皇帝の嘲笑
「どうしてシザーランド元帥に身辺整理の時間なんて与えたんですか? 変な気を起こしでもしたらどうするおつもりで?」
帝国総統に仕える奴隷エルザが、やや呆れた様子で主君に問う。
「あいつにそんな選択肢は無いさ」
「随分と自信がお有りなんですね」
「自分の事よりも友の身を案じる奴だという事は、ネルソン提督の一件で確認している。コリンウッドとヴァレンティアが人質になっている以上、奴にはもう道は1つしかない」
「ふふ」
ローエングリンの言葉を聞いたエルザは急に笑い出した。
「何がおかしい?」
「いえ。そう自分に言い聞かせたんだなと思いまして」
「……どういう意味だ?」
エルザの物言いに、ローエングリンは不満げな表情を浮かべる。
「ご主人様はシザーランド元帥に情けをお掛けになったんじゃないですか?」
「情けだと? なぜ私がそんなものを掛けるのだ?」
「ふふ。知ってましたか? ご主人様ってご自身で思ってるほど薄情な人間ではないんですよ」
「私がシザーランド元帥に情を抱いているとでも言いたいのか?」
「私にはそう見えますね」
「……それは置いておくとしても、私は自分の事を薄情な人間とは思っていないぞ。なぜなら、エルザのような生意気な奴隷を捨てずに今も傍に置いてやっているのだからな」
「ええ! もし、ご主人様以外の方が主人でしたら、今頃私は売春宿に売り飛ばされていたでしょうね。ご主人様のお優しさには日々感謝しています!」
「ふん。下らん事を言っていないでさっさ儀式の準備をしてこい」
「
─────────────
日付が変わったばかりの夜遅く。アヴァロン宮殿にジュリアスが1人で姿を現した。
本来であれば、こんな時刻にしかもたった1人で宮殿に現れては近衛兵に門前払いとなるのだろうが、統合艦隊司令長官という要職に就く身であればそれも許される。
宮殿に入ったジュリアスを出迎えたのはローエングリンだった。
「帝国元帥の参上ともなれば、もう少し盛大に出迎えるべきなのだろうが、状況が状況なのでな」
「お気遣いなく」
ローエングリンの言葉にジュリアスは素っ気なく返す。
それに対してローエングリンは小さく笑みを浮かべるのみだった。
ローエングリンは、ジュリアスをアヴァロン宮殿の金剛の間、皇帝の座す場へと導いた。
玉座に座るリヴァエル帝は狂気の笑みを見せながら口を開く。
「よくぞ来た、ジュリアス・シザーランド。いや、我が分身よ。この瞬間が来るのをずっと待ちわびていたぞ」
ジュリアスは跪くどころか、頭を下げる事すらせずに、リヴァエル帝を見据えている。
「1つお聞きしたい事があります、陛下」
「ん? 何だ? 申してみよ」
「歴代の皇帝陛下は全て始祖アドルフ大帝だったと聞きました。では、この50年続いた戦争を、陛下は意図的に起こしたのではありませんか?」
銀河帝国と貴族連合の戦争の発端は、先帝テオドシウス帝の子供が双子で、その2人の皇子が帝位を奪い合ったために起きた帝位継承問題である。
先帝テオドシウス帝が2人の息子を同等に可愛がったために、帝位継承の取り決めが明確にはなされず、それを利用しようとする帝国貴族達がどちらを次期皇帝にするかで派閥争いを始め、遂には内戦へと至った。
しかし、アドルフ大帝もテオドシウス帝も、そして現皇帝リヴァエル帝も同一人物だというのなら、この内戦が起きないように手を打っていそうなものだ。それをしないで放置していたという事は、皇帝には何等かの意図があったのではないかとジュリアスは思ったのだ。ジュリアスはどうしても知りたかった。もし、この戦争が無ければ自分が少年兵として戦場に駆り出される事は無かった。たとえ作り物の命だとしても、惑星ロドスで平穏に過ごす道もあったかもしれない。
「ふふ。そんな事か。この戦争は、そなたの言う通り余が意図して始めたものだ」
「ッ!!」
「力を付け過ぎた大貴族どもの力を削ぎ落とし、皇帝権力を強固なものにするためにな。この戦争のおかげで大貴族どもの勢力は衰え、ローエングリン公を容易に引き立てる事ができた。そして今や銀河帝国はヘルの支配下にある。50年前であれば、こうも思うようには進まなかったであろう」
「……あ、あなたは、そんな事のためにこの戦争を引き起こしたって言うんですか!そのために一体どれだけの人が死んだと思ってるんだ!!」
怒りを露わにして激昂するジュリアス。
しかし、皇帝は不敵な笑みを浮かべたまま落ち着いた様子だ。
「皇帝たる余が人類社会の支配者として君臨する。そのためとあらば些細な犠牲よ。帝国の維持こそが人類にとって何よりも優先されるのだ」
「些細な犠牲ですって! それは、それが、皇帝の台詞ですか!!」
「何を怒る? 余は皇帝だ。この国を未来永劫、維持し続ける義務がある。そのためであればどんな犠牲でも払う。当然であろう」
「く! あなたは、」
苛立ちを抑え切れず、ジュリアスが再び声を荒げようとしたその時、2人の間にローエングリンが割って入る。
「シザーランド元帥、アドルフ大帝陛下に皇帝の地位と権力を授けたのは、300年前の人類の総意だ。即ち陛下の行動は、かつての銀河連邦の市民が望んだ結果なのだよ。その重みを理解できないわけではなかろう」
「こんな事が望みだったと、総統閣下は御思いなのですか!?」
「さてな。300年も前の人間の望みなど知った事ではない。ただ、連邦市民は全ての権利を放棄して、大帝陛下に全てを託した。その事実は揺るぎようもない」
「……」
リヴァエル帝は玉座から立ち上がる。
「では、そろそろ儀式を始めるとしようか」
しかし、その時だった。
外から警報音のようなものが鳴り響き、ローエングリンのブレスレット端末に通信が届く。
「総統閣下、緊急事態です!」
「何事だ? 騒々しい」
「所属不明の
これまで帝都防衛を担っていた近衛軍団の解体、帝都防衛艦隊の再編など帝国軍の組織改革が進められてきた時期という事もあり、今の帝都の防空網は穴だらけの状態になっていた。その穴を掻い潜るように、その所属不明の
そして凄まじい轟音と共に、一面ガラス張りになっている金剛の間の窓の向こうに見える庭園に1機のラプターが降り立った。そのラプターは窓にぶつかり、防弾仕様の強化ガラスもあっさりとバラバラに砕け散る。
広間にラプターの巨体が入ったために、天井や壁、柱が崩れて崩落した。
「な、何なんだよ! クーデターか?」
急な事に何が起きたのか理解できないジュリアスは、とにかく一旦下がって安全な位置まで下がろうとする。
その時、ラプターの腹部にあるコックピットのハッチが開き、その中からトーマスが姿を現した。
「ジュリー! こっちに乗って!」
「と、トム? お前、何やってるんだよ!?」
「良いから!」
ラプターが右腕を伸ばしてジュリアスの身体をそっと掴む。割れ物を扱うように慎重に。そして有無も言わさず、トーマスはジュリアスを連れたまま脱出して再び空中へと飛び立った。
ラプターが去った後、皇帝の玉座が置かれ、銀河帝国の中心とも言えた金剛の間は無残な廃墟と化している。
その中を所々に傷を負ったローエングリンが静かに歩き、ある所で立ち止まってしゃがみ込む。彼の前には、崩れた天井の下敷きになり重傷を負いながらも辛うじて生きているリヴァエル帝の姿があった。しかし、意識は無く出血も激しい。急いで処置をしなければ命に係わるであろう事は素人目でも明らかだった。
「まだまだ死なれては困りますよ、大帝陛下。私の恩返しは始まったばかりなのですから」
そう言ってローエングリンは小さく笑みを浮かべる。
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