死神モンモランシー
ヴァンガード艦隊の大敗とグリマルディ銀行からの融資の停止。
この2つの出来事はエディンバラ貴族連合にとっては非常に手痛い損失と言わざるを得なかった。
この事態を重く見ている貴族連合執政官アーサル公爵は、帝国領のコリンティア星系第2惑星コリントスへの侵攻を決断する。
このコリンティア星系は交通の便が良いため、艦隊の移動ルートとしても有用で、民間船の往来も盛んなため、軍事的にも経済的にも重要な地だった。
それもあってコリンティア星系には幾つもの経済都市が形成され、ここにある資産を接収すれば連合軍の軍資金としても運用できると考えたのだ。
それだけ重要な地にも関わらず、この星系の守りはそれほど厳重ではなかった。それは貴族連合軍が銀河系外縁部に戦線を広げたために、個々の星系の守りが手薄になりがちだった事もあるが、この周辺の星域自体が戦場になる機会が偶然にもあまり多くなかったためである。
そして、そんな作戦の指揮官にアーサル公が選んだのはジラード・モンモランシー中将。元々は平民出身であったが、45歳にして中将の地位にある。これは連合軍のみならず帝国軍でも稀な例であるが、彼が平民出身にしてこのような高い地位に就けているのには多少の事情がある。
かつて彼は交通の要所であった惑星ロドスの防衛部隊に配属されていたのだが、帝国軍の度重なる侵攻で指揮官が次々と戦死したために臨時で司令官に就任し、銀河歴702年から709年の7年間、彼は少ない戦力でロドスを守り切るという実績を立てた。
ロドスに侵攻した帝国軍は悉く撃退された事からモンモランシーの事を“ロドスの死神”と呼んで忌み嫌った。
「良いな、モンモランシー提督。戦力は貴官が要求する分を可能な限り用意しよう。その代わりに必ずコリントスを落とせ」
アーサルは真剣な眼差しを目の前の提督に向ける。
その視線の先にいる提督は、色白で濃い灰色の髪に、細い目をし、不敵な笑みを浮かべている。その姿は死神というよりは人を誘惑して騙す悪魔のような印象を受ける。細身な体型で一見頼りなさそうな気もするが、その笑みに張り付いた自信の高さは他者に強烈な印象を与える。
「承知致しました、執政官閣下。必ずやご期待に応えてみせます」
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帝都キャメロット。星々が漆黒の空を彩る深夜。
ジュリアスはヴァレンティア伯爵の邸の寝室のベッドで眠っていたのだが、急に魘され出したのだ。表情は険しく、酷く汗を掻き、呼吸も荒く不規則になっている。まるで怖い何かに追われているようだった。
同じベッドで眠っていたトーマスとクリスティーナはすぐに異変に気付いて目を覚ます。
「ジュリー、どうしたの!?」
トーマスは慌ててジュリアスの傍への近付く。
「……大丈夫です。魘されているだけです」
クリスティーナは辛そうにするジュリアスを見て、自分の胸が締め付けられるような感覚に陥る。
トーマスはそっとジュリアスの手を握り、自分の口を彼の耳元へと近付ける。
「ジュリー、大丈夫だよ。僕とクリスがずっと傍にいるから。君を1人にはしないよ」
ジュリーは昔から、時折こうして魘される事があった。朝になってどんな夢を見たかさり気なく聞いてみた事があるけど、いつも覚えてないって話していた。
そもそも僕等3人が一緒に寝るようになったのも、ジュリーが悪夢に魘されたら、すぐに介抱してあげられるようにとクリスと話し合ったからだ。勿論、ジュリーはその事を知らないけど。
「安心して下さい、ジュリー。ここには私達しかいませんから」
クリスもそう言ってジュリーの頭を撫でながら、寄り添ってお互いの身体を重ね合わせた。起きている時にこんな事をしたら、流石のジュリーも顔を真っ赤にして慌てふためいた事だろう。たぶん僕もそうする。
「……んんん」
僕等の努力が通じたのか、ジュリーの表情は次第に穏やかなになって、呼吸を整い出した。
「ふぅ。どうやら、落ち着いてくれたようですね」
「うん。そうだね」
「それにしても、ジュリーは一体どんな夢を見てるんでしょうか」
あの魘され様は異常だ。僕だけじゃなくクリスもそう思っているらしい。
ひょっとしたら、僕等と出会う前のジュリーの過去が関係しているのかもしれない。僕とクリスがジュリーと出会ったのは8歳の時。それからはお互いに知らない事は無いって位いつも一緒にいたけど、それより前の事はほとんど知らない。ジュリーは決して話したがらないんだ。唯一知っているのはジュリーが戦争孤児だという事。
つまり、ジュリーは戦争で家族を失い天涯孤独の身になったところをシザーランド家に拾われたという事になる。いつも明るく振舞っているから、つい忘れてしまうけどジュリーが決して楽しい幼少期を過ごしていたわけじゃないのは明らかだ。
だからこそ、誰かの温もりを感じると、落ち着くんだろうと思う。
「トム。……トム!」
「……え?ご、ごめん。何?」
ジュリーの過去について考えていた僕は、クリスに呼ばれて不意に顔を上げてクリスの顔を見る。
クリスの宝石のように綺麗な青い瞳は、少し不機嫌そうな眼差しを僕に送っていた。
「トム。分かっているとは思いますが、そんな思い詰めたような顔をジュリーの前でしないで下さいよ。不審がられます」
「う、うん。分かってるよ」
僕とクリスはジュリーが時折魘されている事を教えずにいた。本人が悪夢を見ていたという自覚が無いのなら、いっそ知らない方が良いだろうと思ったから。
─────────────
数日後、貴族連合軍の大艦隊がコリンティア星系第2惑星コリントスに襲来。現地の宇宙部隊を撃退し、惑星への上陸作戦を実施。しかし、惑星守備軍の抵抗は激しく、貴族連合軍は強引な上陸作戦を断念し、コリントスの低軌道上に艦隊を展開させて惑星を包囲した。
この事態を受けて帝国軍軍令部は、直ちに迎撃艦隊の派遣を決定するも、問題はその艦隊の陣容である。現在、帝国軍の主要戦力は銀河系外縁部で他の貴族連合軍と泥沼の戦闘状態にあり、帝国本土の艦隊も先のヴァンガード艦隊の襲撃から、大貴族の多くは帝都の守りを厳重にするようにと
そんな中、迎撃艦隊に選ばれたのはネルソン艦隊とフレイランド艦隊の2個艦隊。総司令官は帝国軍大将フレイランド伯爵である。
ネルソン艦隊は、艦隊司令官のネルソン大将が怪我を完治させて復帰したため、増強してから初の出撃は万全の状態で挑める事となった。
ネルソン艦隊とフレイランド艦隊は帝都キャメロットを出発して惑星コリントス付近の宙域にまで進出した。
ドレッドノート級宇宙戦艦アルビオンの艦橋のメインモニターに、コリントスを包囲している貴族連合軍艦隊の映像が映し出される。
「あれが包囲軍ですか」
指揮官席に座るクリスティーナがそう呟く。かつては艦長だったジュリアスの椅子だったが、このアルビオンは第2戦隊旗艦となり、その戦隊司令官にクリスティーナが就任する以上、この椅子はもうクリスティーナの物である。
前の所有者だったジュリアスは戦隊参謀長としてその椅子の脇に立っていた。そして彼の後ろにはジュリアスの小姓となり、軍服に身を包んだネーナが控えている。
内心でクリスティーナは今の状況に違和感を感じていた。
ネルソン提督の配慮の末なので、あまり口にはできませんが、ジュリーは指揮官の横に控えているよりも、指揮官として皆をぐいぐい引っ張る方が似合うと思います。
「ちッ! 連合軍の指揮官はかなり性格の悪い奴らしい」
「え? どういう事ですか?」
「あれをよく見ろ。敵艦隊は空母を軸に編成されている」
ジュリアスの言葉を聞いて、アルビオンの新艦長トーマスは索敵オペレーターに敵艦隊の編成の詳細を確認させる。
連合軍艦隊は大きく4つの艦隊に別れて、惑星の低軌道上に展開していた。
そしてその4つの艦隊それぞれにはグラン・ガリア級宇宙空母が1隻ずつ配置され、それぞれの艦隊の中核を担っている。
グラン・ガリア級宇宙空母は、貴族連合軍が保有する宇宙艦艇の中ではヴァンガード級を除くと最大規模の大きさを誇り、全長はマジェスティック級の倍以上の3200mもある。
しかし、ヴァンガード級と異なり、その巨体は空母の名の通り
「敵が長期戦の構えを見せているという事から考えて、まず1隻はあるのだろうと考えていましたが、まさか4隻も投入してくるとは流石に予想外ですね。しかし、性格が悪いというような事でしょうか?」
「問題なのは、艦隊の内容じゃなくて配置だよ。敵は惑星の低軌道上に展開している。つもり、もしあの空母を撃沈でもしたら、あれが惑星の重力に引っ張られて、そのまま墜落しちまう」
「あ!」
ジュリーの言いたい事がようやく分かりました。惑星コリントスには7000万の住人が存在する。もしあの巨大な質量体が機能を停止して重力に従って地表に落下した場合、住人への被害は避けられない。しかも、グラン・ガリア級には
「つまり、こちらからは下手に手出しができないと?」
「そうだ。しかも、その周りを固める戦艦や巡洋艦は、それを分かってか空母に張り付くように展開してやがる。撃てるものなら撃ってみろ、と言わんばかりに」
「で、でも、それじゃあどうすれば良いのさ!?」
トムは苛立ちを隠せない様で、珍しく声を荒げました。民間人を人質に取るかのような戦術に我慢ならないのでしょう。まあ、私も人の事は言えませんが。
「こうなったら、
「そういう事だ。でも、向こうには空母がある。という事は
「……前途多難、だね」
「ですが、だからと言って諦めるわけにはいきません! あの星には7000万もの民が私達の助けを待っているのですから」
クリスティーナが決意を新たにしたその時。
通信オペレーターが「敵艦隊よりオープンチャンネルにて通信です」と叫ぶ。
オープンチャンネルという事はこちらと何等かの話し合いを行う、というよりは自分達の主張を一方的に通達する事が目的か。ならば、聞くだけ聞いておきますか。
「回線を開きなさい」
クリスティーナの指示を受けて回線を開く。艦橋のサブモニターに『Sound Only』とだけ書かれた画面が表示されると、敵将と思われる人物の声がスピーカーから艦橋内に響き渡る。
「私は貴族連合軍ジラード・モンモランシー中将です」
「モンモランシー中将? 聞いた事ない名前だな」
トムがそう言って首を傾げました。確かに私も知らない名です。ウェルキン提督など、貴族連合軍の提督の名は何人か記憶していますが、モンモランシーというのは初めて聞く名です。最近出世したばかりの新米提督なのか。しかし、そんな人物にこれだけの艦隊の指揮を任せるものでしょうか。
「見ての通り、コリントスが我が艦隊が完全包囲中であり、あなた方の出る幕はありません。速やかに撤退する事をお勧めします。でなければ、多くの人々に無意味な犠牲を生み、あなた方は無能な指揮官の烙印を押される事になりますよ」
嘲笑うような口調に加えて、この台詞。見え透いた挑発ですね。
そう考えてクリスティーナは聞く耳すら持とうとしなかった。そして回線を切断するように指示を出そうかと思ったその時。
「こ、この声、まさか……」
「ジュリー?」
ジュリーの動揺する声を聞いて、私は咄嗟にジュリーの顔を見ました。するとジュリーは何かに驚いているような顔をしていました。一体どうしたのでしょう?ひょっとして、この敵将を知っているのでしょうか。
「しょせんあなた方は私ジラード・モンモランシーの掌の上。無様に負ける覚悟があるのなら向かってきなさい!」
モンモランシーはそう最後に言い残して通信回線を切る。
「い、今の声。モンモランシー、間違いない」
「ジュリー、大丈夫かい?顔色が悪いよ」
トムが心配そうな顔をしながらジュリーに声を掛けますが、ジュリーはそれに一切応じませんでした。
ジュリーのすぐ後ろに控えている彼の
「ジュリー、どうしたんですか? モンモランシーとやらを知っているのですか?」
「撃て」
「はい?」
「撃て!! あの野郎を! あの人でなしを今日ここでぶっ殺してやるんだ!!」
「な、何を言うんですか、いきなり!?」
これまで見た事もない形相。こんなジュリーは初めて見ます。いや、でも、どこかで見覚えがある気もする。・・・あ。そうだ。悪夢に魘されている時のジュリー。あの時のジュリーにどことなく似ている。
「准将、落ち着いて下さい。一体どうされたんですか!?」
ネーナがジュリアスを止めようと前に出る。
いつも明るく優しいジュリアスが、ここまで冷静さを失って怒りを露わにしているのだ。職場でのジュリアスを知らないネーナでもこれが異常なのはすぐに理解できた。
「うるさいッ!!」
怒気を含んだその声と共に、ジュリアスはネーナの頬を勢いよく叩く。
バシンッ!という甲高い音がするとネーナは小さく声を上げて、後ろに倒れ込む。
「ちょ! ジュリー、な、何をしてるんですか!?」
まったく想像もしなかった出来事に、私はすぐに反応できませんでした。
その間にもトムがネーナちゃんの下まで駆け寄って手を差し伸べます。
「大丈夫かい? ……ジュリー、いくら何でも今のはあんまりだよ! いきなり叩くなんて!」
ジュリーが一体どうしてしまったのかは分かりませんが、このまま戦闘に入るわけにはいきませんね。
「シザーランド准将には作戦が終了するまで、自室にて謹慎するよう命じます」
「んな! ……分かった。ごめん」
私の言葉を聞いたジュリーはようやく冷静さを取り戻してくれたようで、心底申し訳なさそうな顔をして艦橋から出ていきました。私を含めて環境にいる者は皆、この状況に心の整理が付かず、またどうしていいのか分からずにただ沈黙してジュリーの背を目で追う事しかできませんでした。
しかしそんな中、ネーナちゃんがジュリーの後を追おうとしました。
するとトムがネーナちゃんの手を引いて、ここに留まった方が良いと言います。
「今のジュリーといると、また打たれるかもしれないよ」
「ご心配ありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですから」
心配するトムに笑顔でそう返すと、ネーナちゃんはジュリーの後を追って艦橋から出ていきました。
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