オペレーション・ロングナイフ
アリヌマ星系の星系外の合流地点にて、ヴァレンティア艦隊本隊とラプター部隊は合流した。
ジュリアスが旗艦ヴィクトリーの艦橋に戻ると、真っ先にネーナが彼の胸へと飛び付いた。
「少将ッ!!」
「ね、ネーナ?」
いきなり飛び付かれてジュリアスはそれを受け止め切れずに後ろへ倒れ込んで尻餅を突いてしまう。
「いてッ! ちょ、ちょっとネーナ、いきなり何を、」
驚くジュリアスは喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。ネーナの顔が今にも泣き出してしまいそうな状態だったから。
心配させちまったんだな、と申し訳なく思う一方で、心配してくれたんだ、と嬉しく思う自分がいる事にジュリアスは一瞬戸惑った。
「ふふ。約束しただろう。ちゃんと帰って来るって」
何とかネーナを宥めたジュリアスは、ようやく艦橋へと足を運ぶ。
「おかえり、ジュリー。お疲れ様」
「この戦いはほぼ完勝です。例のドローンとやらもジュリーには通用しなかったようですね」
圧倒的大勝利を持ち帰ったジュリアスを、トーマスとクリスティーナが手厚い歓迎で迎え入れた。
「ああ。楽勝楽勝ッ! プログラム通りにちょろちょろ飛び回るだけの人形なんて片っ端に撃ち落としてやったぜ! ……と言いたい所だけど、先制攻撃で出撃前に大半を叩けたから良かったものの、あれが纏めて出撃して来たらと思うと流石にゾッとするよ」
「ジュリーがそんな事を言うなんて珍しいね」
「スピードは確かに常人離れしているけど、動き自体は単調だから、落ち着いて1機1機対応していけばそんなに脅威にはならない。でも、あれが大群で襲ってきたら1機1機、何て言ってられなくなるからな」
それを聞いた艦橋の一同は、思わず笑みを零して場の空気が和む。そして当のジュリアスは恥ずかしさを笑って誤魔化し、後頭部を掻いた。
「ふふ。後はこちらに任せてジュリーは休んでいて下さい」
「お! 悪いな、クリス! んじゃ、後は任せたぜ! 行こうか、ネーナ!」
「はいッ!」
ジュリアスはネーナを連れて早々と立ち去った。
「どうやら相当お腹が空いていたようだね」
「ええ。今日はよくやってくれましたからね。まさか本当にあの滅茶苦茶な奇襲作戦を成功させてくれるとは」
「こっちはうまくいったけど。帝都の方は大丈夫かな?」
「あの総統閣下の事です。きっと大丈夫でしょう」
「帝都に帰還したら反逆者として処刑なんてのは御免だからね」
─────────────
ヴァレンティア艦隊がパールライトを奇襲した直後。帝都キャメロットでもある計画が今まさに動き出そうとしていた。
総統官邸ヴィルヘルム宮の地下に設けられている指令室には、親衛隊長官兼国家保安本部長官エアハルト・ヒムラーを初めとする親衛隊や国家保安本部の幹部クラスが集まっている。
そこで帝国総統コーネリアス・B・ローエングリン公爵が入室し、幹部達は一斉に身体をローエングリンに向けて敬礼をした。
「総統閣下、全部隊の配置は完了致しました」
銀髪の青年が無言のまま頷くと、青と赤の瞳で指令室に集まる幹部達を一望する。
「今日この日を以って、時代は大きく変わる。大貴族の時代が終わり、我々ヘルの時代が幕を開ける! そして帝国は本来のあるべき姿を取り戻す。私は帝国総統の名においてオペレーション・ロングナイフの発動をここに宣言するッ!」
“オペレーション・ロングナイフの発動”
ローエングリンの下したこの命令はすぐにも帝都中に配置された親衛隊各部隊、そして国家保安本部直轄の警察部隊に通達される。
この命令を受けて真っ先に動いたのは親衛隊1個連隊を率いるアウグスト・ディートリヒだった。
軍事省は帝国政府の中で唯一ヘルの傘下に下っていない組織だった。帝国政府の一角であると同時に
これに続き、他の親衛隊部隊が
親衛隊が帝国軍の中枢機能を抑えている頃、国家保安本部傘下の警察機関は
これはディナール財団への明らかな敵対行動であり、この事態に危機感を覚えた財団に席を置く帝国貴族はその多くが帝都からの脱出を図る。
しかし、宇宙港は既に閉鎖されており、公共交通機関を使って逃亡を図った貴族はその場で逮捕された。
個人所有の宇宙船で逃亡した貴族も数多く存在したが、惑星キャメロットの衛星軌道には既にヘル賛同者の帝国軍艦隊が展開して封鎖網を敷いており、これを突破して脱出する事はほぼ不可能であった。
総統官邸の地下指令室には逐一帝都の各地で起きている作戦の進捗状況の報告が届けられる。
各地から集まる報告書は、副官のボルマン大尉が簡潔に纏め上げてローエングリンに報告していた。
「ベルガー連隊長より宇宙港にてディナール財団在籍の貴族451名の拘束に成功したとの事です。また、ヴェンネンベルグ連隊長より逃げ遅れて
「まずまずの成果だな。で、帝都から脱出した連中は?」
「詳細な報告はまだですが、7割近くは拿捕したようです」
「つまり3割前後は取り逃がしたというわけか」
「はい。ですが、計画の漏洩を防ぐために封鎖網に参加させられる戦力をギリギリまで抑えた事情も考えますと、これは寧ろ上出来かと」
「そうだな。そういえば、ウェストミンスター公は捕らえたか?」
ウェストミンスター公爵はディナール財団理事長にしてデナリオンズ運営委員会委員長という立場にある。ローエングリンとしては尤も捕らえておきたい人物と言えるだろう。
「……いえ、今の所報告は上がっておりません」
「そうか。まあ、何もかも完璧にとはいかんものだ」
「ですが、今後ヘルにとって大きな脅威となるやもしれません」
「デナリオンズの主要戦力は今頃、宇宙の塵と化しているだろう。それにグリマルディ銀行にある奴等の口座は全て凍結させた。つまりは無一文の状態で宇宙に飛び出したというわけだ。武力も無ければ財力も無い。そんな輩に今更何ができるというのだ?無論、捜索は続けるが、血眼になって探す必要も無い」
ローエングリンとボルマンがそんな会話をしている間にも、各地からは様々な吉報が集まっている。
そんな中、ローエングリンに面会を求めてきた者がいた。貴族社会で屈指の権勢を誇るコンウォール公爵である。
褐色の髪には所々白髪が入り混じった初老の男性貴族は、腰を低くしつつローエングリンの前に立つ。
「ご協力に感謝致します、コンウォール公」
「め、滅相も無い。帝国と総統閣下のためとあらば、いつでも喜んで協力致しますとも」
如何に帝国の独裁者として君臨するローエングリンと言っても、このような大規模な作戦を実施するのは容易な事ではない。そこでローエングリンはコンウォール公に協力を持ち掛けたのだ。無論、拒否する権利も裏切りの可能性も二重三重に摘み取ってから、ではあるが。
「それは心強いお言葉だ。貴公の働きには皇帝陛下もさぞお喜びである事だろう」
「で、では、私を枢密院議長にして下さるというお話は?」
「明日にも就任できるよう取り計らおう」
「感謝します、総統閣下」
枢密院議長。伝統と格式のある皇帝諮問機関・枢密院の長。約400名前後の帝国貴族によって構成される枢密院を束ねる要職で、帝国内閣の閣僚の1つ。しかし、皇帝官房と帝国総統が設置されてからは有名無実化し、枢密院議長の地位も単なる名誉職でしかない。
ただ、それでも帝国貴族にとっては名誉ある地位であり、コンウォール公がローエングリンの側に付く事を大きく後押ししていた。
「とはいえ、貴公がディナール財団に席を置いていたという事実もある。ここは帝国に対する忠誠心を見せて頂きたいものですが。如何ですかな?」
「んな! こ、この計画を実行するに当たり、我が邸をあなた方の部隊の待機場として提供しました。それでは不足だと言われるか?」
「単にかつての同胞を売るだけなら誰にでもできます。今、私が申し上げているのはあなた自身の誠意を見せて欲しいという事です」
「……我が家が保有する惑星1つを献上致します」
「流石はコンウォール公爵。話が早くて助かります」
コンウォールのようにローエングリンに味方した貴族は決して少なくはなかった。
オペレーション・ロングナイフ発動後に身の保身を図って総統官邸に駆け込んだ者がほとんどではあったが。彼等もコンウォールと同じように家名と財産を保護する対価として地位や領地の一部を献上する事を求められるのだった。
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