舞踏会に潜む陰謀

 舞踏会のメイン会場から離れたローエングリン公とコンウォール公達は別室にて高級ワインを片手に談笑に及んでいた。

「時に総統閣下は御結婚をなさる気はないのですか?」

 コンウォールが不意にそんな事を聞く。

 その問いを耳にした途端、ローエングリンは眉がピクッと動き、ほんの一瞬だけだが、その優雅な笑みが崩れた。そして彼の横に控えている奴隷少女エルザは内心でほくそ笑むのだった。

「……その気は無い。少なくとも今のところは、な」


「しかし、閣下も22歳。そういつまでも独身貴族を気取るわけにもいいますまい。我が孫娘は今年で17歳。そろそろ良い相手を見つけてやらねばと考えていた所です。もし宜しければ、我が孫娘を貰っては頂けませんかな?」


「ふふ。しょせんは新参者のローエングリン公爵家に、名家中の名家であるコンウォール公爵家のご令嬢をお招きするとあってはご令嬢に申し訳がない。それに、やはり今はまだ結婚する気にはなれんのだ」


「左様ですか」


 コンウォールが残念そうに肩をすくめたその時、彼の後ろに控える20代前半とローエングリンと近い年頃の若手貴族セルティック伯爵が突然よろめき出してグラスからワインを床に零してしまう。


「一体何をしておるのか、貴様は。総統閣下の前だぞ」

 コンウォールは呆れた顔を浮かべる。


「も、申し訳ございません。少し飲み過ぎてしまったようで、つい」


「まったく。そう得意でもない癖に、何杯も飲むからそのような醜態を晒すのだ」


 セルティックの話を聞いてローエングリンはクスリと笑う。

「では外に風に当たってくると良い。エルザ、伯爵に手を貸してやれ」


仰せのままにご主人様イエス,マイ・ロード

 エルザはローエングリンに対して一礼すると、セルティックの下まで駆け寄って手を差し伸べる。

 ボロボロで肌が所々露出しているエルザの衣装に、酔いが回って頭の螺子が緩んだセルティックの心を高揚させ、彼は言われるままにその手を取って部屋を後にした。


 部屋から去る2人の後姿を、ローエングリンは小さく笑みを浮かべながら見送るのだった。



─────────────



 大勢の貴婦人の玩具にされ尽くしたジュリアスとトーマスは、会場の隅に設置されているベンチに腰掛けて共にぐったりとする。

「はぁ~。やっと解放されたよ」


「ジュリーがいけないんだよ。調子に乗って貴婦人達とダンスを踊りまくるから。僕まで巻き添えでやった事もないダンスを踊る羽目になったじゃないか」

 人生初の舞踏会のダンスはぶっつけ本番であり、当然うまく踊れるはずもなく、何度も転びそうになって周りからは散々笑い物にされてしまったトーマスだった。


「え~。あんなにてきとうにやってれば良いんだよ」

 ジュリアスも人生初のダンスだったわけだが、トーマスと違って上手くもなく下手でもない至って普通にこなしてみせた。


「簡単に言ってくれるな。本当にジュリーって何でも器用にこなすよね」


「そんな事ないよ。トムは難しく考え過ぎてるんだって。もっと肩の力を抜いてやればいいんだよ。どうせ俺達が素人だってのはすぐにバレちゃうんだからさ。下手に見栄を張って墓穴を掘るくらいなら、気楽にやった方が良いだろ」


「……本当に簡単に言ってくれるよ。それができた苦労しないって」


 2人がそんな話をしていると、そこにクリスティーナが眉毛を釣り上げてご機嫌斜めな様子で現れた。

「やっと見つけましたよ。2人共、私を差し置いて随分と楽しんでいたようですね」


「な、何だよ、クリス。妙に機嫌が悪そうじゃないか」

 クリスティーナの棘のある口調にジュリアスは背筋が凍る思いがした。


「そんな事はありませんよ。2人がどこの貴婦人と仲良くしたとしても、私には関係の無い事ですから」


「……」

 クリスティーナの迫力に圧倒されて、トーマスはただ黙っている事しかできない状態だった。


 ジュリアスも一瞬たじろぎはしたが、このまま引き下がるのを良しとせず、精一杯強がってみせる。

「な、何だ? ひょっとして嫉妬でもしたのか?」


「な! な、何を馬鹿な事を! ジュリー! ちょっと女性達からちやほやされたからって調子に乗るんじゃありません!」

 クリスティーナは身を見開き、顔を真っ赤にして、怒鳴り声を上げる。


「べ、別に調子に乗ってなんていないよ。何でそこまで向きになるんだよ?まさか本当に、」


「ジュリー!!」

 ジュリアスの言葉を遮り、クリスティーナは凄まじい怒気を放ちながらジュリアスに詰め寄る。


「わ、悪かったって。そんなに怒るなよ」

 クリスティーナの迫力に圧倒され、遂にジュリアスも音を上げた。


「本当に悪いと思っているのなら、・・・私と一曲踊りなさい。トムもです」

 視線を2人と合わせずにそっぽを向いたまま、クリスティーナは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら言う。

 そんなクリスティーナに対して、トーマスはすぐにも「うん。良いよ」と返し、ジュリアスも、


「何だよ。一緒に踊りたかったのか。素直じゃないな~。もっと早く言ってくれれば幾らだって踊るのに」

 と言って無邪気な笑みを浮かべる。


 しかし次の瞬間、ジュリアスの表情から笑みが消えて真剣そのものとなる。

「ちょっと待ってくれ、クリス!」


「え? ど、どうしたんですか?」


「今さっきそこのテーブルに運ばれてきた料理を食べてからで良いか?すげー美味そうだから」


 一体何事かと思えば、そんな事ですか。

 と考えながらクリスティーナだが、呆れるあまりそれが口から発せられる事は無かった。

「まったく、さっき散々食べたのに。本当に食い意地が張ってますね」


「いや~。ダンスでたくさん動いたから腹が減ってきちゃってさ。ちょうど向こうに上手そうな料理が運ばれてきたから」


「はぁ~。構いませんよ」


「やった! じゃあクリスとトムも一緒に行こうぜ」


「え? わ、私は良いですよ。ここで待ってますから、2人で行ってください」


「クリス、知らないのか?料理は皆で食べた方がずっと美味しいんだぞ!」


「で、ですが、」

 帝国と臣民を守るべき帝国貴族が美食に耽るなど言語道断。そう考えるクリスティーナだが、ジュリアスの屈託のない笑みを見ると、そうとは言い出せずに言葉を詰まらせてしまう。

 すると、横からトーマスがクリスに声を掛けた。

「観念しなよ、クリス。僕等3人は一心同体なんだからね。どんな時だって苦楽を共にする仲だろ」


「お!トムも良い事を言うじゃないか」


「一心同体、ですか。ふふ。そうですね。では一緒に食べましょうか」


「よっしゃ!」

 無邪気な声を上げて、ジュリアスはクリスティーナとトーマスの手を引いた。



─────────────



 舞踏会会場に隣接する客間では、扉に鍵を掛け、外からは誰も入れないようにした状態になっている。部屋の奥に置かれた大きなベッドの上には衣服を脱ぎ捨てて裸体を晒す2人の男女の姿があった。それはセルティック伯爵とエルザだ。

「ふふふ。エルザよ。そろそろ良いか?」

 ベッドの上で寝転がっているセルティックは、自分と並んで横になっているエルザの肌を手で触れて、エルザの白く柔らかい頬に息が掛かるまで顔を近付ける。


「なりませぬ。以前にもお話したでしょう。本番はご主人様のご許可が無ければ応じられませぬ、と」


「では、どうすればお前の身体を好きにする事を総統閣下はお許し下されるのだ?」


「それは伯爵の誠意次第かと。それはそうと、今日のご奉仕はここまでです。次は伯爵が対価を支払う番ですよ」


「……分かった。以前に知りたがっていたグリマルディ財閥について面白い情報を入手した。きっと総統閣下もご満足されるもののはずだ」

 セルティックは、コンウォールの遠戚で貴族社会には深いパイプを持つ貴族だった。そんな彼はローエングリンの奴隷少女エルザに魅了され、こうして時折慰み物にする代わりに貴族社会に通じているからこそ入手できる裏情報をローエングリンに売っていたのだ。

「だが、この情報を渡す前に確認しておく。私の身の安全を、総統閣下は保障して下さるのだろうな?」


「勿論です。ご主人様より頂戴したこの首輪にかけて誓いますわ」


「自分の命にかけて、ではないのだな」


「奴隷の命など家畜程度の価値しかありません。そんな安物で保障されて、伯爵はご満足されるのですか?」


「……まあ良い。ではこの情報をしかと総統閣下にお伝え願おうか」


「はい。拝聴致します」

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