マレー星系の戦い
帝都キャメロットを擁するブリタニア星系から少し離れた、マレー星系には現在、ディナール財団が建設している新要塞シンハプーラがあった。
ここにはデナリオンズ実戦部隊指揮官のモルドレッド子爵がデナリオンズ第1艦隊を率いて視察のために訪れていた。
「どういう事だ?なぜ帝都と連絡が着かんのだ?」
巡洋戦艦レパルスの艦橋にてモルドレッドの怒気を含んだ声が鳴り響く。
「電波状況が悪く、一向に応答がありません。原因は不明です」
今、帝都ではオペレーション・ロングナイフが発動しており、ブリタニア星系と外部の連絡は一時的にヘルが使用する特殊な通信機以外は遮断されている状態にあった。
ブリタニア星系とマレー星系の距離は軍用通信機を用いれば、何の問題もなく通信できる程度しか離れていないなため、単に通信状況が悪いとは考えられず、老練な指揮官は何か起きているのではないか、と不安を募らせた。
「司令、第2総力艦隊より通信です」
「ああ。繋いでくれ」
通信オペレーターが回線を繋ぐと、艦橋のメインモニターに第2総力艦隊司令官にして
「モルドレッド提督、どういうわけか帝都と連絡が着かない。そちらの状況はどうか?」
「こちも同じです、フィリップス上級大将」
しかし、モルドレッドもフィリップスもその事実を知らず、事態の深刻さにまだ気付いていない。
2人の提督が小型の高速宇宙船を帝都まで派遣して様子を見に行かせようかと相談をし出したところで、第2総力艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズの索敵オペレーターが接近する艦隊の存在に気付いた。
「ん? まったくどこの馬鹿だ? この星系はデナリオンズの管轄下にあるんだぞ。許可無く侵入するとはッ! ……すぐにその艦隊と通信回線を開け」
報告を受けたフィリップスは迅速に動いたが、それは危機感を覚えたからではない。単に規則違反を犯している、接近中の艦隊に腹が立っただけの事である。
実際、プリンス・オブ・ウェールズの艦橋で緊張感を持って行動している者は1人もいなかった。
しかし、その艦隊から続々と
「
「なッ! 敵か! こちらも
フィリップスが指示を出した直後、通信回線を介して、巡洋戦艦レパルスの艦橋から待ったを掛ける者がいた。
「相手が
「ドローンにだと? ……まあいい。良かろう。ここは任せる」
正直な所、フィリップスは無人機であるドローンをあまり信用してはいなかった。しかし、謎の敵艦隊から出てきた新型機の性能を推し量る的くらいはできるだろうと考えてこの場を委ねる事にしたのだ。
─────────────
マレー星系に突如現れた謎の艦隊の正体は、ローエングリン公の意を受けて派遣されたガウェイン提督率いる艦隊だった。ドレッドノート級7隻で構成されるこの艦隊は、まともにぶつかれば、第2総力艦隊とデナリオンズ第1艦隊の戦力の前に押し潰される事だろう。しかし今、出撃した
旗艦ガラティーンで指揮を執るガウェインは不意に、自分の隣にてPCを操作する少女に目を向けた。
「さてと。そろそろ頃合いだと思うのだが?」
「もう少し待って。すぐ終わるから」
そう陽気な声で返すのはシャーロット。拘束衣と拘束椅子によって厳重に縛られている彼女は、僅かに自由の利く足を器用に動かして、足の指でPCのキーボードにデータ入力を行なっている。
「よしッ! これでOKよッ!」
そう言って彼女はキーボードのエンターキーを押す。
その直後だった。ガラティーンのメインモニターに映し出されている敵艦隊から出撃したスピットファイアの大部隊が突如、その動きを止めて沈黙してしまう。まるで時間が止まってしまったかのように。
この事態には当然、モルドレッドやフィリップス、そして誰よりもミッチェルが動揺の色を見せた。
そしてガウェインもまた「おぉ」と思わず感嘆の声を漏らす。
「まさか本当にうまく行くとは。流石は総統閣下が目を付けた娘なだけはある」
「ふふ~ん! まだ驚くのは早いわ。ほいっと! これで
シャーロットは右足の親指で再度エンターキーを押す。
次の瞬間、静止していたスピットファイアが再び動き出した。しかし、身体を反転させてデナリオンズ艦隊及び第2総力艦隊に向けて殺到。味方を攻撃し出したのだ。
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突然の事態に対応が遅れて、デナリオンズ艦隊及び第2総力艦隊の対応はスピットファイアの接近を許し、近距離からの直接攻撃を受けてしまう。
「おい、ミッチェル! これは一体どういう事か!?」
モルドレッドは対空砲火で弾幕を張るよう指示を出しつつ、ミッチェルに怒鳴り声を上げた。
「ま、まさか、ドローンを管理する戦術ネットワークにハッキングされたのか?」
PCを操作して原因を調べながらミッチェルは呟く。
やがて、その仮説が真実だった事を突き止める。しかし、幾重にもプロテクトを掛けて保護したネットワークに侵入してドローンの戦術プログラムに介入するなど不可能だと、すぐには受け入れる事ができなかった。
「事実のみを報告せよ! この事態の原因は!?」
「敵がドローンの攻撃目標の設定などを行う戦術ネットワークにハッキングをし、敵味方の設定を反転させたものと思われます」
「ではすぐに設定を元に戻せ!」
「そ、それが、システムがロックされていて、解除するのに5分は要します」
「馬鹿者! その前に艦隊が全滅してしまうぞ!」
第2総力艦隊からは続々とセグメンタタが出撃して迎撃を開始する。数的にはほぼ互角であるが、高速で飛び回るスピットファイアをセグメンタタで応戦するのは難しかった。また艦隊の間近での戦闘なため味方艦に流れ弾が当たってしまう事を恐れて、セグメンタタの方は気軽に飛び道具を使えなかった。
─────────────
ガウェイン艦隊は、その同士討ちの状況をただ傍観するだけで一定距離を保ったまま動こうとはしなかった。
一旦出撃させたラプター部隊も戦闘には介入させずに待機させている。
「いやはや。まさかここまでうまく行くとはな。こんな小娘に任せて大丈夫かと内心思っていたが」
「ふふふ。見直してくれたのなら光栄だわ。でもまだよ。私が掛けたロックとシステムの再設定をするのに約5分。それが終わったら、あのドローンはまた敵に戻っちゃうわ」
「分かっているさ。その瞬間と同時に我が艦隊が一斉攻撃を仕掛けて敵の数を減らす。そこにラプター部隊を突入させれば、敵は全滅だ。……それはそうと、一体どうやってハッキングしたんだ?敵だって馬鹿ではない。プロテクトは厳重に掛けていると思うが?」
「ふふ。ドローンを制御している戦術ネットワークはね。帝国軍のデータリンクの一部を使ってるのよ。だから帝国軍の端末から、帝国軍でも最高位のアカウントを使ってデータリンクにアクセスすれば、プロテクトの大半は張りぼて同然なの」
「最高位のアカウント?」
「帝国軍最高司令官“代理”よ」
「つまり総統閣下の所有しているアカウントを使ったと?」
「ええ。データリンクに侵入するなら、これを使うのが一番手っ取り早いって言うから借りてきたの」
「なるほど。なぜ、総統閣下が
「たぶんね。そして今回みたいな使い道ができるって思ったから放っておいたんでしょ」
「まったく恐ろしいお方だ」
それから少し経ったタイミングで、スピットファイアの動きが先ほどと同じように停止した。どうやらシャーロットが掛けたロックを解除し、ネットワークへのアクセスに成功したらしい。
「今だ! 全艦、一斉射撃! 撃て!」
ガウェイン艦隊が無数のエネルギービームを解き放ち、その射線上にいたセグメンタタ、スピットファイア、そして敵の艦艇を超高熱で溶かし焼き払う。
これを合図に待機していたラプター部隊が、一斉にスラスターを全開にして戦場へと突入した。
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レパルスの艦橋でミッチェルはスピットファイアの復旧作業を急いでいたが、この緊急事態に手元が狂ってしまい、PCの操作がうまくできずにいた。彼は
「ええい。何をしておる!? さっさとドローンに迎撃させろ!」
「も、もう少しだ! もう少しだけ、待ってくれ」
だが、時すでに遅し。
1機のラプターがレパルスの艦橋に向けてビームランチャーから高エネルギービームを叩き込んだ。艦橋は一瞬にして蒸発し、モルドレッドとミッチェルの命は絶たれる。それは同時にこの戦場に残っている全てのドローンが単なるスペースデブリと化した事を意味していた。
戦場のあちこちでラプターから炸裂する、艦砲射撃並のビーム砲撃の前に、混乱するデナリオンズ艦隊と第2総力艦隊はもはや対抗する手段を持たずに一方的な蹂躙を許してしまう。
第2総力艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズも殺到するラプターを迎撃し切れずに撃沈。フィリップス上級大将も艦と運命を共にした。
やがて、この戦いはガウェイン艦隊の完勝と言える形で幕を閉じる。
デナリオンズはその主要戦力たる第1艦隊と第2艦隊の双方を失ってしまい、軍事組織としては完全に瓦解した。
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