新天地へ

 帝都を脱出したジュリアス達は、放棄された帝国軍基地の1つアンティル基地を訪れていた。

 無人の基地であり、何の苦もなく基地に侵入を果たす事ができたものの、兵器・食料・燃料などはやはりほぼ全て持ち出されており、これという成果は得られなかった。


「はぁ~。ごめんよ。無駄足踏ませちゃって」

 放棄された基地に空き巣に入ろうと提案したトーマスは、ジュリアスとクリスティーナに謝罪する。


「まあ、貴重な物資を残して放棄するなんて杜撰ずさんな事はしないでしょう。元々そこまで期待の持てる話でも無かったんですから、そう気を落とさないで下さい」


「そうそう! それに、ずっと狭い船内暮らしと違って基地はけっこう広いし、良い気分転換ができたって思えばいいじゃないか!」


 帝国軍に察知されるリスクを避けるために、基地内部のシステムの大半はダウンさせたままだが、それでも船の中よりはずっと快適な空間だったため、ジュリアス達は丸一日、このアンティル基地に滞在して今後の方針を検討していた。


 そんな中だった。パトリシア・ネルソンの乗るインヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦アガメムノンがアンティル基地を訪れてジュリアス達と合流した。


「パトリシア、どうしてこんな所へ来たんだ!?」


 アンティル基地の床を踏んだパトリシアにまず最初に掛けられたのはジュリアスのその言葉だった。

 それを不服に思ったパトリシアはムスッとした表情を浮かべる。


「ジュリアスは最愛の婚約者が、ここまで追いかけてくれた事が嬉しくないのかね?」


「え? う、嬉しいよ! そりゃ勿論! でも、ここへ来たらパトリシアまで反逆者の烙印を押されちまうぞ!」


 まだ正式な妻ではなく、あくまで婚約者でしかないパトリシアは、ローエングリンにとって要注意人物には含まれるかもしれないが、少なくとも反逆罪に問われる心配は無かった。

 旧帝国貴族の治世では、反逆罪は反逆者の親類縁者にも及ぶというのが通例だったが、ヘル体制下ではそのような悪習は払拭されている。


「夫と共に、であれば望む所だよ」


 この前にも聞いたような台詞に、ジュリアスはつい目頭が熱くなる。

「ま、まったく俺の周りは物好きばかりだな。……それはそうと、パトリシアは一体どうやって俺達の居場所を探したんだ?」


「君のブレスレット端末に追跡アプリを仕込んでおいたのさ」


「え? い、いつの間にそんなものを! てか、勝手になんて物を入れてるんだよ!!」

 ジュリアスは慌てた様子で咄嗟にブレスレット端末に目をやる。


「おや? 気付いていなかったのか? 別に不正アプリではないから、探せば簡単に見つかるはずだが」


「……あ! これか!」

 ジュリアスは急いでブレスレット端末を起動してホーム画面を開く。そしてアプリ一覧の画面を開いて確認していくと、まったく見覚えの無いアプリを発見した。


「ジュリアス様は、端末の管理が雑でしたからね。普段使わないアプリにまで目が届かなかったんでしょう」

 ジュリアスのすぐ隣に立つネーナがそう言う。


「ふ、普通、誰も気付かねえよ!」


 ジュリアスとネーナのやり取りを見て、パトリシアは小さく微笑む。

「ふふふ。元気そうで何よりだ。それとそうと、お前達、トラファルガーに来ないか?」


「トラファルガー? ネルソン子爵家の領地へですか? しかし、我々が行ってはトラファルガーが帝国軍の全面攻勢を招く事態になってしまいますよ。そうなってはトラファルガーの土地と民を巻き込んでしまう」


「そ、そうだよ。関係の無い人達を巻き込むわけにはいかない」

 クリスティーナとトーマスが尤もな懸念を口にする。


「心配ご無用だ。帝国軍がどれだけ攻撃を仕掛けてこようと、ここにいる我が夫が蹴散らしてくれるだろうからな」


「は? はああッ! ば、馬鹿な事を言うなよ! そんな事ができるはずないだろう!」


「できるさ。何しろ君は、亡き姉上が認めた男なのだからな」


 現実的に考えて、現状の戦力で帝国軍の攻勢を防ぐのは不可能だ。しかし、行き場に困っている事も事実であり、ネルソン子爵家の私兵艦隊と合流できるというのもありがたい話だった。

 このまま3人で銀河を漂流しているだけなら、おそらく帝国軍の追撃の手を掻い潜り、銀河のどこかでひっそりと暮らす道もあっただろう。

 しかし、自分のために大切な親友達にそんな惨めな生き方を強いるのはジュリアスにとって不本意であり、その思いがジュリアスに決断を促した。


「トラファルガーに行こう」


「うん。ジュリーがそう言うなら、そうしようか」


「やっと方針が決まりましたね」


 トーマスもクリスティーナも二つ返事で快諾した。



 ─────────────



 惑星トラファルガーは、アンダルシア星系第4惑星で、人口1000万人の有人惑星である。

 この星の星都ヴァンダルは、超高層ビルが幾つも立ち並ぶ大都市だが、その規模は帝都キャメロットの中央地区セントラル・エリアには劣っている。

 とても周密に交通網や施設などのインフラが整備されており、銀河系でも屈指の住みやすい街と評されている。

 しかし、その一方で効率を優先するあまりその景観は極平凡と言わざるを得ず、外から訪れた人間からは「面白味が無く、印象に残りにくい」と評されがちな町だった。また、ネルソン子爵家が軍一筋の家風もあって産業育成が遅れており、目立った名物が存在しない事も平凡さを助長していた。

 この星の宇宙港にジュリアス達を乗せたビーヴェス号が入港した。しかし、この事は世間には伏せられており、表向きは一般の貨物船という事になっている。

 そんなジュリアス達やパトリシアを宇宙港で出迎えたのは、トラファルガー行政府の重鎮達だった。

 この星を治めるネルソン子爵家は、代々軍人輩出を家風とする家柄だったために領地経営については臣下の貴族や平民から優秀な人材を募って編成した行政府によって行われていた。


「ようこそお越し下さいました、シザーランド元帥、コリンウッド元帥、ヴァレンティア元帥。私はこのトラファルガーの行政長官を務めております、ジョン・ヴィンセント男爵と申します。以後、お見知り置きを」

 そう言って深々と頭を下げたのは温厚そうな風貌をした白髪の老紳士だった。


「や、止めて下さい。私達はもう元帥ではなく、ただの逃亡者なのですから」

 クリスティーナが照れた様子でヴィンセントに頭を上げるよう促す。


 ヴィンセントが頭を上げた所で、パトリシアが彼に声を掛けた。

「ヴィンセント、急な事で本当にすまないと思っているが、先日の密書に記した事は承知してくれたか?」


「はい。勿論ですとも。我等行政府一同、どこまでもパトリシア様、そしてその伴侶となられるシザーランド様にお仕え致す覚悟に御座います」


「どうやら、色々と話は既に通ってるらしいな。説明が省けて助かる」

 ジュリアスは胸を撫で下ろす。

 パトリシアの行為に甘えてここまで来たは良いものの、トラファルガーの住人が自分達を受け入れなければ、敵の懐に飛び込むようなものだからな。行政府が納得してくれているのなら大丈夫だろう。


「長旅で疲れているとは思いますが、今は話さねばならない事が多々ありましょう。どうか行政府へ足をお運び頂けますかな?」


 ヴィンセントに促され、ジュリアス達は車に乗り込み行政府へと向かう。



 ─────────────



 行政府庁舎に到着したジュリアス達は、まず会議室へと通されて行政府の重鎮達と今後の方針について話し合う会議に臨んだ。

 行政府の重鎮達は、ヴィンセントを除くと厳つい顔つきをした老人ばかりで、流石は軍人家系の貴族の臣下達だと言った風である。

 そんな彼等から放たれる威圧感は凄まじいものがあり、親子以上に歳の離れたトーマスは思わず委縮してしまい、クリスティーナも平静を保つのがやっとという有様だった。その中でジュリアスは、いつもと変わらず落ち着いた様子である。ここでジュリアスはトラファルガーに向かう途上でパトリシアと2人で協議して出した結論を述べる。


「俺達は、このトラファルガーに新国家を建設して、銀河帝国から独立する!」


 ジュリアスのこの宣言に、誰もが自分の耳を疑い、次の瞬間には失笑を以って返す。


「君の優秀さは報道で充分に承知しているし、先代当主もよく君を評価していた。しかし、その実力を以ってしてもそれは無理だ」


「そうだとも。銀河の半分を掌握したあの貴族連合ですら、50年も内戦を続けた末に敗れたのだぞ」


「惑星1つと銀河の全てでは国力に差があり過ぎる」


「住処と必要な生活費はこちらで用意するから、ここで静かに暮らしなさい。それが君達のためでもある」


 重鎮達は厳つい顔つきとは逆に、穏やかな口調で血気盛んな若者と窘めようとする。

 彼等はジュリアス達を受け入れる事には同意したが、それは潜伏先を提供するという意味で、銀河帝国を正面から相手取ろうという気は更々無かった。


 そんな彼等の言葉に答えたのは、ジュリアスではなくパトリシアだった。

「君達は何か勘違いをしているようだね。私は既にジュリアスの提案に乗ると決めている。この場はあくまでもそれを皆で共有するために設けたものに過ぎん」


「で、ですが、ご当主!」


「それにだ。あの姉上が惚れた男なのだ。このくらいは言ってもらわないと、姉上もがっかりするだろうよ」


「ま、マーガレット様が、ですか? ……」


 マーガレット・ネルソンの名が出た途端、重鎮達は感情を鎮めた。

 彼等にとってネルソン提督は敬愛に値する主君であり、その思いは今も衰えてはいなかったのだ。


「……皆の忠誠心には心より礼を言う」

 パトリシアが席を立ち、重鎮達に向かって深く頭を下げた。

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