ブリタニア星系の戦い・後篇
ウェルキンの旗艦ヴァンガードが正面衝突したヴィクトリーから離れて反転して退却を始めた時、ヴィクトリーの方は動かなかった。
衝突の衝撃で、艦隊司令官ネルソンは意識不明の重体で軍医によって医務室に運ばれている。本来指揮権を引き継ぐべき艦隊参謀長は突入部隊に参加しているため不在だった事からヴィクトリー艦長サットン中佐が代わりに指揮を執っているのだが、艦の損傷は激しく戦闘はおろか通常航行すら困難な状態に陥っており、これ位以上の戦闘継続は不可能だった。
そんな中、敵艦ヴィクトリアス を制圧したジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人が兵員輸送船に乗って艦隊に帰還する。
ネルソン艦隊の次席は階級で言えば准将のジュリアスになるものの、役職上は参謀長のクリスティーナになるため、艦隊の指揮権は司令官負傷によりクリスティーナが執る事になった。
艦隊司令部はヴィクトリーからアルビオンに移し、クリスティーナはアルビオンとセンチュリオンの2隻で帝国軍艦隊と合流。逃亡を図るヴァンガードと他2隻の追撃戦に参加する。
「敵艦隊、最後尾の敵艦に突入した部隊の撤収が完了しました!」
総旗艦エンペラー・ジョージ5世の艦橋にてオペレーターの報告が叫ばれる。
その報告は艦隊による砲撃開始の準備が整った事を意味していた。
「全艦、最後尾の敵艦に砲撃だ! 機関部に集中砲火を浴びせろ!」
統合艦隊司令長官の命令を受けて、各艦は一斉にその敵艦に向けて一斉砲火を浴びせる。圧倒的火力の応酬に、流石の強靭なシールドも過負荷が掛かり、シールドが突破されるのも時間の問題となる。
今すぐにもワープ航法でこの宙域から逃げ出したいヴァンガード艦隊ではあったが、それはまだ無理だった。
ワープ航法は便利な反面、大きなリスクを伴う。それは恒星や惑星などの巨大な物体に衝突する危険があるという事だ。
それを回避するための航法ナビによるルート算出が行なわれるのだが、恒星や惑星などの重力の影響がある宙域からのワープでは、その重力によって針路がズレてしまう恐れがある。
仮に無事にワープできたとしても、針路がズレたままでは目的地とはまったく違う宙域に飛び出してしまう。そのためワープ航法で撤退するには、まずこのブリタニア星系から出る必要があったのだ。
つまり、星系外の宙域に出るまでは敵の追撃を振り切るのは困難な事である。
しかし、艦隊の火力を以ってしても重厚な装甲に強力なシールドを破って致命傷を与えるのは困難を極め、ハリファックスは徐々に苛立ちを感じずにはいられない。
「たった1隻を沈めるのにどれだけ時間を要しているのだ!?」
「も、申し訳ございません。いくら背後からの集中攻撃と言っても、敵艦の防御性能は通常の戦艦の比ではなく、どれだけ砲撃しても効果的なダメージが与えられませんので」
「……まあいい。このまま撃ち続けよ。絶対に敵を逃がすな」
帝国軍艦隊の集中攻撃を受けているのはヴァンガード級4番艦「ヴェンジャンス」。傷付いた旗艦ヴァンガードを守る盾となるべく自ら
集中砲火を受けている機関部は、いつ不調を起こして
このままでは殿の任を全うする事もままならない。そう判断したヴェンジャンス艦長グローヴ大佐はある決断を下す。
ヴェンジャンスは艦を反転させて横腹を帝国軍艦隊に晒す。そして持てる火力を全て帝国軍艦隊に向けて叩き付けた。
その様子を目にしたウェルキンはヴェンジャンスとの通信回線を開く。
「何をしているか! すぐに針路を戻せ!」
「もはや本艦は逃げ切れません。敵を可能な限り足止めします故、その隙に提督は撤退を」
「んな! 馬鹿者! 誰がそのような許可を与えたか! そのような真似は絶対にならん!」
「提督はどうか無事のご帰還を。では」
3Dディスプレイに映し出されているグローヴは大佐はそう言って敬礼すると通信回線を切った。
ウェルキンはその後すぐに再度通信をするように通信オペレーターに命じるも、それにヴェンジャンスが答える事は無かった。
「く。あの馬鹿め」
ウェルキンは苦虫を嚙み潰したような顔をし、収まらぬ苛立ちを発散するかのように床を蹴る。
そんな彼にクリトニーが恐る恐る質問をした。
「提督、如何なさいますか?」
「……どうもこうもなかろう。我々にはもはや選択肢など無いだからな。このままの針路を維持しろ」
ウェルキンはヴェンジャンスが敵を引き付けている間に一気に敵と距離を取って撤退する事を選ぶ。
部下を犠牲にする事に何の躊躇いも無いというと嘘になるが、こうなった以上ウェルキンの役目は1隻でも1人でも多く撤収させる事になる。ここで私情に流されては助かるはずだった命すら失わせてしまう事になる。ウェルキンはそう考え、ヴェンジャンスを犠牲にして撤退する事にした。
─────────────
帝国軍艦隊はヴェンジャンスに群がり砲火を集中させる。
この事にジュリアスは不満を漏らした。
「まったく! 敵艦が2隻も逃走を図っているってのに、何だって全員で1隻の敵艦に群がってるんだよ。第一、せっかく苦労して敵艦に楔を打ち込んでやったってのに、わざわざそれを自分から外してやるんだ」
そんな事を言いながらジュリアスは艦橋の床を歩き回っている。
兵員輸送船が艦体に強制接舷したままであれば、敵艦が今のように素早く退却戦を展開する事も困難だった。しかし、その兵員輸送船は全て撤収したため、敵艦隊は全速力で逃亡できるようになっているのだ。
とても艦長とは思えない振舞いに、司令官代理のクリスティーナは溜息を吐く。
「ジュリー、少しは落ち着きなさい」
「俺は落ち着いてるさ。それよりも司令官代理。せっかく指揮官席を空けてあるんだから、座ったらどうだい?」
一旦ムスッと拗ねた子供のような反応をしたジュリアスは、次の瞬間にはいたずらっ子のような顔をしてクリスティーナを茶化す。
「あら。気を遣ってくれていたんですか。ですが大丈夫です。ここは艦長たるジュリーの席でしょう」
「いやいや。司令官代理を差し置いて俺が座るわけにはいかんだろ」
「何を言っているんですか。あなたは准将。私は大佐。あなたこそ座るべきです」
「俺はいわばクリスの
「おや?私はあなたの事を家来や騎士などと考えた事は1度もありませんよ。遠慮入りませんから、どうぞ座って下さい」
2人はおしどり夫婦のように楽し気なやり取りを繰り広げる。その間にさっきまで強張っていたジュリアスの表情も緩んでいく。
そんな中、アルビオン副長のハミルトン少佐が間に割って入る。
「失礼ながらお二人とも。夫婦漫談はこのくらいにして、そろそろ目の前の敵に集中して頂けないでしょうか?」
「誰が夫婦だ!」
「誰が夫婦ですか!」
ハミルトンの言葉に、2人は息の合った反論を浴びせる。
ちょうどその時、オペレーターの1人が声を上げた。
「敵艦が艦首をこちらに向けようとしています!」
敵艦のその動きは、艦首に設置されている主砲でこちらに一矢報いようとしているのは明白だった。
帝国軍艦隊の各艦は、主砲の餌食にはなりたくない一心で回避行動を取ろうとする。そんな中、クリスティーナは異なる指示を出した。
「全速前進! 敵の主砲に砲火を集中させなさい!」
「ほ、本気かよ、クリス?」
流石のジュリアスも驚かずにはいられなかった。
「敵が主砲を撃つという事が主砲周りのシールドの出力が抑えられるはずです。それにうまく行けば、ビーム砲のエネルギーが暴走して主砲が暴発するかもしれません」
「……んん。よし、分かった! 機関最大! 最大戦速! 全ての火力を敵艦の主砲に集中させろ!」
ジュリアスは承諾すると即座に命令を飛ばす。元より大胆かつ積極的な作戦を好むジュリアスにとってはむしろこの無謀な作戦の方が性に合っていたのかもしれない。
ジュリアスの指揮するアルビオンに続いて、トーマスの指揮するセンチュリオンも最大戦速で前進して敵艦の艦首に砲火を集中させる。
2隻の戦艦からの集中砲撃を受けて、ヴェンジャンスの主砲はクリスティーナの予測通りに充填されたエネルギーが暴走して大爆発を巻き起こした。その爆発は、すぐに艦体全体に広がって、ヴェンジャンスを宇宙の塵へと変えてしまう。
「敵艦、轟沈! 轟沈です!」
アルビオンのオペレーターが歓喜の声を上げた。
しかし、その時にはもう敵将ウェルキン提督の旗艦ヴァンガードと僚艦1隻は、遠く離れた宙域へと逃げており、もはや追撃は不可能な状態だった。
それでもハリファックスは追撃を命じるも、結局追いつく事はできずヴァンガード艦隊はブリタニア星系外へと脱出してそのままワープで撤退してしまった。
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