ブリタニア星系の戦い・前篇

 ORオービタルリングの軍用区画の会議室に、ローエングリン公爵と各艦隊司令官が集まって会議を開く。

 宮殿の食堂を彷彿とさせる豪華な広間だが、この場に集う提督達の表情は重く、楽し気な雰囲気は当然皆無である。

 ここでネルソンは先ほどジュリアスから受けた提案を披露した。


「というのが我が艦隊のシザーランド准将が出した案です。如何でしょうか?」


 問うまでもない。というのがネルソンの率直な感想だった。皆の表情を見れば一目瞭然である。


 そんな中、まず最初に発言したのは細見で黄緑色の髪をした40代提督・キンメル中将だった。

「敵艦に乗り込んで制圧するとは。まったく子供の発想だな」


 キンメルの嘲笑うような口調にネルソンは眉間に皺を寄せて鋭い眼差しを彼に送る。

 だが周囲では、キンメルの言葉に同調して笑い声を上げる提督達がちらほらと現れた。


「まったくですな。戦艦相手に要塞攻略戦で挑むなど愚かにも程がある」


「シザーランド准将も少し武勲を立てたからと言って調子に乗っているのではないか?」


「無理も無いでしょう。騎士ナイトが17歳で准将にまでなったのですからな」


 大貴族どころか爵位も持たぬ準貴族でしかないジュリアスが将官になった事に反感や苛立ちを覚える大貴族は多い。彼の後ろにいるヴァレンティア伯爵の手前もあるので、それを公然と口にする事はないが、それが却ってこうした陰湿な態度となって出ていたのだ。

 だが、その中で統合艦隊司令長官ハリファックス元帥は沈黙を守っていた。彼も選民意識が強く、身分の低いジュリアスの意見など聞く価値もない、と言うタイプの人間であったが、今回ばかりは敗走してきた身という事もあってあまり強気に出れなかったのだ。


 そして、会議室の最奥に座す帝国軍最高司令官代理ローエングリン公爵は平然としていた。

「良いではないか」


 皇帝の代理人が放った一言に、提督達の視線は一気に銀髪の青年へと向けられた。


「何を言われますか、総統閣下?」

 キンメルが驚いた表情のまま問う。


「考えてもみよ。ハリファックス元帥があれだけの艦隊で挑んで完敗したのだぞ。であれば、王道で挑む事こそ愚策というものではないか。このような状況ではむしろこのような小細工の方が効果があると私は考えるが」


 ローエングリンの言葉に提督達は沈黙する。

 皇帝権威を後ろ盾に持つローエングリン総統の言葉に反論するだけの代案を誰も持っていなかったため、反論したくてもできなかった。というのが最大の理由であるが、提督の沈黙を後押ししたのは、彼等の上官に当たるハリファックス元帥の沈黙に徹した姿を目の当たりにした事が大きい。誰もローエングリン総統の意見に逆らってまで彼の轍を踏みたくはなかったのだ。


 皆を一目見渡した後、ローエングリンは一笑する。

「では決まりだな。可能な限りの地上部隊を招集して突入部隊を編成しろ。戦機兵ファイター部隊もな」


 ローエングリンのこの一言で作戦の方針は定められた。



─────────────



 提督達が自分の艦隊へと戻る。

 ネルソンは旗艦ヴィクトリーに戻った後、すぐにその内容をジュリアス達に告げた。


「提督、俺なんかの意見を提案して頂いてありがとうございます!」

 自分の案が採用された事にジュリアスは素直に喜んだ。


「私は良いと思った事を会議で提示したに過ぎん。礼を言うなら、総統閣下に言え。貴官の案を採用するように後押しして下さったのは総統閣下だからな」


「総統閣下ですか?」

 ジュリアスはつい苦い表情を浮かべてしまう。


 その様を見てネルソンは思わず吹き出す。

「一体なぜそんなに嫌そうなのだ? 総統閣下が嫌いか?」


「い、いえ。嫌いだなんて、そんな事は、ただ、何というか」


 言い辛そうにするジュリアスに代わって、ネルソンの脇に控える艦隊参謀長クリスティーナが答える。

「シザーランド准将は、総統閣下が苦手なんですよ」


「ほお。そうなのか。この前は昇進の手助けをして頂き、今回は案を採用して頂いたお方だというのに。……まあ、分からんでもないが」

 ネルソン自身もローエングリン公の事は嫌いとまではいかないが、親しみやすい人ではないと密かに考えていたのだ。


「いやぁ。別に苦手っていうわけじゃないんですけど。何か。こう。あまり御近付きになりたくはないというか」


「ジュリー、それを苦手って言うんだよ」


「うぅ」

 トーマスの言葉に何も言い返せずに黙り込むジュリアス。


「ふふ。まあともかくだ。いずれにせよ厳しい戦いになるのは明白だ。各員の努力に期待しているぞ」



─────────────



 惑星キャメロットの高軌道上に帝国軍艦隊は集結している。

 艦艇数は戦艦53隻、巡洋艦75隻。数だけは先のスターリング要塞攻略戦の折よりも多いものの、その大半は最前線より遠く離れた地にて安穏と過ごして実戦経験の乏しい部隊ばかりであるため、兵力に見合った働きができるかには疑問が残る。

 また、急遽編成された混成艦隊という点も艦隊間の命令系統を複雑化し、艦隊運用に支障を来たす事が懸念された。

 そんな帝国軍艦隊の前に、連合軍のヴァンガード艦隊は姿を現す。

「敵はすごい数ですな」

 旗艦ヴァンガードの艦橋にて、そう漏らしたのはヴァンガード艦隊参謀長クリトニー大佐だった。


「何しろあの後ろには帝都キャメロットがあるのだからな。当然であろう」

 敵の根拠地を目前にして銀髪をした艦隊司令官リクス・ウェルキン大将も流石に高揚している。


 帝国軍艦隊は、左右上下に艦隊を展開して中央部を開けるというあまり見られない陣形を取り出した。

 その意図をウェルキンはすぐに理解する。


「敵は我が艦隊の主砲を恐れて自分から道を開けておるぞ! このまま敵の中央を突破する! 全艦、最大戦速だ!」

 敵がどれほど艦艇を用意しようと、このヴァンガード級のシールドは破れはしない。このまま敵艦隊を振り切って、帝都キャメロットを爆撃してくれる。そうすれば、戦争の終結は早まる。


「敵艦隊より戦機兵ファイター部隊が出撃しました! 数は、……数、極めて大多数! 確認し切れません!」

 艦橋の索敵担当のオペレーターはそう叫ぶ。


「報告は精確にせんか! いや、その敵部隊の映像をモニターに出せ!」


「は、はい!」


 オペレーターが端末で操作をすると、艦橋の壁を覆うディスプレイ・モニターに、敵の戦機兵ファイター部隊の映像が映し出される。そこには画面を埋め尽くすほどの数のセグメンタタの姿があった。


「こ、これは、」


 帝国軍艦隊の更に後方には、30隻前後の大型輸送船団が控えており、この船団が大量のセグメンタタを運ぶ空母の役割を果たしたらしい。


「しかしどういうつもりでしょうか? 戦機兵ファイターの火力如きでこの艦のシールドが破れるとでも思っているのでしょうか?」

 そう問うのは新米の女性副官のアナベル・ウィリマース大尉。事務処理能力に長けた副官である彼女は、生粋の武人であるウェルキンにとっては理想的な副官だったが、実戦レベルに限定すると彼女の活躍する場はほぼ皆無であった。


 ウィリマースの問いに答えたのは、ウェルキンではなくクリトニーだった。

「いや。流石にそれは無いだろう。この艦の防御性能は先の戦いで充分に敵も把握しているはずだ」


 クリトニーの言う事は尤もだが、あれだけの数を用意したという事は何か理由があるはず。単に総力戦という事なのか?

「……こちらもシュヴァリエの出撃用意をしろ。ただし、まだ出撃はするな。敵の出方を見たい。しばらくは対空砲火で応戦せよ」


 セグメンタタ部隊とヴァンガード艦隊の対空砲火による交戦を以って、この戦いの戦端は切って落とされた。

 セグメンタタ部隊は、艦隊の弾幕を潜り抜けながら散開して急接近し、艦の懐に入り込んできたところで砲塔に集中攻撃を浴びせてきた。艦の装甲に比べるとシールドの主力が低い事に加えて、少し損傷を受けただけでも砲塔内部のビームのエネルギーが暴発するリクスもある事から、砲塔は次々と破壊されていく。


「くッ! これ以上、好きにさせるわけにはいかん! 全艦、シュヴァリエを発艦! 敵戦機兵ファイターを排除せよ!」

 敵の狙いが、我が艦隊の武装を潰す事にあるのは間違いない。それをやるという事はこの後に何か仕掛けてくるという事だ。逆に言えば、これさえ阻めば敵も迂闊に次の段階へ移行できないという事。


 ヴァンガード艦隊の各艦から、青い戦機兵ファイター、シュヴァリエが続々と発艦される。

 しかし、セグメンタタ部隊を迎撃するには数が少な過ぎた。ここが帝国領のど真ん中である以上、こちらが兵力で劣るのは仕方がない。それを承知の上での作戦なのだから。

 シュヴァリエ部隊は、各艦の対空砲火と緻密な連携を取りながら応戦して数の劣勢をカバーしようとする。


「よし。何とかこのまま持ちこたえろ」


「提督! 敵艦隊より戦機兵ファイターの増援部隊です!」


「何だと!?」

 クリトニーの報告にウェルキンは唖然とする。


 今でようやく五分五分の戦況だと言うのに、ここでさらに増援部隊が出てくるか。くそ!艦隊と違って、戦機兵ファイターの数には余裕があるというわけか。

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