宇宙機動要塞アンダストラ
エディンバラ貴族連合執政官マルカム・アーサル公爵は、自邸に財務官コルベールを招いた。
財務官は連合の財政全般を統括し、執政官を補佐する立場にある。
「今日、貴公に来てもらったのは他でもない。帝国は今、激動の時期を迎えている。それについて貴公に相談したい事があってな」
アーサル公はワインの注がれたグラスに軽く口をつけた後、早速本題に入る。
「帝国の内紛に介入なさるというお考えでしょうか?しかし帝国の内紛は既に終息期に入っていると聞いております。今更介入しても、大した成果は上げられないかと。むしろこちらの方が余計な出費を強いられる結果になるやもしれません」
グリマルディ財閥がローエングリンの配下に下り、貴族連合への投資が全面停止となった今、連合の資金繰りに日々奔走しているコルベールとしては、無駄な出費は極力抑えたいという思いがあった。
「いや。そのようなつもりは無い。貴公の言う通り、もう手遅れだろうからな。帝国の内紛がまさかこれほど早く終息するとは夢にも思わなかった」
「まったくですな。あのローエングリン公も単なる寵臣ではなかったようです」
「だが、帝国が今だ不安定な状態にある事に違いはない。私はこのタイミングを利用して、帝国と講和の道が開けないかを考えている」
アーサルのまさかの発言に、長年彼に付き従ってきたコルベールも流石に驚きを隠せない。
「こ、講和ですと!?」
銀河帝国と貴族連合は、次期皇帝の後継者争いに端を発する抗争を約50年間続けている。今更、講和などできるのかとコルベールは考えずにはいられない。
「決して無理な話ではあるまい。今の銀河帝国と我々が戦ってきた銀河帝国はもはや同一のものではない。ローエングリン公は一刻も早く国内を平定したいだろう。向こうが講和を受け入れる可能性は充分にあると思うが」
「……確かに一理ありますな。しかし、それには条件があります」
「何だね?」
「ローエングリン公がこちらの講和の提案に応じざるを得ない状況を作る事です。こちらが下手に出て不利な条約を結ばされては意味がありません」
「勿論だ。そのためにも今、我々に必要なのは軍事上の勝利だ。ローエングリン公に我々が対等な交渉相手だと認識させねばならない」
「仰る通りです。しかし、今の連合にそれほどの大作戦を行う余力はありません。一体どうなさるおつもりで?」
「あの新兵器を使う」
“新兵器”の単語を聞いた時、コルベールは再び驚かされるのだった。
「あれが完成していたのですか!?」
「精確には完成の目途が着いた。だがね。今、ウェルキン侯爵の指揮の下で実戦テストが進んでいる」
「ウェルキン侯爵、ですか。大丈夫なのですか?近頃は作戦を失敗続きだと聞いていますが?」
「その失敗の原因を作っていた帝国軍のネルソン子爵はもうこの世にいない。帝国の貴族どもが葬ってくれたからな」
ネルソン提督が処刑されたという情報を耳にした時、デナリオンズの幹部等は喝采の声を上げたが、それはアーサルも同じだった。強力な敵将が、身内間の争いで勝手に消えてくれたとあっては喜ばない方が不自然と言えるだろう。
「最終テストで、あれを前線に投入する。それにより帝国政府の戦意を挫いてやるのだ」
アーサルはこの作戦に全てを掛けていると言って良かった。
エディンバラ貴族連合は、1つの国家として機能しているものの、経済・産業は帝国の大手銀行や企業などに大きく依存していた。グリマルディ財閥がローエングリンの手中に落ちて以降、多くの銀行や会社が貴族連合への投資・協力を停止・縮小するようになり、貴族連合の立場は日に日に悪いものとなっていた。
財務官としてコルベールは、この状況をよく防いでいる。未開拓惑星の開発を推し進めて資源を確保したりするなど自給自足の経済圏の構築するよう目指した。しかし、戦費で多額の予算が日々浪費される戦時下で、それを行うのは至難の業であり、コルベールも貴族連合の赤字財政を食い止め切れずにいた。
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貴族連合領アルパイン星系。ここでは現在、連合軍大将リクス・ウェルキン侯爵の指揮下で新要塞の建設が進められていた。
ウェルキンはブリタニア星系の戦いで使用したヴァンガード級宇宙超戦艦1番艦ヴァンガードをそのまま旗艦として使用しており、同艦の艦橋から新要塞建設の指揮を執っている。
「工兵の増員要請がすんなり許可されたぞ。どうやらエディンバラでは、この計画を相当期待しているらしい」
短めの銀髪と鋭い緑色の瞳を持つ、30代半ばの提督が嬉しそうに語る。
「それはおめでとうございます。これで完成期日に間に合いそうですね」
腰の辺りまで真っ直ぐ伸びる艶のある黒髪と紫色の瞳をした若い女性士官ウィリマース大尉も上官と同じように笑みを浮かべた。
「ああ。今働いている者達にはかなり無理をさせているからな。これで少しは彼等の作業も楽にしてやれるだろう」
現在、新要塞建設の人員確保のためにウェルキンは苦肉の策として奴隷を大量動員している。人的にはこれでかなりの補填ができているが、しょせんは知識も技術も無い素人達で、雑用係をこなすのが精々だった。そのため、建設現場で働く技術者達の負担はかなりのものであり、ここしばらくは長時間労働、休日返上が続いて過労で倒れてしまう者が相次いでいた。
「工事スケジュールの第2段階がもうじき完了し、最も手間が掛かると予想されていた第3段階から増員が叶うとなれば、確かにそれも可能かと思います」
この建設現場で、全体のスケジュール管理を行なっていたのはウェルキンではなく、ウィリマースだった。
ウェルキンはあくまで実戦指揮官であり、工事責任者ではない。それに対してウィリマースは事務処理能力に長けており、こうした作業はウェルキンよりもずっと上手であった。
「それにしても、あれは要塞というより、まるで戦艦だな」
ディスプレイモニターの向こうに見える建設中の要塞を見てウェルキンは呟いた。
ウェルキン達が建設する要塞の名はアンダストラ。一枚の主翼によって構成される全翼機のような形状をしたその要塞は、ヴァンガード級宇宙超戦艦と同じ理論を元に設計されたものであり、推進装置とワープエンジンを備えた移動要塞だった。
さらに頭の先端部分には巨大な要塞砲が搭載されており、この要塞の最大の武器となる。一度戦闘が始まれば、要塞表面の装甲には強力なシールドが展開され、艦砲射撃はほぼ受け付けない。そして多数の砲台が設置されているため、戦機兵(ファイター)や突入部隊がどれだけ接近しようとも近付く事すらままならないほどの分厚い対空砲火網を敷く事が可能なのだ。
全長は1万mとヴァンガード級宇宙超戦艦の倍以上を誇り、全幅に至っては2万5千mも存在する。要塞内にはマジェスティック級宇宙戦艦3隻を収容する施設が設置されていた。
「この要塞が完成した暁には、帝国軍など一捻りにしてくれるわ。あのネルソン提督に再戦が叶わないのは残念だがな」
目障りなはずの敵将がもういない事にウェルキンは、長年の戦友を失った時のような喪失感を感じていた。
「提督はネルソン提督との再戦を望まれていたのですか?」
「おかしいと思うかね?」
「あ、いえ。そういうわけでは、」
「いや。良いのだ。自分でもおかしな事を考えていると自覚しているよ。だが、彼女だけは私の手で打ち倒したかったものだ。……いずれにせよ。この要塞が機能すれば、長かった戦争も終わる。平和な時代の到来だ」
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