仮装舞踏会

 ジュリアスがネーナを小姓として伴って帝都キャメロットに戻ってきた数日後の事。

 銀河帝国の貴族社会で屈指の権勢を誇るコンウォール公爵は自邸にて仮装舞踏会が開かれる事になり、その招待状がクリスティーナに届いた。そしてジュリアスとトーマスにも。


「ったく、将官になった途端、俺達にまでお声が掛かるようになるのかよ。これなら大佐のままで良かったな」


「ふふ。それは言えてるかもね」


「私は嬉しいですよ。いつもは私1人で参加してましたが、これからは3人で一緒に行けると思うと」


 乗り気ではないジュリアスとトーマスとは違い、クリスティーナは3人に招待状が届いた事を喜んでいた。


「しかし、2人が舞踏会デビューするとなれば、新しい衣装を用意せねばなりませんね」


 仮装舞踏会というのは単なる晩餐会とは違う。派手で個性豊かな衣装に身を包んだ男女がダンスを踊るパーティなのだ。


 途端にクリスティーナは悪人のような笑みを浮かべて2人を交互に見る。

 その笑みにジュリアスとトーマスは悪寒を感じた。

「ふふふ。これは私も本気を出した方が良さそうですね。2人が大貴族に俗物達に馬鹿にされるのは耐えられませんし。……ネーナちゃん、あなたも手伝ってくれるかしら?」


「はい!喜んでお手伝い致します、クリスさん」



─────────────



 舞踏会当日。

 コンウォール公爵邸の大広間には大勢の貴族が集まっている。壁も床も天井も豪華な装飾が施されているこの大広間には、一流のオーケストラによる生演奏が鳴り響いた。そこで物珍しい恰好の仮装姿に身を包んだ紳士淑女が談笑に及び、演奏に合わせてダンスを踊っている。


 そんな中、ジュリアスとトーマスは会場の隅に身を置いていた。

 2人ともクリスティーナとネーナが用意した仮装を着ている。ジュリアスはハロウィンパーティかと思わせるような漆黒の悪魔の仮装をし、一方のトーマスはピエロの仮装をしていた。当初は慣れない衣装に恥ずかしさを感じていた2人だが、いざ会場に入ると皆、似たような仮装をしているので次第に気にならなくなっていた。


「やっぱり、空気には馴染めそうにないよ」

 ジュリアスが不意に呟いた。


「僕も同感。何だかすごく場違いな気がする」


「こんな連中がこの帝国を支配してると思うと先が思いやられる」


「ちょっとジュリー。時と場所を考えなよ。もし誰かに聞かれでもしたら、身の破滅だよ」


「あぁ、そうだな。すまん。・・・そういえばクリスはどこに行ったんだ?」

 ついさっきまでそこで数人の貴族に囲まれていたのに。


「ほら。あそこだよ」


 トーマスが指差す方を見ると、そこには確かにクリスティーナの姿がある。より多くの貴族に囲まれ、若干嫌そうな表情はしているが、それを悟られないようにと必死に笑みを浮かべて対応していた。


 ジュリアスとトーマスとは違って、クリスティーナは貴族の令嬢として参加者達と積極的に交流を重ねていた。ヴァレンティア伯爵の令嬢の名に傷を付けないように、お淑やかな淑女として振舞いながら。


「これはこれはシザーランド准将にコリンウッド准将ではないか。2人ともよく来てくれたな」


 聞き慣れた声が視界の外から聞こえてきたジュリアスは、その声の主が脳裏にチラつくと舌打ちをしてしまいそうになるも、それをグッと堪えて声のする方に顔を向ける。

 そこにいたのは近衛軍団所属にしてこの邸の主であるコンウォール公爵の甥・インカーマン子爵だった。


「インカーマン准将、お久しぶりです」

 ジュリアスは敢えて爵位ではなく軍の階級でインカーマンを呼んだ。貴族の矜持を重んじる近衛軍団では爵位で呼ぶのが慣例となっているが、今のジュリアスは近衛軍団から艦隊勤務に戻っている。もはや近衛軍団の慣例に付き合う義理は無い。社会的立場で言えば、両者の差は歴然だが、軍内においては同格なのだというところを強調したかったのだ。


 “准将”と呼ばれたのが不服だったのか、インカーマンは一瞬眉間に皺を寄せる。

「……。コリンウッド准将も先は色々とあったが、お互い処罰も受けた事だし、綺麗に水に流そうではないか」


 あの暴行事件以来、トーマスとインカーマンが直に会うのはこれが初めてになる。

 トーマスはもう1度殴ってやりたいという衝動に襲われるも、これ以上皆に迷惑は掛けられないと理性でその衝動を抑え付けた。

「はい」

 そう呟くだけで精一杯だった。


「では2人とも今日は楽しんでくれたまえ。卑しい身分の者には中々経験できぬ事だからな」

 最後に嫌味たっぷりの台詞を残してインカーマンはその場を去る。


 その時だった。会場内の楽し気な声が一転してざわめきへと変わった。


「ん? 何かあったのか?」

 異変に気付いたジュリアスが声を上げる。よく見ると、貴族達の視線が徐々に出入り口の扉へと集まっていた。

「あ! 見てジュリー! あそこにいるの、総統閣下じゃない?」


「総統閣下? まさか~。総統閣下はこういう場には一切足を運ばない人だって聞いてるぞ」

 そう言った直後、ジュリアスも人と人の間の隙間に帝国総統ローエングリン公爵の輝くような銀髪を視界に捉える。

 しかし、皆と違って仮装ではなく、いつもの制服姿だったが。


 周りの貴族達もローエングリン公の登場に驚いている。

「まさか、総統閣下がお越しとは」


「これもコンウォール公の御力か」


「しかし、あの恰好は何だ? 総統閣下は仮装舞踏会をご存知ないのか」


「仕方あるまい。しょせんは下賤の身分の出なのだからな。ダンスを踊れるかすら怪しいものよ」


 中にはローエングリン公を小馬鹿にするような言葉もちらほら飛び交っている。


 ローエングリンの横には、1人の少女の姿がある。彼の奴隷エルザだ。

 桃色のショートヘアをした14歳の可憐な少女は、可愛らしいドレスではなく、灰色のボロボロの服、いやボロ布を1枚纏っているのみで素足のまま床を歩いていた。そして首には奴隷の証である鋼鉄の首輪があるのは当然としても両手首と両足首にも鋼鉄の輪っかが嵌められ、それぞれ短い鎖を垂れさせている。奴隷の仮装をしているつもりなのだろうか。

 身体に纏っているボロ布も、自分で切り裂いたり穴を空けたりしている事が見ただけで分かるほどわざとらしさがあるものの、彼女の可愛らしい容姿と相まって、酒の入った男性貴族の心を掴むのに充分な効果をもたらした。


「総統閣下もいくら仮装舞踏会だからってあれは流石に無いな」

 離れた場所から見物していたジュリアスは腕を組み、不満そうな顔をしながら言う。


「確かにね。インパクトはあるけど、あれじゃあの子が可哀想だよ」

 トーマスは憐れむような視線をローエングリンと共にいる奴隷少女に送る。


「まあ。あの子は特に気にしてないようだけどな」


 現在、エルザは貴族達から奇異な眼差しを一身に集めているというのに、ローエングリンの周りをクルクル回りながら楽しそうに踊りに興じていた。あの惨めな姿を恥ずかしがる様子も嫌がる様子も皆無である。


「あの総統閣下の奴隷だ。きっとめんどくさい子なんだろうな」


「ジュリーがそこまで言うなんて珍しいね。そんなに総統閣下が嫌いなのかい?」


「別に嫌いってわけじゃないさ。ただ、やっぱりあの人は苦手だ。トムも会って話してみれば分かるよ」


「へえ。まあ、僕が総統閣下と話をする機会なんて一生ないと思うけどね」


 ジュリアスとトーマスがそんな会話をする中、ローエングリンの下にある貴族が近付く。

「これはこれは総統閣下。よくぞお越し下さいました。事前にご連絡さえ頂ければお出迎えを致しましたのに」

 そう言ってローエングリンの前に立ったのは、60歳の男性だった。褐色の髪には所々白髪が混じっており、老いの影が忍び寄っているものの、両目に光る青い瞳には大貴族特有の尊大さから来る力強さが感じられる。

 この人物こそこの邸の主にして、今回の舞踏会の主催者、コンウォール公爵だ。


 帝国でも有数の大貴族であるコンウォール公と国益のためなら大貴族の権益を平然と侵す帝国総統ローエングリン公は、本来なら水と油である。しかし、それでもそのローエングリンが自身の主催するパーティに出席する事は、主催者にとっては大変な名誉となる。


「いや。いつも断ってばかりでは申し訳ないと思い、足を運んだまでの事。気遣いは無用だ」


「恐れ入ります。では、どうぞ別室へご案内致します。上物のワインが御座いますので」


 そう言って半ば強引にローエングリンを連れて奥の客間へと連れていく。

 ローエングリンと共に肩を並べて歩く。それだけでもコンウォールにとっては諸侯に自分の権勢を示す絶好の機会となっているのだ。


 その様を離れた場所から見物していたジュリアスは鼻で笑う。

「コンウォールのおっさんも必死だな。そんなに皆にアピールしたいのかよ」


「ジュリー、そのコンウォール公が用意してくれた料理をさっきまで散々食べた後なんだから、少しは口を慎んだらどうだい?」


「んん」

 ジュリアスは何も反論できずに黙り込む。

 今日のパーティに出席してジュリアスが唯一喜んだのは、視界一杯に並べられていた豪勢な料理だった。ついさっきまでジュリアスは人目も憚らずに普段食べられないような宮廷料理を次々と食べて胃袋を満たしていた。


 と、そこへ派手なドレスに身を包んだ貴婦人が3人現れた。

「こんな所に可愛らしい殿方が2人もいるわ」


「あらあら。本当ね。まるで天使か妖精のようだわ」


「ねえ、お二方。暇なら私達と楽しい一時を過ごしませんか?」


 貴族の貴婦人らしい強引なやり口にジュリアスとトーマスはただあたふたする事しかできない。

 低い身分出身でありながらハイペースで昇進を重ねる2人の存在は、大貴族にとっては決して歓迎できるものではなかった。


 しかし、全ての大貴族が2人に対して悪意や敵意を向けているわけではない。彼女等貴婦人もその一例だろう。まだ幼さを残した端整な顔立ちをした2人は貴婦人達の間では密かに評判であり、その2人と親しいクリスティーナは嫉妬の眼差しを向けられる事もしばしばあった。


 そしてジュリアスとトーマスは気付いていなかった。その2人の様子を談笑に及びながら、不満そうに睨み付ける金髪碧眼の美少女の視線に。

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