新生ネルソン艦隊

 連合軍艦隊を見事に撃退し、ORオービタルリング軍用区画・作戦指令室は歓声に包まれていた。

 5隻存在した敵の巨大戦艦の内、2隻を鹵獲し、1隻を撃沈できたのだ。そして肝心の帝都キャメロットも無傷で済んだのだから満足すべき結果と言えよう。


「やりましたな、総統閣下」

 司令官席に座る総統ローエングリン公の横に控えるガウェイン中将は、周囲の皆にように無邪気に歓声を上げずに、静かに勝利を喜んだ。


「ああ」

 ローエングリンはガウェインよりも更に薄い反応ではあったが、やや口元が緩んでおり、彼なりにこの勝利を祝福しているのだとガウェインは実感した。


「鹵獲した敵艦はルナポリスの造兵工廠に送れ。貴族連合の新造戦艦とその主砲には興味がある。解析させて、その技術を盗み出してやるのだ」


 ルナポリスとは惑星キャメロットを周回する月に設けられた月面都市であり、そこにはローエングリンの息の掛かった造兵工廠が存在する。ここに連合軍の新造戦艦を送るという事は、新造戦艦の解析でもたらされるでろう技術を自分が独占しようとしている事は明らかだった。


「私はこの勝利を皇帝陛下に報告するために地上へ戻る。後の指揮は任せるぞ」


「心得ました、総統閣下」



 この戦いで、帝国軍艦隊は1隻の艦艇も失わずに敵を撃退するという華々しい戦果を上げた。

 貴族連合軍の脅威が帝国最深部に迫ったという事実を公表する事で、帝国政府及び臣民の危機感を煽るため、そして帝国軍の戦果を銀河中に示すためにも皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーはこの戦いの経過と結果を大々的に報じた。


 その中で身を挺して敵艦の侵攻を食い止めて撃退の糸口を掴んだネルソン中将の功績がクローズアップされ、ネルソンはつい先日中将になったばかりだが、大将への昇進が決定した。しかし、ネルソンは戦闘の最中で意識不明の重体に陥り、数日後には目を覚ますものの、しばらくは療養生活を余儀なくされる事となる。

 負傷したネルソン提督に代わってネルソン艦隊の指揮を執り、敵艦ヴェンジャンスを撃沈したクリスティーナは准将に昇進となるのだが、この数日後には更に少将へと昇進する。

 このような二段階昇進という異例の処置が取られた背景には、敵艦2隻を鹵獲する制圧作戦の立案及びその突入部隊に参加して大きな戦果を上げたジュリアスの功績をクリスティーナの物にしておきたい、という皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーの意向があった。


 統合艦隊司令長官ハリファックス元帥が前哨戦とも言える戦いでは敗退し、この戦いでも目立った戦果を上げられなかった中で準貴族のジュリアスの功績をクローズアップする事は大貴族にとっては屈辱でしかなく、名門伯爵家の令嬢にしてジュリアスの主君筋であるクリスティーナの功績にするという形で手打ちとなったのだ。


 この措置にはクリスティーナ自身が不満を抱き、軍事省に直談判までしようと考えていたのだが、他ならぬジュリアスにそれを止められた。

「せっかく昇進できたのに、断る事もないだろう」


「……ですが、ジュリーの功を横取りするなんて卑劣な真似を私はしたくありません!」


「クリスを差し置いて、俺がどんどん昇進していったとあっては、クリスの御父上にも申し訳ないからな。むしろホッとしてるから気にするなって」


「ジュリーは欲が無さ過ぎます」


「そうは言っても、まともな貴族ならまだしも準貴族の17歳が今や准将だぞ。いくら何でも今の立場に頭が追い付かないよ」


「……ジュリーがそう言うのなら、分かりました」


「それに今回の人事で喜んでる事ならもう1つあるぞ。トムが准将になってくれた事だ」

 ジュリアスは右腕をトーマスの首に回して陽気に笑う。

 トムは頬を少し赤くして照れくさそうにしつつも、ジュリアスの笑みに釣られて笑顔を浮かべた。

「まさか僕まで准将になれるなんてまるで夢を見てるようだよ」

 トーマスは准将という地位を喜ぶよりも戸惑う気持ちの方が今のところ強い様子である。

 突入部隊の指揮を執り、その活躍が評価されて今回昇進する事になったのだ。

 皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーとしては、近衛軍団での研修期間中に問題を起こしてまだ日が浅いトーマスの昇進にはあまり乗り気ではなかったが、ローエングリンの鶴の一声で実現した。皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーとは逆に、インカーマン子爵への暴行事件を通じてローエングリンはトーマスにも強い興味と期待を抱いていた。


 今回の人事に合わせて、ネルソン艦隊は兼ねてより予定されていた増員が為され、新たに戦艦3隻、巡洋艦8隻が加わる。

 これによりネルソン艦隊は6隻ある宇宙戦艦を二分して第1戦隊と第2戦隊を編成し、さらに8隻の宇宙巡洋艦も二分して第3戦隊と第4戦隊を編成した。

 これに合わせて、艦隊の高級士官にも多少の人事変更が為された。

 クリスティーナは艦隊参謀長から艦隊副司令官兼第2戦隊司令官となる。

 そして第2戦隊参謀長にはジュリアスが就任し、戦隊旗艦アルビオンの艦長にはトーマスが当たる事になった。

 これで3人はこれまでとは違い、同じ艦に任務が付く事ができるようになる。これは3人一緒にいさせてあげようというネルソン提督の配慮だった。

 また、本来戦艦の艦長は大佐が就任するものであり、トーマスは昇進はしても中身はほぼこれまで通りだったが、これは大貴族向けの措置でもある。平民出身であるトーマスの昇進には反対意見も多く、これを退けるために地位を与えても実権は何も与えないという方向で決着したのだ。


 ネルソン提督はしばらく療養生活を送る事になるため、副司令官であるクリスティーナが艦隊の指揮を委ねられる事になるわけだが、当面はこれまで通り帝都防衛艦隊所属という形となる事が決まったため、最前線に出る機会は先の事になりそうだった。



─────────────



 艦隊の新編成に関する諸々の庶務を一段落着けたジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人は軍病院にて療養中のネルソンの下を訪ねた。

「皆、忙しい中よく来てくれたな。嬉しく思うぞ。それから、艦隊について諸々を貴官等に丸投げしてしまってすまないな」


「そのようなお気遣いは無用です。艦隊の事はどうぞ私達にお任せになって、提督はどうかお身体を労わって下さい」

 クリスティーナが穏やかな口調で言う。


「すまないな。医師の話では、しばらく入院していれば、すぐに復帰できるという話だから、それまでは3人で切り盛りしてくれ」


「いっそ、このまましばらく長期休養でも取られれば宜しいのに。提督って入隊してからずっと前線勤務だったんですよね。これはいい加減休めって言う主神アースの思し召しなんじゃないですかねぇ」

 ジュリアスは陽気な口調でそう言った。


 彼が口にした《主神アース》というのは、銀河帝国の国教である地球聖教ちきゅうせいきょうにおいて最高神として祀られる神の名である。

 それは人類誕生の星である地球を神格化した神で、地球を巣立って以降、銀河系全域に生存圏を拡大させた人類の心の拠り所となっている存在だった。


「ジュリアス、まるで私にずっと休んでいてほしいような口ぶりだな」


「え? い、いや! そんな事は無いですよ!」


「そういえば、随分と表情が活き活きしているな。口喧しい上司から解放されて、伸び伸びとやっているのではないか?」


「ま、まっさか~。そんなわけないじゃないですか。俺はただ提督のお身体を気遣って」


 動揺するジュリアスを見て、ネルソンは思わず吹き出した。

「ふふふ。すまんすまん。ただの冗談だ。だからそんなにビクビクするな」


「え? び、ビクビクなんてしてませんよ。いやだな。そのくらい分かってますよ。あはは」


「それとトーマス」

 ネルソンは急にジュリアスの隣に立つトーマスに視線を移して、彼の名を呼ぶ。


「は、はい!」


「せっかく准将に昇進できたというのに、役職はこれまで通りですまないな。本当なら戦隊司令官でも任せたいところなのですが、上層部の手前もあるし、新たに配属されるであろう貴族達の目も考えるとな」


 これまでのネルソン艦隊はネルソンの意向もあって軍一筋の傾向が強く、低身分のジュリアスやトーマスが高級士官に就任しても、特にとやかく言う者は存在しなかった。しかし、新たに赴任してくる者までそうとはいかないだろう。そうした者達とジュリアスやトーマスの間に不満が燻ぶれば、それは作戦行動にも何らかの支障を来たす恐れもあるとネルソンは考えたのだ。


「とんでもないです。むしろ提督には感謝してますよ。僕等を同じ艦に配属してもらえて」

 それは嘘偽りのない本音だった。これまでも同じ艦隊の所属なので、会う事は容易だったし、通信でならいつでも話す事ができた。しかし、同じ艦の中に配属となれば、気軽さは段違いである。元々2人と同じ部署ならどこでも構わないと考えていたトーマスにとってはこの人事は何よりも嬉しい決定だった。


「ふふ。ジュリアスもそうだが、貴官も無欲な男だな。……あぁ、それと、私が復帰するまで我が艦隊は帝都防衛艦隊に属する事になるわけだが、その間は自由に休暇を取ってくれて構わんからな。その代わり、私が復帰したら、またビシビシこき使ってやる。だから今の内にしっかりと休んでおけよ」


「「了解しました!」」

 3人は同時に敬礼して、口を揃えてそう言った。


 そして最後にジュリアスが一言付け加える。

「提督が復帰するのを楽しみに待ってますよ!」

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