スターリング要塞攻防戦・中篇
ネルソン艦隊は、帝国軍艦隊本隊から離れて、連合軍艦隊の側面を突き、敵を
本隊から離れての別行動は、敵中に孤立して敵軍に袋叩きにされるというリスクと隣り合わせとなるが、旗艦ヴィクトリーの艦橋にて指揮官席に座るマーガレット・ネルソン中将は特に不安を感じている様子は無かった。
「連合軍は本隊との交戦に手一杯で、我が艦隊を袋叩きにしている余裕は無いだろう」
ネルソンの傍らに控えている艦隊参謀長クリスティーナは、司令官の考えに頷き、賛同の意を示す。
「司令、もうじき我が艦隊は敵艦隊を有効射程に捉えます。火力も防御も戦艦に劣る敵艦隊最右翼の巡洋艦部隊を攻撃するのが良いとかと」
クリスティーナの言う巡洋艦とは、銀河帝国軍のドレッドノート級や貴族連合軍のマジェスティック級に比べるとやや小型で、一般的に全長1500m前後の軍艦を戦艦、全長1000m前後の軍艦を巡洋艦に分類する。
貴族連合軍の巡洋艦は、ペンシルベニア級装甲巡洋艦という名で、マジェスティック級を鯨と例えるのならペンシルベニア級は鮫を彷彿とさせる形状をしていた。全長950mと小型で小回りが効いて速力もあるが、その利点は重装化によって半減している。わざわざそうした理由は、この艦の役目は僚艦として戦場で戦艦を守る事なためである。
クリスティーナが攻撃を進言したその巡洋艦部隊は戦艦部隊を右側面からの攻撃より守るための部隊である。ここを壊滅させれば、敵艦隊の布陣に隙が生じるとクリスティーナは考えたのだ。
「私も同意見だ。アルビオンに先鋒を任せ、艦隊は敵巡洋艦部隊に突入する」
「ジュ、シザーランド大佐に先鋒を任せるのですか?」
「そうだ。今頃ジュリアスはずっと待機させられていて欲求不満が溜まっているだろうからな。それを思う存分に発散させてやろうと思うのだ。きっとジュリアスは水を得た魚のように戦ってくれるだろう」
「それは、そうでしょうが」
ネルソンの言う事は尤もだと思うクリスティーナだが、同時に彼女は敵陣に先陣を切って切り込むジュリアスの身が心配でならなかった。しかし、そんな事を考えるのはすぐに止めにしようと考える。ここは戦場であり、どこにいようと安全ではないのだから。
ネルソンの命令がジュリアスの乗艦アルビオンに届いた時、ジュリアスは歓喜した。
そしてネルソンの言う通り、正に水を得た魚のように命令を下す。
「機関最大! 最大戦速だ! 敵陣に切り込むぞ!」
アルビオンは機関部は最大出力を出して前進しつつ、全砲門を開いて艦砲射撃を始める。それは一見、猪武者のような無謀な攻勢ではあったが、戦艦に比べれば火力の乏しい巡洋艦部隊の艦列の隙間を突いた突撃は非常に効果的だった。
「トムは良い具合に援護してくれるな。流石だ」
ジュリアスが多少の無茶も承知で突撃を行えるのは、後から続くトーマス・コリンウッド大佐の指揮するセンチュリオンからの的確な援護による部分も大きい。アルビオンが敵艦から致命的な攻撃を受けそうになると、トーマスはその前にその敵艦に先制攻撃を仕掛けてアルビオンを窮地から救うのだ。
ジュリアスが敵陣を切り崩し、トーマスがその援護に回る。その一方で、ネルソンの旗艦ヴィクトリーは2人が撃ち漏らした敵艦に集中砲火を浴びせる事で戦闘能力を奪っていく。
「
如何にネルソン艦隊が善戦しようとも相手は装甲巡洋艦というだけあって、中々撃沈には至らず、抵抗が激しいのも事実。そこでジュリアスは
アルビオンの左右両舷にある格納庫のハッチが開き、そこから人型戦闘機動兵器 《セグメンタタ》が次々と発進する。地球時代の中でも古代に栄えた文明、ローマ帝国の軍隊の兵士が着用したロリカ・セグメンタタと呼ばれる鎧を意識してデザインされたこの兵器は、赤い装甲に身を包み、さらにその上からコックピットのある胸部には銀色の装甲がさらに追加で装備されていた。背部のスラスターから火を吹き、暗黒の宇宙空間を疾走する。
アルビオンに続きセンチュリオンとヴィクトリーからも
鋼鉄の両手に握られるビーム突撃銃からは戦艦の副砲並の火力のエネルギービームが近距離から放たれ、艦のエネルギーシールドを破って装甲を超高熱で焼き貫く。
機関部を損傷した艦は、広大な宇宙空間を漂う漂流船も同然だ。艦の最大火力を誇る主砲を潰されれば尚更である。
こうしてネルソン艦隊は、あっという間に6隻あった連合軍の巡洋艦部隊を撃破ないし無力化する事に成功した。
この鮮やかな勝利は戦局全体で言えば、まだ一局面での勝利に過ぎなかった。
しかし、最右翼の防衛線が崩れた事で、連合軍右翼艦隊は少なからず陣形の変更をしなければならない。このままでは帝国軍本隊とネルソン艦隊による
艦隊右翼の戦況に変化が生じた事は、すぐに要塞司令部にいる要塞司令官ヴァロワード中将の耳にも届いた。
「巡洋艦と戦艦がまともにぶつかれば勝敗は明らかだが、いくら何でも早過ぎる。・・・要塞砲群で、その敵別動隊を砲撃し、右翼艦隊を援護しろ」
しかし、ヴァロワードの命令は実行が困難だった。彼の言う敵別動隊すなわちネルソン艦隊は連合軍右翼艦隊の影に身を置く事で要塞砲群の射線を回避していたのだ。
「おのれぇ。小賢しい! ……あれが、あのウェルキン提督を破った帝国軍のネルソン艦隊か」
彼のデスクに表示された敵別動隊に関する資料を目にして、ヴァロワードは顎に手を当てる。
連合軍最高の勇将として知られるウェルキン提督を寡兵で打ち破った敵部隊を自由に行動させるのはリスクが大きい。そう考えたヴァロワードは右翼艦隊の陣形を再編し
て、右翼艦隊と要塞砲群で袋叩きにできる状態を作るよう命じた。
ネルソン艦隊旗艦ヴィクトリーにて、連合軍が自分達への応戦に本腰を入れようとしているのを目にしたネルソンは、そろそろ潮時かと考えていた。
巡洋艦部隊を壊滅させたネルソン艦隊は、連合軍右翼艦隊を構成する戦艦1隻に砲火を集中させて撃沈する事に成功していた。しかし、これ以上は敵の反撃が激しくなって返り討ちに会うリスクが高くなるだろう。
「司令、敵右翼に手傷は負わせました。後退すべき頃合いかと」
ネルソンの考えを見通していたかのように意見を述べるクリスティーナ。
「貴官の言う通りだな。よし。2時方向の敵艦に砲火を集中させつつ、その横を抜けて撤収する」
連合軍右翼艦隊は陣形を再編する真っ最中であり、そこには僅かながらに付け込む隙がある。
ネルソン艦隊から見て最も右側に位置する敵戦艦は、他の艦に比べるとやや距離が存在し、攻撃の手が薄いポイントでもあった。
この命令を聞いた直後、ジュリアスはまだ遊び足りない子供のように不満を漏らすも、そろそろ潮時だという事を見抜くだけの見識は持ち合わせており、すぐにその命令を実行に移した。
ネルソン艦隊は狙いを定めた敵艦に全火力を振り向けつつ、その真横を通過するように針路を取る。艦砲を撃ち合いながら近距離を素通りするのは、リスクも伴うが敵中から逃れるためには最も効果的でもあった。
3隻による連携攻撃に晒された敵戦艦は勇敢に戦うも多勢に無勢。撃沈は回避するも、戦闘継続が困難になるほどを損害を被るに至った。
対してネルソン艦隊の損害は各艦が多少被弾はしたものの、どれも軽微であり、戦闘に支障の出るものではない。
敵陣を突破して味方の本隊への帰路に着いた途端、ネルソンはふぅ、と息を吐いて指揮官席の背凭れにぐったりと背中を預ける。
「敵に楔は打ち込んだ。戦果としては充分だろう。後は本隊が傷口を広げてくれれば、一気に流れはこちらに移るに違いない」
ネルソンの言う通り連合軍右翼艦隊が負った傷は帝国軍艦隊の全面攻勢によって広げられる事となる。今回の総司令官である、
連合軍右翼艦隊が陣形の再編成を終える前に、フィリップスは全艦隊の火力をその右翼艦隊へと向け、戦線を突き崩すに至った。
この混乱はやがて連合軍の中央艦隊、そして左翼艦隊にまで広がり、連合軍艦隊は壊滅する事になる。
その頃、ネルソン艦隊は艦隊後方に戻って本隊の援護に回っていた。
「何だか美味しい所をフィリップス提督に取られた気がするな」
ジュリアスはそう呟いた。充分な戦果を上げたので、満足すべき状況には違いないのだが、彼としてはもう少し最前線に身を置いていたかったのだ。
「艦長は存分にご活躍させられたではありませんか。あとは後方にてごゆるりとなさってはどうです?」
副長のハミルトンは不満そうにするジュリアスの機嫌を取ろうとする。
「戦場でゆるりなんてできるものか。それに俺はじっとしてるのが嫌いなんだ」
2人がそんな会話を交わしている間にも戦況は刻々と変化する。
連合軍の防衛艦隊は戦列が乱れて崩壊し、艦隊戦の勝敗は決したと言っていい。そうなれば次は
フィリップスは各艦隊に
これを受けて各艦隊はセグメンタタで構成される
要塞砲群というのは対艦用の大型砲がメインで、小型で俊敏に動き回る
それはこのスターリング要塞も例外ではない。いくらエネルギーシールドで要塞表面を覆っていると言っても、至近距離からの銃撃には耐えられない。要塞本体は重厚な装甲があるため問題無いが、要塞表面に突き出す形で設置されている砲台は違う。
戦局が
「こちらも
ヴァロワードの指示により、スターリング要塞から続々と
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