追いかける花嫁
ジュリアス達が帝都を脱出して5日後、負傷して入院していた帝国総統ローエングリン公爵が現場に完全復帰を果たした。
そんな彼を待っていたのは膨大な事務仕事である。
そうした事情もあって忙しくしているローエングリンの下にある来客が現れた。
ラプターやニヴルヘイム要塞のギガンテス・ドーラを開発した天才科学者シャーロット・オルデルートである。
数々の新兵器を開発した優れた頭脳を持ちながら、その新兵器の実戦テストをしたいがために貴族連合軍などに新兵器を横流しするなどの罪を繰り返した罪で死刑を宣告されたものの、その能力に目を付けたローエングリンにとって終身刑に減刑。
今はローエングリンお抱えの軍事工廠ルナポリス造兵工廠で、ローエングリンの注文を受けて兵器開発に没頭する日々を送っている。
ただし、要注意人物であるため、24時間厳重監視下に置き、監獄の外に出る場合には拘束衣によって身体の自由を全て封じるなどの厳しい誓約が設けられているが。
そんな彼女は、拘束衣を着たその上から複数のベルトで身体を専用の車椅子にしっかり縛り付けられた状態でローエングリンの下を訪れた。
「ほお。お前がこっちへ来るとは珍しいな」
「そりゃ私の大事なクライアントに、もしもの事があったら大変だからね。心配してたんだけど元気そうね」
無邪気な笑みを浮かべながら言うシャーロット。
デスクに座るローエングリンは、視線を書類に向けたまま鼻で笑う。
「お前が心配しているのは私の安否ではなく、私がお前に払う金だろう」
「あれ? バレちゃった?」
「お前の考えている事くらいお見通しだ」
「ふふ。コーネリアスが元気そうで何よりだわ。でも、ちょっと元気過ぎるわね。もう少し強めに頭を打っておけば良かったんじゃない?」
シャーロットがそう言ってローエングリンを茶化すと、ローエングリンの隣に控えていた副官のボルマン少佐が不満そうにムスッとした顔をする。
「貴様、総統閣下に向かって何だその口の聞き方は!」
「構わん。そう声を荒げるな、ボルマン少佐」
「は、はい! 失礼致しました!」
「ところで裏切り者の
「仮に帝国軍全軍を動員して捜索したとして、この広大な銀河系からたった3人を見つけ出す事が可能だと思うか?」
「う~ん。できなくはないでしょうけど、ものすごい時間が掛かるでしょうね」
「その通りだ。ならば、探すだけ無駄というものだろう」
「じゃあ放置するの?」
「そうもいかん。相手は皇帝暗殺未遂犯だからな。それを放置しては臣民に対して示しが付かんし、不審がられる。ヒムラーには必要最低限の人員で捜索に当たるよう命じてある」
「でも、それで見つけられるの?」
「こちらから見つけ出す必要は無いさ。奴等は自ら私の前に姿を現す。必ずな」
「相変わらず、すごい自信ね。何か根拠でもあるのかしら?」
「血の
「血? まあいいわ。それとね。ルナポリス造兵工廠でラプターの製造ラインの増設が済んだわ。これで帝国軍全軍からセグメンタタはお役御免になる日も近いでしょうね!」
「それは朗報だな」
その時だった。
1人の若い親衛隊員が慌てた様子で総統執務室に入ってきた。
「失礼致します!総統閣下、一大事です!パトリシア・ネルソン子爵夫人が自家用宇宙船にて帝都を発ったとの事です!」
「ほお」
慌てた様子の親衛隊員と違って、ローエングリンは興味深そうにしている。
その一方でボルマンは声を荒げた。
「ネルソン子爵夫人はシザーランドの婚約者で、要注意人物なのだぞ!それを帝都から逃がしてしまうとは。親衛隊は一体何をしているのか!!」
「も、申し訳ございません。ヒムラー長官より監視のみに留めて決して手を出すなと厳命されていたものですから」
「ヒムラー長官が?」
「私がそうするように指示を出した。上出来だよ」
ローエングリンが不敵な笑みを浮かべる。
「あ、あの、総統閣下、上出来とはどういう事でしょうか?」
「監視対象者が帝都を発った場合、気付かれないように追尾するよう命じてある。ネルソン子爵夫人はおそらくシザーランド達の下へ向かったのだろう。これで奴等の潜伏先への足掛かりが掴めるというものだ」
「な、なるほど。では、ネルソン子爵家領の惑星トラファルガーに艦隊を派遣しておきましょうか?」
「そんな露骨な罠に掛かるような無能なら誰も苦労はしない。密かに偵察部隊を送って見張らせろ。何か変化があり次第、すぐに察知できるようにな」
「はい! すぐに手配致します」
そう言ってボルマンは一旦その場から離れる。
─────────────
14歳とまだ幼い子爵夫人であるパトリシア・ネルソンは、帝国軍より払い下げになったインヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦アガメムノンに乗って帝都を発った。
民間に払い下げられた軍艦は多くの場合、貴族が自身の領地を守るための自衛戦力として活用されており、ネルソン子爵家はインヴィンシブル級を計5隻保有していた。
「しかしご当主、本当に宜しかったのでしょうか?この状況下で勝手に帝都を離れて。これでは周囲に不信感を与えてしまうのでは?」
アガメムノン艦長ベリーは艦橋にて、まだ幼い当主に不安を漏らす。
「取り繕っても仕方がない。どうせ、これから反逆者の仲間入りをしようとしているのだからね」
艦長席に足を組んで尊大な態度で鎮座しているパトリシアは落ち着いた口調で言い放つ。
「ご当主は、本当にそれで宜しいのですか?」
「私は1度手に入れたものは手放さない主義なのだよ。我が夫が反逆者となって私の下から離れようとするのなら、銀河の果てまで追い掛けてやるだけさ」
「は、はぁ。それにしても、あの3人が皇帝陛下の暗殺を企てたなど私などには未だに信じられません。何やら厄介な裏の事情があるのではないかと。やはりご当主も何が裏があるとお考えですか?」
銀河帝国において貴族同士が、陰謀や謀略を巡らせて相手に濡れ衣を着せて蹴落とす事は珍しい事ではない。ヘル政権下になって、そう言った事も沈静化していたのだが、貴族連合が崩壊した今、ヘル党内部で派閥争いが起きても不思議は無い。
ジュリアス達が自分から謀略を巡らせるような人達ではないと考えるベリー艦長は何かの陰謀に巻き込まれたのではないかと予想していたのだ。
「さて。どうだろうな。ジュリアスの事だから、帝国元帥になった勢いで調子に乗って簒奪を企むくらいするかもしれんぞ。あいつは思慮深い男ではあるが、基本的にはお調子者だからな!」
そう言って高らかに笑うパトリシア。
パトリシアは暗殺未遂事件の真相は本人から直接聞けば良いという程度にしか考えていなかった。例えジュリアスが反逆者となろうとも、パトリシアにとってジュリアスは亡き姉マーガレットが生涯の伴侶として選んだ男であり、離れるつもりなど毛頭ないのだ。
しかし、ベリー艦長にはまだ懸念があった。
「彼等がどこにいるのかも分かりません。一体どうやって探すおつもりですか?」
「心配は要らない。ジュリアスが浮気した時に備えて、彼のブレスレット端末には追跡アプリを仕込んである。銀河のどこに逃げようとも必ず見つけ出してやるさ」
そう言ってパトリシアは不敵な笑みを浮かべる。
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