パールライト奇襲・後篇
デナリオンズの重要軍事拠点“パールライト”は、アリヌマ星系に浮かぶ宇宙ステーション。元々はドゥラーニ伯爵が管理する、星間航行船が補給や補修のために立ち寄る中継ステーションだった。
それだけに艦隊を停泊させるための軍港機能は既に整っており、すぐにも拠点を欲していたデナリオンズにとっては有利に働くが、一方で要塞的な兵装は皆無に等しく敵襲を受けた際には駐留しているデナリオンズ艦隊のみが頼りとなる。
パールライトのドックの多くは、軍港機能追加のための改装工事中であり、インヴィンシブル級の大半はパールライトの周辺宙域に浮かぶ簡易ドックに停泊している。
デナリオンズ艦隊は現在、第1艦隊と第2艦隊が存在し、それぞれの戦力はインヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦が15隻ずつという状態だった。
民間に払い下げられて武装商船と化した艦をディナール財団の豊富な財力によって買い集めたのだが、先の計30隻の艦艇とは別に中には再武装のための改修を必要とする艦が計12隻存在し、それ等の艦も現在ここパールライトに集結して改修工事中である。
しかし現在、第1艦隊はデナリオンズ実戦部隊指揮官クラレント・モルドレッド子爵と共に建設中の新要塞の視察に向かっており、今のパールライトの戦力は実質半減していた。
モルドレッド子爵がいない今、パールライトの指揮を任されているのは帝国軍中将キンメルだった。
貴族連合軍が帝都キャメロット間近にまで迫ったブリタニア星系の戦いにも参加した提督だが、先の戦いでは大した戦果も挙げられなかった。そんな中、デナリオンズの幹部になよう要請が来た事を彼は喜び、これを自らの栄達に役立てようと目論んでいた。
とはいえ、最前線から遠く離れた安全なアリヌマ星系に拠点を構える彼にやる仕事はほとんどなく、パールライトの司令官室にて幕僚達を集めてトランプに興じていた。
「いやはや、キンメル提督、私達をこのような場にお招き頂きありがとうございます」
「あのような若造の手下に成り下がった軍にいるより、このデナリオンズの方がずっと有意義というものです」
デナリオンズの幹部クラスのほとんどは当然の如くローエングリンの強権体制に不満を持つ帝国貴族で構成されている。彼等はデナリオンズこそがローエングリンを打倒し、帝国に本来の秩序を取り戻す尖兵となる事を期待していたのだ。
「ふふ。デナリオンズは今後もっと大きくなるだろう。そうなれば、もうガウェインやシザーランドのような低身分の者が我等に肩を並べる事も無くなろう」
キンメルは苦虫を嚙み潰したような顔をした。ローエングリンの影響力によって本来将官クラスに昇るはずもない低い身分の者が続々と提督の地位を得るに至っていた。
それを快く思わない貴族は数多く存在する。そうした者達は率先してデナリオンズに協力し、膨大な労力と資金の投資を惜しまなかった。
そのため、今は帝国軍や貴族連合軍に比べると組織の規模は小さいが、潜在的な勢力を含めれば銀河系随一の軍事組織となるだろう。
「その通りです! 我等栄光ある貴族があのような輩の風下に立つなど世も末です。もはや帝国軍から正義は失われたと言えるでしょう」
そう述べるのはまだ20歳にも満たない茶髪の若い帝国軍准将インカーマン子爵だった。彼はかつては近衛軍団に在籍し、かつて近衛軍団に研修で訪れたジュリアスとトーマスとの間でトラブルを起こした人物である。
デナリオンズが創設された時、彼は真っ先に協力を表明してパールライト司令部幕僚の地位を手に入れていた。
インカーマン子爵が雄弁を披露する中、司令官室のドアを開けてその奥からインカーマン並みに若い士官が入室した。
「キンメル提督! 所属不明の
「ん? ペンバートン工場から新たなドローン部隊が到着したのか? いや、だとしてもなぜ輸送艦で運んで来んのだ?」
キンメルはやや不審に思いこそしたが、まさか敵襲だとは思いもしなかった。ここは帝国領内深くに位置する星系で貴族連合軍の襲撃などあるはずがないのだから。仮に襲撃だったとしても艦隊が姿を現さないのは明らかに不自然である。そういう楽観論や軍事的常識などもあって、キンメルと彼の幕僚達は問題視せずに「どこの所属かを問い合わせろ」と命じるのみで再びトランプの勝負に戻ろうとした。
しかし、その時だった。
パールライト付近の宙域に戦艦の主砲並のエネルギービームが真空を横断し、その先にある簡易ドックに停泊中の巡洋戦艦に命中。激しい爆発を引き起こした。
「な、何事だとだ!?」
司令官室の窓から、激しい光が差し込んだキンメル達はようやく事態の重大さに気付く事になる。
デナリオンズの対応は全てにおいて遅いと言わざるを得なかった。
ステルス機能を持つ
キンメル達は、司令官室に設けられている3つの窓にそれぞれ集まって外の様子を確認する。窓に向こうには恐るべき光景が広がっていた。
見た事もない黄緑色の
「くぅ! たかが
デナリオンズ艦隊は、まず数を揃える事を優先させているために指揮系統が一本化されておらず、対応もバラバラであった。人材の不備、組織的な不備から、デナリオンズはろくな抵抗もできずにいた。
「キンメル提督! 我々も急ぎ出撃しましょう! このような小細工を仕掛けてくるのはあの総統に違いありません!」
「ああ。そうだな。すぐに指令室へ向かおう」
キンメル達が部屋を後にしようとしたその時だった。エネルギービームが司令官室を貫き、キンメル達の肉体を一瞬にして蒸発させた。
そのエネルギービームは突如襲来した
だが、小さく機敏に動き回る
─────────────
戦闘が開始されて約10分。
デナリオンズ艦隊の大半は撃沈され、パールライトの防空網は壊滅的打撃を受けていた。この状況に至ってもパールライトに配備されている
ジュリアスは第一攻撃目標を敵艦隊、第二攻撃目標をパールライトの
スピットファイアは無人機だからこそ有人機ではパイロットへの負荷から困難と言われた高機動力を実現していたが、あまりにも多勢に無勢であり、次々と撃墜されていく。
また、スピットファイアが戦局に影響を与えられなかった原因の1つは、そのスピットファイアを次々と狩っていくパイロットの存在があったからだ。
「しょせんはただの自力プログラムだな。動きが単調で読みやすいな」
そう言うのはジュリアスだった。
いくら人の手では難しい動きを可能にしたとしても、戦い方そのもの素人パイロットレベルでは意味が無い。まだ未熟なパイロットが相手ならそれで充分通用するだろうが、実力・経験共に豊かなジュリアスにはまったく通用しなかった。
ビームランチャーで最後のスピットファイアを撃墜したジュリアスは、逃亡を図るインヴィンシブル級の存在に気付いた。
「ん?味方が戦っているのに自分だけ逃げだすとは、これだから大貴族って連中は!」
しかし、ジュリアスはその敵艦を追おうとはしなかった。また、味方の1個小隊が追撃に向かおうとするもそれを呼び止めて制止する。
「そろそろ作戦は次の段階に移る。味方の艦砲射撃に巻き込まれる前に撤収するぞ」
ジュリアスはラプター部隊に撤収命令を出し、それを受けた各部隊は作戦に従って撤収を開始する。
「充分な戦果は挙げられたが、情報よりも敵艦の数が少ない。一部出払っている所だったか。クソッ! この奇襲で纏めて沈めてやりたかったんだが」
モルドレッド子爵の不在を知らなかったジュリアスは、デナリオンズ第1艦隊を取り逃がした事を悔やんでいた。ここでデナリオンズを完璧に叩いておかなければ、ヘルに敵対する勢力は生き残ったデナリオンズの下に身を寄せるだろう。そうなった時、エディンバラ貴族連合軍のような長期に渡って銀河にのさばる反乱勢力となる恐れも出てくる。それは帝国に秩序をもたらそうとしているヘルにとって決して望ましい事ではない。
攻撃の手は止むものの、間を置かずにパールライト付近の宙域にヴァレンティア艦隊本隊が姿を現した。先ほどジュリアスが見た逃亡を図る艦の正面に展開する方角からである。
「よしッ! 良いタイミングだ!」
部隊の撤収の指揮を執りながら、ジュリアスは艦隊による総攻撃の成功を確信した。
ヴァレンティア艦隊は持てる火力の全てを解き放ち、正面に立ち塞がる敵艦を沈めると、そのままパールライトへと直接攻撃を開始した。
相手は軍事施設には違いないが、要塞とも砦とも呼べないほど防衛機能が存在しない。艦隊にしてみたら丸裸同然であった。
パールライトを射程に捕らえたヴァレンティア艦隊は、かつての上官ネルソン提督を奪われた怒りと復讐心を砲撃に乗せて敵に向かって叩き付けた。
元々軍事施設ではないパールライトは、施設内での物資の往来を容易にするために開放的な造りとなっており、防護扉や装甲が民間用レベルの強度しか有していない。艦隊による全力射撃に晒されて基地機能が完全に喪失するまでに時間を要しなかった。
30分足らずの戦闘の後、ヴァレンティア艦隊は撤退する。
パールライト奇襲作戦はヴァレンティア艦隊側の損害がラプターが4機撃墜、29機が損傷という軽微なものだった。
それに対して、デナリオンズ側は27隻あった艦艇の内24隻が撃沈、3隻が損傷、パールライトの軍港機能喪失、配備されている
この一方的な勝利は様々な要因が重なった上のものではあったが、戦史に残る大勝利である事は間違いないだろう。
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