拷問

 コンシェル監獄に幽閉された最初の朝。俺は珍しく1人で目を覚ました。独房の中で誰も起こしてくれないのだから、尋問の時間が来て看守に強引に叩き起こされるでもない限り自力で起きるしかない。この寝心地の悪いベッドが早起きの助けになったのかもしれない。起きると、鉄格子の傍の床には朝食のプレートが置かれていた。朝食は小さなパンとコップ1杯分の水だけと何とも粗末なメニューだ。


「おはよう、ジュリー。やっと起きたね」

 俺のいる独房の正面の独房に収監されているトムがいつもと変わらない声で朝の挨拶をしてきた。


「おはよう、トム」

 そう挨拶をして、俺はすぐに朝食のパンに被りつく。どんなに粗末な飯でも食える物はちゃんと食べておかなうとな。


「僕達、一体いつまでここにいるのかな?」

 トムがおもむろに不安を零す。悪名名高い保安局に拘束されたんだ。不安に思うのも無理はないが。


「どうだろう。相手があの保安局だからな。しばらくはこのままってのも覚悟しないといけないかもしれない」

 何とか不安を解消する台詞の1つでも掛けるべきなのかもしれないけど、下手な気休めが通用する段階ではもう無いとも思った。


 俺がパンを食べている間に、看守達が大勢現れて何やら様々な器具を隣の独房へと運び込む。見るからにあれは拷問器具だ。しかも、かなり前時代的な身体に苦痛を与えるためだけに存在する忌むべき道具。

 それ等が隣の独房へと運び込まれると、看守の1人がトムの独房の前に立つ。

「これよりトーマス・コリンウッドへの尋問を執り行う」

 そう看守が宣言して独房の鍵を開けてトムを独房から出し、隣の独房へと連れていこうとする。たった今、運び込んだ道具でトムを拷問に掛ける気なのは明白だ。


「お、おい待て! こんな真似をして許されると思っているのか!!」

 無駄とは分かっていても、親友がこれから拷問されようとしているのに黙っている事はできない。

 だが案の定、看守達は俺には見向きもしないでそのままトムを連行していく。トムは俺を安心させようとするかのように笑顔を見せてそのまま俺の視界の外へと消えていった。


 尋問と言いつつ、何か質問をしたりする事は無く、俺の耳に入ってきたのはジャラジャラと鎖が動く音だ。おそらくだが、鎖で身体を縛られて拘束されているのだろう。

 やがて空を切るような音がした後で、身体の皮膚を引き裂くような音が鳴り響き、それと同時にトムが悲痛の声を漏らす。トムの身体が鞭に打ち据えられて傷付く様が、実際に見なくても鮮明に脳内でイメージできた。


 それを聞いた俺はトムが拷問を受けている独房とは反対方向の壁に顔を向けて、両手で耳を塞いで、トムの声が、鞭の音が聞こえないようにするしかできなかった。

「ごめん。ごめん。ごめんよ、トム」

 親友が傷付くのを見守る事すらできない自分が情けなくて仕方がない。



─────────────



 時間は少し流れて昼頃。帝都キャメロットの軍事地区ミリタリー・エリアの一角に立つ帝国保安局庁舎。この中に存在する長官室では今、保安局長官フーヴァー男爵が3Dディスプレイに映し出されたテレビ通話にてコンシェル監獄所長からの報告を受けている。

「それであの2人の様子はどうだ?」


「コリンウッド准将はかなりの強情者でして、朝からずっと拷問を続けておりますが、口を割る気配がありません。しかし、まだ17歳の子供です。精神的に追い詰められれば、容易に心が折れる事でしょう」


「ふむ。シザーランド准将の方はどうか?」


「情報通り、コリンウッド准将とはかなり親しい間柄だったようで、拷問の様子を聞かせるのは予想以上の効果が出ています。もしかすると、コリンウッド准将よりもシザーランド准将の方が先に折れるかもしれません」


「よし。これでウェストミンスター公に良い報告が出来そうだ。これからも引き続き宜しく頼むぞ」


「了解致しました!」


 所長が敬礼をした後、通信は切れて3Dディスプレイは閉じる。

 するとフーヴァー男爵は椅子の背凭れに体重を預けた。

「これで保安局はデナリオンズの傘下に加わる事ができる。いずれ帝国軍は総統官邸とデナリオンズに二分されるだろう。そうなった時、もし総統の側に付いたなら、我々は総統の国家保安本部とやらに取り込まれるのは明白だ。そうなれば私の立場も危ういものになってしまう。それだけは何としても回避せねばな」


 帝国保安局長官は皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーの一角を占める要職ではあったが、その地位はもはや安泰とは言えなかった。総統の傘下に下れば、保安局は解体され、総統の子飼いの部下が新たに後釜に着く事だろう。フーヴァーが今の地位を守るためには何としてもデナリオンズの配下に下り、保安局という組織を守る必要があったのだ。



─────────────



 夕刻。コンシェル監獄では、長かった拷問の時間が終了し、トーマスは元いた独房へと戻された。簡単な傷の手当ては受けたものの、体力が消耗し切った状態で床にぐったりと寝そべる。


「トム! 大丈夫か!」

 ジュリアスは鉄格子に額を押し付けて声を荒げる。


「……う、うん。何とかね」

 虫の息になりながらも、トーマスは親友に心配を掛けまいと返事をした。


「トム、ごめん。俺は、何もしてやれなくて」


「何言ってるのさ。ジュリーのせいじゃないだよ。それに、ジュリーが近くにいてくれて、僕はすごく心強かったんだ。だから、そんな顔をしないでよ」


「トム……」

 徹底的に痛め付けられて心身共に憔悴し切った状態にも関わらず、自分に気を遣ってくるトーマスに対して、ジュリアスは一層己の無力さを痛感して胸が締め付けられる思いがした。


 俺にもっと力があれば。理不尽な行為を覆せる力さえあれば、トムを守ってあげられるのに。これじゃあロドスの時と同じだ。


 目の前で大切な人が傷付くのを見ている事しかできない今の状況を、ジュリアスは惑星ロドスで捨て駒として戦わされ、多くの仲間を成す術なく次々と失っていたあの時と重ね合わせていた。帝国軍の提督として若くして地位と権限を手に入れたジュリアスは、もうあの時とは違うんだという自負を密かに抱いていた。自分の差配で仲間を救う事ができるだけの力が今の自分にはあると。しかし今、ジュリアスはそんな細やかな自尊心を完全に打ち砕かれていた。


「トム?」

 気付くとトムは意識を手放して寝息を立てていた。せめて今の内に体力を回復させてくれ。そう祈りながら、俺も眠りについた。

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