小姓

 艦隊の庶務も大方片付いたため、ジュリアスは休暇を取って1人で惑星ケリーランドに帰郷していた。


 本当はトムやクリスとも一緒に帰って来たかったんだが、まだやらないといけない事が残っている中で艦隊から高級士官が3人も抜けるわけにはいかないだろうという事で仕方なく俺1人だけで帰ってきたわけだ。2人が残るなら、俺もそうしようかとも一瞬考えたけど、ネーナをずっと1人にしておくわけにもいかないからな。


 本当なら夕方頃には家に着いてネーナと夕食を食べるはずだったんだけど、この前の戦いの影響でまだ帝都と周辺宙域間の宇宙船の便が遅れたりしているらしく、到着が大きく遅れて結局帰宅できたのは深夜になってしまった。

 戦闘なんてもう数日前にとっくに終わったってのにどうしてまだ混乱が続いてるんだか。まあ、撃沈された戦艦の残骸やらのスペースデブリが、宇宙船の針路を妨害する恐れがあるから発見次第撤去しなきゃいけないってのがあるのは分かるけどさ。


 俺が帰宅した時には、ネーナはもう自室で寝ていた。

 改めて見て思うのだが、やっぱりネーナの自室は狭い。それもそのはずだ。なぜならここはそもそも人が住む場所ではなく単なる物置。だから窓すらない。空調設備もない。人が寝床とするにはあまりに劣悪な環境だった。

 元々は別の部屋を用意したんだけど、ネーナを断固拒否して、ここが良いと言い張ったのだ。


「中佐には本当によくして頂いております。その事には心より感謝しておりますが、それに甘えて自分の立場を忘れるわけにはいきません!」


 そう言って、ネーナはここに住み着いてしまった。

 俺はその熱意に思わず圧倒されてしまい、それを承諾したわけだが、俺もただで引き下がるわけにはいかない。こうなったら、空調器具を持ち込んだりしてできるだけネーナが快適に過ごせる空間を作ろうと試みたんだけど、ネーナはそれを一切使おうとはしなかった。


 手詰まりになった俺はトムに相談する事にした。その時にトムは、

「ジュリーの気持ちも分かるけど、嫌がってるのを無理やりを押し付けたら、却ってネーナちゃんにとってはストレスになっちゃうんじゃないかな」

 という返答が返ってきた。


 これを聞いて俺も一理あるなと思い、それ以降は物は試しに1度は勧めてみるけど、断られたら極力それに従うようにした。


 でも、やっぱり見ていて辛い。この星は今は冬でかなり寒い。なのにネーナは暖房も無いこの部屋で、薄っぺらい毛布1枚を被ってその中で小さく縮こまって眠っている。しかも床の上でだ。


 この部屋には、いや、ネーナには私物がほとんどない。ここにあるのは今ネーナが被っている毛布1枚とその傍に置かれている目覚まし時計、部屋の隅に綺麗に畳まれた彼女の服数着。そして木製の椅子に、その上に大きなクマのぬいぐるみがあるだけだ。

 奴隷基本法で奴隷が物を所有する事は禁じられている。という事もあるんだが、ネーナは何も欲しがらないし、何を贈っても受け取らないのだ。

 でも、その中で唯一ネーナが受け取ったのが、出会って間もない頃に買ってあげたクマのぬいぐるみだった。どうやらこれはすごく気に入ってくれたようで、ネーナが座る用に用意した椅子が、いつの間にやらこのぬいぐるみを鎮座させる椅子になってしまった。しかも、もう何年も経ってボロくなってきたから、新しいのを買おうか?と言った事もあるんだけど、ネーナは「これが良いんです!」と言うのだ。


 俺はネーナを起こさないようにゆっくりと部屋に入り、ネーナの頭を軽く撫でた。


「ずっと1人にさせてごめんな」


 しばらく相手をしてやれなかった分、明日はたくさん構ってやろう。俺はそう心に誓いながら、今日はもう眠る事にした。



─────────────



 朝7時。ネーナの寝室に目覚まし時計のベルの音が鳴り響く。

 その音に反応してネーナは目を覚ました。


「んん。ん~。ふぁあああ~」

 私は身体を起こしながら大きな欠伸をします。

 身体を動かす度に、冬の寒さでヒンヤリと冷たくなっている床に手が当たってビクッとしてしまいました。慣れているつもりではいますが、やっぱり冷たいものは冷たいですね。しかし、奴隷である以上贅沢は言えません。たい、いえ、准将は何度かもっとまともな部屋に移らないかと言って下さいましたが、部屋を与えて下さるだけでも感謝しなければならない事なのにこれ以上を求めるというのは奴隷にあるまじき行為です。


 そんな事よりも今日は准将が帰ってくる日です!ひょっとしたらもう帰ってきて来てるかも。

 私は洗面所で顔を洗い、身なりを整えて真っ先に准将のお部屋へと向かいました。

 そして、仮に居たとしても反応があるはずもないですが、一応ノックをしてからドアを開けてみると、ベッドの毛布が不自然に膨らんでいました!その中で准将が寝ている証拠です!

 今すぐにでも起こして一緒に朝食を食べたい所ですが、きっと夜遅くに帰って来られて疲れているでしょうから、お昼まではこのままにしておきましょう。



─────────────



 もうじきお昼の時間帯になる頃、昼食の用意を終えた私は再び准将のお部屋の前に立ちます。これから久しぶりに准将に会えると思うと何だか緊張してきます。

 1度、大きく深呼吸をして、朝と同じように手の甲で木製の扉を軽く叩き、「准将、おはようございます。そろそろ起きて下さい」といつものように声を掛けました。しかし反応はありません。というか、これまでに反応があった事は1度もありません。


 私はドアノブを回して准将のお部屋に入ります。

 部屋の中に入った私は閉まっているカーテンを開けて朝日を室内に取り込み、ベッドの前に立ってご主人様の寝顔を視界に収めます。


 気持ち良さそうに眠る准将の寝顔は、失礼な言い方かもしれませんが、いつ見ても癒されます。この寝顔が見られるのは誰にも話した事のない私の楽しみの1つです。


 しかし、いつまでもこうして寝顔を眺めてばかりはいられません。名残惜しく思いつつ、私は准将のお身体を揺すりながら声を掛けます。

「准将、おはようございます。朝ですよ!起きて下さい」


「んんん」


「起きて下さい!」


「ん~。後、5分」


「食事の用意が出来ているんですよ!」

 “食事”それは准将を一気に覚醒へと導く魔法の言葉なのです。


「んんん。食事?」

 准将は重さそうな瞼をゆっくりと持ち上げて、綺麗な赤い瞳が姿を見せます。そしてしばらく宙を泳いだ後、その瞳は私に向けられました。


「あぁ、おはよう、ネーナ」


「はい! おはようございます、准将!」

 私は出来る限り、精一杯の笑顔で准将の目覚めを迎えました。


 それから私と准将は昼食を取りました。准将にとっては朝食のようなものですが、准将は昨晩から何も食べていなかったとの事で、起きたばかりだというのにすごい食欲です。私の用意した食事をあっさり完食してしまい、小腹が空いた時用についでに作っておいた軽食も食べ尽くしてしまいました。

 そして准将がお腹を満たして、最後に食後のコーヒーを決めていた時、私は准将がお留守の間に決断したある事を相談します。

「准将、1つご相談したい事があります」


「んん。どうした?」

 ブレスレット端末の3Dディスプレイに表示されている今朝更新されたばかりのネットニュースを見ながら言う。

 いつもなら、ここで自分が不在だった間の話をするのが日課だったのだが、改まってどうしたんだろう、とジュリアスは不思議そうにはしつつも、それほど大事には捉えていない様子だった。


「私、准将の小姓ペイジになりたいんです」


「ぺ、小姓ペイジだって?」


 小姓ペイジとは、将官以上の貴族及び準貴族が、少年少女を士官見習いとして准尉待遇で軍属に就ける制度である。

 まだ幼い少年少女が現役軍人の身の回りの世話をしながら、将来軍人になるのに必要な知識や技能を現場で学ぶというもので、5年以上の小姓ペイジ在任した者が入隊試験を受けて合格すると、少尉として正式入隊となる。かつては将来性のある子供や貴族間の深める事で軍の団結力を上げるという用途で使われてきた制度だったが、貴族連合との内戦が長期化するにつれて、最前線に出る貴族が使用人や奴隷を小姓ペイジにして傍に連れたまま前線に赴き身の回りの世話をさせるという事が横行するようになっていた。小姓ペイジの最低年齢は10歳と決められているが上限は存在せず、また入隊試験を受けなければずっと小姓ペイジのままで在任できたため、貴族としては都合の良い制度だったのだ。

 ジュリアスも准将になった事で、小姓ペイジを持つ資格を得ているし、ネーナも11歳なので小姓になる資格はある。


「……」


 准将は口にこそしませんが、複雑そうな表情を浮かべています。

「反対なんですか?」


「別にそうは言わないけど、何だって急に?」


「もっと准将のお役に立ちたいんです!」


「充分に役に立ってくれてるさ。だから、ここでのんびりしてたらどうだ?」


「やっぱり反対なんですね」


「……だって。軍属に就くって事は戦場で死ぬかもしれないって事だぞ」


「分かってます。それでも良いから、私は准将のお傍にいたいんです! 我儘なのは承知していますし、我儘を言える立場でない事も分かっています。ですが、ご不興を被ると分かっていても、私はお許し頂きたいんです! お許し頂けるなら、もう2度と我儘は言いません。生涯、准将の仰る通りに生きる事をお約束します!ですから、」


 私が言い終わる前に、准将は大きな溜息を吐きました。


「はぁ。初めて我儘を言ったかと思えば、それが一生に一度のお願いなのかよ。重いなぁ」

 ジュリアスとしては複雑であった。ネーナが戦場に出て危険な目に会うのは彼としては避けたい事だった。しかし、いつも1人で寂しい思いをさせている事への罪悪感、そして普段からもっと自由意思を持ってほしいと願っていた事もあり、彼女がここまで言って願う事ならば極力叶えてあげたいという気持ちが高まっていたのだ。

 悩んだ末、ジュリアスは口を開く。

「……分かった。そこまで言うなら、ネーナを小姓ペイジにしよう」


「本当ですか! ありがとうございます!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る