帝国の真実

「は、始まりの場所って、一体どういう意味ですか?」

 アヴァロン宮殿の地下にあるわけだし、あの手術台みたいなのが分娩台で、ここは皇帝陛下が生まれた場所って意味なのかな?でも、何だろう。この場所、前にも来た事があるような気がする。


「言葉通りの意味だ。帝国はここまで始まったと言って良い。そして君もだ、シザーランド元帥」


「え?」

 俺の?いよいよ何を言っているのか分からなくなってきたぞ。元からよく分からない事をすらすら言う人だったけど。


 俺が困惑しているのを尻目に、総統閣下は設置されているPCの1つを起動した。PCが立ち上がると、デスクの上にメインの3Dディスプレイが表示され、さらに総統閣下の周囲にそれよりはやや小さなサブディスプレイが2枚展開される。

 そして、キーボードをしばらく操作すると、今度は奥の壁1面が1つの巨大ディスプレイとなって1枚の画像を映し出した。


「……ッ! こ、これは!?」

 巨大ディスプレイに映っているのは、2人の人物のプロフィールのようだが、それを見て俺は驚かずにはいられなかった。

 なぜなら、そのプロフィールに貼られている顔写真は忘れもしない、惑星ロドスで少年兵になる前、俺を生み育ててくれた、実の父親ガイウスと母親アウレリアだ。


「ガイウス・カイセルとアウレリア・コッタ。共にこの研究所に勤務していた研究員だ。15年前まではな。尤も私は会った事は無いが、貴官は知っているはずだ」


 この研究所に勤務していた?一体何を言ってるんだ? もしかして、俺が貴族連合の少年兵だと知って、その罪を問おうとこんな事をしているのか? いや、だったら、こんな回りくどい真似をする必要はない。と、とにかく、この人相手に下手な嘘は通用しない。

「……はい。知っています」


「おそらく、貴官はこの2人を両親だと思っているのではないかな?」


「ッ!! ……だ、だから、何だって言うんですか?」


「率直に言えば、この2人は貴官の本当の両親ではない。ここで生まれた貴官を惑星ロドスまで連れて行き、そこで貴官を息子として育ててきた仮の両親に過ぎん」


 所々気になる点はあるけど、これでこの人は俺がロドス出身だって事を知っているのは確定した。少年兵として帝国軍相手に戦っていた事まで知っているのかはまだ分からないけど。

「へ、変な冗談は止めて下さいよ。ロドスは当時、貴族連合領ですよ。ここで働いていた研究員がどうして敵地に移住するんですか?」


「必要があったのさ。貴官を過酷な環境下に置いて実力の程を見るためにな」


「俺、いや、小官のですか?一体、何のために?」


「貴官にその器があるかを見極めるためさ。貴官は陛下のクローン。銀河帝国の開祖アドルフ大帝陛下の亡骸から採取したDNAで作り出した、新たな皇帝のための器だ」


「な! く、クローン? 俺が?」


「ああ。今まで不思議に思わなかったかね? 私が貴官に、特別に目を掛けていた事に。初めて貴官に会った時、その身体に宿る力に気付いた。その身に流れる血の力をな」


 どうしてだろう。突拍子もない話の連続だと言うのに、妙に説得力がある。総統閣下の人柄を知っているせいか。それともこの場所になぜか懐かしさを感じているからなのか。

 リヴァエル帝には子供がいない。もし陛下が亡くなられたら、次の皇帝は直系の男子じゃなくて、親戚の皇族から選ぶ事になる。それを嫌がって陛下がクローンを作り、その子に帝位を継がせようと考えた。という事はもしかしたらあるかもしれない。

「……か、仮にです。仮に小官があのアドルフ大帝のクローンだったとしてです。どうして皇帝陛下がそんなクローンを作る必要があるんですか? いくら陛下が後継者を求めていると言っても、それならご自身のクローンを作られるのではないですか? それに、小官をロドスなんかに送り込んでもし死んでしまったらどうするんですか? 総統閣下の仰る話こそ不思議な点が多々あると思いますが」


「ご自身のクローン、か。それを言うのなら、貴官は陛下ご自身のクローンと言って差し支えはない。よく聞け。19人いる歴代皇帝は、身体は違えども魂はアドルフ大帝その人だ。300年前、アドルフ大帝陛下は未来永劫、人類の支配者として君臨するために不老不死を望み、巨額の予算を投じて研究を行なった。その末に、不老不死の身体を得る事はできなかったが、魂を別の人間の身体に移すという延命技術を開発したのだ」


「た、魂を別の人間に移す? そんな漫画みたいな話……」


「研究の末に、その技術は血縁者同士でなければ実施できない事が判明した。分かるかね? 大帝陛下は次の皇帝となる長男に魂を移すという作業を繰り返す事で、300年間この帝国に君臨し続けてきたのさ。しかし、代を重ねる毎にとある問題が浮上してきた」


「問題?」


「何代にも渡って転生を続けてきた影響からか、魂と身体の適合率が低下し出したのだ。陛下はこれを“血の劣化”と呼んでいる。これがこのまま進むと、いずれは転生後に身体の急速な劣化などの副作用が発生するだろう。そこで陛下は1つの対策を考えた。それはアドルフ大帝の最初の亡骸からクローンを作り出し、それに転生するという言わば原点回帰だ」


「……つ、つまり、それが小官だと言うのですか?」


「そういう事だ。貴官は陛下の新たな身体となるべく生まれた存在。惑星ロドスで育ちながら、こうして陛下の下へと帰ってきた。そして今では帝国元帥だ。それは、かつて一介の市民に過ぎなかったアドルフ・ペンドラゴンが銀河連邦を滅亡させて、銀河帝国を立ち上げた、血の力そのもの!力を示した貴官こそ大帝陛下を受け入れる器に相応しい!!」


 総統閣下は笑みを浮かべた。それも狂気に満ちた笑みだ。それだけでもこれが単なる冗談ではないのだと物語っている気がした。

 だとすると、皇帝陛下の寵愛を受けて総統にまで上り詰めた若き独裁者。このローエングリン公ももしかして。

「では、ひょっとして総統閣下も?」


「流石に鋭いな。と言いたいが、私は残念ながら陛下のクローンではない。私はただのストックだよ」


「ストック?」


「先代テオドシウス帝の御世に、後継者を得られなかった時に備えて女官に産ませた隠し子の子孫だ。尤もその女官の体質が悪かったのか、その隠し子は適合率が悪かったようで、用済みと捨てられて、以後は極貧層で暮らしていたが」


 総統閣下がどのようにして陛下と出会い、一体何を評価されて異例の栄達を成したのかは誰も知らない謎だった。総統閣下を毛嫌いする大貴族はその端整な顔立ちで陛下を誑かしたと揶揄していたくらいだ。これで一応の説明は通ったってわけか。


「私の事はもはやどうでも良い。それよりも貴官が陛下の新たな身体となる事で、皇統は安泰となり、帝国の支配体制は盤石となる。さて。貴官に選択の権利など無いが、陛下の新たな身体となる事を承諾してくれるかね?」


「……もし、断ったら?」

 おおよその見当は着くが、こっちだって生きるか死ぬかの選択を迫られてはダメ元でも聞いておきたいと思う。


「力づくでも承諾してもらう。だが、貴官は断固だからな。仮に拷問で痛め付けても首を縦には振らんだろう。だが、もし貴官の大切な人の安全と引き換えにだったら、どうかね?」


「な! ま、まさか」

 トムやクリスを人質に取る気なのか?


「もし貴官が承諾してくれるなら、コリンウッド総長とヴァレンティア大臣の身の安全、いや、今以上の栄達を約束しよう。それから貴官が望む者には望むだけの地位や栄誉を与えても良い。だが、もし断れば、……言うまでもないな」


 俺が断れば、トムやクリスの身が危険に晒される。そんなのは絶対に嫌だ! でも、従えば俺が死ぬ。いや、拒否してもこの人は俺を力づくで従わせると言った。なら、俺にはやっぱり選択肢なんて無い。

 やっぱり、俺はローエングリン総統という人が嫌いだ。この人はいつも涼し気な顔で、他人を駒のように弄ぶ。正に皇帝の血筋だ。

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