国家反逆罪

 帝都キャメロットの中央地区セントラル・エリアに聳える《ディナール・センタービル》は、ディナール財団の本部であると同時に今はデナリオンズの総司令部としても機能していた。

 このビルの最上階に設けられている応接室にて、ディナール財団理事長兼デナリオンズ運営委員会委員長ウェストミンスター公爵は、デナリオンズの実戦部隊指揮官を務める帝国軍大将クラレント・モルドレッド子爵と対面していた。


「それで、部隊の整備はどうなっているのかね?」

 74歳の老齢貴族ウェストミンスター公は、壁一面がガラス張りになっている窓の前に立ち、窓の向こうに見える景色を眺めている。今は夜遅くであり、超高層ビルが立ち並ぶ中央地区セントラル・エリアは星々の大海にも匹敵する程の美しい夜景に包まれていた。


 ウェストミンスターの問いに対して、応接室に設置されているソファに座るモルドレッド子爵が答える。

「予定通りです。ドゥラーニ伯爵より提供された宇宙ステーション《パールライト》を拠点とし、着々と進んでおります」

 大柄の体格に、如何にも猛将と言わんばかりの厳つい顔をした45歳の提督は自信満々に述べる。左目は相手を威圧するような鋭い眼光を放つ赤い瞳をしているが、右目には眼帯が掛けられていた。

 過去に貴族連合軍との戦闘中に、小さな判断ミスから自らが指揮する艦隊に敵の接近を許してしまい、近距離からの集中砲火を浴びた際に右目を負傷したのだ。

 現在の人類医学を以ってすれば身体の一部の欠損なら再生治療で容易に元通りにできるのだが、モルドレッドは自分への戒めとして再生治療を拒否して、今日まで隻眼のままで過ごしている。


「艦艇も旧式ではありますが、インヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦が財団諸侯の自主提供で多数揃いつつあります」


 インヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦は、戦艦並の火力と巡洋艦並の速力を追求した結果誕生した帝国軍の主力戦艦だったが、戦線が銀河系外縁部全域に拡大するとドレッドノート級宇宙戦艦のように単艦でも作戦行動が取れる戦艦が重宝されるようになった事から、諸侯に売却され、貴族個人や輸送企業が武装商船として使用されるようになっていた。その艦艇を集めてモルドレッドはデナリオンズ艦隊を創設しようとしていたのだ。


「しかし、これはあくまで繋ぎに過ぎません。現在、アームストロング社に新型戦艦を発注しております。いずれは帝国軍も連合軍も凌駕する精強な艦隊が誕生する事でしょう」


「実に素晴らしい。アームストロング社からは無人戦機兵ドローンファイターの量産体制も予定通り進んでいるとの報告を受けている。これで我等帝国貴族の軍隊が誕生する日もそう遠くはあるまい」


皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーからも人員と兵装の提供を受けられるように話を着けたと伺いました。流石はディナール財団ですな」


「ふふ。我が財団が本気になれば、軍隊1つを作るくらい造作も無い事よ。これこそが我等帝国貴族の力というものだ」


「総統閣下とは大きな違いですな」


「無論だ。皇帝陛下のご威光無しには何もできんあの若造とは違う。我等貴族が一丸となれば、あやつを排除するのも簡単な事よ」


 ウェストミンスターは意気揚々と持論を語るが、それを聞くモルドレッド子爵は素直に賛同はしなかった。

「帝国貴族が一丸に、というのは現状では程遠いと私には思えてならないのですが」


「分かっておる。貴族の中でもあの若造に媚び諂う輩は確かにいる。爵位が低ければ低い程そうした輩は増える傾向にあるようだ」


「最近評判のネルソン子爵もですな」


 ネルソンの名を耳にした瞬間、ウェストミンスターの表情が一瞬だけ険しくなる。

「あれは軍務に忠実な家風に準じているだけに過ぎん。だが、あの者が軍務に忠実過ぎるあまり貴族社会の秩序に反しているのは私も気になっていた」


「ネルソン子爵は騎士ナイツや平民でも積極的に登用する所があります。しかも、最近は武勲を立て続けていますから、臣民からの信望もかなり高まっています」


「・・・それで、どうせよというのだ?」


「生還率の極めて低い最前線へと送り込むのです。そうして彼女を戦場の英雄として葬れば宜しい」

 モルドレッド子爵家はネルソン子爵家と同じく軍人家系の家柄であり、爵位も同じ子爵という事もあり、彼はネルソンに対して個人的な対抗意識を抱いていた。しかし、階級が同じ大将とはいえ、ネルソンは彼よりも20歳以上の年下だった事は、モルドレッドに強い劣等感を抱かせた。


「ふふ。案ずるな。実は既に手を打ってある」


「と言いますと?」


「ちょうど数日前の事だ。匿名でこんな情報が私の下へ届けられた」

 そう言いながらウェストミンスターは、左手首に巻いているブレスレット端末のスイッチを入れ、3Dディスプレイを自身の正面に起動する。そしてその画面に触れてしばらく操作をした後、画面をモルドレッドの方へと移動させた。


 そこに表示されている内容を確認したモルドレッドは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、すぐに悪意に満ちた笑みを見せた。

「これが、匿名でもたらされた情報でありますか?」


「左様。実に興味深いだろう」


 帝国総統の誕生から、大貴族達は300年続いた栄華を汚され、屈辱の日々を送っていた。デナリオンズ創設からのこの一連の迅速な行動を可能としていたのは、彼等のその復讐心に起源を持つのかもしれない。



─────────────



 3日後。特に出撃命令が下る事もなく、帝都にて悠々自適に暮らしていたジュリアスはローエングリン公の出頭命令を受けて総統官邸を訪れていた。

 しかし、何か命令が下るわけでもなく、対面してまずチェスの相手をしろと言われ、今ジュリアスは総統と恐れ多くもチェスの対戦相手を務めている。


「……」

 俺はチェスの実力にはそんなに自信が無かった。決して弱いとは思っていないけど、クリスには1度も勝てた事が無いから妙な苦手意識が付いているのかもしれない。

 それにしても一体どういうつもりなんだろう。俺だけじゃなくて、ネーナまで連れて来いだなんて。


 ジュリアスの後ろにはネーナが立った状態で控えている。そしてローエングリンの後ろにはメイド服姿の奴隷エルザが控えていた。今この部屋にいるのはこの4人だけなのだが、なぜこの4人を揃えたのか、ローエングリンの意図がジュリアスには読めなかった。


「さてと、これでチェックだ」

 まずローエングリンが最初のチェックを掛けた。これを回避できなければ、このままジュリアスの負けとなる。

 ジュリアスがどうこの劣勢を乗り切ろうかと頭を悩ませる中、ローエングリンは視線をチェスボードからジュリアスへと移した。


「時に貴官は、今の帝国をどう思う?」


「はい? ど、どうとは?」

 この手の質問は要注意が必要だ。下手な事を言えば、現体制への不満と取られ、最悪不敬罪や国家反逆罪に問われるかもしれない。総統閣下がそんな回りくどい事をするとは思えないけど、何をしてくるか分からない人だからな。ここは慎重に話を進めるに限る。


「銀河帝国の現状について、今後について、何か思う所は無いかと聞いている」


「恐れながら小官は、貴族とは名ばかりの騎士ナイトで、それに一軍人に過ぎません。そのような壮大な事は小官よりも総統閣下のよく見えておられるのでは?」


「ふん。そう警戒するな。これは取り調べでも諮問でも無いのだ」


 俺の返答を聞いた総統閣下は軽く鼻で笑いながらそう言った。

 完全に俺の考えを読まれているな。やっぱりこの人に下手に聞こえの良い事を言おうとしても無駄か。

「……では、お言葉に甘えて。このまま行けば、帝国は崩壊の危機に直面すると思われます」


「崩壊の危機だと?」


「はい」

 こんな発言が秘密警察や大貴族の耳に入ったら、俺は政治犯として逮捕されるだろう。秘密警察を掌握するこの人に話すのは明らかに自殺行為だと思うが、なぜかこの人なら大丈夫と俺の直感が告げていた。


「その理由を聞こうか」


「現在、帝国は貴族連合と戦争状態を半世紀ほども続けております。戦争に熱心だった貴族はその多くが戦火の中で消え去り、今の帝国に残っているのは戦場からは程遠い後方で権勢を振るうだけの貴族だけです。彼等は自分の保身のためだけに国を動かし、帝国の基盤を傷付け続けています。このまま行けば、遠からず帝国は内部から瓦解して消滅するでしょう」

 これはクリスの言を借りたものだ。クリスが日々俺やトムに話す愚痴をほぼそのまま話しているだけだが、この意見には俺もまったく同感だ。帝国軍に入って戦場と後方を行ったり来たりする中でその認識は正しかったのだと実感させられた。


「ほお。面白い」


 総統閣下が興味を持ってくれた。でも、俺はここである重大な失敗に気付いた。

「あ! で、ですが、総統閣下は違います! 閣下は大貴族が独占してきた国益を広く臣民に行き渡らせられ、帝国を維持しています」


「ふん。分かっている。そう警戒するなと言っていよう。ここで貴官がどんな発言をしようと、貴官を親衛隊に引き渡したりはしないから安心しろ」


「は、はぁ」

 どこまでも俺の考えはお見通しか。でも、どうして俺なんかの意見を総統閣下は聞きたがるんだろうか。


「私も貴官と同じ考えを持っている。今のままでは帝国は内部分裂を起こして崩壊するだろう。エディンバラ貴族連合の誕生はその序章に過ぎん。そしてデナリオンズの発足はこの歴史の流れを更に加速させるのは明白だ」


「……」


「そこで本題だ。私は今、帝国の中枢を担う国家機関を再編して新たな組織形態を作ろうと考えている」


「あ、新たな組織形態を、でありますか?」


「そうだ。そのために活動する政治団体も既に水面下で動いている」


「ま、まさかとは思いますが、小官にその団体に入るように命じられるおつもりですか?む、無理ですよ!おれ、いえ、小官は軍人であり、政治はまったくの無知です!」


「慌てるな。確かに団体に入るよう要請をするつもりでいたが、何も貴官に政治をやれと言っているわけではない。この団体は政治のみならずあらゆる分野の人材を集めて帝国全体の組織改革に乗り出すつもりでいる。軍部の再編を行うに当たり軍人の人材も欲しいと思い、貴官も声を掛けようと思っただけの事だ。無論、貴官以外にも目を付けている軍人は多くいるがな」


「は、はぁ」


「大事を成した暁には、貴官には私に叶えられる範囲でなら、望む物は何でも与えよう」


「な、何でも、ですか?」


「ああ。だがあくまで私の権限で叶えられる範囲でだ。皇帝になりたいなどと言われても困るからな」

 そう言ってローエングリンは小さく笑う。


 しかし、不敬罪に適用されかねない発言にジュリアスは絶句した。

 それを見たローエングリンの後ろに控える奴隷エルザは溜息を吐いて「冗談です。あまり真剣に聞かないで下さい」とフォローを入れる。


「え? あぁ、そうですね。あはは。総統閣下もお人が悪いです!」


 その時だった。扉をノックする音が部屋に響き渡り、次の瞬間には扉が開いて10人ほどの灰色の軍服を来た男達が姿を現した。

 そしてその中の隊長と思われる男性が彼等の一歩前に出る。

「帝国保安局のプラーク中佐であります。突然押しかけてしまい申し訳ございません、総統閣下。ですが、事は急でありますので」


 帝国保安局。帝国軍お抱えの警察機関。国家憲兵とも言われる部署である。


「ほお。で、保安局の局員が私に何の用だ?」


「あぁ、いえ。今回ここで伺ったのは総統閣下にではなく、そこのシザーランド准将に用があったためです」


「お、俺に!?」


「はい。准将の上官であるマーガレット・ネルソン大将は帝国保安局の調べにより国家反逆罪の容疑が掛けられ拘束されました。」


「な! そんな馬鹿な! ありえない!」

 提督が国家反逆罪?何を馬鹿な。あの人がそんな事をするはずがない。


「保安局はネルソン艦隊の将官にも共犯者がいる可能性を視野に入れて捜査を行なっています。申し訳ありませんが、准将閣下の身柄も保安局にて預からせて頂きたい」


「……」

 保安局は大貴族にとって都合の悪い奴を体よく罪人に仕立てるという黒い噂が絶えない機関。そんな場所に自分の身を預けるのはそれこそ自殺行為な気がしてならない。


 俺がどうすべきか悩んでいる間に、総統閣下が口を開いた。

「そういう事なら仕方が無いな。総統の名においてシザーランド准将の身柄は保安局に預けよう」


「そんな!」

 俺よりも先にネーナが声を上げた。


「そこの奴隷はシザーランド准将の所有物ですかな?」


 ネーナを所有物呼ばわりする保安局員の発言に俺は苛立ちを覚えるが、今はそれどころではない。保安局に容疑者として囚われた奴隷は、自白を強要するために死ぬまで拷問される。帝国では拷問は合法だが、実施には幾つかの制約をクリアする必要があった。でも、奴隷は例外だ。奴隷はそもそも人間ではないというのが帝国の建前なのだから。俺の身はともかくネーナだけは何とかしなければ。

「あ、いや。こいつは、」


「その者はたった今、私が貰い受けた奴隷だ。ちょうどこのエルザに妹分を与えたいと思っていたのでな。シザーランド准将から今日引き取る話になっていた」


「……そうでしたか。ではシザーランド准将、ご同行を」


「分かった」

 総統閣下の意図は分からないけど、とりあえずネーナの身は大丈夫そうだ。今は言う通りにするしかないか。

 俺がソファから立ち上がると、ネーナが後ろから俺の服の袖を引っ張る。

「准将!」


「ネーナ、大丈夫だよ。すぐに帰ってくるから。総統閣下の下で良い子にしてるんだぞ」

 俺は出来る限り心配を掛けないように目一杯笑顔を向けた。


「……分かりました。どうかご無事で」


「ああ」


 ジュリアスは保安局の局員達と共にその場を後にする。

 彼の背を見送ったネーナはショックのあまり膝から崩れ落ちてしまった。

「そんな、准将が……」


「心配するな。シザーランド准将は爵位こそ無いが、貴族には違いない。保安局も手荒に扱ったりはしないだろう。それに容疑者はあくまでネルソン提督であって、シザーランド准将の逮捕はあくまで保険のようなもののはずだ」


「ほ、本当ですか?」


「恐らくな。ひとまず君は私の下に置いておく。その方が安全だ」


「……分かりました」


「エルザ、彼女に部屋を用意してやれ」


仰せのままにご主人様イエス,マイ・ロード

 そう言ったエルザは途端に自分の口を主人の耳へと近付け、「本当に性格の悪いご主人様です」と言い残してネーナを連れて退出する。


 部屋に1人残されたローエングリンは途中で止まってしまっているチェスボードを見下ろす。

「ふふ。これで本当のチェックだ」

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