総統の奴隷

 グリマルディ財閥。

 それはグリマルディ銀行を中核にし、幾つもの地方銀行を所有。さらに大手保険会社や証券会社、金貸業者などを買収して傘下に収めて銀河系全域の金融業界に絶大な影響力を持つ金融財閥である。近年では他の業界にも積極的に進出して、軍需産業でも頭角を表しつつあった。


 そんなグリマルディ財閥の後ろ盾となっているのは、帝国の支配層である大貴族達だった。

 グリマルディ銀行には、帝国貴族のほぼ全員が口座を開設しており、多額の金を預けている。当行では貴族には多額の利息が支払われる「貴族利息」というものが存在する。

 この利息は、当行に口座を持つ平民が税金や公共料金を払う際に徴収される多額の手数料から賄われており、貴族の中には自分の領地の平民に対して、グリマルディ銀行から納税をするようにと命令を下す者も多い。


 こうした大貴族や帝国政府との癒着そのものが、グリマルディ財閥に様々な政治的特権をもたらし、今日までの繁栄を支えてきた。


 その最たるものがエディンバラ貴族連合への投資である。グリマルディ銀行は惑星エディンバラにも支店を構えて貴族連合へ多額の投資を行い、莫大な富を得ていたのだ。

 尤もこのエディンバラ支店は、内戦が始まる時点では既に存在しており、内戦開始と共に本店からは離反した、と表向きにはなっている。

 見え透いた言い訳ではあったが、大貴族達は己の利益のためにグリマルディ銀行の維持を優先した事から、調査が進まず、もしくは中止に追いやられ、帝国政府の良識ある役人も明確な証拠を掴むには至らず、いつしか暗黙の了解のようになっていた。


 そんなグリマルディ財閥に今、制裁を下すべく準備を進めている人物がいた。その名は帝国総統コーネリアス・B・ローエングリン公爵である。


 総統官邸ヴィルヘルム宮の総統執務室では、その宮殿の主であるローエングリン公が数枚の書類に纏められた報告書に目を通していた。

「一晩だけで、よくこれだけの情報を揃えたものだな。昨日の舞踏会では一体何人の男と寝たんだ?」

 満足そうに書類を読んでいた銀髪の美青年は、傍に控えるピンク色の髪を持つ奴隷少女に問う。


「まるで私を娼婦のような口ぶりですね! まったく心外です! 言っておきますが、私の処女はご主人様のためにちゃんと取ってあるんですからね! 奴隷女1人を抱く勇気も無い気弱なご主人様に貰って頂ける日を夢見て」


「野良犬にでもくれてやれ」


 奴隷少女エルザは一瞬衝撃を受けたような顔をするが、すぐにニヤリと笑う。

「まあ! ……ご命令とあらば、喜んでそうしますが、ご主人様は本当にそれで宜しいので?」


「……ふん!」

 わずかな沈黙の後、ローエングリンはそっぽを向く。これは事実上の降伏宣言である。


 平静を装いつつも、ほんの僅かに見せているローエングリンの苦々しい表情をエルザは見逃さず、彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。

「あ。因みに私が昨日お相手をした殿方はセルティック伯爵を含めて6人です」


 エルザの話を聞いたローエングリンは溜息を吐いて頭を抱える。

「一晩の、しかもあの短時間に。恐ろしい女だ。もう宮廷はお前の娼館だな」


「ご主人様にお喜び頂けるよう健気に頑張った奴隷をもう少し褒めてくれても良いのでは?」


「あのボロ布の衣装もこのためだったのか?」


「はい。殿方が興奮しやすくなるように計算して肌を見せるように布を少なくしていったんですよ。か弱く哀れな女の子を見て、ご主人様も私の魅力に気付かれたのではありませんか?」


「一晩で6人の男を股に駆けるような女をか弱いとは言わん」


「もう! 素直じゃないんですから。ちゃんと気づいてますよ。ご主人様が私の身体をチラチラ見ていた事を。裸でいるより、よっぽど性的魅力に溢れていたでしょう?」


「そんな話はもう良い! それより本題に戻るぞ」


仰せのままにご主人様イエス,マイ・ロード

 本当はもう少し主人の反応を見て楽しみたかったエルザだが、これ以上続けると今度はへそを曲げて、本当に野良犬に処女を捧げる羽目になりかねないと思い、エルザは大人しく引き下がる事にした。

「では、本題に入りますね。グリマルディ銀行が貴族連合に対して不正に投資を行っているという証拠のファイルを入手。裏付けはまだ取れていませんが、足掛かりとしては充分かと」


「そうだな」


「それからグリマルディ銀行から不正に金を受け取っている貴族の名簿です。これ等の名簿の裏付けもまだですが、事実だとすれば57人の貴族を罪に問えます。早速、事実確認を急ぎます」


「大した戦果だな。だが、事実確認はそう慌てずとも良い。時間を掛けて入念に行なえ。ついでに出てくる埃もあるかもしれん」


「ですが、宜しいのですか? グリマルディ財閥の存在は帝国の金融業界にとってはもはや無くてはならないもの。これを解体に追いやっては貴族連合との戦いにも支障が出るのではないか、と思います」


 エルザの意見にローエングリンはクスリと笑う。

「経済についてもよく勉強しているようだな」


「ええ。ご主人様のお役に立てるように、ゲーリング男爵に色々と教えてもらっていますから」


 ゲーリング男爵というのは皇帝官房副長官で、ローエングリンの側近の1人である。


「ほお。私の知らない所でそんな事をしていたのか。……確かにグリマルディ財閥はもはや帝国には必要不可欠だ。いくら帝国を蝕む寄生虫と成り果てていてもな。ならば解体せずに、こちらに有利な形でこの共生関係を継続すればいい。それは容易な事ではないが、不可能ではない」


「と言いますと?」


「さっきの名簿にあった57人の貴族は、不正をしていたかどうかの有無に関わらず、そこに名があったというだけでも充分に自分達の首を絞めかねない。その名簿にはそれだけの力が秘められている」


「え?真偽もはっきりしない、ただの名簿がですか?」


「ああ。重要なのは、その名簿の出所がかのコンウォール公に近しい立場の貴族からという事だ。おそらく中には単なる政敵の名も混じっているだろう。その名簿を利用して貴族間の争いを誘発させるのさ。それで潰し合ってくれれば、私としては都合が良い」


「流石はご主人様です! 性格の悪さは銀河一ですね!」


「……それは褒めているのか?」


「勿論です!」


「……」


 エルザは奴隷階級の娼婦とその客との間に生まれた子供だった。奴隷の子は奴隷。それは帝国の奴隷基本法によって定められている通りである。

 生まれてから5歳まで奴隷養成所で過ごしたエルザはある貴族の雇われている殺し屋に買われる事で養成所を巣立つ。そこで殺し屋の使い捨ての道具として利用され続け、必要な技術や知識を叩き込まれる日々を送る。そんなある日、ある人物を暗殺しろという命令をエルザは受けたのだ。その人物こそローエングリンである。


 当時はまだ総統ではなかったものの、皇帝の側近として頭角を現しつつあったローエングリンを煙たく思う貴族は少なくなく、暗殺してやろうと短慮な雇い主の貴族は考えた。

 そしてローエングリンを短剣で刺し殺そうと試みるも、あっさりと返り討ちに会い失敗して拘束される。この時エルザは幼いながらも、これから自分の身に起きる事を理解していた。誰の命令で動いているのかを吐かせるために拷問される。仮に白状したとしても、相手は皇帝の側近だ。そんな相手に短剣を向けたとなってはどう転んでも死ぬまで拷問されるに違いない。どれだけ技術を身に着けようと、子供1人で皇帝の側近を暗殺なんてできるはずがない。初めから分かってはいたが、奴隷であるエルザには拒否権など存在しない。

 奴隷のルールに従って行動した結果、自分が罰を受ける。そんな理不尽な環境にいる自分の身の上を思いながら、エルザは静かに涙を流す。


 しかし、エルザが剣を向けたローエングリンはどういうつもりなのか、エルザを皇帝の側近という立場を利用して奴隷身分から解放して、そのまま釈放したのだ。

 一体何がどうなっているのか、理解する間も無いまま、エルザは自由と言う名の世界に1人で放り出されてしまった。

 幼い少女が1人で野に放たれたとしても行き場所なんて地球聖教の修道院くらいだ。ローエングリンは行きたい場所があるなら、自分の権限でそれを可能な限り叶えてやる、とエルザに言い、これに対してエルザが選んだ道は、


「私をあなたの奴隷にしてほしいです」


 だった。外された首輪を嵌め直し、自ら奴隷階級に落ちたのだ。

 奴隷以外の生き方を知らず、そもそもまだ子供でしかないエルザにとって自由というのは不安の塊でしかない。それに命を狙った自分を許してくれた事ばかりか奴隷身分から解放までしてくれたローエングリンに恩返しもしたかったし、ローエングリンという1人の人間に強い興味も沸いていたのだ。


 エルザの申し出に対してローエングリンは「そうか」と素っ気なく返し、彼女の希望通りローエングリンの奴隷となる事となった。

 以後は恩返しのためにと奴隷として一生懸命働くが、ローエングリンはエルザに一切興味を示さず、彼女の面倒も使用人達に丸投げ状態だった。


 しかし、そんなローエングリンにエルザは次第に不満を抱くようになる。そこで彼の気を引こうと、自由時間を利用して彼の役に立ちそうな知識や技術を学習し、彼にとって自分が必要不可欠な存在になってやろう、と心に誓ったのだ。


 そして今、彼女の努力は実を結び、ローエングリンにとってはエルザは必要不可欠な存在となり、私生活においても他者には決して見せないような一面も見せる程の間柄になっている。

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