帝国総統・前篇

 長年、帝国軍の攻勢を阻んできたスターリング要塞を攻略した。この吉報は帝国政府と帝国軍の双方が広報部の総力を挙げて大々的に行なった。

 膠着し切った戦局が動いたのだと銀河中に知らしめる事で、各地で戦う友軍の士気の向上や民衆への政治宣伝を狙ったのである。

 これに合わせて、皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーでは今回の作戦の指揮を執ったフィリップス上級大将を初め多くの人物に勲章の授与や昇進が行なわれた。しかしその中にジュリアスの名は無かった。


「あれだけ活躍したジュリーに何の恩賞も無いなんて納得できないよ!」

 トーマスはそう言いながら、両手に握る訓練剣トレーニングサーベルで素振りをする。


 ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人は、スターリング要塞攻略作戦から帰還して以降、休暇を命じられ、特にする事もなかったので、軍事地区ミリタリー・エリアの一角にある訓練施設にて剣術の訓練をして身体を動かしていた。


「何でトムが俺の事で怒るんだよ。それにトムだって大活躍だったじゃないか。実際、俺があそこまで戦えたのはトムが後ろから援護してくれたおかげなんだからさ」


「……だとしても、あれはジュリーの戦果だ。それなのに」


「まあ、ネルソン提督は勲章が授与されたそうだし、あの戦果は提督の物って言うのが、上の方針なんだろう。日頃お世話になってる提督の役に立てたのならとりあえず俺は満足だ」


 俺がそんな事を口にすると、今度はクリスがムスッとした表情で俺を睨んできた。


「ネルソン提督は、今回もジュリーの戦果に報いるようにと推薦状を出してくれたそうですが、皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーは無視したようです。まったくとんでもない奴等!」


 本音を言えば、頑張ったんだから、もう少し報いてくれても良いだろう。という欲はある。でも、ここで欲を掻いてはこれまで俺を引き立ててくれたクリスの父上にも失礼になる。それに何より俺の事で2人が不機嫌になるのは嫌だった。


「そんな事より、せっかくこの広い修練場を貸し切りにしてるんだから。1本やろうぜ!」


 広大な訓練施設の内、幾つかの区画に別れている剣術修練場の1つを俺達は貸し切りにしていた。今日はちょうどどこの兵学校もこの修練場を使う予定が無いという事で、今日1日、貸し切りにして良いという許可が下りたのだ。


「隅っこでじっとしてると、まるで昔の悪夢が蘇るようで」


 昔の悪夢。それは帝立学院インペリアル・アカデミー時代の事だ。俺はよく門限を破ったりと規則を破りがちで、ここで意味も無く何千回と素振りをさせられたり、上半身を裸にされて鞭打ち刑に処されたものである。


「それはジュリーの自業自得です。何度注意しても改めないから、教官も厳罰にせざるを得なくなったのです。だいたい、トムもいけないんです。ジュリーの門限破りを誤魔化すのに何度も協力していたでしょう」


「そ、それは、まあね。あはは」


 幼い頃から召使いとして働いてきた性分なのか、トムは他人に頼まれると中々断れない所があった。指示や依頼を受ける事に慣れ過ぎている節がある。それに散々助けられてきた俺があれこれ指摘しても説得力が無いのであえて言わずにいるが。とはいえ、俺はそんなトムに甘え切ってるわけだし。


 その時だった。

 俺達の前に副官のハミルトン少佐が姿を現した。

「こちらにおられましたか、大佐」


「おお。ハミルトン少佐!貴官も一緒にどうだ?」


「いえ。せっかくですが、遠慮しておきます。それよりもこれをご覧下さい。つい先ほど軍事省人事局より送られてきたものです」

 そう言ってハミルトンは1枚の書類を俺に差し出した。


 それはジュリアスを准将に昇進させるという内容が記された辞令だった。

 その内容を目にした時、当然俺は喜んだし、トムとクリスも祝福してくれた。ただ、すぐにどうして今更?という疑問が脳裏を過る。

 結局その日は答えが分からなかったが、俺はそれを翌日になって知る事になった。



─────────────



 翌日。

 ジュリアスは准将への昇進の正式な辞令を受け取るため、軍事省人事局へと出頭した。


「今回の貴官の昇進はな。実を言うと、総統閣下の直々の推薦よるものなのだ」

 辞令をジュリアスに渡した人事局長レネル中将が、公文書を丸読みしたようなありがたいお話の後、そのような事を言い出した。


「総統閣下の、でありますか?」


「そうだ。あのお方に推挙されては、流石の皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーも動かざるを得なかった、というわけだ。軍部としては総統閣下のご機嫌を損ねるような真似は極力避けたい。後でちゃんとお礼に参上するのだぞ」


 右も左も分からない新人を指導するような口ぶりで話すレネル中将。それも無理はない。ジュリアスは大佐とはいえ、まだ17歳の子供だ。親子並に歳の離れた若者が相手となれば小言の1つも言っておかないと不安なのだろう。


「了解致しました!」



 銀河帝国において、最高権力者は当然皇帝であるが、現皇帝リヴァエル帝は政治や軍事には一切関心を示さなかった。かつては精力的に活動していたのだが、かつての貴族連合の盟主にして実弟のジェームズ皇子の訃報を耳にした頃から、次第に政治・軍事には関わらなくなり、半ば世捨て人のような状態になる有り様だった。

 そのため、政治は帝国宰相が、軍事は皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーが、それぞれ担うようになっていたのだが、3年前のある日、その状況にも変化が生じた。

 リヴァエル帝は数十年ぶりに自らの意思で玉座へと足を運び勅命を下す。


 “帝国の政治・軍事の全てを統括する帝国総統の官職を新たに設ける”


 という内容である。この事は政府軍部の双方に衝撃をもたらしたが、さらに衝撃的だったのが、その新設された総統職を拝命した人物だ。

 その人物の名は、コーネリアス・B・ローエングリン公爵。今年で22歳であり、総統に就任した当時は19歳だった。このローエングリン公は当時、まったくの無名の人物だった。

 なぜなら、リヴァエル帝が下級貴族から見出した寵臣で、名門の出の貴族ではなかったからだ。ローエングリン公爵の肩書きもリヴァエル帝が与えた名に過ぎず、古来より受け継がれる家名ではなかった。

 このような人物と急遽新設された官職は、従来のしきたりと伝統を重んじる大貴族からは当然不評であり、何度も撤回を求める声が上がったものの、リヴァエル帝はそれ等の要望を全て無視し続けてきた。


 とはいえ、いきなり作られた官職に、強い権限を付与するというのは非常に難しいため、総統職の権力基盤を固めるための措置として、リヴァエル帝はローエングリン公に相当の付随職という形で帝国宰相、帝国軍最高司令官代理という2つの称号を与えた。さらに新たに皇帝官房という皇帝直属機関を設置して、その初代長官に任命した。

 こうして半ば強引に作られた帝国総統は、銀河帝国の事実上の支配者として君臨するようになる。

 そんな月日が3年経過した現在でも、これを不満に思う大貴族は多い。しかし、その一方でローエングリン公は能力さえあれば、下級貴族や平民でも積極的に高級職に就ける能力主義を採用した事から下級貴族や平民から高い人気を勝ち取った。

 さらに帝国において長年社会問題になりつつも、既得権益が失われるのを恐れた大貴族の横槍や妨害を恐れて誰も手出しができなかった諸問題や、あまりにも難解過ぎて誰も解決案を見い出せなかった諸問題を次々と解決に導いた事から、良識派貴族や帝国政府の官僚達からも高い支持を得ていた。


 そんな総統に昇進の手助けをされた。

 という事はジュリアスの能力が、実力主義の総統閣下の御眼鏡に敵ったという事だ。

 ジュリアスは素直に喜んだが、クリスティーナの邸にて事情を聞いたクリスティーナは複雑そうな表情を浮かべる。

「ジュリーが昇進したのは誠にめでたい事です。ですが、あの総統閣下の口添えとは」


「ふふ。何だ、クリス?やっぱり大貴族のご令嬢としては総統の口添えは不満なのか?」


「そういう言い方は些か心外ですね」

 不機嫌に、というほどではないものの、クリスティーナは鋭い視線をジュリアスに送る。


「あはは。すまん。すまん」

 そう笑って受け流すジュリアス。


「……総統閣下は確かに優れた為政者です。それは認めます。ですが、何かと黒い噂の絶えない人物でもあります。まあ、そのほとんどは彼を妬む連中の流したデマでしょうが、どこを見ても異例な人物である事は事実です。何か良からぬ事にジュリーが巻き込まれないか。それが心配です」


「それは尤もだけど、心配したからと言って、どうにかなるわけでもないだろ。一応、用心はしておくけどさ」


 ジュリアスがそう言って笑うと、今度はトーマスが口を開く。

「でもやっぱりジュリーはすごいよ。あの総統閣下に認められるなんて」


「何を言ってるんだよ。トムの助けが無ければ、総統の目にとまることもなかっただろうよ。トム、それにクリスのおかげだよ」

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