コリントス軌道上の戦い・敗走

 帝国軍艦隊が戦機兵ファイター同士の格闘戦ドッグファイトをある程度離れた宙域から見守る中、フレイランド艦隊第2戦隊が前進を始めた。

 それは今回の作戦の総司令官にして艦隊司令官でもあるフレイランド大将の指示によるものではなく、第2戦隊司令官シクレベール中将の独断によるものだった。

「全艦、最大戦速だ! このまま観戦していても埒が明かない! 敵空母を攻撃せよ!」


「ですが、宜しいのですか? 総司令部からの命令はまだですが。それに万が一、敵空母を撃沈すれば、惑星への被害が、」


「構わん! これは戦争なのだぞ。多少の犠牲は已むを得ん。それにいくら民間人であろうと、帝国臣民であるなら、帝国と皇帝陛下に仇成す逆徒を成敗するために死ぬのは名誉な事。コリントスの住人も喜んでその命を捧げる事だろう」


「……」


 シクレベール中将は子爵の爵位を持つ帝国貴族の出身で、貴族特有の尊大さと選民意識の高さを有している。コリンティア星系のような中央から遠く離れた平民の命がどれだけ失われようと、彼にとっては大した問題ではないのだ。


 そんな中、艦隊司令部より通信が届き、回線を開いた途端フレイランド大将の怒声が艦橋に鳴り響いた。

「貴様、一体どういうつもりか!! 早く部隊を元の配置に戻せ!」


「恐れながら司令官閣下。これ以上、辺境の逆徒どもの好き勝手にさせるのは帝国と皇帝陛下のご威光に傷を付ける事となりましょう。であれば、討伐部隊たる我等は逆徒どもを速やかに排除しなければならないのです」


「それは勿論だが、無謀と勇気は違うのだぞ!」


「承知しております。……全艦、砲撃開始!」

 上官の言葉に応えて、すぐにシクレベールは攻撃命令を下す。


 シクレベールの部隊は一斉に主砲を発射する。

 宇宙空間を駆け抜けるビームは、戦機兵ファイターが戦う戦場を横断した。危うく巻き込まれそうになったセグメンタタもあったが、幸い味方機への被害は無かった。そしてそのビームは、モンモランシーの載る宇宙空母に命中する。

 しかし、まだ射程外だったために、ビームのエネルギーはシールドによって阻まれて敵艦に傷を付ける事すらままならなかった。


「馬鹿者! 味方機に当たったらどうするのだ!?」

 フレイランドの怒声が再び艦橋に響く。

 しかし、シクレベールはそれに一切動じる事はない。それどころか鼻で笑いながら答える。

「彼等とて帝国に仕える軍人です。勝利のためなら喜んでその命を捧げるべきでしょう。違いますかな?」


「勝利のためというなら、今すぐに艦隊を戻せ!これは命令だ!」


 シクレベールは、ふんッと鼻を鳴らし、右手を振って合図を飛ばす。

 それを見た通信オペレーターは渋々通信回線を切断した。


「し、司令官、本当に大丈夫なのでしょうか?」


「何を弱気になっている?要は結果を出せば良いのさ」

 そう言ってシクレベールは更に艦隊を前進させ、容赦なく艦砲射撃を敵空母に浴びせた。


 その様子を見たフレイランドは仕方なく全艦隊に突撃を命じる。ただでさえギリギリの戦力しか持たないこの状況で、シクレベールの第2戦隊をみすみす敵の餌食にするわけにもいかなかったのだ。


 帝国軍艦隊が前進を始めた事を確認したシクレベールは意気揚々とする。

「見よ! 味方もようやく重い腰を上げたぞ! このまま一気に敵を殲滅してやるのだ!」


 しかし、シクレベールの猛攻を退けるべく、モンモランシーは予備兵力として待機させていた巡洋艦3隻に攻撃を命じたのだ。

 巡洋艦3隻から集中砲火を浴びせられ、シクレベールの乗艦も被弾してしまう。

「か、閣下、敵はこちらに対して、有利な位置を占めています。我々は敵に誘い込まれたのです! どうかお退き下さい!」


「馬鹿を言うな! たかが巡洋艦如きに何を恐れるか!」


「で、ですが、」


 司令官と幕僚が口論を繰り広げている間、敵艦からの砲撃で艦橋が貫かれた。艦橋にいた者は1人残らず、ビームエネルギーの高熱で焼かれて戦死する。


 シクレベール中将戦死の報を受けたフレイランド大将は軽く舌打ちをした後、第2戦隊の残存部隊を援護しつつ全艦隊に後退するように命じた。

 艦隊を一旦後退させて、戦いが再び戦機兵ファイター同士の格闘戦ドッグファイトに絞られた頃、フレイランドの下にネルソンから通信が届く。

「総司令官閣下、ここは戦機兵ファイターも後退させた方が宜しいかと。このままでは、ただの消耗戦にしかなりません。一旦退いて作戦を練り直すべきです」


「……分かった」

 戦況の不利を見て、フレイランドは後退を決意する。

 一時後退の命令を受けた帝国軍の各部隊は、コリントスの月の裏側へと後退した。



─────────────



 グラン・ガリア級宇宙空母ラヴァルの艦橋は、帝国軍の撃退に成功した事で歓喜の声が上がる。

 そんな中、司令官モンモランシーは兵達のように声こそ上げなかったが、小さく笑みを浮かべて勝利を喜んだ。

「敵を追撃する必要はありません。全部隊は防衛陣形のままで待機しなさい」


「おめでとうございます、閣下」


「ふふ。当然の結果ですよ。それより地上の様子はどうなっていますか?」

 宇宙戦が一段落着いた以上、モンモランシーの関心は地上戦に向いた。


 惑星コリントスには計6つの大型都市が存在し、居住地域もこの都市の周辺に集中している。そして現在、コリントスの住人のほとんどはこの都市に避難していた。この6つの都市には、ドーム型シールド生成器ジェネレーターが設置されている。1度起動させると、都市を丸ごと半透明のドーム型の形状をしたエネルギーシールドに覆われる。

 ビームエネルギーであれば、そのエネルギーをシールド全体に拡散させて消失させる事ができる。また、都市規模の設備が必要だが、エネルギーの出力を最大にした状態であれば物理的な衝撃をも遮断でき、ミサイルなどの物理兵器からの防衛も可能。


 現在、連合軍は大気圏外からミサイルによる空爆で攻撃を行なっているものの、シールドを突破できずに攻めあぐねている状況だった。

 ただし、このドーム型シールドは大気圏外からの空爆への対処に特化したもので、その強度は地上に近付けば近付くほど低下していく。地上からであれば、人力での潜れるほどの薄い膜になるほどに。

 モンモランシーは既に上陸部隊を地上に降下させて、6つの都市全てを包囲させているものの、地上の抵抗も激しく戦況は五分五分といった具合だった。


「帝国軍は6つの都市全てを城塞化していたようでして、以前膠着状態が続いております」


「……まあ。最前線に近いこの惑星の都市を無防備にしているはずがありませんからね。しかし、敵の地上部隊が防戦一方に追い込まれている以上、戦いの主導権はこちらにあります。地上部隊には下手に突出したりする必要は無いと」


 モンモランシーは地上部隊に強引な攻勢を掛けたりしないように命じていた。

 ドーム型シールドが健在である以上、下手に攻撃をしては味方への損害が無視できないものになる。惑星の包囲を完成させた今、各都市を包囲して連携を断ってしまえば後はどうにでもなる。最初の上陸作戦で手痛い損害を被ったモンモランシーはそう考えたのだ。



─────────────



 帝国軍艦隊の敗走。アルビオンの自室にて謹慎中のジュリアスは、その事を備え付けの3Dディスプレイに映し出されている映像を見て把握していた。アルビオンの艦外に設置されている観測用光学カメラが捉えた映像である。カメラからの映像だけでは、得られる情報は限られているが、大まかな戦況を把握するだけならこれで充分だった。


「モンモランシーの野郎。相変わらず姑息な奴だ」

 ベッドに腰掛けるジュリアスは、その幼さを残した容姿を怒りで歪ませ、苛立ちを露わにする。


「ん、んん~」

 ジュリアスの膝の上に頭を乗せて眠っているネーナが声を漏らす。

 まるで怒らないで下さい、と言っているように感じられたジュリアスは思わず笑ってしまう。

 さっきの一件の罪滅ぼしのために何かしてほしい事は無いかとジュリアスが問うと、ネーナはかなり遠回しにではあったが、膝枕をしてほしいと言ってきたのだ。


 最初は少し頭を乗せるだけのつもりだったネーナだが、不慣れな艦内生活と大勢の人との交流から来る疲れもあったのか、今はぐっすりと眠っている。

 素直で真面目、そして可愛らしい外見のネーナはアルビオンの船員達からは好意的に受け入れられ、特に女性軍人からはまるでマスコットのように可愛がられていた。


 1度に多人数と交流した経験のないネーナはどうしていいのか分からず、終始あたふたして、何度かジュリアスに助けを求めるような視線を送るほどだ。しかし当のジュリアスはネーナが奴隷という立場から、偏見や差別に晒されないかという当初の不安が杞憂に終わった事への安堵もあって、その視線に秘められた意図を察する事ができずにいた。


 ジュリアスはすやすや眠るネーナの頭をそっと撫でる。

 そして何かを決意したような顔をして正面の3Dディスプレイに視線を向けた。

「いつまでも隠し事なんてしてちゃいけないよな。あの野郎の影に怯えていてもしょうがない!」

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