貴族連合の英雄

 ロージアン星系第2惑星エディンバラ。

 ここは現在、銀河帝国と戦争状態にあるエディンバラ貴族連合の首都星である。

 銀河帝国の始祖アドルフ大帝が銀河帝国を興すより以前の銀河連邦時代に辺境星域開拓の拠点として入植が始まったのを皮切りに辺境星域の重要拠点として何百年も掛けて発展してきたこの星は、今では銀河系を二分する片方の勢力の首都となっていた。

 首都エディンバラ・シティはキャメロットには劣るものの、超高層ビルの立ち並ぶ巨大な都市を形成している。


 このビル群から少し離れた場所に並ぶ豪華な宮殿群の中で一際大きなエディンバラ宮殿の執政官執務室に、ヴォルケス星系の戦いより帰還したリクス・ウェルキン提督の姿はあった。


「ウェルキン侯爵、この度の大勝利は誠に見事であった」


 敗軍の将として帰還したつもりでいたウェルキンは目の前の白髪の老人の言葉に耳を疑い、緑色の瞳から鋭い眼光を飛ばす。

「私は多くの兵を失って逃げ帰った身です。大勝利とは何の事でしょうか?」


 ウェルキンの言葉を聞いた白髪の老人はクスリと笑みを浮かべる。

 長い白髪を後ろで一本に纏め、漆黒の瞳をしたその老人の名はマルカム・アーサル公爵。

 今年70歳の、このアーサル公爵は貴族連合の指導者の役割を果たす執政官しっせいかんという地位に付いている。

 彼の父親は、かつてジェームズ皇子と共に帝都星キャメロットを脱出して惑星エディンバラへと逃れ、エディンバラ貴族連合を創設した人物であり、アーサル公爵家は親子二代に渡って貴族連合の中核を担ってきたのだ。

 貴族連合の盟主だったジェームズ皇子は既に病に倒れてこの世を去り、彼には子供もいなかった事から、今ではこのアーサル公爵が名実ともに貴族連合の盟主と言えた。


「ヴォルケス星系で敗れるまでに君が制圧した星系の数を考えれば、戦艦5隻の損失はかなり少ない方だ」


「……」


「君としても失敗をいつまでも弄られたくはあるまい。それに民心を掴むためにも今の連合には勝利と英雄が必要なのだ。近頃、民衆の間で反乱が多発しておるからな」


 貴族連合は、元々が辺境の反乱勢力でしかない以上、純粋な国力では銀河帝国には劣っている。それを埋めるために支配領域では臣民に重税を課すなど搾取を強めて対抗してきたが、戦争が半世紀も続けば流石に限界も来るだろう。貴族連合の圧政に耐えかねた民衆が反乱を起こすという事態が幾つかの星で発生していた。


「先日、造兵工廠から連絡があった。例の新造戦艦ヴァンガード級が完成したそうだ。以前からの取り決め通り、あの艦は君に任せる。兵員は君の好きに選んでいい。慣熟訓練が済み次第、任務に着いてもらうぞ」


「了解致しました。ですが、ヴェルフォード星域の守りは宜しいのですが?以前に聞いた作戦だとあの辺りの防衛が手薄になるのではと思われますが」


 現在の貴族連合軍と銀河帝国軍の軍事バランスは非常に絶妙なラインで保たれてきた。双方はこのバランスを崩す事で、自分達が不利に陥るのを恐れ、積極的な軍事行動を避ける傾向があった。これにより大規模な衝突が減り、代わりに勢力圏の境目での小競り合いがほとんどになった。

 しかし、こうした状況にも限界を感じつつあったアーサル公爵は、この戦争を一気に終わらせるための作戦の立案を行なっていたのだ。


「心配は要らん。これだけ戦線が拡大すれば帝国軍もそう易々とは攻めてはこれまい。それにグリマルディ銀行が我が連合に新たに金を貸してくれる事になった。奴等からの投資を受けるためにも軍事的な華々しい勝利が必要なのだ」


 グリマルディ銀行とは、惑星ジェノヴァに本部を構える巨大銀行グループであり、銀河帝国から戦時国債を買い取る事で帝国に戦争協力をしている。しかしその裏では貴族連合からも戦時国債を買っており、グリマルディ銀行は帝国と連合の双方から富を貪る守銭奴と銀河中から揶揄されていた。

 しかし、グリマルディ銀行は帝国にその証拠を一切掴ませず、真相に近付かれそうになると大貴族に多額の賄賂を贈る事で捜査を妨害し続けてきた。


「惨めですな」

 ウェルキンは吐き捨てるように言う。

 これではまるで銀行家を肥え太らせるために戦争をしているようではないか、とウェルキンには思わずにはいられなかったためだ。

 グリマルディ銀行を経営するグリマルディ家もれっきとした男爵家の家柄。帝国貴族たるものが金銭欲に駆られて金貸し業などという下賤な商売に手を伸ばして財を成すとは嘆かわしい。


「そなたの言う事も分かるが、奴等がいなければ我々は今頃飢え死にしているのかもしれぬのだぞ。今回のヴァンガード級の建造にも少なからず出資してくれている。このヴァンガード級が量産化した暁にはこの戦争は我等の勝利となるであろう」


 アーサルには確固たる戦略があった。

 現在、貴族連合軍は銀河系外縁部の各地に勢力を広げ、銀河帝国軍はこれを抑え込むために艦隊を外縁部のあちこちに派遣している。無秩序な戦線の拡大は、戦いを泥沼化させていき、今日のような慢性的な戦争状態を作り出してしまった。

 しかし、アーサルはこの状況を逆手に取り、銀河帝国軍を可能な限り銀河系外縁部へと引っ張り出し、中央部を手薄にするという作戦を実行した。そうして手薄になった銀河系中央部をウェルキンの率いる新艦隊で叩く、というものだ。

 これが成功すれば、この膠着し切った戦況は一気に動く事だろう。しかし、それは連合軍の精鋭戦力を敵地深くに送り出す行為であり、一時的に味方の防衛線を薄くするというリスクがある。さらに言えば、その新艦隊が大敗を喫するような事になれば、連合軍は戦力の核を失い、継戦能力は大きく損なわれるだろう。


「因みに承知しているとは思うが、この作戦は既に元老院でも承認済みだ。今更再考などできんぞ」


「分かっておりますとも。私は与えられた任務に全力で臨むのみです。ではこれにて失礼します」


 そう言ってウェルキンは執務室を退室した。

 執務室の外にはウェルキンの副官クリトニー中佐が待機していた。


「提督、どうでしたか?」


「例の作戦を実行する目途が立った故、その準備に精励せよ、との仰せだ。……ところで貴官の後ろにいる女性は何者だ?」

 ウェルキンはクリトニーの背後に1人の女性がいるのに気付く。


 その女性は、腰の辺りまで真っ直ぐ伸びる艶のある黒髪と紫色の瞳をした美しく若い人物だった。

「アナベル・ウィリマース大尉です。クリトニー中佐に代わってウェルキン提督の副官を務めるよう執政官閣下より拝命しました」


「だ、そうです。因みに私は大佐に昇進の上で新艦隊の参謀長を任される事になりました」


 彼女の名を耳にした時、ウェルキンはその名にどこか聞き覚えがあるような気がした。

 それを察したのか、クリトニーは口を開く。

「提督、彼女はあの法務官ウィリマース伯爵のご令嬢です」


 ウィリマース伯爵は、執政官アーサル公爵と同じく貴族連合創設の中核を担った人物の息子であり、貴族連合の中では名家中の名家の出だった。


「ウェルキン提督のお噂はかねがね伺っております。提督の下で働ける事を光栄に存じます」


「ああ。……初めに言っておくが、我々はこれから生還率が極めて低いと言わざるを得ない任務に着かねばならん。名門の出のお嬢さんには酷なほどな。今ならまだ副官の任を辞退しても構わんぞ」


「お気遣い感謝致します。しかし覚悟はできております。奸臣の巣窟と化した銀河帝国を征伐し、我々貴族連合が真の帝国を作る。その礎となれるのであれば、喜んでこの身を捧げましょう」


 彼女の発言にウェルキンは思わず溜息を吐く。

 これは厄介な娘だな。貴族連合が銀河帝国と戦うために掲げているに過ぎん大義名分を本気で信じているらしい。少々扱い辛そうな部下だが、まあ良い。我々は銀河帝国を打倒して、新たな帝国を築く。その事に変わりはないのだからな。

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