反逆者
「で、陛下の容体は?」
宮殿の医務室で医師から怪我の処置を受けながらローエングリンが問う。
それに答えたのは、ラプター襲撃に関する一連の事態への対応の指揮を執っている親衛隊長官兼国家保安本部長官エアハルト・ヒムラー上級大将だった。
「は、はい。辛うじて一命は取り留めたようですが、意識不明の重体でして、いつ目覚めるかは……」
「そうか。ひとまず陛下の件は公にはするな。これを知る者は政府・軍部を問わず、可能な限り少数に留めよ」
「承知致しました」
「ところで、宮殿を襲撃した犯人はどうなった?」
「はい。逃亡したラプターはキャメロット・シティの郊外にいた小型輸送船に乗り込んで、残念ながら星系外へと逃げられてしまいました。ですが、その輸送船の船籍を調べましたところ、ヴァレンティア伯爵家所有の船である事が判明しました」
「ヴァレンティア伯爵、か。なるほどな」
ローエングリンはここで全てを理解した。トーマスとクリスティーナが自分達の身の安泰よりもジュリアスの身を優先させ、このような暴挙に出たのだという事を。
「現在、シザーランド元帥、コリンウッド元帥、ヴァレンティア元帥の御三方と連絡が着きません。状況から察するに、
ヒムラーがそう私見を述べる。皇帝の真実に関する事を何1つ知らない彼にとって、この状況は
尤もローエングリンとしては、そうであってくれなければ困るのだが。
「至急、ヴァレンティア元帥の父親クリストファー・ヴァレンティア伯爵や
「その必要は無い」
「はい?」
「下手に事を荒立てるな。事情聴取のために出頭を命じるだけで良い。身柄を抑える必要は無い。共犯の疑いが出た者に関しては例外だがな」
「……ですが、皇帝暗殺事件となると厳正に事態に当たるべきと思いますが?」
「
「は、はい。了解しました。では、逃亡者の捜索を最優先とします」
そう言うとヒムラーは敬礼して退出した。
彼の背中を見送ると、医務室にいる医師たちにも少しだけ席を外すように命じる。医師たちは一瞬戸惑うも、応急処置自体は済んでいるので命令通りに医務室の外に出た。
今、医務室にはローエングリンとエルザの2人だけという状態になる。
「それで私に何か言いたい事があるような風だったが、何だ?」
ローエングリンは視線をエルザに向けた。
「いえ。ただ、この状況もご主人様の計画通りなのかな~と考えていただけですよ」
「皇帝陛下は意識不明の重体、
首を傾げながら問うローエングリンに、エルザは妙な笑みを浮かべた。
「ご主人様は言いましたよね。シザーランド元帥には選択肢なんて無いって」
「……私の読みが甘かったと言いたいのか?」
「ふふ。違います。ご主人様の読みはある意味正しかったです。ですが、コリンウッド元帥とヴァレンティア元帥がどう動くかまでは読めなかった。というより、まさかこんな行動を起こすとは思いもしなかったんでしょうね。何せあの2人は旧貴族達と違って、名誉や地位、損得じゃなくて友情から行動を起こすと決めたんですから」
「……」
エルザの話を聞いて徐々に不満そうにするローエングリン。
「大丈夫だろうと思ったから、ご主人様もつい情に流されて情けを掛けてしまった。何ともご主人様らしいような、らしくないようなミスですね。いや、もしかしたらご主人様もこうなる事を予想しておられたりして」
「……さぁて、どうだろうな」
「もー! ここまで来て隠し事ですか!? 本当にご主人様は秘密が多いです! ……まあ、私はご主人様の奴隷ですから、ご主人様のお考えがどこにあるのだとしても、私はただ従うだけです。どうぞ何なりとご命令を、ご主人様」
「喉が渇いた。何か飲み物を持ってきてくれ」
─────────────
ヴァレンティア伯爵家所有の小型輸送船“ビーヴェス号”は今、帝国軍からの追跡を逃れるために通常航路を外れた宙域を航行していた。
この船の中でジュリアスは声を荒げていた。
「2人とも一体何を考えてるんだ!! 今すぐ帝都に引き返そう! 今ならまだ間に合う!」
「もう手遅れだと思うよ。僕等はアヴァロン宮殿を襲撃して皇帝を暗殺しようとした反逆者。帝都に戻ったら捕らえられて有無も言わさずに銃殺刑だ」
自分達があまりにも危機的状況に置かれているというのに、トーマスは冷静に今の状況を見ている。
「そうですね。さっき帝都からの報道を傍受したのですが、私達が皇帝陛下の暗殺未遂事件を起こしたと報じられています。
妙に楽しそうにしているクリスティーナ。
「だったら尚更戻るべきだ。きっと総統閣下も皇帝陛下も俺が戻れば許してくれるはずだ!俺が説得するから!」
「仮にそれで僕等が許されたとして君はどうなるの?」
「そ、それは……」
トーマスの問いに言葉を詰まらせて視線を横に逸らすと、そこには申し訳なさそうにしているネーナが深く頭を下げていた。薄々予想はしていたが、ネーナのその様を見てジュリアスは2人があの手紙を読んで行動を起こしたのだと理解した。
「ジュリーの様子がおかしかったから、ネーナちゃんを問い詰めてあの手紙を読ませてもらったんだ」
「ネーナちゃんを責めないで上げて下さい。私とトムでかなりキツく問い詰めましたので」
「……だろうな」
「ジュリー、僕はね。君を犠牲にして生き残るくらいなら死んだ方がましだと思ってる」
「だ、だけどよ、トム!」
トーマスの真っ直ぐな緑色の瞳は、彼の言葉が嘘でないという事を物語っている。それが分かるだけにジュリアスは嬉しさのあまり胸が締め付けられるような思いがしてならなかった。
「ジュリー、こうなった以上は私達と一緒に来てもらいますからね。もう1人で勝手にどこかへ行ってしまうなんて許しませんから」
クリスティーナは今にも涙が瞳から零れ落ちそうになるのをグッと堪えながら言う。
「で、でも、2人とも実家の事はどうするつもりなんだ?」
「僕は大丈夫だよ。両親はもう他界してるし、僕には兄弟もいないから誰にも迷惑は掛からないから」
「私は決意を固める前、父上には全て打ち明けました。そこで父上に、友を大切にしないような娘は勘当だと言われました」
「え?」
反逆者を汚名を着なければ勘当。何て滅茶苦茶な事を言い出すんだあの親父さんは、とジュリアスは内心で呆れた。
しかし、次の瞬間にクリスティーナは晴れ晴れとした強気の笑みをジュリアスに見せる。
「つまり! 私を天涯孤独の身にしたくなければ、あなたは私と一緒に来るしかないという事です!」
「……」
悪い人が他者の弱みを握って脅迫する時のような雰囲気で宣言するクリスティーナに、ジュリアスは困惑した。
なぜなら、ジュリアス自身が弱みを握られたわけでもなく、不利益を被るような話ではなかったからだ。クリスティーナの要求を拒否したとしてもジュリアスには痛くもかゆくもない。はずなのだが、なぜかクリスティーナは拒否などできないだろうと言わんばかりに自信満々の笑みを浮かべている。
ジュリアス自身、クリスティーナが父親から勘当される事には胸が痛む思いではあるし、自分にできる事なら何でもしてやりたいと思わないでもない。
しかし、それよりも、トーマスとクリスティーナがこれまでの栄光や称号、そしてを見の安全すらも捨て、反逆者の汚名を着てまで自分を助けに来てくれた。その事がジュリアスには何よりも嬉しくて仕方がなかった。
その思いが堪え切れなくなったジュリアスの目からは涙が溢れ出す。
「もう! 2人とも馬鹿だよ! 馬鹿! 馬鹿!」
ジュリアスは両手を広げて2人の肩に腕を回す。そして2人と身体を密着させて、2人の体温を肌で感じながら赤子のように声を上げて泣き始めた。
泣き喚くジュリアスを、トーマスとクリスティーナは優しく抱きしめて彼の身体を受け止めた。そのまましばらく3人は円陣を組んだ状態のまま動かなくなる。
やがてジュリアスは泣き疲れたのか静かになる。
「トム、クリス。ありがとう。本当にありがとう」
「ふふ。水臭いな。僕等は親友だろ」
「そうです。私達は、生きるも死ぬも一緒です」
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