宮廷の女子会

 銀河帝国皇帝の居城・アヴァロン宮殿。銀河帝国の中心地とも言えるここは、多くの帝国貴族が集まって、政治的な話し合いをしたり、時には貴族同士の私的な交流を行う場にもなっていた。

 旧帝国貴族勢力が弱体化した今でもそれは分からない。

 現在も、一流の庭師によって整備された人類最高峰の庭園を見渡せる大廊下の脇で2人の貴族令嬢が談笑を楽しんでいる。

「いやはや。まさかあの教皇のお孫様と我等が総統閣下が婚約とは、世の中、何が起きるか分からないものだ」


「教皇聖下も時代の移り変わりをよく見ておられるという事でしょうね」


 話題はローエングリンとエフェミアの婚礼の事である。

 この話をしているのは、ジュリアスの婚約者でもパトリシア・ネルソン子爵と突撃機甲艦隊ストライク・イーグル第2艦隊司令官ヴィクトリア・グランベリー中将だった。

 ネルソン子爵家とグランベリー伯爵家は同じ軍人家系の貴族で、古くから親交があったのだ。


 パトリシアはネルソン子爵の地位を正式に継承した。

 今日はその継承式のためにアヴァロン宮殿を訪れたのだが、それを終えて帰ろうとした時にグランベリーと顔を合わせてそのまま話し込んだというわけだ。


「聞けば、総統閣下は地球の再開発計画に莫大な予算を投資されるとか。孫を売って大金を得るとは、清廉潔白な聖職者様が聞いて呆れる」

 豪華なドレスに身を包む14歳の幼い令嬢は、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


 現在の地球は、政治的経済的には大した価値は無く、帝国政府にとっては生産性の低い田舎惑星でしかなかった。地球聖教の聖地して、銀河中から莫大な奉納金が集まっており、地球を統治する地球市国の経済はほぼこの奉納金に依存していると言って良かった。

 しかし、それでも銀河中に教会や修道院を立てたり、戦火に苦しむ人々のために物資を用意したりとで出費がかさんでいき、地球上の都市は老朽化が進みつつあった。

 そこでローエングリンは、地球上に存在するあらゆる都市のインフラを再開発する計画を打ち出し、そのための資金を提供した。

 これにより、今回の婚礼と合わせて、帝国臣民に向けてヘルと教会の友好関係を示そうとしているのだ。


「些か狙いが見え透いている気がするがな」


「まあ、戦争に莫大なお金を掛けるよりは建設的で良いんじゃない」

 軍服姿の19歳の若い女性軍人が言う。


「ふふ。軍人の君がそれを言うのかね?」


「軍人だからって戦争好きとは限らないでしょ。まあ、貴族連合の残党がどこか残っていたりと問題はまだまだあるけど、戦争が終わったのなら、軍事支出に回していた分を戦後復興に回すべきだわ」


「戦後復興と言えば、例の件は考えてくれたかな?」


「例の件?ああ、あれね。実家とも相談してみたけど、皆OKだって言ってたわよ。やっぱり、シザーランド元帥の婚約者からの依頼ともなれば話がスムーズに進むものね」


 パトリシアは、以前よりネルソン子爵家が領有している惑星トラファルガーの鉱山開拓の資金の出資をグランベリーに依頼していた。

 トラファルガーは産業も盛んで経済的には安定している星だが、パトリシアの姉マーガレット・ネルソンがデナリオンズに謀殺されて以降は、親族間による利権争いなどが原因で統治に支障を来たしていた。パトリシアと彼女を中心としたネルソン家子飼いの行政官達の活躍もあって今は落ち着いているが、新たな鉱山開拓に全力を注げるような状況ではない。

 ネルソン家の中でも、この新たに発見された金脈を掘り出すのはもう少し延期した方が良いという意見も出ていたのだが、パトリシアはあえてこれを断行しようと考えた。


「あなたも強引よね。私ももう少し待ってからでも良いと思うけど?」


「新しい時代になれば、その時流に乗り遅れた者はあっさりと置き去りにされる。特に現状維持で手一杯のような当家はな。鉱山の開発が進めば、当家には莫大な収入が見込める。それに鉱山開発で、仕事が無くてその日の食事にも困るトラファルガーの住民達に仕事を提供してやる事もできる。戦争が終わって軍事支出が激減すれば、兵士の多くはその任を解かれて故郷へ帰って来る。その時、働き口が何も無いようでは困るだろう」


「なるほどね。民のために先手を打ったというわけね。まだ若いのにやるじゃないの」


「あのグランベリー提督にお褒め頂けるとは光栄だ。しかし、これは当家の力だけでは実現困難な事。あなたの協力に心から感謝する」

 パトリシアは深く頭を下げて感謝の意を示す。


「ちょ! 止めてよ。水臭い。……大切な友人の妹。まして上司の婚約者なんて。助けるのは当然だし、こうやって恩が売れたと思えば、あたしとしても好都合だしね」


 そんな会話がなされる中、1人の女性が2人の前に立つ。

「お二人がこのような場所にいるとは珍しいですね」


「これはこれはヴァレンティア元帥。ごきげんよう」

 パトリシアがそう挨拶をした。


 2人の前に現れたのは、軍事大臣として閣議に出席するためにアヴァロン宮殿を訪れたクリスティーナだった。


「パトリシア、ここにいるという事は、正式にネルソン子爵を相続されたのですね。おめでとうございます」


「ありがとう。だがしかし、爵位なんて今更何の価値も無いと思うがね」


「確かにそうかもしれませんが、ネルソン子爵は軍人として国と民のために戦い続けてきた誇りある方々の覚悟と勇気の結晶なのです。大事になさって下さい」


「……まあ、姉上の残した遺産の1つだからね。手放すつもりは無いよ。ところで我が夫は元気にしているかね?」


「ええ。それはもう元気過ぎる程です」


 ジュリアスは凱旋以後、戦勝祝賀会などのイベント毎に引っ張りだこになっていた。帝都での一連の行事が片付くと、今度は各星系の都市や要塞を訪れて、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルの威容を人々の目に焼き付けて回っている。


「まったくね。今日は久々に帝都に帰って来られたけど、毎日毎日あちこち連れ回されて大変よ」

 グランベリーも突撃機甲艦隊ストライク・イーグルの一員としてこれに同行し、多くの星々を回っていた。実は明日もある星の戦勝パレードに出席するために朝から出立しなければならない。


「ふふふ。相変わらずのようだな。そういえば、軍事省から要請のあった例の件だが、我が惑星トラファルガーの衛星の1つで引き受けさせてもらおうと思う」


「おお! 本当ですか! ありがとうございます」


「例の件? 何の事?」


 グランベリーの問いに、クリスティーナが答える。

「戦争が終結したので、これを機に老朽化の進んだ軍艦を廃棄する事が軍事省で検討していて、廃棄場所を探していたのです」


「ああ、なるほどね。パトリシアがそれを引き受けるという事は、助成金もあるのかしら?」


「勿論です。協力への対価は払います」


「資金集めは領地経営の基本中の基本だからね。無人衛星の土地を提供するだけで良いなら安いものだよ」


「ふふ。ジュリーは頼もしいお嫁さんを迎えましたね」


「それより、この3人が揃うのは稀だ。せっかくの機会なのだから、これから3人でお茶でもどうかね? 我が夫の話をもっと聞きたいと思っていたしな」

 最年少のはずのパトリシアが主導して、お茶会の提案がなされた。


「ええ。私は構いませんよ」


「私も良いわよ!」


「よし。では、良い店を知っているから、すぐに向かうとしようか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る