謁見

 ヘル党員、俗に言う“新貴族”となったジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人は銀河帝国第19代皇帝リヴァエル帝に謁見する事になった。

 これまでの功績を皇帝自ら称えてくれるという事だった。


 しかし、最近の皇帝はローエングリンなどの極一部の近臣の前にしか姿を現す事がなく、ずっとアヴァロン宮殿の奥に引き篭もったままで、これは異例中の異例と言えた。

「まさか僕が皇帝陛下に謁見できるなんて、本当に夢のようだよ」

 トーマスはまるで他人事のように呟いた。


「ふふ。最近トムはそればっかりだな。でも、全部現実なんだぞ」


「ええ。トムの功績を思えば当然の事です」

 ジュリアスとクリスティーナが微笑みながら言う。


 3人は今、玉座が置かれる金剛の間のすぐ隣にある控えの間にいた。

 皆、いつもの軍服姿ではなく、儀式や式典の際に着用する礼服を身に纏っている。基本的なデザインは通常の軍服と変わらないが、いつも以上に豪華な装飾に彩られていた。


「それより、この服、派手過ぎないか?」

 着慣れない服装にジュリアスは戸惑いを覚えている。

 将官クラスが着用する礼服は、実質貴族用の物に等しいため、その見た目は軍服とは思えない程豪華なものだった。無論、貴族達が社交界で着るような衣装に比べれば簡素な造りにはなっているが、元々社交界どころかファッション業界にも興味が無いジュリアスには派手過ぎに思えたのだ。


「……とても似合っていますよ」


「おいクリス!今の間は何だ!?」


「お、落ち着いてジュリー。僕もとっても似合ってると思うから」

 そういうトーマスの口元は緩みがちで笑いを堪えているのは明らかだった。


「ったくトムまで!」


 3人がそんな話をする中、控えの間に近衛兵が姿を現した。

「準備が整いました。どうぞこちらへ」


 近衛兵に促され、3人は控えの間を後にして、その隣の金剛の間に入る。この金剛の間はアヴァロン宮殿で最も広く豪華絢爛な広間である。その名の通り、広間の至る所にはダイヤモンドの装飾が施されていた。しかし、広大な広間の中には近衛兵や大貴族の姿は無く、殺風景な様子だった。

 玉座の前には真紅のカーテンが光を遮るように掛けられているため、玉座に白髪の老人が座っている事は分かるものの、薄暗くその容姿を精確に視認する事は難しい。

 玉座に程近い、カーペットの傍にはローエングリン公爵の姿があった。


 扉から玉座に向かって真紅色のカーペットが伸びており、3人は横一列に並んでその上を通って広間へと歩みを進める。

 ジュリアスは何とか皇帝の顔が拝めないものかと目を細め、トーマスは緊張のあまり前時代の旧型ロボットのようなぎこちない足取りになっていた。そんな2人とは違い、クリスティーナは慣れた様子で優雅な振る舞いを見せる。


 玉座の前に立つと、3人は揃ってその場に跪いた。

 今、彼等の前にいるのは、全人類の支配者にして、銀河系の統治者である。

「そなた等の活躍ぶりはローエングリン公より聞いている。誠に大義であった」


 下賜されたありがたいお言葉を耳にしたジュリアスはどこか違和感のようなものを覚えた。内容自体は極々平凡なものだと言うのに、なぜだか不気味な雰囲気を感じたのだ。

 その原因が何なのか、ジュリアスは結局分からなかった。


 そんな中、玉座に座る老人は突然立ち上がる。

 それに気付いたローエングリンは驚いた様子を見せつつ、慌ててしゃがみ込んだ。

 リヴァエル帝はゆっくりととした足取りでカーテンに覆われた暗闇の空間から姿を現す。


「面を上げるがよい」


 リヴァエル帝の許しを得た3人は、恐る恐る顔を上げて、自分達が仕える主君の尊顔を拝する。

 彫が深く、妖怪染みた気配を醸し出した老人。それがジュリアスの第一印象だ。

 その一方で、銀河帝国皇帝という割には服装は簡素な方だなという印象を受ける。装飾品の類はあまり見られず、着ている服も白い無地の質素なものだった。

 それもあってか、ジュリアスは妙に親近感のようなものを感じていた。皇帝相手に親近感とは、一昔前なら不敬罪に問われかねないくらい不敬な発想なのだが。


「皇帝陛下、そこにいるのが以前にお話したジュリアス・シザーランド大将です」


 ローエングリンの紹介を受けて、リヴァエル帝は視線をジュリアスの方へと向ける。

「ほお。この者がネルソン子爵の夫となる男か」


「……はい!?」

 リヴァエル帝の言葉を耳にしたジュリアスは、その内容に驚いて思わず頭を上げてしまう。当然、トーマスとクリスティーナも驚きを隠し切れなかった。


「ん? 何を驚く? まさか知らなかったのか?」

 不思議そうにリヴァエル帝はジュリアスの瞳に目をやる。


「あ、あの、今のは、どういう事でしょう?」


 リヴァエル帝は軽く笑みを浮かべた後、ローエングリンに視線を送って説明をしてやれと目で指示を飛ばす。

 それを受けたローエングリンはその場で立ち上がって説明を始めた。

「貴官等の亡き上官ネルソン提督は処刑される直前に遺言状を残していてな。その中には亡き提督の妹にして、現ネルソン子爵家当主であるパトリシア・ネルソンとジュリアス・シザーランドの婚約の旨も記されていた」


「ね、ネルソン提督が、ですか?」


「そうだ。私としてはネルソン提督の願いは最大限叶えたいと考えている。皇帝陛下の御名の下でこの婚姻を正式な物としたい」


「こ、皇帝陛下の?」


 それはつまり国を挙げての婚約という事だった。ろくに恋愛経験も持たないジュリアスは突然結婚を通告され、しかもそれが命の恩人の遺言ともなれば彼に拒否する権利は実質無かった。というより拒否するという発想がジュリアスには浮かばなかった。


「分かりました。そのお話、喜んでお受け致します」


 思わぬ展開となった謁見は無事に終了し、3人は金剛の間を退出した。

 そしてリヴァエル帝は玉座に戻ると、ローエングリンに視線を向ける。


「如何で御座いましたか? ジュリアス・シザーランドは?」


「そなたを上回る良い素質を感じた」


「では、彼をお使いになられますか、陛下?」


「そうだな。それが良さそうだ」


「それでは私はお払い箱ですかな」

 小さく笑みを浮かべながらローエングリンは冗談っぽく言う。


「馬鹿を言うでない。そなたには今後も余を補佐してもらわねばな」


「ありがたきお言葉。大貴族どもは粗方片付きました。帝国の支配体制も陛下の望まれた形が整いつつあります。後は辺境の貴族連合を始末すれば、この内戦も終わり、この銀河系は帝国の下で1つとなりましょう」


 ローエングリンの言葉にリヴァエル帝は満足気な笑みを零す。

「うむ。流石だな。よもやここまで早く事が進むとは思わなかったぞ」


「恐れ入ります」


「この内戦は必要な事業であった。だが、もはや続ける理由は無い。古道具を始末するのに当面は尽力せよ、帝国総統ローエングリン公爵よ」


仰せのままに陛下イエス.ユア・マジェスティ



─────────────



 アヴァロン宮殿の外に出たジュリアスは、あまりに突然の出来事に大騒ぎであった。

「提督の妹と結婚だなって一体どうすれば良いんだ!」


「じゅ、ジュリー、落ち着いて」


「そ、そうです。結婚と言っても、相手はまだ14歳だというではありませんか。しばらくは妹が出来たと思えば良いでしょう」


 動揺しまくりのジュリアスを、トーマスとクリスティーナが両脇から必死に説き伏せる。


「で、でもよ。……ってか、クリスは何とも思わないのか?」


「え? というと?」


「だから、俺が結婚するのに、クリスは嫉妬するとか、怒るとか、何か無いのかって聞いてるの!?」

 駄々を捏ねる子供のような口調で質問をするジュリアス。

 その問いに対してクリスティーナは頬を少し赤くしつつ、返事をしようとするも、すぐに言葉が出なかった。

「……ジュリーは私の恋人のつもりなのですか!? 私にとってジュリーは大切な家族です。その家族が所帯を持つ。しかも、相手があのネルソン提督の妹君であるというのなら、これはむしろ祝福すべき事でしょう!」

 そう言ってクリスティーナは妙に不機嫌そうにプイッとそっぽを向いてしまう。


「……トムはどう思ってるんだ?」


「え? 僕? ……僕もジュリーが幸せになってくれるなら、それが一番だと思うから」


「会った事も無い相手と結婚するってのに、幸せになれるかなんて分かったもんじゃないだろ」


「長年の夫婦でも仲が悪くなる時はなるものです。今から気にしてもしょうがないでしょう」

 旧時代の常識とはいえ、政略結婚自体は旧帝国貴族の間では珍しくない。むしろ政略結婚の方が普通なのだ。そういう背景もあってか、結婚と恋愛は必ずしも結びついてはおらず、名門貴族出身のクリスティーナがこの3人の仲では状況の受け入れは一番早かったかもしれない。


「はぁ~。これから先が不安でしょうがないよ」

 ジュリアスは大きな溜息を吐いた後、ドッと肩を落とすのだった。

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