親子

 クリストファー・ヴァレンティア伯爵。クリスティーナの父親である彼は、領主としては決して優秀な人物とは言い難かったが、平民にも公平に接する良識人として領民からの人望も厚かった。

 クリストファーは、ディナール財団には在籍しておらず、先のヘルとデナリオンズの戦いにも常に中立の立場に徹したために難を逃れて、娘がパールライト奇襲作戦を成功させた指揮官で、さらにその功績からヘル党員になった事から旧貴族としては勝ち組と言える立ち位置にいた。


 しかし、彼の心中は複雑だった。多くの同胞達がローエングリン公とヘルによって排除されていく中、自分が身の安全を保障されたというこの状況に良心が痛んでいたのだ。そして従来の貴族制度が崩壊した今、帝国貴族としてのヴァレンティア家は死んだも同じであり、これからどうしていけば良いのかと頭を悩ませた。


 そんな彼は、領地の惑星ケリーランドを離れて帝都キャメロットの土を踏む。

 ローエングリン公にヴァレンティア伯爵家の家名と領地の保障を約束させるためである。家名と領地の保障自体は既にクリスティーナがローエングリンから直々に約束を取り付けているのだが、最終的には当主自らが出向く必要があった。


 総統官邸に向かう前にクリストファーは、皇帝地区インペリアル・エリアにあるヴァレンティア家の邸に足を運ぶ。

 そこでクリストファーは愛娘との久しぶりの再会を果たす。

 クリスティーナは少ししたら軍事省に出頭しなければならない事もあり、父親との対面は軍服姿で行われた。パールライト奇襲作戦の功績で上級大将となっていたクリスティーナの軍服姿にクリストファーは思わず感動するが、その一方で貴族の貴婦人らしく豪華なドレスに身を包んでほしかったという気持ちも密かに抱いていた。

「クリス、元気そうだな」


「はい。父上もお元気そうで何よりですわ」

 丁寧な言葉遣いはいつも通りだが、ジュリアスやトーマスと話す時と比べると、まるで貴婦人のようなお淑やかさを感じる柔らかい口調だった。


「ところでジュリアス君とトーマス君はどうしたのかね?」

 いつも3人で一緒に行動をしている事をよく知っているクリストファーは、愛娘が1人でいる事にやや違和感を覚えた。


「別室にいますわ。1度、親子2人切りで話した方が良いとの事で」


「……そうか。気を遣わせてしまったか。では早速、本題に入ろう。今、時代は大きく動こうとしてる。だが君等の活躍で、我が家はこの難局を乗り切れそうだ」


 クリスティーナ達の功績を称えるような内容とも取れるが、クリスティーナ自身はそうは聞こえなかった。むしろ、よくもこんな面倒な状況を作ってくれたな、と責められているような気がしてならなかった。

「父上、私は!」


「いや。すまない。決して責めているわけではないのだ。だが、事実を述べるなら、総統閣下と君等の手によって、もう我が家は貴族とは言えなくなった」


 貴族制度そのものはまだ存続しているが、貴族の肩書きに付いていた特権や権益はヘルの改革でほぼ全て廃止されてしまった。今の貴族にあるのは、皇帝の名によって委ねられた領地と名ばかりの爵位くらいである。

 生き残った帝国貴族にとっては、ここからが大きな分岐点となる。

 このまま領主を続けて自給自足を行うか。領地を帝国に返還して帝国政府から支給される特別年金で一生を送るか。

 前者は領国経営に失敗した場合、領民からは怒りの矛先を向けられ、帝国からの支援は当てにできないという四面楚歌の状況に追い込まれるというリスクがある。一方の後者は領地を返還する代わりに一生生活に苦労する事の無い年金を得られるが、それはローエングリンの飼い犬になるのに等しい行為であり、帝国貴族のプライドが良しとしない者が多数派を占めた。


「父上と家の皆に迷惑を掛けた事は分かっていますわ。ですが、それでも私は、ジュリーと、トムと、一緒にいたいのです。2人の力になりたいのです」


「それは、我が家が滅びる結果になってもかね?」


「……父上は大切な家族です。ですが、父上と同じくらいジュリーとトムも私にとっては大切な家族なのです。2人がいない人生など私には考えられません」


「……」


「もし、父上にお許し頂けないのでしたら、私は勘当される事も辞さない覚悟ですわ」

 サファイアのような美しい青い瞳は、まっすぐ父親の顔を見据える。その瞳に秘めた思いは真剣そのものであり、父親は娘の言葉が本気である事を洞察する。

 次の瞬間、クリストファーは小さく笑みを浮かべた。

「お前が友を見捨てるような薄情な娘であったなら、私の方から勘当を言い渡していた所だ」


「父上、では!?」


「ジュリアス君もトーマス君も信頼できる子達だ。お前を守ってくれるだろう。主従関係ではなく、友として。家族として」


「父上!」

 クリスティーナは父親に抱き付いて、顔を父親の胸板に埋める。

 それをクリストファーは優しい手付きで受け止めた。


「ヴァレンティア家の未来など気にしなくていい。むしろ、この家名が使い物にならなくなるまで使い尽くすと良い。それがどんな結果に結び付こうと私はお前を責めたりはしない。私の望みは、お前が幸せになる事だけなのだからな」


「父上、ありがとうございます。絶対に後悔はさせませんわ。約束します」



─────────────



 クリスティーナとの話を終えたクリストファーは今度はジュリアスとトーマスの2人と話をしたいと言い出したため、クリスティーナが退出し、代わりにジュリアスとトーマスが入室した。

「おお、ジュリアス君、トーマス君、久しぶりだな」


「「ご無沙汰しております、ヴァレンティア伯爵」」


「ふふ。そう畏まらずに、まあ掛けてくれたまえ」


 クリストファーに促されてジュリアスとトーマスはソファーに座る。


「娘がいつも世話になっているな」


「い、いえ。俺達の方こそいつもクリスに助けられてばかりで」

 ジュリアスが咄嗟にそう答えた。それは紛れも無い本心から出た言葉だった。

 トーマスも頷いてそれに同意する。


「それより今回の件で伯爵にはとんだご迷惑を、」


「いや。それは良いんだ」

 ジュリアスが詫びを入れようとしたのを察したクリストファーは、彼の言葉を素早く遮った。


「私は2人には心から感謝しているのだよ。あれは昔から堅物でな。淑女の嗜みとされる物にはほとんど興味を持たず、他の貴族の令嬢方からは敬遠されて社交界では孤立しがちだった。だがトーマス君が我が家に奉公するようになると、初めて友達ができたと大喜びでな。そしてジュリアス君と仲が良くなると毎日が楽しそうで。私もホッとしていたのだ。どうかこれからもクリスを宜しく頼む」

 クリストファーは深々と頭を下げる。家来筋に当たるジュリアスとトーマスに対して。


「え?あ、いや。こ、こちらこそ!」


「よ、宜しくお願いします!」

 ジュリアスとトーマスも慌てて頭を下げた。


 この部屋にいる3人全員が頭を下げる中、扉が勢いよく開き、その向こうから顔を真っ赤にしたクリスティーナが入ってきた。

「父上!そのような話はお止め下さい!」

 不満そうな表情で、とても恥ずかしそうにしている。


 クリストファーが口を開こうとした瞬間、ジュリアスがソファーから立ち上がる。

「これはこれはクリスティーナお嬢様、御父上を前にそのように声を荒げるとははしたないですよ」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべるジュリアスが、冗談っぽい口調で言う。


「んな!ジュリーこそ何ですか、その話し方は」


「何を言われます?私はお嬢様をお守りする騎士ナイトとしてそれに相応しい振舞いをぉぉ~」


 クリスティーナが両手でジュリアスの両頬を思いっ切り引っ張った。

「オイタをするのはこの口ですか?この口ですね。父上の前にオイタをするその口にはみっちりとお仕置きが必要ですね」


「うぅ~。こ、こめんなちゃい、おりぇが悪きゃったてす~」

 両頬を引っ張られる痛みに耐えかねて、目に薄っすら涙を浮かべながら謝罪するジュリアス。しかし、うまく口を開けず、まるで赤ちゃん言葉のような言葉遣いでしか話せなかった。それに思わずクリスティーナは笑ってしまいそうになるが、彼女は心の中で耐え切った。


「ちょ、ちょっとクリス。ジュリーも反省している事だし。その辺で」

 見かねたトーマスが仲裁に入ろうと試みる。


「トムはよく知っているはずです。このくらいでジュリーが反省などするはずがないと」


「はんちぇいしました。ゆるちてくだしゃい~」


「ふふふ。ジュリーにはもっとしっかり反省してもらうとしましょうか」

 楽しそうな口調と表情のクリスティーナ。


 そのやり取りをクリストファーは微笑ましく思いながら見守っていた。

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