拘束衣の少女

 惑星アルカトラズ。別名・監獄星とも呼ばれるこの惑星は惑星全体が1つの監獄として機能している。政治犯などの凶悪犯罪者を収容する監獄で、かつては司法省が所轄していたが、現在は総統官邸の皇帝官房第3課・国家保安本部の管轄下に入っていた。

 惑星の各地に収容施設が点在しており、囚人はその危険度に応じてLEVEL1から7に分けられて施設に収容される。

 そしてLEVEL7の囚人はその多くが死刑級の大物犯罪者ながら、何らかの事情や司法取引などで終身刑に減刑されて収容されていると言われ、収容者のリストは極秘事項となっている。


 そのLEVEL7収容所の独房の1つに幽閉されているシャーロット・オルデルートも国家反逆罪の罪で死刑判決を受けるが、ある司法取引の末に終身刑に減刑されてこの監獄に服役している1人である。

 首から下は灰色の拘束衣で身を包む少女は、膝の辺りまである綺麗な金髪に青い瞳をしていた。

 首には奴隷の首輪よりもやや細い鋼鉄の首輪が嵌められている。両腕は胸の下で交差させて、拘束衣の袖口に付いているベルトは背中で締められていた。両足にも3本のベルトが巻かれているが、握り拳分の余裕を持っているため、辛うじて立って歩く事もできるが、彼女は狭い独房の中央で床に寝そべり、目を閉じたままじっとしていた。

 この狭い独房は窓1つ無く、唯一の出入り口である扉も重厚な鋼鉄の板で中から外の様子を窺う事はできない。照明も看守が独房を訪れた際に点灯されるのみで、彼女1人の時は消灯されたままなため、今の独房は真っ暗だった。

 外の状況も分からなければ時計も無いため、シャーロットは時間を把握する事ができない。しかし、彼女はほぼ精確に現在の時刻を把握している。

 この独房で数少ない時刻を知る方法は、毎日同じ時間に看守が運んでくる朝昼晩3回の食事だった。食事の時間からシャーロットは頭の中で数を数えて時刻を把握していた。拘束衣を着た状態で真っ暗な独房に押し込まれた彼女にできる唯一の娯楽であり、精神を安定させる唯一の方法だ。


「お腹空いたな。でもお昼まで後1時間くらいか」

 ここで生活を始めてかれこれ1年。我ながら随分と慣れてきたものだと思う。今だとお腹が空くタイミングで時刻が計れるようになってきたよ。

 それに看守さんに食事を食べさせてもらったり、1週間に1度だけ看守さんが私の身体を洗ってくれる拭身しきしんで裸を見られても、看守さんに排出を手伝ってもらっても、最近は何とも思わなくなってきた。ここに来たばかりの頃は恥ずかしいとか思ったものだけど。両手が常時拘束されているから、人の手を借りないと日常生活を送る事もできないんだよね。


 昼食の時間まで後30分。そう思った時だった。

 独房の照明が突如点灯し、心もとない明かりが独房を照らす。


 お昼はまだなのにどうしたんだろう。そんな事を考えていると、独房の扉が開き、外の灯りが一気に独房内に注ぎ込む。私はあまりの眩しさについ顔を扉から逸らしてしまう。


「どうやら起きているようだな。吉報だ。総統閣下より下されたお前の力を借りたいという要請だ」

 そう言って扉の向こうから現れたのは坊主頭に丸眼鏡を掛けた40歳くらいの男性だった。看守さんを除けば、ここにやって来る人はほぼこの人だけだ。

 この人はあの総統の親衛隊長官兼国家保安本部長官エアハルト・ヒムラー。


「あら、ヒムラー長官。ごきげんよう」

 身動きが取れない私は床の上で横になったまま挨拶をする。


「お前をすぐに移送する。構わんな」


「ちょっと待ってよ。後少しで昼食なのよ」


「昼食なら宇宙船の中で取ればいい」


「随分と急いでるわね」


「総統閣下のご命令は何よりも優先される。当然の事だ」


「相変わらずの忠犬ぶりね。まあ良いわ。囚人食にも飽きてたところだし」


「よし。では移送を始める」


 ヒムラーのその言葉を合図に、2人の親衛隊員が大きな車椅子を押しながら私の独房に入ってきた。

 そして親衛隊員は私の身体を軽々と持ち上げてその椅子に座らせて、椅子に備え付けてあるベルトを私の身体に巻いて固定していく。

 この拘束椅子は、私がこの星の外に出る際には必ず使用が義務付けられているもので、これまでにも何度か使った事がある。

 胸がベルトで圧迫されているから、呼吸が少しし辛いけど、苦しいというほどではない。上半身は身動き1つ取れない状態になっているのに対して下半身は拘束衣の緩々のベルトしかないのでいつもと変わらない。


「その拘束椅子は総統閣下がお前のために作らせた特注品だ。ありがたく着席するのだぞ」


 固く冷たい鋼鉄の床に寝転がっている日々を思えば、この拘束椅子は天国とも言えるかもしれない。拘束椅子は長時間の着席にも対応できるように最高級の素材が使われている様で、座り心地は文句無し。気持ちは社長だ。でも、それをヒムラーが偉そうに語るのは何か違う気がする。


「分かっていると思うが、妙な気を起こすなよ。脱走及び反抗の兆しを見せた場合には射殺して構わんという総統閣下の許可も頂いているのだからな」


 ヒムラーは警戒と軽蔑の眼差しを私に送ってくる。こんなに厳重に拘束されて一体どうやって脱走なんてするというのか。方法があるなら教えて欲しいものだ。

「心配しなくても大丈夫よ。命の恩人を裏切るほど私も恩知らずじゃないわ」


 私の死刑判決を取り下げて終身刑にするよう取りなしてくれたのはあの総統だ。死刑にされるはずだったこの命を拾ってくれた以上、もう私の命は総統の物。この身をどうしようと全ては総統の意思1つなのだから。



─────────────



 シャーロット・オルデルート。18歳。

 軍需産業企業オルデルート社を営むオルデルート侯爵家の令嬢。天才的な頭脳の持ち主で、家業である兵器開発に幼い頃から強い興味を示していた。12歳の時点で新型の戦機兵ファイターなど様々な兵器の基本設計を開発課に提出・採用されるほどの腕前を披露する。彼女の父親は、令嬢らしい趣味とは言えないという理由でシャーロットが兵器開発に関わる事を快く思っていなかったものの、成果が出た以上、彼女の能力を評価せざるを得ず、シャーロットは父親公認の下で積極的に新兵器のプランを次々と考案するようになった。


 しかし、このオルデルート侯爵家にはある問題があった。それはシャーロットの父であるオルデルート侯爵が反帝国思想の持ち、その豊富な資金力で貴族連合や反帝国勢力への支援を行なっていた事だ。

 シャーロットがその事実を知ったのは父が病死して新当主に就任した16歳の時だった。これを知ったシャーロットは歓喜した。なぜなら、この貴族連合や反帝国勢力との繋がりを利用して自分が作った兵器を闇ルートで流す事で、兵器の実戦テストが容易にできると考えたからである。

 彼女は貴族連合や反帝国勢力を支援するのと同時に新兵器を横流しして実戦テストを積極的に展開し、新たな兵器開発に役立てていった。


 当主就任から約1年が経過した頃、そんな活動もやがては国家保安本部の知る所となり、シャーロットは逮捕されてしまう。貴族連合や反帝国勢力への協力は国家反逆罪が適用され、順当に行けば未成年の少女と言えども死刑は確実である。

 だが、彼女の兵器開発で見せた卓越した頭脳に目を付けた帝国総統ローエングリン公爵は裏から手を回してシャーロットを終身刑に減刑させ、アルカトラズ監獄LEVEL7囚人として拘禁される事となった。


 この減刑処置には、シャーロットが大貴族だったために、オルデルート侯爵家と縁の深い貴族が独自に彼女の助命嘆願に動いていた事。大手軍需産業企業オルデルート社の経営者が反逆者として処刑された場合、オルデルート社は解体を余儀なくされ、兵器の供給が滞る事を恐れた銀河帝国軍造兵廠統合長官マクドウォール・トレンチャード上級大将の働きかけもあった。

 以後、オルデルート者は造兵廠統合本部が接収するという形で存続を許され、彼が危惧したような兵器供給が滞るような事態は回避された。



─────────────



 拘束椅子に座るシャーロットが総統官邸を訪れた。

 その時、ローエングリン公は総統執務室にて内務担当の総統官邸職員から減税を初めとする平民の生活環境改善に関する政策の進捗状況の報告を受けていただが、ヒムラーがシャーロットを伴って現れると、ローエングリンは10分だけ外で待機するように職員に命じた。


「相変わらず忙しそうね、コーネリアス」

 私は総統をファーストネームで、しかもため口で話し掛けた。

 すると彼の傍に控えている若い茶髪の青年士官ボルマン大尉がムスッと不機嫌そうな顔をする。そして大股で私の前まで歩いてくると、私の頬を平手打ちにしてきた。


 バシンッと良い音が執務室内部に響き渡るが、この部屋の主であるローエングリンは特に動じた様子はない。

 逆に彼女と共に現れたヒムラーと彼女の拘束椅子を押す親衛隊員は動揺の色を隠せなかった。

「こ、これ、ボルマン大尉。総統閣下の前で何を!」


「その総統閣下に対して、この女は無礼な態度を取った。故に身の程を分からせてやっただけだ」


 この男は本当に分かりやすい単細胞だ。コーネリアスもどうしてこんな男を傍に置いているんだろう。

「抵抗できない女に手を上げるなんて、情けない男ね」


「何だと貴様!!」


 ボルマンが再び彼女の頬に平手打ちを食らわせようとしたその時、ローエングリンが「待て」と言ってボルマンを制止した。


「し、しかし、総統閣下!」


「待て、と言ったはずだ」


「……失礼致しました」

 不服そうな顔をしつつも、ボルマンは一礼してローエングリンの傍へと戻る。


「手荒い歓迎になってしまいすまんな。事情は移送中にヒムラーから聞いているだろう。また君の力を借りたい。協力してくれるな」


「勿論よ。私の命はコーネリアスの物だからね。ところで今日はあの奴隷ちゃんはいないの?」


「エルザには私用を頼んでいる」


「ふーん。で、私は何をすれば良いのかしら?」


「色々とやってもらう事はあるが、ルナポリスの造兵工廠で開発中の新兵器が中々進展しないのでな。そちらを手伝ってやって欲しい」


「了解よ」

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