監獄生活
帝国総統ローエングリン公爵は保安警察や秩序警察などを麾下の国家保安本部に集約する事で、帝国の警察機構の統一を図るとともに、警察権力そのものを独占支配しようとしていた。
しかし、早急に全てを掌握しようとすれば大貴族の反発は避けられず、今だ全てを掌握してはいなかった。帝国保安局もその1つである。帝国保安局長官は
そんな保安局に身柄を拘束されたジュリアスは、キャメロット・シティから南西350㎞離れたコンシェル監獄に収監された。
以前であれば、アルカトラズ監獄に収監される事になっただろうが、アルカトラズが国家保安本部の管轄に入って以降、帝国保安局が拘束した容疑者はここに収監されるのが常となっている。
ここに収監されたジュリアスは早速、尋問室で尋問を受ける事になった。
「ネルソン提督は部下からの信任も厚い人物だったと聞きます。もし彼女が謀反を起こすとしたら、貴官等もそれに同調している可能性が非常に高いと保安局は考えています」
「それで証拠も何も無しに人を罪人扱いしてるって言うんですか?」
「国家反逆罪の容疑者としては当然の措置です。そんな事よりも何か知っている事があれば話した方が身のためですぞ。我々に協力してくれれば、貴官は帝国への忠誠心を示した事となり、晴れて自由の身。だが、貴官が非協力的な対応した場合には共犯の疑いが掛かる事になりますよ」
「……」
上官を売る事が帝国への忠誠心を示す事になるかよ。噂には聞いてたが、これが保安局のやり口か。容疑者本人からではなく、容疑者の周りから強引に供述を取って、それを証拠にしてしまう。本当に姑息な連中だ。
「分かっているとは思いますが、国家反逆罪の取調では黙秘は認められません」
「……自分には信じられません。ネルソン提督が謀反だなんて。第一、提督が謀反を起こそうしている証拠でもあるんですか?」
「それは貴官の知る必要の無い事です。貴官はただ我々に情報を提供してくれれば良い」
「だったら、答えは簡単です。何も知りませんし、ネルソン提督が謀反を起こすなんてありえない事です」
「ほお。では貴官は、提督の無実を主張すると?」
「そうです」
「……准将、我々も手荒な真似はしたくありません。幸い、貴官は
尋問官の話を聞いて俺は悪寒を感じた。
「ま、まさかお前、トムを!?」
「トーマス・コリンウッド准将も既にこの監獄に収監されて、今は別室にて尋問を受けている事でしょう。因みに貴官の主君筋に当たるヴァレンティア少将も身柄を拘束されて帝都近郊のバスティーユ監獄に収監されています」
「ッ!!」
「バスティーユ監獄は貴族専用の監獄ですので、環境はここと違って一流ホテル並みです。貴官が我々に協力的であれば、ご友人と共にそちらに移送するよう便宜を図る事も可能ですよ」
「……」
俺の身だけならともかく、トムが拷問されるかもしれない。そんな事に耐えられるわけがないだろ。でも、だからって提督を裏切るような真似は。
「ふん。まあ准将も突然の事で気が動転している事でしょう。尋問はまた明日から行うとしましょう」
こうなって何日も拘留ながら、保安局に都合の良い自白を絞り出す。これがこの保安局の実態だった。そしてその裏には常に何者かの個人的な意向が含まれている場合が多い。今回もその例に漏れないのだが、今のジュリアスにはそこまでを洞察する程の情報も心の余裕も無かった。
─────────────
ジュリアスがコンシェル監獄に幽閉されたように、ネルソンの直属の部下という事からクリスティーナも帝国保安局に逮捕されていた。しかし彼女が連行されたのは、バスティーユ監獄と呼ばれる監獄だった。貴族などの高い地位の人間を収容するための施設なため、独房は一流のホテル並みの広さを持ち、豪華な装飾がなされている。窓には頑丈な鉄格子が掛けられ、外に通じる唯一の扉も外から鍵が掛けられてはいるものの、そこさえ目を瞑れば非常に快適な生活が送れた。
しかし、今のクリスティーナにはこの環境を楽しむ気には無論なれなかった。
監視役を兼ねた女性使用人が入れた紅茶には目をくれず、ずっと窓の向こうに広がる青空を眺めている。15階立てのこの監獄で、クリスを収容している独房は最上階。最も窓からの眺めが良い部屋が割り当てられていた。
「ミス・ヴァレンティア、もうじき夕食のお時間です。メニューが如何致しましょうか?」
「要りません」
「はい?」
「食事は必要ありません。食欲が無いのです」
保安局員に聞いた話によると、ジュリーとトムはコンシェル監獄に幽閉されたという。あそこはこことは比べ物にならないくらい劣悪な環境と聞く。2人が大変な目に会っているというのに私だけが悠々自適な暮らしを送れるはずがありません。
「体調が優れないというのであれば医師を呼びましょうか?」
「それも無用です! あなたは下がっていなさい!」
「……分かりました。では何かあればテレビ電話でお呼び下さい」
そう言って一礼すると女性使用人は退出した。
彼女の役目は、囚人の監視と身の回りの世話であるが、彼女を24時間付きっ切りで監視している必要は無い。扉には鍵が掛かっており、外には衛兵が待機している。窓を覆う鉄格子には強い衝撃が加わると監視室に警報が鳴る仕組みになっている。万が一にも脱走の危険は無い。また部屋の中にも無数の監視カメラが設置されており、クリスが独房のどこで何をしているかも監視室には筒抜けだった。
「これでは罪人扱いされているのかVIP扱いされているのか分からないですね」
心配なのは私よりもネルソン提督です。保安局のこの動きは、捜査によって導き出された逮捕ではなく、何者かの圧力による逮捕である可能性が高い。という事は謀反の意思の有無に関わらず、提督が謀反人に仕立て上げられる恐れがある。
保安局も国民的英雄となっているネルソン提督を処断する事で、その影響力を帝国中に誇示できる打算があるのかもしれません。とはいえ、総統閣下の手前、出来レースで裁判を行うわけにはいかない。そこで私達から自供を取り、それを証拠とするつもりなのでしょう。保安局が自分達に都合の良い自供を引き出したい時に取る手段はいつも決まっています。
「ジュリー、トム、拷問など受けていなければ良いのですが」
私が貴族である事が歯痒い。2人が苦しい思いをしている中、私だけこんな所で何もできずに安穏としているなんて。叶う事なら2人と同じ苦しみを共有したい。2人と共にありたい。今の私にできるのは2人の無事をただ祈る事だけ。
自分も決して楽観できるような状況では少なくともジュリアスとトーマスよりはだいぶ優遇されるのは間違いない。
そう考えた時、クリスティーナは悔しさにも似た感情を覚える。せめて少しでも2人と苦痛を共通できるようにとクリスティーナはこの日により自ら食を断つ。そして、尋問を受ける時以外は、十字架を手に取って2人の無事を祈り続ける時間を過ごし続けるのだった。
この十字架は、地球聖教にて神として神格化されて祀られる人類の故郷・太陽系の星々が十字上に並んだグランドクロスを模した物で、地球聖教が最も尊ぶ宗教的象徴である。
─────────────
尋問を終えたジュリアスは薄暗い地下牢のような場所に幽閉されていた。
通路に通じる壁一面には鉄格子が嵌められ、それ以外の3面の壁は冷たいコンクリートで覆われている。窓も無ければ時計も無いため、時刻を把握する術が無い。ジュリアスの視界は鉄格子を隔てた通路の天井に設置されている小さな灯りのみが頼りだった。
そんな牢獄に入れられているジュリアスは、壁に取り付けられた簡単なベッドの上で横になっている。
「ここに入れられてからそろそろ1時間くらいかな。トムとクリスはどうしているかな」
俺がそんな事を呟いたその時、通路の方からこちらに近付く足音が聞こえてきた。
上半身を起こし、俺は両手で鉄格子を掴んで外の様子を確かめる。
「トムッ!」
俺の視界に移ったのは、意識を失ってぐったりした状態で2人の看守に引きずられながら運ばれてきたトムの姿だった。
看守は俺の正面にある独房にトムを放り投げると扉を閉めて鍵を掛ける。
「おいお前等、トムに何をしやがった!!」
「煩いぞ。尋問に決まってるだろ!」
「尋問って。じゃあ何でトムはそんなに消耗してるんだ!お前等まさかトムを拷問に掛けたんじゃないだろうな!」
「煩いと言っている。少し鞭打ちをしただけだ。本格的な尋問は明日からという話なのでな。それに平民への拷問は合法だ。何の問題も無い」
「何だと、てめぇ!!」
俺が激昂して声を荒げた時、トムが意識を取り戻したのか疲労困憊の様子を見せつつも、上半身を起こして俺に顔を見せてきた。
「ジュリー、僕は大丈夫だから安心して」
「な、何が大丈夫だよ。そんな辛そうな顔されて、安心なんてできるはずが無いだろう!」
「僕の身体は頑丈だって君はよく知ってるだろ」
「……」
これ以上はトムに余計な気を遣わせちまうか。なら仕方がない。
看守達がその場を去り、それから俺達はお互いが置かれている状況を整理するために、ここへ連行されてくる前後の話をした。トムも大方は俺と同じ様で、急に帝国保安局の連中に押し掛けられてここへ連行されたらしい。俺とトムの間に違いがあるとすれば、拷問が行われたかどうかだろう。
俺の尋問をしていた奴の言った通り、貴族に拷問はしないという帝国の法を順守しての事なのだろうか。だとしたら、少なくともクリスの身は安全と見て良い。
「問題はやっぱりこっちだな」
「そうだね。でも、ジュリーが拷問されないなら、一安心だよ」
「な、何が一安心だよ。トムが拷問されたら意味ないだろ!」
「大丈夫。僕は絶対に耐えてみせるから」
「いや。そういう話じゃなくて、」
「それにここで何を言っても始まらない。今はただこの状況に耐える事を考えるしかないよ」
「そ、それは」
どうやらトムはもう覚悟を決めているらしい。俺とクリスが無事ならばと考えているのか、2つの鉄格子の向こう側に見えるトムの瞳からは強い決意が感じられた。
「ごめん、トム」
「ふふ。何で君が謝るんだよ」
そう言ってトムはいつものように気さくに笑った。
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