新体制樹立
パールライト奇襲作戦、マレー星系の戦いによってデナリオンズの主要戦力を壊滅させ、オペレーション・ロングナイフによってディナール財団及び
反対者を一掃したローエングリンは、帝国貴族の力を排した、より中央集権的な支配体制の構築に着手する。
その中でローエングリンは既にヘルの色に染め上げられている帝国内閣をより効率な形へと作り変えられた。
従来の内閣は、帝国宰相を長とし、その下に大家令、大法官、内務大臣、大蔵大臣、軍事大臣、司法大臣、商工大臣、文部大臣、枢密院議長の9名の計10名により閣僚が構成されていた。
この内、帝室執事長と言われる“大家令”と帝国の玉璽を管理する“大法官”の2つを廃止し、新たに宮内省を設置。そして玉璽そのものは総統を補佐する総統官房の管理下に置かれた。
さらに枢密院議長を閣僚の座から外し、代わりに情報省と厚生省を設置した。情報省は、情報・通信政策全般を統括する機関。厚生省は、臣民への社会福祉政策全般を統括する機関。
新しく構築されたこの内閣を率いてローエングリンは様々な改革を実施する。
その最たるものが“臣民平等”政策だった。貴族特権が廃止され、これまで貴族は免除されていた諸々の納税や兵役などの義務を平民と同じように負うになった。さらに貴族に有利に働くように作られた税制・法制の見直しが行われた。そしてこれまで親衛隊が調べ上げていた貴族の汚職事件を一気に公表して当事者を一斉逮捕して公開裁判に掛けるなど公平な社会体制が構築された。
反社会的、反体制的という理由から帝国政府の内務省によって取り締まりの対象となっていた出版物が、あまりに過激な物を除いて解禁され、さらに不敬罪も一部が効力を停止して言論の自由が保障された。
銀河帝国を取り巻いていた悪習の1つが取り払われたわけだが、これについてはヘル内部でも異論があった。
「民衆に自由を与えるのは結構。旧体制との差を見せつける事で、総統閣下への民衆の心情を良くするのに役立ちます。ですが、与え過ぎはよくありません。自由などというものは人が生きる上で不便のない程度だけ与えておけば宜しい。民衆は元来強欲な連中。1度何かを得るともっと欲しくなるものなのです。それはやがて帝国の権威にヒビを入れかねませんぞ」
それを主張したのは情報大臣に任命されたゲッベルスだった。皇帝官房時代には総統報道官としてローエングリンの下で広報活動に専念し、今のローエングリンの民衆からの支持の高さの一因を築いた人物だ。
しかし、そんな彼の言葉に対してローエングリンは、
「権威というのはな、ゲッベルス。敬意を払われるべくして払われるものなのだ。法と権力で強制的に敬意を払わせるようになっては、もうそれは権威ではなく、公権力による押し付けなのだ。我々ヘルは民衆に1つの自由を与えた。民衆はそれを喜び、ヘルを敬う事だろう。それこそが権威なのだ」
と返した。
これを聞いたゲッベルスは主君の考えに同意し、一礼して主君の見識に敬意を払う。
大掛かりな改革を推し進めるに当たり、それを影から支える原動力となったのは親衛隊が接収したディナール財団保有の資産や財団に席を貴族達の財産だった。それを国庫に納めた途端、50年に及ぶ戦争で慢性的な財政赤字に陥っていた帝国の財政は一気に黒字へと転じたのだ。
これは貴族に反感を抱いていた平民の怒りを発散させる効果をもたらし、ローエングリンにとっては一石二鳥の策となった。
「大貴族どもは自分達の行なった悪事のツケを払っているだけさ。それが結果的に私に都合よく働いただけでな」
総統執務室にて銀髪の独裁者は、コーヒーを片手にそう楽し気に語った。
「今のご主人様の言葉を外に集まっている民衆に聞かせてあげたいです」
桃色の髪をした少女が呆れたという口調でそう言った。
現在、アヴァロン宮殿前広場には、数万人規模の平民達が集まっている。皆、ローエングリンを熱狂的に支持している者達だ。彼等の支持は、ローエングリンの支配体制を支える重要な基盤となっている。
「ご主人様の基盤はあくまで平民達。だから私達奴隷はそのままなんですよね?」
ローエングリンは臣民平等を掲げたものの、奴隷制度には特に手を加えなかった。
奴隷制度が帝国にもたらす生産能力は計り知れず、帝国の経済機構そのものを支える存在とも言えた。それをいきなり廃止する事はローエングリンにもできなかったのだ。
「お前は奴隷のままで不満なのか?」
「まさか!私の身と心は全てご主人様の物です。例えこの首輪が外れたとしても、それは変わりません」
「……」
エルザの言葉に対してローエングリンは何も返さなかった。
しかし、彼が沈黙を守る理由をエルザは直感的に察し、楽し気にクスクスと笑う。
「今の私の台詞、どうでした? こんなに可愛い美少女が、健気にご主人様に尽くすんですよ。興奮しました!?」
「自分で美少女と言うか? 今ので完全に興醒めだな」
「えー! 何ですか!? ……はぁ、ご主人様も帝国を支配する独裁者となられたのに、今だに童貞のままでいるおつもりですか?」
“童貞”と言われた瞬間、ローエングリンの眉がピクッと僅かに動く。
本当に僅かな動きだったが、エルザの目は完璧に捉えていた。
「せっかく帝国を好き放題できる立場になられたんですから、私の身体も好き放題してみませんか?」
「そういう事はもう少し胸が大きくなってから言うんだな。それよりもうすぐ閣議が始まる。さっさと資料を用意しろ」
「は~。銀河帝国を支配する独裁者は童貞。奴隷の女の子を抱く勇気も無いチキンさんだなんて世の笑い物です」
溜息を吐いた後、エルザはそんな事を良いながら主人の命令に従って資料の準備に取り掛かった。
─────────────
「総統閣下の人気は大したもんだな」
ここはディナール財団総会に席を置いていた帝国貴族からヘルが接収した邸で、今は俺達が待機所として使用していた。
「そりゃあれだけの事をしたらね。皆とっても喜んでいるし」
そう言いながらトムがテラスに姿を現す。
皆、喜んでる。確かにそうだ。総統閣下の改革は大貴族の旧体制よりもずっと良いものになっているはずだ。それは認める。でも、この先も良いもので有り続けるのかどうか。
「……」
「な、何さ?」
「いや。皆、簡単に騙されちゃうんだなと思ってさ」
「騙されてる? どういう事だい?」
「確かに貴族と平民に垣根は取り払われたさ。でも、それは厳密に言えば帝国の支配層にいた大貴族を平民層にまで引きずり落として、空白になった支配層にヘルをねじ込んだってだけだ」
「まるで他人事だね。ジュリーも僕も、そしてクリスももうヘルの一員じゃないか」
「……」
俺は軍服のポケットからケースに入った、翼を広げた鷲のデザインをした純金製の胸章を取り出した。
俺とトム、クリスはパールライト奇襲作戦成功の功績で、3人とも総統命令による特例として二階級特進し、さらにヘル党員へと迎えられた。
「巷じゃあ僕達の事、何て呼ばれてるか知ってる?」
「あれだろ。“新貴族”って奴だろ」
ヘル党員になる条件は、帝国貴族と違って血統ではなく実力と実績だ。身分に関係無く、力の有る者が出世できる新社会の象徴という意味合いも込めて新貴族という呼称がゲッペルス総統報道官の提案でなされ、それが世に広まったのだとか。
「何だか複雑な気分だな。僕が貴族になるなんて」
「そんなに固く考えるなって。貴族って言っても旧貴族と違って何か特権があるわけでも無いんだし。ちょっとだけ箔が付いた程度なんだからさ」
「それはそうだけど」
どうにもトムは自分が貴族と呼ばれる立場になったのが釈然としないらしい。まあ、それも無理はないか。ここ最近は本当に状況の変化が激しいからな。俺も時々夢を見ているような気がする事がある。
でも、今の地位で満足するつもりは無い。俺は絶対に、トムやクリスを、大切な人を守れるだけの力を手に入れてみせる。
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