無人戦機兵

 アームストロング社。

 銀河帝国最大規模を誇る軍需産業企業で、宇宙戦艦から歩兵用の光子剣フォトンサーベルまで製造する。帝国軍の兵器開発や生産を統括する造兵廠統合本部は最大の取引相手であり、造兵廠統合本部が民間企業に出す兵器発注のおよそ7割を独占していた。

 造兵廠統合本部から依頼され、帝国軍工廠にて設計された兵器のライセンス生産を行う事もあれば、逆に造兵廠統合本部からの依頼を受けて兵器開発を行う事もある。


 そして今回、惑星ペンバートンに設置されている、戦機兵ファイターの開発・生産を主に行なうペンバートン工場にて新兵器のテストが行われていた。


 ペンバートン工場には、銀河帝国軍造兵廠統合長官マクドウォール・トレンチャード上級大将とデナリオンズ運営委員会委員長ウェストミンスター公爵、そして多くの帝国軍の技術将校やデナリオンズ幹部クラスが訪れている。

 彼等は工場内の会議室にて今まさに新兵器の視察を行なっていた。しかしそれは生にではなく、テレビ画面越しにではあるが。


 会議室の大型スクリーンには今、宇宙空間の小惑星帯を縦横無尽に飛び回る3機の戦機兵ファイターの姿が映し出されていた。

 その機体は、濃い灰色を基調とした新型機であり、現在帝国軍の主力機である《セグメンタタ》に比べるとやや軽装だった。しかし、背中には大型推進エンジンが取り付けられているため、外見的には《セグメンタタ》よりも重厚な印象を受ける。その事からも防御性能よりも機動性の重点を置いている機体である事が分かる。


 皆がスクリーンに注目する中、やや長い灰色の髪をした初老の技術者がスクリーンの前に立ち、自身に満ちた表情で口を開く。

「如何ですかな?私の自信作であります《スピットファイア》は?」

 そう言うのは、今回の新型戦機兵ファイター《スピットファイア》の設計者レナード・ミッチェル。幼い頃から戦機兵ファイターが好きで、子供の頃はパイロットになる事を夢見るも、帝国軍のパイロット試験を合格できずに仕方なく技術者としての道を歩んだ経緯を持つ彼はいずれ最強の戦機兵ファイターの開発者として歴史に名を遺す事を目指していた。


「実に良い動きをする。《セグメンタタ》ではあのように小惑星帯を高速で飛び回る事は不可能だろう。コックピットに内蔵されている操縦補助システムもかなり高度な出来らしい」

 そう言うのは造兵廠統合長官トレンチャード上級大将。帝国軍人の中でおそらく彼ほど兵器開発の現場を見てきた人物はいないだろう。

 そんな彼に好評だった事はミッチェルを素直に喜ばせた。

「恐れながら、この機体にコックピットは存在しません。なぜなら、この《スピットファイア》は無人戦機兵ドローンファイターだからです」


「ほお。あれが報告にあった無人戦機兵ドローンファイターか。あまりに機敏に動き回るので有人機かと思ったぞ」


「あらゆるエースパイロットの操縦データを組み込んだ戦術AIを搭載しております。それに本来であればパイロットへの負担から不可能な高機動も思いのままです。今ご覧頂いているテスト飛行もドローンだからこそ実現できるのです」


「……なるほど」

 ドローンと聞いた瞬間、トレンチャードは表情を強張らせた。


 対してウェストミンスター公は「素晴らしい!」と無邪気な声を上げる。

「まさか戦機兵ファイターが無人で動かせるようになるとはな」


「このドローンは戦術用AIが司令部からの命令を受信して行動。敵味方識別装置(IFF)に従って敵への攻撃を行います。そして何より無人機ですので、仮に撃墜されてもパイロットの命が損なわれる心配は無く、またパイロットの育成に労力を掛けずに貴族連合軍との格闘戦ドッグファイトに及べます」


「なるほど。実に素晴らしい。良かろう。その機体の開発と量産体制の確保にディナール財団は全面出資を約束しよう。そして完成した暁にはデナリオンズへの配備もな」


「ありがとうございます、ウェストミンスター公爵」


 こうしてデナリオンズに無人戦機兵ドローンファイター《スピットファイア》の配備が決定された。

 このまま帝国軍でも採用を、と行きたいミッチェルではあったが、そうもいかない事情があった。


「この機体の資料は既に総統閣下にはご確認頂いたのですが、総統閣下はドローンがあまりお気に召さないようで、今回のテストにも出席しては下さいませんでした」

 そう言いながら、ミッチェルはトレンチャードに視線を向けた。


「話は私も聞いている。確立したばかりの新技術ではリスクも高いだろうとの仰せであった。総統閣下が拒否された以上、申し訳ないが帝国軍での正式採用は難しいだろうと考えてもらいたい」


 トレンチャードの話を聞くと、ウェストミンスターは腕を組んで鼻で笑う。

「ふん! あの若造もまだ若いというのに存外頭の固い男よ。良いものはどんどん取り入れねばな」


「公爵閣下の仰る通りです。あなた様のデナリオンズにて成果が上がれば、総統閣下もお考えを改めて下さると信じております」


「ふふ。すぐに採用しておけば良かったと嘆く、あの若造の顔が目に浮かぶわ!」

 そう言ってウェストミンスターは高らかに笑い声を上げる。


 無人戦機兵ドローンファイターというものは、軍隊の迅速な整備を行いたいウェストミンスターにとっては非常に魅力的な兵器だった。

 無人戦機兵ドローンファイターの量産ラインさえ整えてしまえば、精強な戦機兵ファイター部隊が誕生するのだから。



─────────────



 帝国総統ローエングリン公爵は、アームストロング社ペンバートン工場が開発した無人戦機兵ドローンファイターをあまり好意的に考えてはいなかった。

 しかし総統官邸の中には、ドローンの導入に肯定的な者も存在する。

 ローエングリンの側近である皇帝官房副長官ロタール・ゲーリング男爵もその1人だった。

 短めの黒髪にふくよかな体型をした55歳の男性である彼は、なぜドローンの導入に反対なさったのですか?と総統執務室にてローエングリンに質問をする。

 それに対してデスクに座るローエングリンは一笑した後で答えた。

「人間が戦争を止められないからと言って、人間の代わりに戦争を行う兵器を作るとは滑稽とは思わないか?」


「はい?」

 主君から思わぬ発言が飛び出し、ゲーリングは拍子抜けしたという風な表情を浮かべた。


 その様をローエングリンの傍から見ていた総統の奴隷エルザはクスリと笑う。

「ゲーリング様、ただの冗談ですよ」


「え? あぁ、総統閣下、揶揄うのはお止し下さい」


「ふふ。まあ許せ。……真面目な話をすると、ドローンは魅力ある技術だと思う。しかし技術上の課題は多い。まだ実戦配備は早かろう。ウェストミンスター公は気に入っているようだから、あのデナリオンズとやらで性能を確認させるのも良いだろう」


「つまりデナリオンズを利用して性能実験をすると?」


「そういう事だ」


 ゲーリングがなるほど、と感心していると、再びエルザが小さく笑った。

「ご主人様がそんな生温い事を考えているとは思えませんね。心の中ではもっとどす黒い事をお考えなのではありませんか?」


「ふん。エルザがそれを知る必要は無い。だがそうだな。ヒントくらいはくれてやろう。明日、アルカトラズ大監獄から囚人を1人、ここへ護送する手筈になっている」


 “アルカトラズ大監獄”

 その名を耳にした瞬間、エルザは露骨に不機嫌そうな顔をする。

「またあの女の手を借りるんですか?」


「この状況では最適な人材だと思うだろ」


「思いますが、あの女は嫌いです。ご主人様を誑かす悪い女です」


「ふん。お前も人の事は言えんだろう」


「奴隷の処女を奪うのは主人の特権です。私はただご主人様にその権利を行使して頂きたいだけです」


「それを行使するか否かを決める権利も私にあるはずだ」


「それは勿論です。ですから日々、この権利を行使してもらえるように頑張っているのですよ」


 ローエングリンとエルザが2人だけで話し込む中、ひたすら沈黙を貫くゲーリングは自分の存在をアピールするかのように咳払いをした。

「恐れながら総統閣下。ドローンの件は置いておくとしても、大貴族共が独自の軍備の整備を本格化した以上、こちらも相応の対応が必要と考えますが?」


「当然だな。例の計画を少し前倒しにしよう」


「宜しいのですか?」


「デナリオンズもしょせんは急ごしらえの軍隊だ。対抗するにはこれで充分だろう」


「では、いよいよなのですね」


「その通りだ。大貴族どもの世が終わり、我等が銀河帝国は真の秩序を手に入れる」


 ローエングリンは悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 若干22歳の青年が思い描く野望が今、銀河系全体を覆い尽くそうとしていた。しかし、その事を知るのは彼の周りに集う極々一部の者達のみだった。

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