逃亡生活

「それで、俺達これからどうするんだ?」

 “ビーヴェス号”の船橋にてジュリアスが、トーマスとクリスに対して問う。

 ジュリアスの問いに、トーマスとクリスティーナは「どうしようね」「どうしましょうね」と何とも軽く無責任な返事で返す。


「な、何だよ、それ! 何も考えずにこんな事をしでかしたのか?」


「だって。一刻を争う事態だったんだから、そんな事を考えてる時間なんて無かったんだもん!」

 トーマスが抗議をする。ネーナを問い詰めてジュリアスが彼女に託した手紙を読み、ジュリアスを救うために反逆者となる覚悟を決め、小型輸送船ビーヴェス号とラプター1機を確保する。それが限界だったのだ。


「まったく。これじゃあ行先のあても無く、路頭に迷って宇宙を漂流する事になっちまうぞ」


「こういう時に、どうするか考えるのはジュリーの領分でしょう」


「く、クリスは俺に丸投げする気なのか?」


「いいえ。ジュリーが最も良い知恵を出してくれると信じているのです」

 屈託のない笑みを浮かべながら言うクリスティーナ。


 しかし、ジュリアスは彼女の言葉を素直に受け止められなかった。

「ん~。何かおかしい気もするな」


「ふふ。ジュリーの考え過ぎだよ。それよりもこれからどうする? いっそ宇宙海賊になっちゃう?」


 真面目なトーマスの発言とも思えない言葉に、ジュリアスとクリスティーナは一瞬違和感を覚える。しかし、すぐにもはやそんな真面目さは無意味だろうと納得した。


「それは面白いかもしれませんね。ですが、こちらの戦力はラプターが1機のみ。この船には武装もありませんし。そもそも人員が少な過ぎます」


 今、このビーヴェス号にはジュリアス、トーマス、クリスティーナ、そしてネーナの4人の他に、ヴァレンティア伯爵家に長年仕えている使用人やビーヴェス号の元々の乗員が38人。全員で42人しかいない。

 宇宙海賊として活動するには、武器も人員もあまりに少なかった。


「く、クリスまで何だか乗り気だな……」

 高潔なお姫様、という気質があったクリスティーナが、宇宙海賊なんて下賤な集団に身を落とすのにあまり抵抗を感じていない様だった事が、ジュリアスには意外だと思わずにいられなかった。


「ここまで来たら、細かい事を気にしても始まりません。それに2人となら宇宙海賊も楽しそうです」


「ジュリーはどう思う?」


「……ごめん。少し考えさせてもらっても良いか? 何だか色々と起き過ぎて、気持ちの整理を付ける時間も欲しくてさ」


「ええ。良いですよ。時間はありますから、ゆっくり考えて来て下さい」


「こっちは僕等に任せて1度部屋に戻ると良いよ。それにネーナちゃんともゆっくり話す時間が欲しいだろ」


「ああ。じゃあ、そうさせてもらうよ」



 ─────────────



 ジュリアスに割り当てられた部屋は、広さ24㎡程度のシングルルームで、机とベッドが1つずつあるだけの普通の部屋だった。


「元帥、ご命令を破ってしまい、申し訳ございませんでした!」

 部屋に入った途端、ネーナは心底申し訳なさそうな顔をして謝罪した。


「いや。謝らないといけないのは俺の方だ。ネーナまでこんな事に巻き込んじゃって悪かった。……でも、来てくれて嬉しかった。本当にありがとうな」

 ジュリアスはネーナの頭を優しく撫でる。


「……い、いえ! 私は当然の事をしただけです! 私は元帥の、……」

 “元帥の奴隷”と言い掛けたネーナは直前でその言葉を引っ込めた。そして右手で自分の首に触れて、いつもそこにあった首輪が無い事を再確認する。

 首輪が無い。そう理解した途端、ネーナはしょんぼりとした顔になる。ネーナにとって奴隷の首輪は自分の自由を奪う枷ではなく、ジュリアスとの絆の証だった。それが無くなった今、ネーナは何とも言えない不安が脳裏を過ったのだ。


 ネーナが何を言おうとしたのか、そしてなぜ途中で引っ込めたのかを察したジュリアスは今度はネーナの身体を引き寄せてギュッと抱き締めた。

「ネーナは俺の大事な家族だ。これからもずっと」


「げ、元帥……」

 ネーナは嬉しさのあまり目から大粒の涙をポロポロと零す。


「ふふ。俺はもう元帥じゃないからな。その呼び名も変えてもらわないといけないか」


「え? あ、あぁ、そうですね。では、これからは何とお呼びしましょうか?」


「ネーナの好きに呼んでくれていいぞ」


「……では、ジュリアス様、とお呼びしても良いでしょうか!?」

 ネーナにはずっとジュリアスを名前で呼びたいという願望が密かにあった。しかし、そうするとジュリアスからは様付けを止めて呼び捨てにしてほしいと言われ、戸惑ったネーナは結局名前で呼ぶ事を断念してきた。


「さ、様は止めにしないか? もう俺達は主従じゃないんだしさ。呼び捨てで良いよ」

 いつものようにジュリアスは呼び捨てにするよう提案していた。

 これまでであれば、呼び捨てにする事に気が引けてネーナが引き下がるのだが、今日のネーナは違う。

「でも私はもう自由で、私の好きに呼んで良いと先ほど仰いましたよね?」


「え? あ、ああ。確かにそう言った」


「では、ジュリアス様と呼ばさせてもらいたいです」


「……」


「あ、あの、ダメでしょうか?」


「い、いや! そんな事は無いぞ! ネーナがそう呼びたいなら、それで構わない! ……そ、それじゃあ色々迷惑掛けるだろうけど、これからも宜しくな、ネーナ」


「はい! こちらこそ宜しくお願いします、ジュリアス様!」



 ─────────────



 ビーヴェス号が帝都キャメロットを脱出して3日後。

 ジュリアスは今だに今後の方針を決められずにいた。銀河系外縁部に行けば、貴族連合軍の残党が各地に潜んでいる。ローエングリン総統のヘル政権の手から逃れるためには、彼等の下に逃げ込むのがベストだろう。しかし、貴族連合を滅ぼした元三元帥マーシャル・ロードの自分達がのこのこ出ていった場合、報復に殺されるのがオチだ。もしくは捕らえられてヘルとの取引材料に利用されるか。

 そう考えれば、今のまま貴族連合軍の残党と合流するのは愚策というもの。

 しかし、貴族連合軍の残党と共同戦線を張るのに充分な武力をこちらが有していれば話は変わってくる。

 自立勢力として活動するにしても、共同戦線を張るにしても、戦力不足でどちらも実行は困難だった。


「誰の目にも付かないような星に逃れて、そこで潜伏生活を送るのが一番楽なんだけどな」


 船橋の椅子に座り込んで、窓から見える星々の大海を眺めているジュリアスは、不意にそう呟いた。

 今の戦力で銀河帝国を相手取るのは不可能である。であれば、もういっそ諦めて辺境の星に身を潜めるという選択肢も当然あると言える。


 しかし、そんなジュリアスの下にトーマスが何か名案が浮かんだという様子で近付く。

「ねえジュリー。1つ良いかい?」


「おう。どうしたんだ?」


「軍で放棄された施設に行って、何か使えそうな物資を漁るっていうのはどうかな?」


 トーマスが軍令部総長に就任して以降、帝国軍では軍令部の主導で不要な施設の破棄が進められていた。

 旧帝国貴族と軍部の癒着から建設され、戦略的に大した価値が無いにも関わらず使用されている施設の存在はそれだけで維持費などの出費を生んでいた。この無駄を削減する狙いでトーマスは幾つもの施設を破棄していた。しかし、破棄と言っても中には人員を撤収させただけで施設自体は手付かずになっている所も幾つか存在する。

 トーマスはその施設に残されている燃料や武器を入手して、少しでも戦力アップを図れないかと考えたのだ。


「……いよいよ海賊っぽくなってきたな。いや、海賊というよりむしろ空き巣か」


「空き巣とは人聞きが悪いな。贅沢を言っていられる状況じゃないだろ。手に入るかもしれないなら、何にだって手を伸ばさないと」


「……」

 トーマスの言葉を聞いた途端、ジュリアスは急に申し訳なさがこみ上げてきて胸が締め付けられる思いがした。もし、トーマスが自分を助けたりしなければ、彼は今頃、軍令部総長として帝国軍の重鎮として将来を約束されていただろうに、今や皇帝暗殺未遂犯の1人として追われる身になってしまった。


 ジュリアスがしばらく黙ったままでいると、トーマスはジュリアスの様子から彼の考えを察したのか不満そうな顔をする。

「ジュリー、まさかとは思うけど、また1人で思い詰めてるんじゃないだろうね?」


「え? そ、そんな事ないぞ!」


「本当に?」


「ああ。トムは親友の言葉が信じられないのか?」


「そりゃジュリーはこういう時、1人で抱え込んじゃうところがあるからね。信用しろって言う方が無理があるよ」


「うぅ。も、もう、1人で勝手に動いたりしない。約束する!」


「君の約束はあんまり信用できないんだけど、今回ばかりは信じる事にするよ。……それでどうかな? 僕の案は?」


「このまま宇宙を漂流しているよりはずっと建設的かもな。よし! 行ってみるか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る