皇帝騎士団
銀河帝国の中央省庁庁舎や帝国政府関連の建物が立ち並ぶここは、インペリアルホールと呼称される。
銀河帝国皇帝の居城・アヴァロン宮殿に隣接するこのインペリアルホールは
ウェリントン公爵邸にて盛大な晩餐会が催された翌日。
ネルソンの姿は、軍事省庁舎にあった。中将への昇進の辞令を受け取るためである。
ネルソンが通された広間は、当然アヴァロン宮殿の玉座の間には数段劣るものの、玉座の間を彷彿とさせる豪華絢爛な部屋だった。
部屋の最奥には3つの豪勢な椅子が置かれ、3人の老軍人が腰掛けている。
ネルソンから見て右側の椅子には昨日、ネルソンが参加したパーティの主催者であるウェリントン公爵の姿もあった。
出入り口の扉から3人の老軍人の下までは一流の職人によって仕立てられた真紅の絨毯が敷かれていた。最奥に近い方には、その絨毯の両脇に4人の軍人ずつが列を作っている。
ここにいる11人の軍人は銀河帝国軍の最高幹部とも言える、
この3つの官職は帝国元帥が就任する規定になっている事から、
そして絨毯の両脇に並ぶ8人の軍人は、元帥よりもワンランク階級が低い上級大将が就任する規定となっている官職についている者達だ。
皇帝の護衛や帝都の防衛を担う近衛軍団の指揮官である近衛軍団長、帝国軍の教育を司る教育本部を統括する教育総監、不穏分子の摘発・排除を行なう帝国保安局を統括する保安長官、造兵廠統合本部を統括する造兵廠統合長官。
反対側には、統合艦隊司令長官配下の艦隊で決戦戦力とされる4つの総力艦隊の指揮官である、第1総力艦隊司令官の
皇帝が軍事省に姿を出す事は無いどころか、軍事に口出しする事はほとんど無いため、事実上の軍上層部が勢揃いというこの状況に、流石のネルソンは驚かずにはいられなかった。大将への昇進であれば
出入り口に近い方の、絨毯の両脇には礼服姿の兵士が5人ずつ並んでいる。彼等は最奥の中央の椅子に座る軍事大臣サンドウィッチ侯爵が右手を軽く上げて合図をすると、腰から下げている金色の護拳を備えた剣の柄のようなものを寸分違わずに同時に右手に握る。しかしそれには肝心の刀身が存在しなかった。
次の瞬間、彼等が握るその柄から青白く光るエネルギーの刃がおよそ80cmほど伸びて周囲に神々しい光を放つ。この光の剣は正式名を「
ネルソンはその
そして、軍事大臣サンドウィッチ侯爵は口を開く。
「ネルソン子爵、この度の働きは誠に見事であった。我等一同は勿論の事。皇帝陛下もさぞお喜びである事だろう。わずか3隻で、7隻の敵軍を撃退したばかりか、その内5隻も沈めたというのだからな。大したものだ。この功績を称えて、貴官を中将へ昇進させる。以後も帝国軍人として職務に精励してくれ」
「恐れ入ります。ですが、誠に恐れ多い事ではありますが、この度の勝利は私の功績ではありません。私はあの時、撤退を考えておりました。しかし、それに異議を唱え、作戦を立案したのは我が艦隊のアルビオン艦長、ジュリアス・シザーランド大佐であります」
「君の報告書と推薦状は見させてもらった。確かに今回の勝利に彼が果たした役割は大きいと言えよう。だが、今回の功績は君1人の物とするというのが我々の決定だ」
「なぜです!?」
ネルソンが詰め寄ると、サンドウィッチ侯爵は言い辛そうに口を紡いでしまう。
彼に代わって、彼の隣に座るウェリントン公爵が答えた。
「考えてもみたまえ。彼はまだ17歳だぞ。未成年の
「……」
「第一、爵位も無い準貴族風情を大佐にまで昇進させた。これ自体が異例の厚遇なのだぞ。他ならぬ貴官やヴァレンティア伯爵の推薦に応えてきてな。貴官の御父上には我々も大変お世話になった。その恩を返せるならと、我々は可能な限りの便宜を図ってきたが、それを当然と思われては困るな」
「……分を弁えず、大変失礼致しました。無礼の数々、どうかご容赦頂きたく存じます」
「うむ。ところでこの場で1つ。貴官に任務を言い渡す。軍令部では今、貴族連合軍の軍事拠点スターリング要塞攻略作戦を立案している。その作戦に貴官の艦隊も参加してもらう」
スターリング要塞は、貴族連合軍の軍事・経済双方から見て重要な戦略拠点の1つ。ここを落とせれば、貴族連合軍の継戦能力は大きく損なわれる事だろう。
中将への昇進の辞令、そして新たな作戦の辞令を受け取ったネルソンは広間を退出する。多くの帝国軍人が詰めかけるこの軍事省庁舎では人目があるので、あまり表には出せなかったが、ネルソンは己の非力さを嘆いていた。
部下の武勲を横取りして昇進とは何と情けない事か。これではジュリアスに顔向けできないではないか。
私は軍事省庁舎を後にしてから、その足でジュリアスが住んでいるヴァレンティア伯爵邸へと向かった。一刻も早く彼の武勲に報いてやれなかったこと、そして彼の武勲を横取りする格好となってしまった事を謝りたかったからだ。
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ヴァレンティア伯爵邸に着くと、ネルソンは早速ジュリアスに面会を求めた。
「いや~、コリンウッド大佐もヴァレンティア大佐も所用で席を外しておりまして、すいませんねぇ」
客間に通された私がしばらく待っていると、扉の向こうからジュリアスが姿を見せた。
そう言ってジュリアスは自分と私の分の紅茶を手にして現れた。
そして、なれない手つきでカップに紅茶を注ごうとする。
「ふふ。そんな事は使用人達に任せればいいではないか。彼女達の仕事を奪ってやる事もあるまいに」
「い、いや~。一応、自分も居候させてもらってる身なもので、あれこれ頼むのは流石に気が引けまして」
「そうか。ならば私が代わりにやろう。貴官ではうっかりこぼしてしまいかねないからな」
「うぅ。す、すみません。お願いします」
私は2人分の紅茶を入れるが、ジュリアスはその紅茶を飲む前に私に質問をしてきた。
「ところで今日はどうされたんですか?」
「ああ、実はな。先ほど正式に中将への昇進の辞令を受けた」
「それはおめでとうございます」
ジュリアスはまるで自分の事かのように嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。その気持ちは嬉しいが、私としては複雑な気分だ。
「ありがとう。ただ、貴官の昇進については上に認めてもらえなかった。力及ばず本当に済まない。貴官の武勲を横取りするような形となってしまって」
「とんでもないです! それを言うなら、自分の意見を採用して下さった提督の武勲ですよ」
「し、しかしな、」
「それに提督にはいつも迷惑を掛けていますし、日頃お世話になっている提督の昇進のお手伝いができたのなら、自分も嬉しいです!」
「ふふ。ありがとう。そう言ってくれると私も助かる。……だがなぁ、ジュリアス。これで今後、会議中に居眠りをしても許してもらえるとは思うなよ」
「や、やだな。そんな事は考えていませんよ」
ジュリアスは引き攣った笑みを浮かべながら、慌てて否定していた。ここで恩を売っておいて今後何かやらかしても見逃してもらおうと考えていたな。まあいいさ。1回くらいは見逃してやる事にしよう。
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