ブリタニア星系の戦い・中篇

 ORオービタルリング軍用区画・作戦指令室。現在ここは帝国総統ローエングリン公が腰を据えて、今回の戦いの司令部として活用されている。

 最前線からはやや離れたこの指令室には、リアルタイムで前線の状況が送信されていた。


格闘戦ドッグファイトは我が軍の優位に展開しております。周辺の警備部隊まで掻き集めておいて正解でしたな」

 司令官席に座るローエングリンの横に立つヘンリー・ガウェイン中将がそう述べる。茶色の髪を短く刈って青い瞳をし、長身で大柄の体格をした今年35歳のこの中将は、他の中将達とは違って騎士ナイト階級の人物だった。本来であれば中将になれるはずはないのだが、ローエングリンの引き立てによって今の地位についている。些か堅物で柔軟性に欠ける部分があるものの、統率力と知略に優れ、真面目で公明正大な人物だったところをローエングリンは評価したのだ。


「ふん。そうだな。だが、予定よりも敵の武装を無力化するのに時間が掛かってしまっている。そろそろ次の段階に移らねば敵艦に突入する機を逃すぞ」


「では、突入部隊の攻撃開始をお命じになりますか?」


「ああ。前線部隊にそう通達せよ」


「仰せのままに」



─────────────



 ローエングリンの命令は即座に前線で戦う各艦隊に伝わる。

 これを受けて艦隊の後方にて大型輸送船団と共に待機していた兵員輸送船団約50隻は前進を始めた。各艦隊からは待機中の戦機兵ファイターが護衛機として付き、兵員輸送船団と共に最前線へと送り込まれる。

 これまでの戦闘で、敵の戦機兵ファイター部隊は大方排除でき、敵艦の砲塔もほとんどが撃破されていたため、敵の懐近くにまで迫っても大した抵抗を受ける事は無かった。

 辛うじて残された砲塔から飛んでくる砲火を潜り抜けて敵艦の懐に飛び込んだ兵員輸送船は敵艦に体当たりをした。

 両艦共に激しく艦体を揺らして後、敵艦の装甲の風穴を開けて突入口を作る。

 敵艦の艦内に警報が鳴り響く中、地球時代の中世ヨーロッパに生まれたプレートアーマーと呼ばれる全身を隈なく覆う鎧を模したデザインの銀色の装甲服を着用した突入部隊が艦内への侵入を果たす。

 彼等の手には光子剣フォトンサーベルが握られ、敵が防衛態勢を整える前に一気に艦を制圧すべく、艦橋を目指して進軍する。


「くそ! 敵の狙いはこれだったのか!」

 ウェルキンは苦虫を食い潰したような顔をする。


 敵があちこちから艦への侵入を開始し、この艦橋を目指してくる。これでは艦のどこにいても安全とは言えんな。


「クリトニー大佐、各艦の状況は?」


「え? あ、はい。各艦とも我が艦と同じく敵兵に侵入されています。各艦から増援を呼ぶ事は困難でしょう」


「そ、そんな、」

 ウィリマース大尉は不安そうな表情を浮かべる。

 戦って死ぬ覚悟はある。そうは言っても、いざその局面に立てば、中々平静ではいられないのは当然だろう。彼女のように若ければ尚更だ。

 そう考えたウェルキンは彼女を落ち着かせるためにも声を掛ける。

「大尉。この艦橋は何としても死守する。ここにいる限り貴官は安全だ。だから貴官は貴官の職務に集中しろ」


「は、はい。承知致しました」



─────────────



 ヴァンガード級宇宙超戦艦2番艦「ヴィクトリアス」の艦内に突入した帝国軍の歩兵部隊は、破竹の勢いで敵兵を薙ぎ払いつつ艦橋を目指した。

 戦いが長引けば、艦内の構造を熟知している連合軍は防衛態勢を整えてくるだろう。そうなると勝算は下がる一方である。


「止まらずひたすら前進するんだ! 艦橋に辿り着けば、我が軍の勝利だ!」

 先陣を切ってそう指示を飛ばすのはトーマスだった。ジュリアスが戦機兵ファイターのパイロットとして一流の技量を持つように、トーマスの剣術の実力は達人級であり、彼は立ちはだかる敵兵を次々とその光る剣の一太刀の下に切り伏せていた。


「お、おい、トム! あんまり1人で突っ走るな。いくらトムでも1人で敵陣に突っ込んでたらやられちまうぞ」

 そう言うのはジュリアス。彼もトーマスには劣るが、高い実力を有しており、今回の作戦の提案者として突入部隊に自ら志願したのだ。

 するとトーマスも「ジュリーが行くなら、僕も行くしかないよね。僕の方が強いんだし」と言って付いてきたのだ。


「分かってるよ。でも、のんびりもしていられないだろ。だいたい、いつも1人で突っ走って行っちゃうジュリーがそれを言うの?」


「うぅ! そ、それはだな……」


 ジュリアスが言葉を詰まらせたところで、クリスティーナが2人の前に立つ。

「まったく2人は。ここは敵艦なんですよ。もう少し緊張感を持ちなさい」


「「はい。すいません」」

 ジュリアスとトーマスが口を揃えて言う。


 ジュリアスとトーマスが突入部隊に志願した時、クリスティーナまで志願していた。アカデミー時代、3人は不良貴族20人を叩きのめすという実績を持ってきた。その不良グループの2人がまずクリスティーナに絡み、彼女が困っていたところを2人が助けに入ったところから抗争が始まり、最終的にはクリスティーナも含めた3人で20人全員を叩きのめしてしまったのだ。

 その際の武勇は、今回の戦いでも遺憾なく発揮され、3人は息の合ったコンビネーションで敵兵を次々と薙ぎ払う。


 帝国軍は順調に敵兵を撃退して占領区画を増やしていく。


「思っていたより敵の抵抗が少ないな」

 ジュリアスはふとそんな事を考える。


 彼は知る由も無いが、それには理由があった。

 この作戦は、このヴァンガード級のハイスペックを利用して帝都キャメロットを爆撃するというのが主目的の作戦であり、上陸作戦は想定されていない。

 また帝国軍が艦内に侵入を図る事も想定外の事だったため、必要最低限の保安要員や警備兵くらいしかまともに白兵戦闘要員として戦えなかったのだ。


「こちらにとっては好都合な事です。そこの角を右に曲がれば、ヒューズ中佐の突入部隊と合流できます。急ぎましょう」

 クリスティーナはブレスレット端末から表示される艦内の地図と、各突入部隊の配置を確認してそう言う。

 制圧した区画にあった情報端末から艦内の地図に関する情報を抜き取って、全員のブレスレット端末に送信。さらに識別信号やセンサーを駆使して皆の位置を把握して、ブレスレット端末の地図に反映しているのだ。

 猪突猛進気味なジュリアスとトーマスを、クリスティーナは後ろから的確にバックアップしている。


「よし! んじゃさっさと行こうぜ!」

 そう言ってジュリアスは我先にと艦内の廊下を走る。

 ついさっき親友に慎重さを説いていた少年はもはや存在しない。まるで子供のようにジュリアスは艦内を駆け抜けた。



─────────────



 ネルソン艦隊旗艦ヴィクトリーの艦橋では、突入部隊の状況が断片的に伝わってきていた。

「まだどの艦も艦橋を制圧するには至っていないのか?」


「はい。今の所、そのような報告は入っておりません」


「そうか。……何をしているんだ、ジュリアス。急がないと、手遅れになるぞ」


 突入部隊が敵艦に乗り込んでいる以上、帝国軍艦隊は砲撃するわけにもいかず、ただ突入部隊の成功を祈るしかなかった。

 そのため、最前線で敵を目の前にしているというのに、艦隊は妙な静けさに覆われている。

 しかし、このままでは敵艦隊が防衛線を突破してキャメロットへと進軍してしまう。そうなれば突入部隊の安否を気にしてはいられない。持てる全ての火力を敵艦に叩き込まざるを得ないだろう。


「敵艦より通信です!」

 通信オペレーターが声を上げた。

 ネルソンはすぐに回線を開くよう命じる。


 開かれた回線からはノイズ交じりの声が艦橋に鳴り響く。

「こちら突入部隊、ランダル大佐であります! この艦の艦橋を占拠しました! 繰り返します。この艦の艦橋を占拠しました」


 この言葉を聞いた時、艦橋要員達は歓声を上げる。

 だが、それはジュリアス達が突入した艦とは違う艦で、しかも敵艦隊の旗艦でもないため、ネルソンはまだ安心する事ができなかった。

「ジュリアス、他人に一番乗りを譲るとは貴官らしくないではないか。一体、どうしたというのだ」

 ネルソンの胸の内には次第に不安と心配が募っていく。


 その時だった。ランダル大佐が制圧した艦とは異なる敵艦の1隻が機関部を停止させて速度を落としていく。そしてその艦から通信が届く。

「お待たせしました、提督! 敵艦はたった今降伏しました」

 それはジュリアスの声だった。


「まったく。心配させおって。貴官にしては随分と手間取ったではないか」


「いや~。申し訳ありません! 思ったより艦内が広いもんで、ちょっと道に迷いまして」

 敵艦内からだと言うのに陽気に話すジュリアス。

 その声にネルソンは安堵した。



─────────────



 ヴァンガード艦隊旗艦ヴァンガードの艦橋では、流石に暗いムードが蔓延していた。

「ヴィクトリアス、交信途絶しました」


「くそ! また1隻やられたか」

 ウェルキンは苛立ちを抑え切れずに右足で床を蹴る。


 まさかこのヴァンガード級がこんな小賢しい手で危機に瀕するとはな。このままでは全艦がキャメロットに着く前に鹵獲されてしまう。

「止むを得ん! 全艦、最大戦速! 敵艦隊の中央を突破して一気にキャメロットへ向かうぞ!」


「いけません、提督。敵の兵員輸送船が何隻も本艦に強制接舷したままです。この状態で最大戦速を出しては航行システムに悪影響が出てしまう恐れがあります」

 一か八かの賭けにウェルキンが出ようとしている事を参謀長クリトニーは承知していた。承知の上で異議を唱える。気高き猛将としての一面も持つウェルキンが暴走し掛けた時にそれを制止するのは彼の役目だったからだ。


「分かっている。だが、どうせこのままでは敵の思う壺だ。それに仮に突入部隊を撃退しても、この状態であの大艦隊を相手取れば損害は無視できん。ここは危険を承知で賭けに出るしかない!」


 クリトニーに制止を振り切ってウェルキンは機関の出力を最大にして敵中突破を図るよう命じた。

 旗艦ヴァンガードは最大戦速にて航行を始めるものの、他の艦はそれには続かなかった。2隻は既に敵の手に落ちて機関を停止、残る2隻は今だに交戦中のはずだが、戦闘の影響なのか連絡が付かなかったのだ。

 結局、ヴァンガード1隻が突出する形となったが、帝国軍艦隊はそれを阻む術を持たなかった。味方の歩兵が突入している以上、砲撃を加えるわけにはいかず、敵艦の正面に出て針路を塞ごうとすると主砲の餌食になってしまうから。


 しかしそんな中、帝国軍艦隊の中で1隻だけ戦列を離れてヴァンガードの前に出ようとする艦が1隻あった。

 ネルソンの旗艦ヴィクトリーである。帝国軍艦隊総旗艦エンペラー・ジョージ5世からは統合艦隊司令長官ハリファックス元帥から、戦列に戻れという怒声が幾度も通信を介してヴィクトリーの艦橋に鳴り響くも、ネルソンはこれを無視して艦を直進させる。


「これ以上先に敵を通すわけにはいかない! この艦を犠牲にしてでも止めるんだ!」

 それは冷静沈着で堅実なネルソンらしくもない大胆な行動であった。それだけ急を要する状況だったという事もあるが、何かと常識外れの行動を取るジュリアスの影響も少なからずある事をネルソン自身は自覚していなかった。


 ウェルキンは接近するヴィクトリーを主砲で仕留めようと考えるも、ネルソンは艦をヴァンガードの主砲の死角ギリギリのラインを沿う事で主砲の発射を回避した。

 そして2隻の戦艦はほぼ正面から衝突する。ヴィクトリーの約3倍の大きさを誇るヴァンガードも流石に戦艦の艦首攻撃を受けて無傷ではいられず、ヴァンガードの艦体は大きく揺れる。

 何重もの防御壁で覆われている艦橋にもその震動は大きく伝わり、ウェルキンもその場で背中から転倒してしまう。その衝撃で一瞬呼吸が止まり、視界が真っ白になった。


 ウェルキンは視界が戻ると呼吸を整え、上半身を起こして周囲を見渡す。

「皆、無事か?」


「え、ええ。私は無事です」

 頭を打ったのか、右手で後頭部を抑えながらクリトニーが立ち上がる。


「大丈夫です」

 ウィリマースもそう言って立ち上がる。


 2人とも目立った外傷は無いらしい。

 それを確認するとウェルキンはモニターに映し出されている敵艦を見る。

「状況を報告せよ」


 そう言われてウィリマースが即座に状況を確認する。

「敵艦との衝突の衝撃で機関部の出力が3割ほど落ちていますが、通常航行には支障ありません。ですが作戦の継続は極めて困難かと。主砲も損傷が激しく、砲撃を行うと誘爆の恐れがあるとの事です」

 ウィリマースがヴァンガードの各部から上がってきた報告を順に伝えていく。


 その間にクリトニーは衝突したまま沈黙している敵艦の状態を確認していた。

「本艦よりもずっと小型だったため、敵艦の方が損傷が激しいようです。機関部は完全に停止し、動く気配がありません」


「砲撃で吹き飛ばしてやりたいが、このまま打てばこちらまで巻き込まれるか」


「はい。シールド生成器ジェネレーターの稼働率も下がっているので、止めておいた方が宜しいかと」


 ウェルキンは周囲を一望してある決断を下す。

「これ以上の作戦継続は困難と判断する! 全艦、全速力で撤退する!」


 遂に撤退命令が下る。しかしウィリマースがこれに反論する。

「お待ち下さい! キャメロットは既に目前です! ここまで来て退くおつもりですか!? 主砲が使えないのであれば、この艦ごとキャメロットに突っ込めば良いではありませんか!」


「馬鹿な事を言うな! 第一、これほどの損傷を受けた状態でキャメロットの防空網を破れるはずが無かろう! 大尉、戦って死ぬだけが忠義ではない。生きて再起を図る事も立派な忠義だ」


「……」

 まだ納得し切っていない様子ではあるが、親子近くも歳の離れたウェルキンの気迫に押されてウィリマースは黙り込む。


「まずは後退してあのドレッドノート級から距離を取れ。……敵の突入部隊を追い払う必要は無い。重要な区画のみを徹底防御し、敵兵をこの艦内に留めておけ」

 敵兵がこの艦に乗り込んでいる以上、敵艦隊は下手に攻撃できないはずだ。

 敵兵を抱えたまま退却戦というのも妙な状況だが、彼等にはこの艦を守る盾となってもらうとしよう。


 ヴァンガードは後退して正面衝突しているヴィクトリーから離れる。そして艦を反転させて撤退を始めた。

 ウェルキンの推測通り、帝国軍艦隊は味方の突入部隊がいる艦に発砲する事はできず、その後を追跡するしかできなかった。


 この事態になり、総旗艦エンペラー・ジョージ5世から各艦隊に統合艦隊司令長官ハリファックス元帥の意気揚々とした指令が伝達される。

「突入部隊を直ちに後退させろ! 残る敵艦を艦隊の火力を以って叩き潰してやるのだ!!」

 先の戦いの雪辱を晴らす絶好のタイミングにハリファックスは高らかに命令を下す。

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