ヴァンガード艦隊

 ジュリアス達が近衛軍団に身を置いていた頃。

 惑星キャメロットを遠く離れた銀河系外縁部のある星系に貴族連合軍の新造戦艦5隻による艦隊が出撃準備をしている。

 この5隻の新造戦艦は艦種を“ヴァンガード級宇宙超戦艦”と言う。

 全長は約4800mと、貴族連合軍の中核を担う主力艦マジェスティック級宇宙戦艦の3倍以上の大きさを誇る巨大戦艦である。

 外観は鯨を連想させるマジェスティック級と大差無いが、艦首には巨大な砲門のような物が埋め込まれていた。

 この艦隊の指揮を執るのは、連合軍大将リクス・ウェルキン侯爵。連合軍屈指の名将である彼は、この新造戦艦で編成された艦隊を率いて、この膠着した戦況を覆す起死回生の作戦に臨む事となる。


「提督、各艦とも出撃準備が完了致しました」

 ヴァンガード級宇宙超戦艦1番艦にして、このヴァンガード艦隊の旗艦ヴァンガードの艦橋にて、若い女性の声が響く。それは新たにウェルキン提督の副官となったアナベル・ウィリマース大尉のものだった。


「分かった。……そういえば貴官は今日が初陣になるのであったな」


「はい。尊敬する閣下の下で、しかもこのような誉れある任務で初陣を飾れる事を嬉しく思います」


「ふふ。世辞は止せ。今回の任務はかなりの危険を伴う。浮かれた気持ちでいると命を落とすぞ。気を引き締めていけ」


「承知しました!」


「では早速出撃するぞ。全艦に通達! 星系の重力圏を離れ次第、ワープ航法に入る! 我等の最終的な惑星キャメロットだ!」


 このヴァンガード艦隊の初陣を飾る作戦。それは銀河帝国帝都キャメロットを強襲するという大胆かつ無謀なものだった。ヴァンガード級宇宙超戦艦の圧倒的な戦闘能力を駆使して帝国軍の防衛線を突破し、そのまま帝国中心部へと進軍して帝国軍の中枢へと直接打撃を与える。自殺行為としかこの作戦だが、立案者である連合執政官アーサル公爵には勝算があった。


 現在、帝国軍の主要戦力の多くは銀河系外縁部に大きく展開しており、銀河系中枢部は手薄になりつつある。そしてこのヴァンガード級は従来の宇宙戦艦とは攻撃力・防御力が比較にならないほど向上しており、理論上はキャメロットまでの長距離遠征も充分にこなせるはずなのだ。



─────────────



 3日後。ブルゴーニュ星系に駐留する帝国軍艦隊が敵襲を受けて壊滅したという知らせが帝都キャメロットに伝わる。

 ブルゴーニュ星系は最前線に近い星域に属しており、如何に味方の艦隊が壊滅に追いやられたとはいえ、それほどの衝撃を皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーは受けていなかった。

 軍令部総長ウェリントン公爵は、即座に艦隊をブルゴーニュ救援に派遣するように指示を出すも、その艦隊の出撃準備が整った時、またしても帝国軍艦隊壊滅の方が届いた。次の場所はアルモリヤ星系という星系で、ここはブルゴーニュ星系から更に帝国領深くに入った所に位置している。そしてブルゴーニュ星系から惑星キャメロットを有するブリタニア星系へと移動する際の最短ルートでもあった。

 この事態を受けて、帝国軍の軍令を司る軍令部総長ウェリントン公爵はアルモリヤ星系とブリタニア星系の中間に位置するドーバー星系に艦隊を集結させて迎え撃つ事を決定する。

 その指揮を執るのは帝国軍実戦部隊の総指揮官にして皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラー三元帥マーシャル・ロードの1人である統合艦隊司令長官チャールズ・ハリファックス伯爵。帝都キャメロットへの攻撃を視野に入れて事態を重く見た結果、最高指揮官自らが前線に立つ事を決意したのだ。

 ハリファックス伯爵率いる帝国軍艦隊は、惑星キャメロットを発進してドーバー星系にて、連合軍艦隊ヴァンガード艦隊と交戦するも、短時間の戦闘でまさかの大敗を喫した。

 勝敗の決め手となったのは、ヴァンガード艦隊を構成するヴァンガード級宇宙超戦艦に搭載された主砲である。その主砲は一撃で戦艦のシールドと装甲を突き破って撃沈するという驚異的な火力を発揮し、帝国軍艦隊はあっという間に多数の艦艇を失ってしまう。対してヴァンガード級はその巨体を活かした重装甲に加えて、要塞用のシールド生成器ジェネレーターを搭載しており、艦砲射撃ではビクともしない防御性能を得ていたため、帝国軍艦隊の集中砲火を物ともせずに耐えきって見せたのだ。


 統合艦隊司令長官が敗れて逃げ帰った。

 この事態に、帝国総統ローエングリン公爵は自ら総指揮を執る事とし、帝都防衛艦隊を主軸に周辺星域の警備艦隊等も集結させて大艦隊を編成する。

 近衛軍団に出向していたジュリアス達も急遽研修を中止してネルソン艦隊に復帰する事になった。


 久しぶりに通常タイプの軍服に身を包む事になった3人だが、ジュリアスだけは少々異なっていた。金色の肩章からは、金色のモール紐を垂らし、さらに黒いマントを纏っている。准将に昇進した事で、将官用の装飾が追加されたのだ。マントの色は通常は白だが、オーダーメイドで色は自由に変更できる。そこでジュリアスは黒い軍服と同じ色が良いという理由から黒色のマントを選んだのだ。


 現在、ネルソン艦隊は惑星キャメロットの赤道上、高度3万5000mの位置を取り巻く環状宇宙ステーション「OR(オービタルリング)」 の軍用区画に入港しており、ジュリアス達はまずここへと赴き、ネルソン提督との再会を果たす。

「3人とも元気で何よりだ。それにトムは色々と大変だったようだな」

 ネルソンは可愛い弟と妹を出迎えるような優し気な笑みを浮かべていた。

 彼女の言葉にトーマスは苦笑いをしつつ「はい」と答える。


「できれば、もう少し穏やかな形で再会したかったですけどね」

 そうジュリアスが残念そうに言う。


「そうだな。だが、おかげで思っていたよりも早く貴官等が帰ってきた。その点については私は感謝している。だが、だからと言って敵軍にこの帝都を蹂躙させるわけにはいかない。貴官等の活躍にしているぞ」


「「了解!!」」



─────────────



 OR(オービタルリング)の軍用区画に入ったローエングリン公爵は、各艦隊の司令官を集めて作戦会議を開催する。

 今回の作戦に参加するネルソンも艦隊司令官として当然この会議に出席するのだが、その前にネルソンはジュリアス達の意見も聞いておきたいと考え、ジュリアスとトーマス、そしてクリスティーナの3人を旗艦ヴィクトリーの会議室に集めていた。

 そこでこれまでの戦いで確認できた連合軍の新造戦艦の情報を可能な限り皆に提示する。

「これが現在判明している敵艦に関する情報の全てだ」


「かなりデカいですね」

 まず最初に感想を述べたのはジュリアスだった。


「推定全長がドレッドノート級のおよそ3倍だからね。しかも、ドレッドノート級を一撃で沈められる主砲に、こっちの砲撃じゃ傷1つ付かないシールド。こんなのどうやって倒せばいいんだよ」

 トーマスがやや投げ槍的な口調で話し、最後には溜息を吐いた。

 統合艦隊司令長官が率いる艦隊が敗れた時点で、並大抵の敵ではない事は予想で着ていたが、流石にここまで常識外れな性能とは想像できなかったのだ。


「とはいえ倒さなくては、帝都がこの巨大戦艦の砲火に晒される事になります。何としても倒さなくては」


「クリスティーナの言う通りだ。だが、トーマスの言うように正面から挑んでも勝算は薄いだろう。先のハリファックス元帥も圧倒的な兵力で戦ったにも関わらず敗北しているからな。・・・ジュリアスはどう思う?」


「この主砲は艦首に固定されるように設置されているんですよね」

 そう言いながらジュリアスは、3Dモニターに表示されている巨大戦艦の主砲を指差す。


 巨大戦艦の主砲はジュリアスの言う通り砲塔ではなく完全に艦体に固定されており、砲門の向きを変えるには艦の向きそのものを変える必要があり、進行方向に向けてしか砲撃できない。つまり巨大戦艦の艦首方向を避けさえすれば、この主砲は事実上封じる事が可能になるのだ。


「でも、主砲を封じられても、こっちの攻撃が効かないんじゃ意味ないよ」


「そうです。それに敵艦隊の進行方向を空けた状態で戦うという事は、敵艦隊の針路を空けて戦うという事です。敵にしてみたら、こちらを無視して直進すればいいだけになってしまいます」


「ん~。じゃあ艦砲射撃でダメなら戦機兵ファイターならどうだ?」


 ジュリアスは自信満々な顔付きで言うが、トーマスは呆れて溜息を吐く。


「あのね。艦砲射撃で破れない装甲を戦機兵ファイターの火力で破れるはずがないでしょ」


「別に装甲を破る必要は無いさ。副砲と対空兵装だけ潰せればそれで良い。艦砲そのものだったら、装甲を破るよりもずっと簡単だろ」


 艦体表面を覆うエネルギーシールドは、遠距離からの高エネルギービームよりも近距離からの低エネルギービームの方がダメージを受けやすかった。低エネルギーな分、一点に熱量が集中するためだ。

 そして砲塔は、ビーム砲に悪影響を及ぼすという理由から表面を覆うエネルギーシールドの出力が比較的低めに設定されている。

 ジュリアスはこの技術上の特性を利用して戦機兵ファイターによる攻撃を思いついたのだ。


 トーマスはなるほど、と感嘆の声を漏らすも、すぐにクリスティーナの脳裏には1つの疑問が浮かぶ。

「ですがジュリー、副砲と対空兵装を潰せても、この主砲が破壊できなければ無意味なのではないですか?」


「何も外部から撃沈する必要は無いさ」


「ん? どういう意味ですか?」


 ジュリアスの意図が読めずに首を傾げるクリスティーナ。一方、トーマスは背中に悪寒のようなものを感じる。


「ま、まさか、ジュリー。敵艦に乗り込んで内部から艦を乗っ取ろうなんて考えてないよね」


 トーマスの問いに、ジュリアスは満面の笑みを浮かべて「その通りさ!」と答える。

「対空砲火が無ければ兵員輸送船で敵艦に接舷して乗り込む事ができる。こっちには帝都配備の地上部隊も大勢いるからな。そいつ等を全部敵艦に投入してやるんだ。敵もまさか艦に乗り込んで来るなんて考えていないだろうから白兵戦部隊はそんなにいないはずだ」


「……言われてみれば名案な気もするけど」

 ジュリアスのアイデアを素直にすごい、と思いつつも、今だ不安を拭い切れない様子のトーマス。

 一方のクリスティーナは思わず笑えてきた様子で、クスクスと小さく笑っている。

「まったくジュリーは、相変わらず途方も無い事を言い出しますね。言うのは簡単ですが、やるのは大変なんですよ」


「勿論分かってるさ。……ネルソン提督、俺の案はどうですか?」


「面白い案だと私も思う。作戦会議の席でジュリアスの案を提案してみるとしよう」


「本当ですか!? ありがとうございます!」

 ジュリアスはニコッと嬉しそうに笑顔を浮かべる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る