パールライト奇襲・前篇

 ルナポリス造兵工廠に配置されていたヴァレンティア艦隊は、同工廠にて開発された新兵器の運用テストを兼ねた演習を行うために出向して星々の大海へと乗り出した。

 しかし、それは演習には明らかに過剰な物資と兵装を整えており、途中から公表されている演習航路を逸れて別ルートを進み出していた。

 それもそのはずである。ヴァレンティア艦隊の真の目的は奇襲なのだから。

 艦隊の将兵達には貴族連合の前哨基地を奇襲すると伝えられているのだが、これも実は偽りの情報で、真の奇襲先を知るのは艦隊の高級士官達のみだった。

 だが、貴族連合の前哨基地への奇襲にしては航路設定が妙だと不思議に思う者が現れ始め、次第に真の目的は別にあるのでは、と予測する者が次第に増えていった。

 ちょうどその時、艦隊司令官クリスティーナは、かつての上官ネルソン提督から受け継いだ旗艦ヴィクトリーの艦橋から艦隊将兵に向けて今回の全容が明かされる事となる。


「我が艦隊がこれより向かうのは、デナリオンズの宇宙ステーション《パールライト》です!」


 ヴァレンティア艦隊に所属する宇宙戦艦6隻、宇宙巡洋艦8隻全ての艦艇にクリスティーナの声が無線を通して響き渡り、将兵達の間に動揺の声が上がる。

 デナリオンズは帝国軍の一員というわけではないが、立場的には友軍と言って良く、奇襲を仕掛ける相手としては不適切だった。しかし、その一方で納得する声も多くあった。ヘルとディナール財団の対立は日に日に深まっており衝突は時間の問題。遂にこの時が来たのかと。


「我々にこの命令を下したのは他ならぬ総統閣下ご自身です。これは即ち総統閣下が遂にディナール財団の一掃に取り掛かるという事! しかし、この作戦の目的は単に財団の排除に留まるものではありません。帝国に強力な挙国一致体制を構築する事で、50年に渡って続いた貴族連合との戦いに終止符を打ち、銀河中を巻き込んだ戦乱の世を終結させるのです! そして何よりディナール財団は私達の上官、ネルソン提督の死に深く関わりながら何の咎めも無く、今もこの国にのさばり続けています! この1点だけをとっても、どちらに正義があるかは問うまでもないでしょう! これは亡き提督の弔い合戦です!諸君等の奮闘に期待します!」


 クリスティーナの演説を聞いた将兵達の士気は否応なく高まった。亡きネルソン提督は艦隊の将兵から高い信頼を得ており、そのネルソンを死に追いやったディナール財団に不満を抱く者は少なくなかった。ネルソンの弔い合戦と言われ、彼等の不満は一気に戦意へと塗り替わったのだ。


 演説を終えて無線回線を閉じたクリスティーナは指揮官席に座る。


「お疲れ様、クリス」

 そう言ってクリスティーナの労を労うのはトーマスだった。少将に昇進した彼はヴァレンティア艦隊の艦隊参謀長に就任した。元々クリスティーナの参謀長を務めていたのはジュリアスだったが、戦機兵ファイターに乗って旗艦から飛び出してしまうなど一ヶ所に留まっている事ができない彼には、司令官の傍に張り付いていなければならない参謀長の地位は窮屈に思えた事もあってトーマスに譲ったのだ。


「本当に名演説だったぜ」

 ジュリアスもクリスティーナの雄弁ぶりを称える。トーマスと共に少将に昇進したジュリアスの地位はというと、艦隊副司令官兼艦隊所属戦機兵ファイター師団長である。ヴァレンティア艦隊には師団規模の戦機兵ファイター部隊が存在し、その指揮官になったのだ。副司令官も基本的には参謀長と同じく司令官の傍に張り付いているものだが、参謀長に比べると自由度は高い。実際、帝国軍艦隊の中には司令官とは別の艦に乗艦している場合が多数ある。旗艦が撃沈され、司令官が戦死した場合には別の艦にいる副司令官がすぐに指揮権の移譲を行なう事で指揮系統の麻痺を避けるためである。


「ふふ。ありがとうございます。ですが、このような形で提督の名を使うのは流石に提督に申し訳が無い気がしてあまりいい気分はしませんね」


「でも、おかげで皆の戦意は高まった。今回の戦いは通常任務とは違うからな。皆の気持ちの整理を付けてやれただけでも充分な成果だよ」


「……確かにジュリーの言う通りかもしれませんね」


「それはそうとジュリー、今回は本当に戦機兵ファイターに乗って出ていっちゃうのかい?」


「勿論さ。俺は戦機兵ファイター師団長なんだからな」


「師団長は基本的には艦に残って指揮を執るのが普通だと思うんだけどなぁ?」


「それにだ。今回の作戦は新兵器の性能頼みな部分が大きい。それだけに危険も大きいんだ。そんな中に部下達だけを送り込むなんて真似は俺にはできないよ。それにだ。トムとクリスが後ろを守ってくれてるって思うから、こんな無茶だってできるのさ!」

 ジュリアスはニコッと笑みを浮かべた。


 それを見てトーマスとクリスティーナはほぼ同時に溜息を吐いた。結局、面倒事は全てこちらに押し付けられるのかと思ったのだ。

 こうした状況にも慣れているのか2人はほぼ諦めていたが、まだ1人ジュリアスを心配するあまり艦に留まる事を願わずにいられない人物が残っていた。

「少将……」

 ジュリアスの小姓ペイジネーナである。


「ふふ。心配するなって。無茶はしないからさ」

 優しく微笑みながらジュリアスはネーナの頭を撫でた。


「……少将の無茶はしないというのは信用ならないとトーマスさんから伺っているのですか?」


 ネーナの発言を聞いたジュリアスは咄嗟にトーマスの視線を向けて、余計な事を吹き込みやがって、という思いを込めた視線を送り込んだ。

 トーマスはそれに気付くと、とぼけてそっぽを向いてしまう。


「ね、ネーナは俺の言葉は信じられないってのか?」

 言った直後にジュリアスは自分の発言が意地悪だったと反省した。こんな言い方をしてはネーナには返答の選択肢が1つしかないのだから。


「い、いえ。決してそういうわけではないのですが。ただ、ただ、私は、」

 今にも泣き出してしまいそうになるネーナ。軍事については今だ勉強中の素人だが、今回の任務の危険性は充分に理解しているようだ。


「わ、分かってる。分かってるよ。ネーナが俺の事を心配してくれてるってのは。でも、これが俺の仕事だからさ。ここは大人しく行かせてくれないか?」


「……分かりました。でも、絶対に帰って来てくださいね!」


「ああ。勿論さ!」



─────────────



 ヴァレンティア艦隊はパールライトが存在するアリヌマ星系へと進出した。

 しかし、この時点で星系内にヴァレンティア艦隊が侵入した事に気付く者は誰もいなかった。なぜなら、現在ヴァレンティア艦隊は通常航路から外れたルートを使用していたためだ。航路情報がインプットされたナビコンピュータは使用せずに、周囲の星図やこれまでの航路から現在位置を計算して、艦隊の航路設定を行なっていた。星系内部に入ってしまえば比較的簡単な作業ではあるが、広大な宇宙空間では寸分の狂いでも生じた状態で航行するとまったく違う場所に到着してしまう。下手をすれば星雲や小惑星帯などの危険宙域に飛び出してしまう恐れもある。


 そのような事にならないよう、優秀な航海長等を集めて艦隊の航路設定を行なっていたのは艦隊参謀長のトーマスだった。彼は膨大な情報を元に、幾度も角度を変えながら計算を繰り返す事で正確な航路を導き出していた。ある程度の周辺星図が存在するとはいえ、広大な宇宙空間で新たな航路を開拓するというのは非常に気の遠くなるような作業である。

 しかも奇襲作戦を成功させるためにはそう時間を掛けるわけにはいかないため、失敗したからやり直すというわけにはいかない。いったり来たりを繰り返していては発見されるリスクは高まるからだ。

 そんな重要な役目をトーマスは見事にやり遂げ、ヴァレンティア艦隊はパールライト付近の宙域にまで進出する事に成功する。もうじきパールライトの哨戒網に入るだろう。


 そんな中、艦隊より続々と戦機兵ファイターが出撃する。

 しかし、艦隊から射出されているのは帝国軍の主力戦機兵ファイター《セグメンタタ》ではなかった。


「新型戦機兵ファイターの《ラプター》。良い機体ではあるけど、これが初の実戦だからな。ちゃんと訓練通りの成果を上げてくれよ」

 そう言いながら、ジュリアスは新型機のラプターに乗って部隊の展開が終わるまでの間、慣らし運転も兼ねて縦横無尽に宇宙空間を飛び回る。彼自身はちょっとした準備運動程度の感覚でしかなかったが、その軌道は熟練のパイロットも顔負けの優れた操縦技術であり、その様を見ていた他のパイロット達は改めてジュリアスの操縦技術の高さに驚くのだった。


 そして、このラプターこそが今回の作戦の切り札となる新兵器である。

 外見はセグメンタタに比べるとやや細見で黄緑色のボディを持ち、頭部はその機体名にあやかってか鷹の頭を彷彿とさせるデザインになっている。


「よし。全機、揃ったな。ステルスモードを起動してパールライトへ向かうぞ。全機、続け!」


 ラプターにはルナポリス造兵工廠にてシャーロットが開発した新技術が幾つも搭載されているが、その1つが高度なステルス機能である。

 特にステルスモードと呼ばれる機能を起動した状態だと、その他の機体機能が大きく制限され、戦闘機動を取ったり、高速移動をする事はできなくなるが、レーダーやセンサーによる探知はほぼ不可能になる。今回の奇襲作戦には打ってつけの兵器というわけだ。

 ラプターの最大の主武装はビームランチャーという兵装で、ラプター本体とほぼ同じ全長を持つ大型ビーム砲。砲尾からはコードが伸びており、ラプターの背部に繋がっている。このコードを通して戦機兵ファイターの動力炉である太陽反応炉アポロンリアクターから直接エネルギーを供給する事で戦艦の主砲並の火力を放つ事ができる。今回の作戦は、艦隊戦においては戦場の補助程度の役割しか持たない戦機兵ファイターでパールライト及びパールライトに停泊中のデナリオンズ艦隊を叩くというもの。作戦の成功率を上げるには、従来の兵装を遥かに上回る高火力兵器の実装は必須だった。


「やっぱり、こいつはとんだじゃじゃ馬だ」

 ステルスモードに移行して航行する中、ジュリアスはそんな事を呟いた。

 彼がそんな事を言い出したのは、このラプターが砲戦用の機体であるにも関わらず、セグメンタタを数段引き離す機動性・運動性を備えている理由にある。ラプターは戦艦をも撃沈し得る強力で大きな兵装を備えつつも、格闘戦能力を犠牲にしないために、極端な高出力でカバーしていた。その分、パイロットには高い操縦技術が要求され、パイロットに掛かる負担は大きなものになるが、その点はコックピットに内蔵されている新型の操縦補助システムによってある程度は解消されている。

 しかし、様々な要求を満たすために犠牲になったのは開発コストだった。ラプター1機の生産費用はセグメンタタ2.5機分に匹敵するため、帝国軍全体に向けて量産化を進める事は現実的に考えて困難と言わざるを得なかった。事実、ローエングリン公爵は既にルナポリス造兵工廠のシャーロットにラプターをベースに低コスト化を進めた機体を開発するようにとの命令を発している。

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