始まりの地

「ぐう。ゴホッ! ゴホッ!」


 アヴァロン宮殿の玉座に座る銀河帝国皇帝リヴァエル帝は激しく咳き込み、右手で口元を押さえている。やがて咳が治まり、口元から手を離すと、その掌には真っ赤な血がベッタリと付いていた。それを見たリヴァエル帝は険しい表情を浮かべる。


「最近、発作の感覚が短くなってきているのではありませんか?」

 そう言うのは、ローエングリン公爵だった。彼は主君が苦しみ吐血までしているというのに落ち着いていた。


「……そうだな。そろそろ頃合いかもしれぬ」


「私としてはもう少し時間をもらいたいところですが、背に腹は代えられません。すぐにも準備に取り掛かりましょう」

 淡々と言うローエングリンだが、その表情には僅かに不満のようなものが見え隠れしていた。



─────────────



 ジュリアスは、ローエングリンの招きを受けてヴィルヘルム宮を訪問した。

 用件は伝えられずに、ただ来るようにとだけ告げられたため、一体何事かと思って来てみると、ジュリアスを待っていたのは豪勢な料理だった。ローエングリンが言うには、食事をしながら2人だけで話をしたいというのだ。

 どうして急に? という疑問は尽きないものの、食事を振舞ってくれるというのならジュリアスにとっては断る理由もない。普段食べる事のないくらい豪華な料理をたっぷり堪能しようと食事を始めた。


「考えてみたら、貴官の労を労ってやれる機会を中々持てなかったと思ってな。祝宴続きでうんざりだろうとは思うが、最後に1度だけ私に付き合ってくれ」


「そんな! 食事のご招待とあれば、いつでも大喜びで飛んできますよ!」


 礼儀正しく静かに食事を取るローエングリンに対して、ジュリアスは最低限のマナーは守っているものの暴食の限りを尽くしているという風だった。

 その様を見ているローエングリンは特に気にしてはいなかったが、彼よりもローエングリンの横に立つエルザとジュリアスの横に立つネーナの2人の方が呆れた様子でいる。


「……」

 もう少し礼儀正しくして下さいと注意したそうにするネーナ。しかし、それをしては奴隷に注意をされる主人という不名誉をジュリアスに与えてしまうと思い、何も言い出せずにいる。


 そんなネーナの様子を見たエルザは、内心でほくそ笑む。奴隷が主人の行動にもどかしさを覚える事そのものが増長の現れ。

 ジュリアスとネーナの主従関係が一般的な主人と奴隷のものとは違い、もっと親密な親子や兄妹のような関係なのだろうという事がエルザには手に取るように理解できた。


 2人の奴隷が心の中で様々な思いを巡らせる中、それに気付かないジュリアスはじっくりと食事を堪能している。

「いや~。流石は総統閣下ですね。毎日、こんな美味いものを食べているなんて。自分も帝国元帥になって、食事の質は随分上がった方だと思っていましたが、やはり閣下に比べるとまだまだですねえ」


 楽しそうに小さく笑みを浮かべながら、ローエングリンはグラスを手に取ってワインに軽く一口つける。

「ふん。貴官にとっては、地位の向上は食事の質の向上、というわけか。だが、そういう事なら、今回は例外だ。ここに用意した食事は、私が普段食べているものではないからな。これは皇帝陛下専属料理人達に特別に用意させたものだ」


「え? こ、皇帝陛下の!? つ、つまり、これは本来なら、皇帝陛下しか食べられないものという事ですか?」


「まあ、そうなるな。調理をする料理人、食材、レシピ。全てがこの銀河で最高峰の物を揃えている。元々私はそこまで食には精通していなくてな。正直、あまり一流の食事を用意されても味などよく分からん。だからこれは、貴官をもてなすための特別だ」


「……あ、ありがとうございます!!」

 銀河帝国総統が自分のためにそこまでしてくれた。そう思った瞬間、驚きと感激の2つの感情が脳裏を占め、一瞬言葉を失わせた。


「貴官の活躍を思えば、このくらいは当然だろう」


「で、ですが、それでしたら小官だけでなく、ヴァレンティア大臣やコリンウッド総長もお呼びになられた方が良かったような気もしますが」

 失礼な物言いは承知しつつも、やはりジュリアスとしては祝い事は皆で分かち合いたいという思いがあった。


「なに、三元帥マーシャル・ロードを纏めて呼びつけては、それだけで世間の注目を集めかねないのでな。たまには2人だけで細やかに祝うのも良かろう。それとも貴官は私と2人だけでは不服か?」


「え? い、いえ! そんな滅相もありません!」

 慌てて弁明するジュリアス。

 とはいえジュリアス自身、銀河帝国を支配する独裁者と2人で会食というのはとても肩身が狭い思いをせずにはいられなかった。

 トムやクリスがいてくれれば、この飯ももっと美味く感じられる気がするんだけどなあ、と口惜しそうにする。


「ふふ。まあ確かに、流石に2人だけでは味気無いか。ちょうどここにはもう2人いる」

 ローエングリンは視線を自身の横にいるエルザとジュリアスの横にいるネーナに目をやる。

「せっかくだ。今回は、お前達も食事に加われ。ちゃんとテーブルに着いてな」


「「え?」」

 ネーナとエルザが同時に声を上げる。


「し、しかし、ご主人様。私とネーナちゃんは奴隷ですよ。奴隷が主人と同じテーブルで食事をするなんて邪道も邪道です」


 ヘルの政権掌握以降、臣民平等政策の名の下に貴族の特権は廃止・縮小されていき、貴族と平民の間の不公平は是正されつつある。しかし、帝国における奴隷制度を保障している奴隷基本法は手付かずであり、今も奴隷は人間ではなく、生きた道具として扱われていた。


「お前は奴隷の分際で主人の命令が聞けないのか?」


「……そ、そういう言い方は卑怯です」

 エルザは何も言い返せず、悔しそうな顔をする。


「……」

 ネーナはどうして良いのか変わらず、困った顔でジュリアスの方を見る。


 その視線に気付いたジュリアスは「お言葉に甘えてそうさせてもらえ」と返す。ジュリアス自身、ずっとネーナと同じテーブルで共に食事をしたいと思っていたのだが、ネーナ本人が律儀にそれを拒んできたために叶わずにいた。ローエングリンの提案はむしろジュリアスにとってはありがたい話だったのだ。


 こうして、ネーナとエルザも主人の隣の席に座って、4人で改めて細やかな祝宴が催される。



─────────────



 食事を食べ終えると、それからは紅茶を飲みながら他愛もない会話がしばらく続く。やがてローエングリンが「貴官に見てもらいたいものがある」と突然言い出した。

 しかし、ジュリアス1人に見せたいという話だったため、ネーナはエルザと共にこの食堂に残って2人でお菓子パーティを行う事となった。


 ヴィルヘルム宮を出たローエングリンとジュリアスは、徒歩でアヴァロン宮殿へと向かう。

 ヴィルヘルム宮もアヴァロン宮殿の敷地内に建つ離宮の1つとはいえ、そもそもアヴァロン宮殿の敷地が広大過ぎるために歩いて行こうとすると意外に距離があるようにジュリアスには思えた。

 まして、いくら宮殿の敷地内とはいえ、銀河帝国総統ともあろう者が、護衛の1人も付けずに外を出歩くとは不用心な、とジュリアスには思えて仕方がなかった。


 やがて辿り着いたアヴァロン宮殿の中に入ると、これまでジュリアスが1度も入った事が無い奥の区画へと入る。

 皇帝の居城なだけはあり、至る所にいた近衛兵の姿は徐々に見られなくなった。

「シザーランド元帥は、この区画に来た事はあるか?」


「ま、まさか、小官如きが、」


「まあ、そうだろうな。この宮殿は、皇帝陛下の居城であると同時に、銀河帝国を300年にも渡って統治してきた政庁だ。にも関わらず、大貴族や役人ですら入る事を許されない区画が3割も占めている。この先は、近衛兵もいない」


「え? そ、そんな場所に小官が行っても大丈夫なのですか?」


「貴官も今や帝国元帥、統合艦隊司令長官だぞ。もう少し堂々をしろ。それに、皇帝陛下の許可は取ってある」


「は、はあ」

 事前に許可を取っていたという事は、ローエングリンは最初から自分をこれから向かう場所に連れて行くために自分を呼び出したのだとジュリアスは察した。

 では、なぜ初めからその場所へ向かわずにわざわざあのような豪勢な料理でもてなしてくれたのかという疑問が浮かび上がる。ローエングリンが善意で人をもてなすような人で無い事をジュリアスはよく理解していた。一体どんな裏があるのかとジュリアスは警戒心を抱かずにはいられなかった。


「さてと。この下だ」

 ローエングリンは地下へと続く階段の前で足を止める。


 階段を下っていくと、2人の前には大きな鋼鉄の扉が姿を見せた。

 その扉の横にある操作パネルをローエングリンが操作し扉が開く。

 扉が開いた先にあったのは、地上の中世ヨーロッパの宮殿風の建築様式とはまったく異なる空間だった。

 純白の壁や天井、床に覆われた広大な部屋。PCなどの電子機器が多数並ぶテーブルや液体の入った巨大な試験管のようなもの、病院の集中治療室を連想させるベッドとその周囲に設置されている機器の数々。


「あ、あの、ここは皇帝陛下専用の病院、でしょうか?」

 宮殿の地下に、これほどの設備が整った空間があるのは異様でしかない。考えらえる可能性としてはそのくらいだろう。


「外れだが、惜しいな。……ここは、始まりの場所だよ。全てのな」

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