スターリング要塞攻防戦・前篇

 銀河帝国軍は、第2総力艦隊司令官にして第二提督セカンド・アドミラルのフィリップス上級大将を総司令官とするスターリング要塞攻略艦隊が帝都キャメロットを出撃した。

 艦隊は数回のワープ航行を繰り返しながら進軍し、銀河系外縁部に浮かぶスターリング要塞へと向かう。


 今回の戦いに動員される戦力は計9個艦隊。戦艦45隻、巡洋艦52隻の大艦隊である。これほどの戦力が動員されるのは、銀河帝国軍でも非常に稀であり、皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーの今回の作戦への本気具合が窺える。


 もうじきスターリング要塞近辺の宙域に出ようという所で、フィリップス上級大将は、旗艦プリンス・オブ・ウェールズから各艦に向けて兵の士気を鼓舞するための演説を行う。

「今回の出兵は、長年に渡って辺境星域に潜み、皇帝陛下のご威光に傷を付けようと目論もうとする反乱軍どもに陛下のご威光を見せつけ、奴等に己の愚かさを知らしめる事が目的である!!」

 フィリップス上級大将は、今年60歳となる老軍人ながらも堂々たるその姿からはまるで20代であるかのような覇気と若々しさに満ちている。


 ジュリアスは乗艦アルビオンの艦橋にてこのフィリップスの演説を聞いていた。

 彼は指揮官席の前で姿勢を正した状態で直立し、艦橋のメインモニターに映し出されているフィリップスの猛々しい姿を注視している。

「下らない名目だ。皇帝陛下の権威を知らしめる。そんな事のために大勢の兵士を死地に送り込んでいるのか」

 向こうからの声はこちらに届くが、こちらの声が向こうに届く事は無い。しかし、それでもジュリアスは小さく小声で不満を漏らした。


 その声を辛うじて聴き取っていた副長のハミルトン少佐が注意を促す。

「艦長、スターリング要塞は連合にとっては重要な拠点です。ここを叩く事は戦いを有利に運ぶ上で充分に意義があるかと。あまりそのような事を仰るのはお止め下さい」


「……だがな、ハミルトン少佐。銀河は広いんだ。こんな一宙域の要塞の攻略になんか拘らず、守りの薄い星系から迂回していった方が良いとは思わないか?」


 実際、スターリング要塞の存在意義は敵の侵入を阻む防衛拠点というよりは周辺星域に貴族連合の支配を及ぼすための拠点という方にあると言って良かった。ジュリアスは、鉄壁の守りを敷いている要塞を攻めるよりは周辺の星系から連合領に侵攻した方が遥かに効率的だろうと考えたのだ。


「ですが、それですとスターリング要塞の敵軍に背後を襲われ、最悪前後からの挟撃に見舞われてしまいます」


「そ、そうかもしれんが。でも、そんな事は事前に想定できるし、要塞戦を挑むよりは遥かに安全だと思わんか?」


「それは仰る通りですが、」


「それにだ。皇帝陛下のご威光を見せつける事が目的だと言う。要するに自分達の面子のために戦争をするという意味だぞ。馬鹿馬鹿しいにも程がある」


「……」

 これについてはハミルトンも反論の余地が無いというのが本音であった。しかし、帝国軍人として適切な発言とは言い難く、ハミルトンはどう返答したものかと悩み、口をつぐんでしまう。


「やれやれ。やっぱりハミルトン少佐に愚痴をこぼして困らせてるようだね、ジュリー」


 突如、トーマスの声が聞こえてきた。ジュリアスがそれに気付き、周囲を見渡すと、彼の近くには『Sound Only』と書かれた小さな円形の3Dディスプレイが映し出されている。これはジュリアスとトーマスが自分のブレスレット端末に作った個人回線で2人はいつでも自由に回線を開けるように設定していた。


「あんまりハミルトン少佐を困らせるんじゃないよ」


「お、おい。その言い方、まるで俺が我儘な子供みたいじゃないか」


「だって事実そうだろ」


「うぅ」


 その光景を目の当たりにしたハミルトンはクスリと笑い、ジュリアスに助け船を出す。

「コリンウッド艦長、どうかそのくらいで。シザーランド艦長のお考えには多少は無鉄砲な所もありますが、聞くべき点があると自分は思います」


「おぉ。いいぞいいぞ。もっと言ってやれ、ハミルトン少佐!」


 3人がそんな会話をしている間に、フィリップスの演説は終わる。



─────────────



 スターリング要塞は、元々は鉱物資源採掘用の小惑星にワープエンジンを取り付けて、この宙域まで移動させたものだった。

 小惑星をくり抜き、その内部に要塞施設を整えて外部には多数の砲台とシールド生成器ジェネレーターを取り付けて堅固な要塞へと作り変えていた。

 軍艦に設置されているシールド生成器ジェネレーターとは出力が桁違いであり、艦隊の艦砲射撃ではビクともしない程の高い防御性能を誇り、宇宙艦隊で正面から戦いを挑むだけでは、要塞砲からの対空砲火で一方的に艦隊が攻撃に晒される事になるだろう。

 どんなスターリング要塞に帝国軍艦隊は、正面から堂々と攻勢を仕掛けてきた。

 これに対して、スターリング要塞司令官ヴァロワード中将は、要塞の周辺に艦隊を配置して要塞砲による対空砲火と艦隊による艦砲射撃でこれを迎え撃とうと試みる。


「ふん。あの程度の戦力でこのスターリング要塞を落とせると思われたとは心外だな」

 長年、この要塞の司令官を務めてきたヴァロワードは、要塞内部の指令室にてそう呟いた。

 要塞駐留艦隊の戦力は戦艦12隻、巡洋艦26隻と帝国軍艦隊に比べるとかなり劣るものの、要塞に設置されている多数の要塞砲の火力も数えると、戦力はほぼ拮抗としていると言えた。

 帝国軍がいくら大兵力を動員したと言っても、戦力が拮抗している以上、要塞という防御面で高い優位性を持つ貴族連合軍にやや分があるのは疑いようもない。



 スターリング要塞を攻撃する帝国軍艦隊の中で、ジュリアスの属するネルソン艦隊は予備兵力として左翼後方に配置されており、今だ最前線には経っていない。

 その事でジュリアスは、個人通信でトーマスに不満を漏らしていた。

「まったく平凡な切り出しと平凡な戦闘だな。トムもそう思うだろ?」


 ジュリーはする事が無くなると、口が達者になる奴だ。やる事が無い分、代わりに口を動かしたくなるんだろう。きっと退屈って言うのが嫌いなんだ。

「んん。まあ、定石通りに攻めるのが普通だと思うけど」


 要塞攻略戦というのは、大きく3段階に分けて行われる。

 第1段階は、艦隊戦を仕掛けて要塞の防衛艦隊を要塞から引き離す。

 第2段階は、艦隊から戦機兵ファイター部隊を出撃させて要塞に近距離戦闘を仕掛けて要塞砲及びシールド生成器ジェネレーターを破壊し、要塞を無力化する。

 第3段階は、艦隊で防衛艦隊を打ち破って要塞への揚陸作戦を展開する。


 これが帝立学院インペリアル・アカデミーで軍事教練の教科書に書かれていた要塞攻略戦の定石。そして今は第1段階の真っ最中であり、味方は要塞の周囲に展開する敵艦隊を引きずり出すために盛大な攻勢を仕掛けていた。


「そもそも、こんな敵にも分かり切った戦法を今だに作戦の基本に据える事が間違ってる」


「基本は大事な事だと思うけどなぁ」


「ったく、どうしてトムはそんなに優等生なんだよ!」


「じゃあジュリーには何か代案があるのかい?」


「勿論あるさ」


「へえ。どんなのだい?」


「1つ聞くけど、トムはあの要塞がどうやってこの宙域まで運ばれてきたか知ってるか?」


「知ってるかって、そりゃ小惑星帯でワープエンジンを取り付けてここまで運んだんだろ。そんなの宇宙開拓工学なら初歩の話だよ」

 帝立学院インペリアル・アカデミーで学年主席だったジュリーにこんな事を聞かれると、何だか馬鹿にされているような気がする。と思うのは僕のひがみ過ぎかな。ジュリーにそんな悪意があるはずないって分かってるのに。


「それだよ、それ!」


「それって?」


「その初歩の技術を使って、あれと同程度の小惑星をこの宙域に運べば良いって思わないか?」


「んな!」

 要塞を攻略するのに、わざわざ艦隊を送り込む必要は無い。要塞に対抗する要塞を直接送り込めば良いのだから。という事か。相変わらず途方も無い事を考える奴だよ。第一、初歩の技術と言っても、あれだけの質量の物体をワープさせるのにどれだけの労力と時間が要ると思ってるんだか。

「要塞には要塞を、か。確かにそれなら五分五分の状態で戦えるね」


「何言ってるんだ?別に要塞化した小惑星なんて要らないだろ」


「え?」


「ワープエンジンと推進装置を取り付けた小惑星をあの要塞にぶつけてやればいいだろ」


「ぶ、ぶつけるだって!?」


「そうさ。あれぐらいの質量がある小惑星なら、一旦加速させればそう簡単には針路変更なんてできない。要塞砲と防衛艦隊の艦砲を一点に集中させてもな。仮にそれで針路が変えられたとしても、少なくともその間の敵の攻撃の手は小惑星に行くから、味方への攻撃の手は緩むはずだ。その隙を突いてやればいい」


「本当に途方も無い事を考えるなぁ、ジュリーは」


 皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーはスターリング要塞を今後の貴族連合領への侵攻の拠点として活用したいと考えているはずだから、今ジュリーの言った作戦はたぶん採用されないだろうと思う。でも、もし仮に採用されれば、こんな戦いはしなくても済むんだろうか。


 トーマスがそんな事を考えていたその時、艦橋のメインモニターが前線の戦闘の様子を映した光景から、ネルソン提督の顔に切り替わる。

「総司令部より命令が下った。我が艦隊は前線艦隊の攻撃によって引きずり出された敵艦隊の側面を突く。各員の奮闘を期待する!」


 ネルソンがそう言い終えると、再び画面は戦場の様子へと切り替わった。


「いよいよか。機関最大! 敵艦隊の側面を突く! 旗艦ヴィクトリーに続いて前進だ!」

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