凱旋

 惑星エディンバラを制圧した銀河帝国軍統合艦隊司令長官ジュリアス・シザーランド元帥は、貴族連合軍の武装解除などの戦後処理にしばらく従事した後、帝都キャメロットへの帰路に着いた。

 貴族連合領は、12の領土に分割されてそれぞれにローエングリン公が任命した総督が派遣される事となった。

 そしてその旧連合領の3割を占め、惑星エディンバラを擁するエディンバラ領の総督には、貴族連合を終焉させて帝国に恭順の意を示したベルナドット伯爵が任じられた。


「これで一応の終わりを見たわけだけど、本当にこれで終わりと言って良いのかどうか」


 キャメロットへの帰路の途上にある、ヴィクトリーの艦橋にてジュリアスはそんな事を呟いた。


「どういう意味ですか、元帥?」

 彼の横に立つネーナが首を傾げながら問う。


「エディンバラは制圧したし、貴族連合も名目上は崩壊したさ。でも、あのベルナドット伯爵が連合領の3割を今も牛耳ってる。他の連合貴族だって半数以上が帝国に忠誠を誓うとか言って家門と領地を安堵されて現状維持が約束されている。もし、こいつ等が一斉に蜂起したら貴族連合は復活するぞ」


「ですが、武装を解除された状態で蜂起しても、元帥が簡単に捻り潰せるんじゃないですか?」


「ああ。だがここに、行方を眩ませたウェルキン艦隊や旧帝国貴族の残党が合流したらどうなる?」


「そ、それは」

 真剣な表情を浮かべて考え込むネーナ。

 ジュリアスとしては、少し大げさに言った冗談のつもりだったのだが、真面目に受け取られてしまったのだ。真剣そうにしているネーナに思わず吹き出してしまいそうになるジュリアスだが、堪え切れずについクスッと笑ってしまう。


「あ! 元帥、私をおちょくりましたね!」


「え? あ、い、いや! 違うぞ! こんな縁起の悪い冗談なんて言うはずがないじゃないか」

 そう言ってジュリアスはわざとらしく笑い声を上げた。


「もう知りません!」

 ジュリアスの言い訳は全てお見通しのネーナは、余計に機嫌を損ねてしまい、プイッと頬を含まらせてそっぽを向いてしまう。


「わ、悪かったよ。ちょっと脅かし過ぎた。謝るから機嫌を直してくれよ。な!」


 それは主人と奴隷のやり取りとは思えないほど親密なものだった。

 艦橋メンバーにとっては見慣れた光景ではあったが、それでも皆、つい笑みを零してしまう。


「な、なあ、皆も笑ってるぞ」


「……そういう言い方はズルいです」

 自分のせいでジュリアスの面目が潰れてしまうのはネーナにとって何よりの苦痛だった。一旦冷静になって周囲の目に意識をやると、ネーナの表情は一気に和らぐ。


 ネーナが少し機嫌を直したところに、統合艦隊参謀長ハミルトン准将が現れた。

「お話し中、失礼します」


「お、おお! ハミルトン! どうした!?」

 助け舟が来たと言わんばかりにジュリアスは嬉しそうにする。


「あぁ、いえ。グランベリー中将が兵達に祝杯を振舞いたいと申しておりまして」


「祝杯?あぁ、そういえばまだやってなかったな」


 惑星エディンバラに到着して以降はずっと占領政策に追われていた事もあり、戦勝祝いどころではなかったのだ。

 しかし、諸々の庶務も片付き、後は帰るだけ。そこでグランベリーは兵達に労いの気持ちも込めて祝杯を振舞いたいと考えた。

 旧連合領であれば、どこかに潜伏しているウェルキン艦隊の襲撃を受ける恐れもあったが、今現在、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルは帝国領に入っており、その危険性は極めて低いと言って良い。


「分かった。ただし軍務に支障が無い程度にだ。どうせ帝都に戻ったら、戦勝祝いのパーティやら式典に出る事になるんだろうからな」


「了解致しました。兵達も喜びます」


「あ。でも、ネーナはまだ未成年だからジュースにしてもらうんだぞ」


「元帥もお酒は20歳になるまでダメですからね!」


「う! も、勿論分かってるさ」



─────────────



 帝都キャメロットでは、もうじき凱旋するジュリアスを出迎える祝賀会の準備が進められていた。

 50年続いた戦争の終結を祝う事で、帝国とヘル政権の権威を銀河中に示すという政治的な目的も秘められていた事もあり、国を挙げての大々的な式典となる予定だった。

 軍事大臣のクリスティーナと軍令部総長のトーマスも軍務と戦後処理の対応に追われる合間を縫ってその準備を行なっていた。

 そんな2人は今、軍事省庁舎の大臣執務室にて会っている。

「戦争が終わったというのに、妙に忙しいですね。お互いに」

 クリスティーナが少し疲れた様子の声で言う。


「本当にそうだよね。ジュリーは今頃悠々と帰路についてるんだろうね」


「ふふ。恐らく凱旋が待ち切れずに、もう祝杯を空けてるんじゃないですか」


「たぶん、そうだろうね。ジュリー、前に飲酒に興味がありそうな事を言ってたけど、祝杯に便乗してお酒飲んだりしてないかな?」


 基本的に食べる事が大好きなジュリアスは、軍の祝勝会や貴族の晩餐会で美味しい料理を堪能する傍ら、年長者達が口にしているワインに興味を示すような発言をトーマスやクリスティーナにした事があった。その都度、お酒は成人してからだと厳しく言い付けてきたのだが、今その2人は遠く離れた帝都におり、ジュリアスの飲酒を止める者はいないという事をトーマスは心配したのだ。


「……いくらジュリーでも大丈夫でしょう。ジュリーはあれでも分別はある人です。それに何より、しっかり者のネーナちゃんが傍にいてくれるんですから」

 一瞬、迷いはしたものの、クリスティーナはそんな心配は不要だろうと考えた。勿論ジュリアスを信頼はしているものの、元々ジュリアスには欲に弱い一面もあるという事が脳裏を過った瞬間、僅かにその信頼が揺らいだのだ。

 しかし、その次の瞬間にネーナの存在を思い出し、彼女が傍にいるなら一安心だと感じた。


「さてと。じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」

 そう言ってトーマスが本題を切り出す。

 今日、トーマスが軍事省庁舎に足を運んだのは、ジュリアスの話をするためではない。そもそも同じ邸に住んでいるのだから、わざわざ勤務時間中に会いに行って話す必要も無い。


「貴族連合との戦争が終わったとなれば、戦後処理が片付いたら、次は軍縮だね」


 戦争が終結し、軍事勢力同士の衝突の危険性が消え去った今、巨大な軍事力を保持する事は、帝国にとって余計な負担でしかない。

 旧帝国貴族勢力が一掃され、貴族連合が消滅し、ヘル政権にとっては新時代を切り開く建設の時代へと突入する。そうなれば、予算はいくらあっても足りないだろう。

 そこで副総統兼大蔵大臣ロタール・ゲーリング男爵は、戦後の軍縮計画の草案を政府に提出する事を軍部に要請していた。ついこの前までは、出来次第出してくれれば良いという程度だったのだが、戦争も終わった以上はそうもいかない。

 トーマスは、ジュリアスが帰って来るまでの間に、できる限りの資料作成はしておきたかったのだ。


「帝国軍も外征能力が不要になり、国内の治安維持を中心にした組織体系への移行が進む事でしょう」


「そうだね。軍令部だと戦艦や巡洋艦を集めた艦隊じゃなくて、戦機兵ファイターの戦力を軸にした空母艦隊を編成していった方が効率が良いんじゃないかって意見が出てる」


 貴族連合軍が消滅した今、帝国軍の主な役目は連合の残党掃討、地方反乱の鎮圧となるだろう。しかし、前者はともかく後者は戦艦や巡洋艦の火力を必要とする事は稀であり、巨大な維持費を投じて大艦隊を保有し続ける意義は薄れていく事が予想されている。戦艦を数隻保有するより、空母を1隻保有する方が遥かに安上がりで、暴徒鎮圧や拠点制圧も戦機兵ファイターを用いる方がずっと効率的だ。

 ジュリアスの提唱した空母艦隊は、戦後になってジュリアス本人の意図とは違う形で評価され出した。


「帝国軍もいずれジュリー好みの色に染まりそうですね」



─────────────



 帝都キャメロットの赤道上、高度3万5000mの位置を取り巻く環状宇宙ステーション《OR(オービタルリング)》 の軍港に、ジュリアス率いる突撃機甲艦隊ストライク・イーグルが凱旋した。

 軍港には数万の将兵が集まり、ジュリアス達は歓呼の声で迎えられた。それからジュリアスはアヴァロン宮殿に足を運んで皇帝リヴァエル帝に戦勝を報告し、その後は政府主催の戦勝祝賀会に出席し、その次は帝国軍主催の戦勝祝賀会に、と一息つく間もない忙しい日々を過ごす事となった。それは同じ惑星上、しかも同じ邸で暮らすトーマスとクリスティーナと落ち着いて話をする時間もない程に。


 しかし、凱旋から4日目の夜。ようやくまともに話をする時間を確保できた。

「は~。色々と面倒事に付き合わされて。帝国元帥なんてなるもんじゃないな」

 ヴァレンティア邸の寝室のベッドの上に寝そべり、寝間着姿のジュリアスが呟いた。


「何言ってるのさ。一番ノリノリだったくせに」

 同じく寝間着姿でベッドに腰掛けているトーマスが呆れた口調で言う。


「だってよ~」


「ふふ。祝賀会で美味しい料理をたくさん食べられたんだから良いじゃありませんか」

 寝間着に着替えてきたクリスティーナが寝室に入ってきた。


「確かにここしばらくは美味い物がたくさん食べられたから、それは良かったと思ってるよ」

 今日出席した祝賀会で食べた料理の味を思い出しながら、ジュリアスは幸せそうな顔をする。


 そんなジュリアスを見て、トーマスは思わず吹き出した。

「帝国元帥になっても、ジュリーのそういうところは変わらないね」


「ええ。まったくですね。ですが、おかげでジュリーが帰ってきたんだと実感できます」


 考えてみれば、この3人が数日に渡って顔を合わせないどころか無線越しの会話すらなかったのはこの9年間で初めての事だったかもしれない、とふとクリスティーナは思った。それはクリスティーナにとってはある意味で新鮮な時間だったかもしれないが、物足りなさを感じずにはいられなかった。


「やはり、ジュリーがいてくれなければ、周りが静かで退屈です」


 クリスティーナの言葉を聞いたジュリアスは僅かに不満そうな顔をする。

「それじゃあまるで俺がいつも煩いみたいじゃないか」


「褒めているんですよ」


「あれ? 否定はしてくれないの?」


「はい。だって事実ですから」


「う~。何だか今日のクリスは意地悪だ~」

 機嫌を損ねてしまったジュリアスは、布団の中へと潜り込んで閉じ籠ってしまう。


 それからクリスティーナとトーマスの2人で必死に宥めるのだが、ジュリアスが機嫌を直すのには1時間もの時間を要した。

 最後の決め手となったのは、後日に帝都で行きつけのカフェでデザートを奢るというクリスティーナの宣言だった。

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