真相

 軍病院を退院したジュリアスは総統官邸ヴィルヘルム宮を訪れた。この宮殿の主人であるローエングリン公爵に預かってもらっているネーナを迎えに来たのだ。

 宮殿で働く若い官吏に案内された先の客間で、ジュリアスはネーナとの再会を果たす。

 ジュリアスの顔を見るなりネーナは「准将ッ!!」と声を上げながら駆け寄り、勢いよく彼の胸へと飛び込んだ。


「ね、ネーナ? うわッ!」

 あまりの勢いにジュリアスは、バランスを崩して後ろへ倒れ込み、尻餅を突いてしまう。


「うぅ、准将……。本当に、本当にご無事で良かったです」

 顔がぐちゃぐちゃになるほどの涙を流し、そのままジュリアスが着ている軍服まで濡らしていく。

 その姿を見てジュリアスは優しい手付きでネーナを抱き締めて彼女の頭を撫でた。

「心配掛けちまってごめんな、ネーナ」


 ふと、ジュリアスが頭を上げると、彼の視線の先にはローエングリンとエルザの姿があった。それに気付いたジュリアスは慌てて立ち上がる。

「こ、これは総統閣下! 今回は、ネーナを預かって頂き、心より感謝致します。ネーナは迷惑を掛けたりしませんでしたか?」


「迷惑どころか実によく働いてくれたよ。短時間で宮殿中を綺麗に清掃してくれたりしてな。内の奴隷にも見習ってもらいたいと思ったほどだ。……ところでネルソン提督の件は聞いているな?」


「はい。その事で私も総統閣下に伺いたい事があります」


「ほお。ではこんな所で立ち話でも難だ。まずは掛けたまえ」


 ローエングリンは気さくな声で客間の中央に置かれているソファへと誘導した。その一方、エルザはジュリアスにピッタリくっ付いて離れようとしないネーナに近寄る。


「ネーナちゃん、私達のご主人様は2人でお話があるみたいなの。だから、私達奴隷はちょっと別室に行ってましょうか。お菓子を用意してあるから」


「え? で、ですが、」

 ネーナは顔を上げてジュリアスの顔を見た。彼から離れたくないと思っているのは誰の目にも明らかだった。

 その顔を見てジュリアスは、今回の一件もそうだが、戦場に出て1人で留守番をさせていた頃もネーナは内心でこんな顔をしていたのではないか、という不安が脳裏過った。

「ネーナ、あと少しだけ彼女のお世話になってくれないか? すぐ終わるから」


「……分かりました」

 主人に言われ、ネーナは渋々了承し、エルザに連れられて客間を後にした。


「さてと。では、私に聞きたい事を早速話してもらおうか」


「単刀直入にお伺いします。もし私が誤りだったのであれば心よりお詫び致しますが」

 これから言おうとしている事を考え、ジュリアスは自分の思いつく限り、言葉を選んで前置きをした。なぜなら相手はあの大貴族連中と渡り合う帝国総統なのだ。いくら自分が総統から目を掛けられているとはいえ、機嫌を損ねればどんな仕打ちが待っているか分からない。そう考えたジュリアスは無意識の内に慎重になってしまった。


 しかし、当の総統はそんなジュリアスの意図を察したのか、彼の言葉を一笑する。

「下らぬ気遣いは無用だ。ここで貴官が何を話したからと言って、私に貴官をどうこうするつもりは無い。尤も不敬罪とも取れる発言を除いて、になるがな」


 銀河帝国においては皇帝や帝室の名誉や尊厳を害するような発言や行動がなされた場合、《不敬罪ふけいざい》という犯罪が成立する。帝国保安局などの警察機関が臣民に対して強い警察権を行使する場合に最も利用されるのが国家反逆罪とこの不敬罪の2つである。近年ではそこまで厳しく取り締まられてはいないものの、帝国の歴史では皇帝批判発言1つで数十年の禁固刑が下される事があった時代も存在した。

 ローエングリンも体制を維持する立場である以上、不敬罪の犯行現場を目の当たりにして黙っている事はできない。しかし、この発言自体は彼なりの冗談のつもりであった。

 しかし、その冗談はジュリアスを一瞬だけ怯ませてしまい、彼は僅かに出掛かった言葉を渋らせてしまう。

「……。で、では、お言葉に甘えて。今回の一件、総統閣下は少なからず事前に知っておられたのではないですか?」


「ほお。なぜ、そう思うのだ?」

 まるで事件の黒幕扱いするようなジュリアスの発言に、ローエングリンは不満よりも寧ろ興味を抱いたような様子である。


「まず今回の一件は総統閣下にとって都合が良過ぎます。保安局を掌握して、今や帝国の警察機構は全て閣下が握ったと言えます。そして総統閣下の支持率は鰻登りでしょう」


「ふふ。確かに今回は私にとって非常に好都合な事態ではあった。だが、それは証拠にはならんだろう」


 立ち位置的に言えば、ジュリアスが審問をする側のはずなのだが、なぜか自分が審問をされているようだとジュリアスは内心で思ってしまう。

「分かっています。それに気になるのは総統閣下の事態への対応の速さです。いくら何でも対応が迅速で、しかも的確過ぎます。特にあの会見以後の対応の速さは異常です。まるで事前に準備をしていたかのように小官には思えてなりません」


「ふふふ。なるほど。私の部下達は優秀な者揃いだが、その優秀さが仇となったか」

 そう軽口を叩くローエングリン。


「まだあります。小官が保安局に拘束される前、総統閣下は小官に政治結社への参加を促されました。あれは政治結社の存在を認識させた上で、保安局の悪習を小官に見せる事で、その政治結社への参加を決意させようとしたのではないでしょうか」


「面白い推測だが、少々自惚れもあるようにも聞こえるぞ。そこまでして手に入れたいと思うほどの人材なのかね、貴官は?」


「自惚れだというのは理解しています。しかし、」


 ジュリアスが何か言おうとした瞬間、ローエングリンが右手を上げて制止する。


「もう良い、准将。正直な所、驚いているよ。あの対応の速さを疑問に思われる事はあるだろうと踏んでいたが、政治結社云々の所まで気付くとはな」


「ッ! で、では、総統閣下は全て事前に知っていたのですか!?」

 これまで平静を保っていたジュリアスは、遂に突き止めた真相を前にして声を荒げてソファから立ち上がる。

 対するローエングリンは変わらず冷静な対応をした。

「知っていた。なぜなら、ネルソン提督に謀反の兆しがあるという偽情報をディナール財団にリークしたのは私なのだからな」


「んなッ!! ……な、何で、何でそんな事をッ!!」

 ジュリアスは先ほどよりも更に怒りに満ちた声を上げた。

 保安局の動向を事前に把握しつつ黙認した。というのがジュリアスの予測だったのだが、それを遥かに上回る事実が飛び込んできたのだ。言ってみれば、ネルソンを殺したのは今目の前にいる総統本人のようなもの。そしてトーマスが過酷な拷問を受けたのも。


「私は皇帝陛下より帝国の秩序を守るよう命じられている。その勅命に従った故の行動だ。大貴族どもは力を付け過ぎだ。皇帝陛下の権威を大きく損ねる程にな。それを削ぎ落とし、あるべき姿に戻すためには多少の荒療治は止むを得なかった。ネルソン提督と貴官等にはすまない事をしたと思っている。軽蔑してくれて構わん。少なくとも貴官にはその資格がある」


「す、すまないと思っている、だと!? ふざけるな!」


「では貴官は、このまま大貴族が思いのままに権勢を振るうのを良しとするのか?私に与えられた権限で保安局を解体するとなると、大貴族どもの介入で作業は少なくとも数年は掛かったろう。その間、ネルソン提督のように無実の人間が何千何万と逮捕され、命を奪われるか。貴官も軍人であれば、この事が理解できるだろう」


「そんな、そんな理屈、納得できるかッ!」

 ジュリアスはローエングリンに飛び掛かり、胸倉を掴んで今にも総統の端整な顔を殴り付けようとする。

 だが、ローエングリンは構わず言葉を続けた。

「それにネルソン提督は自ら死刑になる事を望んだのだ。貴官等を釈放するために」


「え?」


「尋問中黙秘を続けるという選択肢も彼女にもあった。しかしそうはしなかった。自分が罪を認めれば、貴官等を拘束しておく理由も無くなる。それ故にネルソン提督は死刑になる道を選んだ」


「……」

 振り上げた拳をゆっくりと降ろし、両目から大粒の涙を零す。

 ジュリアスにはもう自分がどうしたら良いのか分からなかった。やり切れない思いの全てを目の前の男に叩き付けてやりたいという衝動。ネルソン提督の死によって自分達は救われ、さらに保安局の犠牲者の多くが助かったという事実。このまま感情に身を任せる事もジュリアスにはできたが、幸か不幸か彼には対局全体に目を向けるだけの視野の広さが備わっており、それが彼にローエングリンの言う事の正しさを訴えかけていた。宮廷が権謀術数の渦巻く場である事も理解していた。そしてその宮廷の中で一大勢力を築き上げているローエングリンが清廉潔白な聖人君子であるはずがないという事も察しは付いていた。

「1つ、いえ、2つ聞いても良いですか?」


「何だ?」


「ネルソン提督の死は、本当に意味があったんですか?」


「無論だ。現に保安局は解体され、大勢の無実の人間を救い出す事ができただろう」


「では、もし総統閣下が帝国の覇権確立した場合、もう提督のような犠牲が出る事は無くなりますか?」


「少なくとも私はそれを目指すつもりでいる」


「無くなる、とは言わないんですか?」


「まだ途上にある者が何を言ったところでしょせんは大言壮語にしか聞こえんだろ。だが、1つ付け足すと、無くすつもりが無いのなら、私がここまでの事をする必要は端から無いと思うが」


 ローエングリンの言葉を受けて、ジュリアスは掴んでいた彼の胸倉を離す。

「……先日の政治結社の件ですが、お受け致したく思うですが宜しいでしょうか?」


「勿論だ。歓迎するよ」


 こうして2人の対面は終わり、ジュリアスは別室にてエルザとお菓子を食べながらゲームをして遊んでいたネーナを連れて帰路に着いた。


 提督の死を無駄にしないためにも、今は提督に頂いたこの命を最後の瞬間まで使い切ってみせる。例えどんなに卑劣だと言われるような事をしてもだ。

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