コリントス軌道上の戦い・反撃
月の裏側へと後退した帝国軍艦隊は、損傷艦の応急処置や部隊の再編作業に入っている。
そんな中、戦闘開始前に問題行動を起こして自室に謹慎していたジュリアスは、クリスティーナに呼び出されて艦橋へとやって来た。
艦橋にやって来て直後、ジュリアスは取り乱してしまった事を皆に謝罪する。
「もう大丈夫なんですか?」
クリスティーナは心配そうな声でジュリアスに問う。
「ああ。問題無い」
ジュリアスの返事にクリスティーナが反応するより早く、トーマスが口を開く。
「本当かい? 何か事情があるって言うなら、無理しなくても良いんだよ」
「ありがとう、トム。でも本当に大丈夫だから。それに今回はネーナの初陣だからな。俺の勇姿をしっかりと見てもらわないと」
ジュリアスはそう言いながら、隣に立つネーナの頭を優しく撫でる。
「はい! 准将のカッコいいお姿をネーナも見たいです!」
ニコッと無邪気な笑顔を浮かべる。
いつも通りの仲の良い兄妹のような姿に、クリスティーナとトーマスは内心で安堵の息を漏らし、本当に大丈夫なのだな、と実感する。
「分かりました。ではこの時点を以ってシザーランド准将には現場に復帰してもらいます」
「了解致しました!」
気を引き締めて敬礼をするジュリアス。
「因みにこの件は、ネルソン提督には報告済です。提督からは作戦終了後まで処分は保留にするとの事です」
「うッ! わ、分かったよ、クリス」
仰々しい言い方をするクリスティーナだが、実際の所これは作戦終了後にネルソンからの説教タイムがあるという通達を意味していた。その事を理解した瞬間、ジュリアスはビクビク震えて全身から汗を流す。
その様を見て、ジュリアスの心境が手に取るように分かったクリスティーナはクスッと笑う。
「ところで戦況は把握していますね」
「ああ。部屋からも戦況は確認できたからな。ちゃんと把握できてるよ」
「現在、ネルソン提督はフレイランド提督に増援艦隊の派遣を要請する事を具申しています」
「妥当な判断だとは思う。でも、増援の到着を待っている間に地上で抵抗している味方が全滅するかもしれない。コリントスには7000万の住人がいるんだ。彼等を見殺しにする事はできないだろう」
「それは、そうですが」
ジュリアスの言う事は尤もだと思う一方で、かと言って強引に包囲網を突破しようとしては味方に大きな犠牲を強いてしまう。そう思うと、クリスティーナは声を大にして賛同はできなかった。
「ジュリーには何か策があるの?」
長年の付き合いからジュリーの口調や表情から、そのような雰囲気をトーマスは感じた。
「勿論さ!」
自信たっぷりという感じを出すジュリアス。
彼の満面の笑みを見た時、トーマスは背筋が凍るような思いがした。
ジュリーがこんな顔をする時は、たいていとんでもない事を考えてるんだよな。
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「閣下、本当に宜しかったのですか?」
フレイランド艦隊旗艦グラスゴーの艦橋では、幕僚の1人が不安そうにフレイランド大将に確認をする。
それはついさきほどネルソン大将より提示された作戦案をフレイランド大将が許可した事についてだった。
「ふふ。構わんさ。増援艦隊が到着するまで、ただ待っているのでは
「なるほど。逆に成功した時は総司令官である閣下の功績、という事ですな」
「そういう事だ」
姑息な打算をし、総司令官と幕僚は笑みを浮かべ合う。
─────────────
出撃準備を整えた帝国軍艦隊は、前進を開始する。まずネルソン艦隊が前に展開して、その後ろをフレイランド艦隊が固める形の布陣だった。
その動きはすぐにグラン・ガリア級宇宙空母ラヴァルの艦橋にも伝わる。
「性懲りもなく、また出てきましたか。もう1度、追っ払ってあげなさい。全艦、攻撃開始!」
モンモランシー提督の指示を受けて、護衛艦隊は空母ラヴァルを守るように前に出た。
艦隊の戦力は帝国軍側に分があるのは明らかだったが、連合軍艦隊は背にする形で展開していたため、帝国軍は下手に砲撃ができない。連合軍の護衛艦隊は空母ラヴァルを守るように展開しているように見えて、実際にはラヴァルを盾としているのだ。
「敵艦隊、速度を上げて更に前進!我が艦隊との距離を詰めようとしています!」
声を荒げて動揺の色を隠せないオペレーター。
しかし、それに対してモンモランシーは至って冷静であった。
「ふふふ。やはり、そう出てきましたか。敵は近距離まで迫る事で、砲撃を確実に護衛艦に砲撃を命中させるつもりなのでしょう。ですが、それはこちらにとっても同じ事です。前回と同様、待機中の巡洋艦部隊に攻撃開始を命じなさい」
こちらが惑星全体を包囲するために艦隊戦力を分散させている以上、個々の戦力で艦隊戦に及ぶのは得策とは言えない。しかし、敵はどんな手を打とうとも、このラヴァルを撃沈するわけにはいかないのです。であれば、それを最大限に利用するのは当然の戦術。
両軍の艦隊が距離を詰めて熾烈な砲撃戦を繰り広げる中、ラヴァルの索敵オペレーターは帝国軍艦隊の中に奇妙な動きを取る敵艦を確認した。
「敵戦艦1隻が戦列を離れて最大戦速のまま接近してきます」
「ん? ……ふん。おそらく極端に距離を詰める事で、護衛艦隊の陣形を乱そうという魂胆でしょう。過剰に反応する必要はありません。各艦は指示通りの座標で戦闘を継続しなさい」
モンモランシーは冷静かつ的確に指示を出す。
それもあって、連合軍艦隊の陣形は非常に強固であり、数で勝る帝国軍艦隊の侵攻を物ともしなかった。
しかし、そのモンモランシーが冷静さを奪われる事態が巻き起こる。
「て、提督! 先行する敵戦艦が、減速せずに真っすぐ前進しています!このままでは本艦に正面衝突します!」
「な、何だと!? まさか、戦艦で特攻でもするつもりか!? ……全艦、その敵艦に砲火を集中させろ!」
この後すぐに、オペレーターがその敵戦艦を精密スキャンを行なった。その結果、敵戦艦は自動操縦に設定されている無人艦である事が判明した。
「敵は戦艦1隻を犠牲にして空母を沈めるつもりなのか。そんな馬鹿な!」
「提督、後方の敵艦隊が陣形を広げて、護衛艦隊に殺到してきました!」
特攻艦に砲門を向けている間に、護衛艦隊を叩くというのが帝国軍の狙いなのだろう。そうモンモランシーはすぐに察するも、今は構っている暇は無い。多少の犠牲は覚悟の上で今は全火力を特攻艦に集中させる。
しかし、それも脅威ではない。無人艦である以上、砲撃手もいない特攻艦は全ての火器を停止させて、艦内エネルギーの全てをシールド
その中である艦橋要員達が特攻艦を撃沈するべく奮闘する中、モンモランシーは彼等に気付かれないように艦橋から姿を消してしまった。
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ネルソン艦隊所属のドレッドノート級宇宙戦艦1隻が、連合軍の宇宙空母に正面から衝突。その瞬間、動力機関である
その衝撃の余波に巻き込まれた護衛艦隊は、津波で転覆する水上船の如く簡単に艦の向きが変わり、帝国軍艦隊に対して隙を曝け出す格好となった。
ネルソン艦隊旗艦ヴィクトリーの艦橋にいるネルソン提督はこの好機を逃しはしない。
「全艦、最大戦速! 敵艦隊に突入し、1隻残らず撃沈するのだ!」
勇ましい戦乙女のような声による命令が通信回線を通して艦隊所属艦に通達される。
これを受けたネルソン艦隊は一気に攻勢に出て連合軍の軍艦を次々と撃沈していった。
「いやはや。それにしても、ジュリアスの考える事には毎度驚かされるな。戦艦1隻を使い捨てにしてしまおうとは」
ネルソンが不意にそんな事を漏らす。
「それを許可なさる閣下も人の事は言えますまい。また上層部から何を言われるやら」
ネルソンの脇に控える幕僚はそう言って溜息を吐く。
「だが面白い案だろう。低軌道上での核爆発なら惑星への被害はほとんどない。少なくとも惑星の住人への被害は計算上は皆無。そして今、敵は大混乱だ。それに勝利さえすれば、上層部も強くは出れんさ」
「2時方向より敵巡洋艦3隻が急速接近!」
索敵オペレーターからの報告を聞いたネルソンは、すぐに戦艦アルビオンとの通信回線を開くように命じる。
少ししてネルソンのすぐ手前に四角型の3Dディスプレイが出現し、黒い画面にやがてクリスティーナの姿が映し出された。
「お呼びでしょうか、ネルソン提督」
指揮官席から立ち上がり敬礼をするクリスティーナ。
「うむ。敵の別動隊が2時方向から迫っている。これを貴官の部隊で対応してもらいたい」
「了解致しました!」
「ん? ジュリアスの姿が見えないようだが、彼は復帰したのではないのか?」
ジュリアスの名が出た瞬間、クリスティーナの眉が僅かにピクッと動いた。
懸命に動揺を悟られないようにしているが、ネルソンはその些細な変化を見逃さなかった。
「あ、あぁ、シザーランド准将は、所用で席を外しております」
「所用か。……ならば良い。この戦いが終わったら、その辺についても詳しく本人から聞くとしよう」
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