新型機のテスト
ヴァレンティア艦隊旗艦ヴィクトリーは、戦艦アルビオンとセンチュリオンの3隻はブリタニア星系の小惑星帯付近の宙域に来ていた。
旧ネルソン艦隊の中でも最も古株の3隻が揃って、この宙域に赴いたのは特別な任務があったからというわけではない。任務には違いないが。
旗艦ヴィクトリーの艦橋では、ジュリアスとトーマス、そしてクリスティーナの3人が艦橋のメインモニターを注視している。
そのモニターに映し出されているのは、艦隊の正面に広がる小惑星帯の中を縦横無尽に飛び回る3機の
「ラプターの改良型、ラプターMk-II。確かに良い動きだ」
パイロットとしてジュリアスは、その動きを見た感想を述べる。
本当であれば、自分がテストパイロットとして乗り込みたいと考えていたジュリアスだが、外から客観的な意見が欲しいという開発者シャーロット・オルデルートの要望もあってヴィクトリーに留まっていた。
「ふふふ。そうでしょう。私の自信作なんだからね!」
拘束衣に身を包み、拘束椅子に身体を縛られている金髪の少女シャーロットは誇らしげに言う。
「で、ラプターの問題になっていた生産性の低さは解消されたのか?」
ジュリアスの問いにシャーロットは「あったりまえよ!」と答えた。
しかし、それに対してトーマスがある疑問を抱いた。
「こんな短期間で一体どうやったんだい?」
「ふふ。元々ラプターはハイスペックを追求し過ぎた機体だったからね。その分、性能を充分に発揮しようと思ったら、パイロットに掛かる負荷もかなりのものになるのよ」
シャーロットの説明を聞きながら、ジュリアスはパールライト奇襲作戦の事を思い出し、確かにかなりのじゃじゃ馬だったなと振り返った。
「だから、その余分な部分を削ぎ落としたってわけ。こうすれば、削ぎ落とした分の経費と手間は省けるし。それに扱いやすさが増せば、本来のスペックをパイロットに引き出してもらいやすくなるから、体感的には同スペックくらいにはなるはずよ。……最もあのラプターの性能を短期間の訓練だけで引き出せるほどの腕を持つシザーランド中将には、このMk-IIは単なる劣化版にしか思えないかもだけどね」
「あれも良い機体だったよ。ただ、パイロットを置いてきぼりにしてる点を除けばな。扱う人間の事を考慮できていない兵器はどんなに戦闘能力が高くても欠陥品さ」
「現場の人間なればこその意見ね。……それでMk-IIはどうなの?合格?それとも不合格かしら?」
シャーロットはジュリアスの話にそこまで深く付き合うつもりはなかった。彼女にとって今、重要なのはラプターMk-IIの評価がどうかという点なのだから。
ジュリアスは、再度メインモニターに映っているラプターMk-IIの動きに目をやった後に答えようとする。
しかし、ジュリアスが口を開くのと同時に、ヴィクトリーの索敵オペレーターが声を上げた。
「小惑星帯の中に所属不明艦1隻を感知しました!」
「所属不明艦? 各艦に臨戦態勢! その艦にコンタクトを取りなさい!」
真っ先にクリスティーナが反応をして指示を飛ばす。
しかし、その艦から返信は来なかった。やがて艦形から、その艦の正体がインヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦だと判明。ついで識別信号からデナリオンズ艦隊に在籍している艦である事が確認された。
「デナリオンズの残党か!? 何でこんな宙域に!? ……テスト中止! 他に残党が潜んでいるかもしれん! 全周警戒!
ジュリアスが出した命令に、シャーロットが待ったを掛ける。
「いえ。待って! あのボロ船の始末は私のMk-IIにやらせて」
「無謀だ。対艦用の装備は積んでないんだぞ」
「大丈夫よ。Mk-IIなら標準装備でも充分軍艦を沈められるわ」
「……分かった。
「じゅ、ジュリー、良いの?」
艦隊参謀長トーマスは親友の意外な発言に驚いた。
「勿論、ラプター部隊に援護させるさ」
テスト飛行中だった3機のラプターMk-IIは、突如出現したインヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦への迎撃に向かった。
ラプターMk-IIは、ラプターと外見にほぼ違いは無いが、区別を付けやすくするため、また塗装経費の関係からカラーリングは黄緑からグレーに変更された。
そして、ラプターのメイン武装だったビームランチャーも小回りが効くように、若干砲身が短く改良されたビームランチャーIIが搭載されている。
艦隊からラプター部隊が続々と出撃する中、戦艦アルビオンより通信を受信した。
ヴィクトリーの艦橋に3Dディスプレイが浮かび上がり、その画面にはアルビオン艦長ハミルトン大佐の姿が映し出されている。
「司令官、こちらのレーダーにて小惑星帯の奥に、別の艦影を確認しました。動きからして、離脱を図っているものと思われます」
「何ですって? まさか、あのインヴィンシブル級は、その艦を逃がすための囮?」
「可能性は否定できません。至急、
「許可します。1個中隊、いえ、2個中隊差し向けて下さい。必ず拿捕するのです!」
「了解致しました」
ハミルトンは敬礼の後に通信を切った。
「クリス、何なら俺が出撃しても良いけど」
ジュリアスがそう提案をした。わざわざ囮を使ってまで確実に逃がそうとした艦。ディナール財団の要人を乗せている可能性が高いと思ったためだ。
一瞬、クリスティーナはジュリアスの提案通り、彼にも出撃してもらおうかと考えた。しかし、ある理由から却下する事にした。
「……いいえ。まだ敵の全容も把握できていないのです。もしかしたら敵の別動隊がいる可能性もあります。しばらくはここにいて下さい」
「まあ、それもそうだな。了解した」
インヴィンシブル級1隻とラプターMk-IIの戦闘はほぼ一方的な蹂躙となった。
シャーロットが言った通り、ラプターMk-IIは圧倒的な戦いぶりを披露する。インヴィンシブル級の対空砲火を軽々を回避しつつ接近し、懐に飛び込んではビームランチャーIIで高エネルギービームを叩き込む。艦砲、機関部、そして艦橋を潰され、最後には爆沈した。
その様をモニターで見ていたシャーロットは満足げな笑みを浮かべる。
「ふふ。どう?」
「ああ。ラプターMk-IIは良い機体だよ。量産化については俺からも推薦状を書いておく」
こうして、思わぬアクシデントはあったものの、ラプターMk-IIのテスト飛行は無事に終了。数日後には、正式な量産化が決定するのだった。
しかし、その一方でハミルトン大佐が発見した艦は
もっと早く気付いて入れば、と悔やむ声もあったが、そもそもこのような遭遇戦で全てが上手くいくようなら、それはそれで奇跡のようなものだとジュリアスが皆を激励したため、ひとまず皆はこれで良しと考えた。
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ヴァレンティア艦隊からの追撃を逃れた艦は、インヴィンシブル級ではあったが、一旦は民間に払い下げられた艦で、武装も自衛用の物が搭載されていなかったため、巡洋戦艦というよりは武装商船と言った方が良かった。予定通りに行けば、パールライトの軍港にて再武装化が図られるはずだったのだが。
この艦には、ディナール財団理事長兼デナリオンズ運営委員会委員長リチャード・ウェストミンスター公爵を含む帝国貴族38名が乗艦していた。
「くそッ! まさかあの若造の子分どもがあんな宙域にやって来るとは。まったく運が無い!」
ウェストミンスター公は艦橋の指揮官席に座ったまま床を蹴って少しでも怒りを発散しようとする。
「あと2日あれば、少なくとも3名の貴族を救出できたのですが、残念ですな」
若い貴族が残念そうに言う。
彼等は、ローエングリンによるオペレーション・ロングナイフ以降、この宙域に潜伏して帝都を脱出した貴族を受け入れて、彼等と共に安全な所への避難を目論んでいた。
そして最後に連絡が着いた貴族の脱出シャトルが到着するのが2日後であり、彼等と合流した後、ウェストミンスター公等はこの宙域を去る予定だった。
「こうなった以上は仕方あるまい。我等は予定通りの針路を取れ。惑星ジュエルへな」
政権の座から引きずり落とされたと言っても、大貴族がこの宇宙に張り巡らせたネットワークはその多くが健在であり、それを基盤に再起を図ろうとする貴族は少なくなかった。
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