関という形になるが、徐々に平民階級などからも優秀な人材を議員として登用して、政治機能も少しずつ共和政府から移管する事で、かつての銀河連邦のような議会政治を始める事まで視野に入っていた。

 そして、三人委員会や内閣と共和国評議会の間に立って調整を行う機関やこれ等の命令を遂行する執行機関などの詳細な組織図が構築されている。


「よくできてるな。流石はトムだ!頼りになるよ!」


「ええ。本当によくできていると思いますよ」


 ジュリアスとクリスティーナがトーマスの草案を褒め称える。


「そ、そうかな。見様見真似で作っただけだから」

 顔を赤くして恥ずかしそうにするトーマス。しかし、その表情はどことなく嬉しそうである。


 トーマスの草案を一通り確認した後、ジュリアス、クリスティーナ、ヴィンセントの3人で細かい部分の微調整を行なった後、新国家の組織図は完成となった。後はヴィンセントが方々に手を回して構築していく事になる。


「これで完成ですな。ところでこの新国家の名前はどうしますか?」

 一段落着いたところでヴィンセントがふと思い付いた疑問を口にした。


「「「あ!」」」

 3人はほぼ同時に唖然とした。

 新国家を作る以上、公式文書などに記載する国名、銀河中に轟かせる名前が必要になる。その事をこの3人はまったく考えていなかったのだ。


「ま、まあ、国名なんて何でも良いだろ。何か適当に付けちまおうぜ」

 どうせならカッコいい名前を付けたいと内心で子供心をくすぶらせるジュリアスだが、今は他に議論しなければならない事が多々ある。正直、そこまで頭を回す余裕は無かった。


「そうはいかないんじゃないかな。自分達の立場をまず最初に現すのは名前なんだから」

 何でも良いというジュリアスに苦言を呈するトーマス。


「あまり仰々しい名前を付けても仕方が無いですし、トラファルガー共和国で良いんじゃありませんか?」


 クリスティーナがそう提案する。平凡な名前だが、それだけに無難な名前だろうという事で“トラファルガー共和国”の名が満場一致で採用となった。



 ─────────────



 数日後。この日はトラファルガー共和国建国が銀河中に向けて宣言される日である。

 建国宣言会場に向かう前に、ジュリアス、トーマス、クリスティーナ、そしてパトリシアの4人はトラファルガーのある地を訪れた。

 ここは町の郊外にあるネルソン子爵家の人間が葬られる墓所。この地に眠る先代当主マーガレット・ネルソンの墓の前に4人は並んで立つ。

 そしてジュリアスが前で出てしゃがみ込み、亡き上官の墓石にそっと触れる。

「提督、すいません。あなたは身を挺して俺達を救ってくれたのに、俺達は今、提督の大切な家族と故郷をとんでもない事に巻き込もうとしています。こんな恩を仇で返すような真似をしてしまって申し訳ありません。もしあなたが生きていたら、きっとすっごく怒ったでしょうね」


 ジュリアスが心底申し訳無さそうな声を出すと、パトリシアが溜息を吐く。

「まったく。我が夫ながら情けない。姉上の人柄は、妹の私よりもお前達の方がよく知っているだろう。姉上は、そんな謝罪の言葉よりも、精一杯生き抜いてやる、と強気の発言こそを望まれる方だと」


「パトリシア……」

 確かにそうだ、とジュリアスは思った。ネルソン提督は、どんなに無謀でも前向きな事を好む人だった。

 そしてこの時、ジュリアスはネルソン提督の姿を脳裏に浮かべながら、ある決心をした。マーガレット・ネルソンの死の真相を妹に打ち明けようと。

「パトリシア、今の内に話しておきたい事がある。実は、ネルソン提督の死は、」


「言わなくて良い。薄々察してはいた」

 ジュリアスの言いたい事を察するとパトリシアは、彼の言葉を遮って短く返した。


「じゃ、じゃあ、」


「ジュリアスと初めて会った時、姉上の話をしてくれただろう。あの時に確信した。やっぱり姉上はそういう事をする人だったんだなと」


「……」


「だから、姉上が命懸けで繋いだその命を、無駄にしないで欲しい。尽きるその瞬間まで、全力で使い尽くしてほしい。君達3人は私にとって姉上の形見のようなものでもあるのだからな」


「パトリシア……。分かった! 提督に繋いでもらったこの命、最後まで使い切ってみせる!」


「うん! 僕も! あの世で提督に会っても恥ずかしくないように頑張るよ!」


「提督に頂いたこの命、決して無駄にはしません!」


 ジュリアス達は決意を新たにした。


 このおよそ2時間後、惑星トラファルガー行政府庁舎改めトラファルガー共和国大統領府にてジュリアス達はトラファルガー共和国建国と銀河帝国からの独立を宣言する。

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