第6話:勇者の条件


 逆境とは!


「ヘンリー、ようやく気持ちに素直になってくれたのね!」


 王都の観光スポットでもある大神殿から歩いて五分ほどの距離にある平屋建ての館。

 歴代の聖女が住む『聖女の館』と呼ばれていたが、今では『いけめん☆ぱらだいす』と名前を変えて呼ばれるその豪華な一室に、一人の美青年と、老いには勝てないもののそれでも十分な美しさを持った、少し小柄な中年女性が向かい合っていた。

 その甘いマスクの柔らかな物腰の青年は、才気あふれる神官・ヘンリー。

 若き頃は『プリンセス・オブ・プリンセス』とまで呼ばれた愛らしい美しさに陰りが見えているものの『精力』に溢れた美魔女は、今代の聖女・マリア。

 自他とも認めるイケメン好きであり、それが高じてタイプの異なるイケメンを一つの館に住ませて暮らしを共にすることを人生の楽しみとする破戒僧ならぬ破戒聖女である。


「はい、マリア様……僕は情けないことですが、命の危機というものを知りました。そこで思い出したのは……マリア様の慈悲深き御顔だったのです」

「まあ……! まあ、まあ、まあ!

 ヘンリー、嬉しいわ!

 そうよ、貴方のように美しいイケメンが尊い命と美しい顔が損なわれるかもしれない冒険者業を続ける必要なんてないよ!

 私のそばで美味しいものを食べて、美味しいお茶を飲んで、精霊様に祈りを捧げる……!

 それこそが人生の意味なのよ!」


 それが出来ない人間も大勢いる、飢えて苦しむ人間もいる。

 そんなこと、生まれながらの貴族で、『精霊の愛し子』とも呼ばれている聖女として丁重に扱われてきていたマリアも理解している。

 だが、実感が湧かない。

 だから、平気で贅沢な暮らしが出来るのだ。

 田舎育ちのヘンリーがこの豪奢な暮らしに、ルサンチマンめいた嫌悪を覚えていたことも事実だった。


 だが、何よりもヘンリーは生粋のロリコン。

 幼子しか異性として愛せないという『真実』。

 なんなら同性でも愛せるほどの『本物』。

 そんなヘンリーが、自身の倍ほども年令を重ねている、美魔女と呼ばれてもついにその小皺が目立ち始めた聖女の子弟という名のペットになることを肯定できるはずがなかった。

 だから、ヘンリーはそれが神殿での権力闘争に大いに役立つとわかっていても、聖女の誘いに対して首を縦へと振ることはなかったのだ。


「お許しください、マリア様。このヘンリー、貴女様のお優しいお誘いを、無礼にも何度も何度もお断りをしてしまい……今では、なぜそのようなことをしたのかと悔いております」

「気にすることはないわ、ヘンリー!

 大事なのは今よ!

 そして、ヘンリー……いい? 『出来る』人は、『するべき』なのよ!

 それが精霊の想いに応えるということなのよ!

 そうよ、この世に罪があるとすれば……それは、『出来る』のに『しない』ということだわ!」


 それは聖女マリアの一種のポリシーでもあった。

 贅沢な暮らしが出来ない人間は大勢いるが、だからといって誰も贅沢な暮らしをしなくなるのはダメだと言うのだ。

 それは『贅沢な暮らし』が『憧れ』だからだ。

 その『憧れ』はどこかに存在しなければいけない。

 そうでなくては、誰も夢を見ることなど出来なくなるのだから。

 詭弁だとはヘンリーも思うが、この傲慢とも強欲とも異なる、醜くながらも奇妙な清々しい思想は王都の『中流層』には人気を博していた。

 下流層には、言うまでもなく嫌われているのだが。


(悪く思わないでくださいね、ガッツ)


 ヘンリーは心のなかで幼馴染に謝罪をする。

 死んでしまうよりも耐えられないと言った中年聖女との睦言の日々を送ることとなっても、ヘンリーは勇者ガッツと別れることを選んだのだ。



 ◆



「ウィ~……ヒック」

「おいおい、ライアン。昼から飲んでて良いのか?

 勇者様の出立パレードがあるんだろう?」

「いいんだよぉ……どーせ、ワシは~、ライアンさんは~……!

 妻と娘から慕われるベテラン冒険者の戦士ライアンさんでも~!

 勇者からの信頼も厚い勇者パーティーの戦士ライアンさんでも~!

 なぁ~んでもない、ただのアル中のクズアンなんだからよぉ~!」


 王都の裏路地にある安酒場。

 酒はきついだけで上手くもなく、つまみはネチャネチャと歯ごたえだけがあって百回ほど噛んでようやく味がしてくる気がするだけの粗悪なもので、床にはネズミ走る最底辺の酒場だ。

 唯一の利点といえば、昼からでも酒が飲めるという一点だけ。

 そんな最底辺の酒場で、戦士ライアンはアルコールのきつい酒をひたすらに口をしていた。


「はは、また酒のせいか?

 嫁さんと娘さんだけじゃなく、勇者様からも逃げられたってわけだ」

「ちげぇよぉ! ワシのほうから逃げ出したのぉ!」

「あんた、離婚した時もそう言ってたよなぁ。

 あんな堅苦しい嫁と鬱陶しい娘から逃げたんだって。

 そりゃそんなことを嘘でも言う男に誰がついていくっていうんだよ」

「うるしぇ~……!」


 グビグビ、と。

 ちまちま、と。

 酒を飲んでいくライアンに、昔なじみの店主は嘲笑を浴びせていく。

 勘違いされがちだが、ライアンと店主は友人ではない。

 幼い頃からの腐れ縁で、ガキ大将時分のライアンにさんざいじめられた過去を持つ男だ。

 今となっては水に流してやっているが、それでも恨みというものは消えないもの。

 それが幼い頃のものだったら余計にそうだ。

 このようにライアンが隙を見せればここぞとばかりにライアンを責め立てる癖があった。


「まあ、ライアン、アンタには勇者パーティーなんて荷が重かったんだよ。

 そりゃ実力があるが、アンタには心がねえ。

 騎士様がよく言われる『心・技・体』の『技』と『体』は騎士団長様にも迫る勢いなのに、『心』が未熟だから、ついぞ騎士としては出世が出来なかったんだもんなぁ。

 それで、冒険者ギルドのギルドマスターにヘッドハンティングされて五年で辞めちまったんだったな」

「そうだよぉ、ワシは、そういうやつなんだよぉ……!」


 思えば、ずっとそうだった。

 メインの武装として盾を選んだのは、そういう弱い心があったからかもしれない。

 盾という守るための武器。

 それの達人であることはライアンの誇りであったが、今となっては、ライアンの心が、勇気が足りない証拠だったのかもしれないと思うようになってしまった。

 そんな時であった。


「おっ、モニカじゃねえか。隣の男は……身なりからして、王都の文官さんかね」

「っ……!」

「二人でメアリちゃんの手を握っているぜ、幸せな家庭ってやつだ。

 俺やアンタには一番遠いものかもしれんな」


 窓の外から覗ける表路地では、別れてなお愛する妻であるモニカと月に一度しか会えない血を分けた娘であるメアリが、見知らぬ若い男と歩いている姿だった。

 それは、誰がどう見ても幸せな家族の一幕そのものであった。

 胸が張り裂けそうなほどに痛む。

 それを忘れるように、ライアンは強い酒を口にした。


(それでもよぉ、ガッツ……仕方ねえんだよ)


 心のなかで泣き言を漏らすライアン。

 自分以外と幸せになる妻と娘というライアンの心を殺すものを見ることとなっても、ライアンはガッツと別れて生きることを選んだのだ。



 ◆



「馬子にも衣装かしらね」

「……当主様」


 王城の直ぐ側にある、背の高い木々に囲まれた怪しげな館。

 その館の一室にて上等なドレスを身にまとうシンシアの前に、貴族の当主としては年若くとも、女としてはとうのたった女が嫌味たっぷりな言葉とともに現れた。

 英雄的な大魔法使いであった男の孫であり、シンシアにとっては年上の姪っ子でもあるイザベラである。


「まあ、貴女のようなどこの馬の骨かもわからない、魔力だけは立派な女にも使いみちがあってよかったわ。せいぜい、筋肉だるまの勇者の次はあの醜い男に媚びを売ると良いわ」

「……はい」


 その気になればシンシアが呪文の一節を唱えるだけで殺すことが出来るほどの実力差がある二人だが、シンシアは静かに頭を伏せてその言葉に従う。

 今のシンシアに普段の勝ち気な姿はどこにもなかった。

 シンシアは暗い顔立ちでうなだれている。


「もう帰ってくる必要はありませんからね、土臭い辺境で一生を過ごしなさい」

「……」

「魔力封じの指輪を結婚指輪に送ってくるとは、なかなかシャレの効いたことですこと」


 イザベラのいやみったらしい言葉にも、シンシアはただ黙りこくってその言葉を受け止めるだけだった。

 シンシアが辺境へと嫁ぐことは、すなわちシンシアの魔法使いとしての人生の終焉を意味している。

 それは天才と呼ばれるほどの魔法に愛され、魔法を愛したシンシアにとっては人生そのものの終わりとも呼べるものであった。

 シンシアは今の今まで、それならば死んだほうが良いと考えていた。


(ガッツ、仕方のないことなのよ)


 だが、それでもシンシアは辺境へと嫁ぐことを選んだ。

 なぜならば、辺境はレッドドラゴンの住むドラゴンマウンテンとは正反対の方向であったからだ。



 ◆



 幼子を愛する神官ヘンリーにとって、中年女の聖女に貪られることは死よりも恐ろしいことであった。

 未練たらしい戦士ライアンにとって、愛する妻子が自分以外と家族になることは死よりも恐ろしいことであった。

 いじっぱりな魔法使いシンシアにとって、魔法の研究もできない田舎へ不細工な男へと嫁ぐことは死よりも恐ろしいことであった。

 だが、それら全ては勘違いだった。


(ガッツ、それでも僕は……)

(ガッツ、それでもワシは……)

(ガッツ、それでもあたしは……)


 三人はドラゴンに会って一つの真実に気づいてしまったのだ。

 純粋で明快で、あまりにも残酷な真実に。


(((死にたくないんだッ!!!!!)))



 逆境とは!


 ────乗り越えたはずの危機が再び蘇ってきた状況のことを言う!





 ~第六話:勇者の仲間~





「勇者よ……」


 キングダム国王、ヘイボーン・キングダム・フーツ三世はただ一人、国宝である宝剣ジュエルソードを背中に携える勇者ガッツへと語りかける。

 勇者ガッツは、今、まさに信用していた仲間たちに裏切られたばかりである。


「聞いたぞ……実は、仲間たちは十日前にパーティー解消の届け出を出していたそうだな」


 そう、ヘンリーとライアンとシンシアは、勇者ガッツが宝剣を取りに王宮に向かっている間に密かにパーティー解消の手続きを行っていたのだ。

 いざとなれば。


『いえ、僕たちは竜退治になんて付き合いきれないからパーティーから脱退していましたよ』

『とはいえ、長い付き合いだから竜退治までは手伝ってたけどな』

『冒険者は助け合いだからパーティーじゃなくても訓練や偵察は手伝ったりするのは常識でしょう?』


 そう言って逃げ出すための処置である。

 そう、勇者ガッツは知らぬうちに十日前から仲間たちに裏切られていたのである!


「……同情するよ、ガッツ」


 その裏切りによって与えられた絶望はいかほどであろうか。

 その絶望を抱えたままに竜に挑まなければいけない恐怖はいかほどであろうか。

 平凡王と揶揄されながらも、国王という立場上、ヘイボーンは『孤独』という意味をよく知っているつもりであった。

 だが、今のガッツを前にしてはその理解はあまりにも浅いものだったと思い知らされてしまう。


「勇者よ……今なら、戻ることが出来るぞ。

 私に頭を下げて泣いてすがれば、命だけは助けてやろう」


 ヘイボーンには、政略結婚であるために恋人ではないが(と、国王ヘイボーンは思っている)、生涯の仲間として支えてくれる王妃タカネ・キングダム・ハンナがいる。

 ヘイボーンには、主従の関係であるために友人ではないが、生涯の部下として尽くしている臣下たちがいる。

 だが、勇者ガッツにはなにもない。

 与えられただけの宝剣と称号しか、今の勇者ガッツにはないのだ。

 孤独はわからなくとも、今すぐにでも膝をついて泣き出したい気持ちが同じ男であるヘイボーンには理解できた。


「これは……陛下じゃありませんか」


 だから、ヘイボーンはガッツの声を聞いた瞬間に動揺した。

 ヘイボーンは、勇者にドラゴン退治の宣言を取り消すことを許すつもりであった。

 国王に虚言を吐いたとして処刑されても許されないそれを許し、もちろん、勇者としての称号は剥奪し罪は与える。

 与えるが、それは辺境への流刑とそこでの労働刑で済ませるつもりであった。

 それほどに、ガッツの今の状況は哀れみを誘うものだったからだ。


「ゆ、勇者よ……! な、なぜ、そのような顔をしている……!?」


 だが、ヘイボーンの声に振り返った勇者ガッツは、そのような素振りは一切見せなかった。

 あの不敵な笑みを浮かべて、相変わらずその大きな体を大きく見せんとして胸を張っているではないか。

 それは強がりには見えなかった。


「ま、まさか、ドラゴンと戦うつもりなのか!?」

「ドラゴンと戦う……?

 ハハ、まさか、そうじゃありませんよ」


 ガッツの言葉にホッと胸をなでおろすヘイボーン。

 どうやら、この男は単に諦めただけのようだ。

 諦めたために、落ち着きを払っているだけなのだ。


「そ、そうだな……ドラゴンと戦って、たとえ形だけは勇者としての体裁を整えられても待つのは死。

 そんなことをするわけがないか……

 ガッツよ、逃げ出したお前を許すことは出来ぬ。

 だが、命だけは助けよう……勇者の称号を剥奪した後、お前を辺境へとおくり、労働刑に処す。

 だが、飯も用意すれば休みも与えよう。

 お前は……そこで勇者ではなく労働者として、その剛力を振るうのだ」


 だが、ガッツの言葉は、ヘイボーンの予想を遥かに超えるものだった。


「いいえ、違いますよ、陛下。

 俺はドラゴンと戦うつもりでもなければ、死ぬつもりもないし、逃げ出すつもりもありません」


 ガッツは大きな体で大きく胸をそらし。


「そして、俺は労働者ではなく勇者……ならば、俺がやるべきことは一つでしょう!」


 すぅ、と大きく息を吸って、大きな声で言ったのだ。




「俺は────ドラゴンに勝つつもりなんです!!!!」




 誰もが笑うような大きなことを、誰もが笑えない大きな姿で言ったのだ!



「なっ!!!!!????」


 そこで、ヘイボーンは見た。

 勇者ガッツの後ろに転がる────竜の首を!

 そんな幻覚を見せられるほどに、勇者ガッツの姿は威風堂々としたものだったのだ。


「ば、馬鹿な、勇者殿! 貴方も見たでしょう、ドラゴンの姿を!」


 そこに口を挟んだのは、控えていた女官サポトであった。

 国王の御前であることも忘れて声を荒げる醜態だが、現実主義者のサポトにはこの男の虚言としか思えなかったのだ。

 大きなことを口だけで言って、隙を見て逃げようとしているのではと思ったのだ。

 だが、男としてガッツの本気を感じ取ったヘイボーンはじろりとサポトを睨みつける。


「サポトと言ったか……少し、控えておれ」

「……っ!」

「聞こえませんでしたか、サポト。陛下の御言葉ですよ」


 国王の言葉には逆らえない上に、さらに直接の主でもある王妃の言葉もあった以上、サポトは目を伏せて頭を垂れた。

 だが、憎々しくガッツを睨んでいるのは王妃も一緒である。

 本来ならば政略結婚の上で結ばれるのが常である上位貴族と王族という関係性でありながら大恋愛の末に結ばれた(と、王妃タカネは思っている)愛する夫のヘイボーンの心を無意味に踊らせたのだ。

 どうせ、待ち受けるのは死という失敗だと言うのに、変な期待をさせるなと声を荒げてしまいたかった。


「勇者ガッツよ……その言葉に、偽りはないな」

「当然です、陛下。

 俺は勇者です、それも歴史深くこの世界で最も精霊に愛された王国の勇者なのです。

 その勇者が……ドラゴンを倒すぐらい出来ないわけがないじゃないですか!」

「奇跡の一つや二つ、起こしてみせると言いたいのか?」

「奇跡の一つや二つで足りるというのですか?」


 ついに、体と口ばかりが大きな勇者に耐えきれず、王妃タカネが口を挟んだ。

 美貌の王妃に男として負い目を感じているヘイボーンは、その言葉を許した。

 いや、そうではない。

 国王ヘイボーンもまた、その言葉に対する答えを知りたかったのだ。


「ドラゴンを倒すのに、奇跡のたった一つや二つで十分だと?

 王城一つを丸々焼ける射程を持つドラゴンブレスを回避する奇跡?

 振るわれる巨岩も切り裂く爪を防ぐ奇跡?

 月を飲み込めると謳われる大きな顎から逃れる奇跡?

 竜の硬い鱗を切り裂く奇跡?

 いいえ、竜の生命力を考えれば皮膚を切り裂いて血を流したぐらいでは死なないでしょう。

 首を切り落とさなければ、竜は死なない。

 いったい、竜の首を切り落とすまでに貴方は何回の奇跡を必要とするのでしょうね。

 奇跡とは、生涯に一度だけ起こるか起こらないかというものだから、奇跡と呼ぶのですよ」

「王妃様、御言葉ですがそんなものは必要ありません」

「……なんですって?」


 ピクリ、と鉄面皮と謳われる王妃タカネの無表情が、国王へイボーン以外に初めて崩される(と、王妃タカネは思っているが国王ヘイボーンは「妻の顔っていつもの無表情以外見たことがないなぁ」と思っている)。

 国王ヘイボーンは震えた。

 この男は、また大きなことを言おうとしている。

 そして、ヘイボーンはそれを心から信じてしまうだろうと確信していた。


「なるほど、奇跡とは一度でも起これば精霊に感謝すべきもの……確かにおっしゃるとおりです。

 ですが!

 ドラゴンブレスを耐え、爪を掻い潜り、牙から逃れ、その鱗を切り裂く!

 奇跡と呼ばれるほどのことを都合四つも行えたのならば!

 それはもはや奇跡ではなく単なる実力!!!!!」


 ガッツは言い放った。

 今から起こすことは決して奇跡などではないと。


「そして、実力ならば奇跡を必要としない!」

「口だけならばなんとでも言えます。

 貴方は竜の強さを知らないのですか?

 聞いた話では、帝国の勇者が竜に壊滅させられる姿を見たのでしょう?

 それでもなお、竜を倒せると言えるのですか?」

「もちろんです!」


 王妃の問いかけに、勇者は間髪なく頷いた。


「わかるんですよ……ドラゴン。なぜ、あのモンスターがあそこまで強いのか……!

 勇者である俺には、ついにドラゴンの強さの秘密がわかったんです!」

「な、なに!? 本当か!?」


 勇者の言葉に食いついたのは国王であった。

 武勇においても知略においても平凡とされる国王だからこそ、この手の逸話には弱いのだ。


「ええ、わかりますよ。

 竜とは、なぜ強いのか……なぜ、空を飛べて火を吹くのか」


 なぜ、竜は空を飛ぶのか。

 なぜ、竜は火を吹くのか。

 なぜ、竜は最も強いのか。


「竜は空を飛ばなければいけない理由があったから、空を飛んだんだ!

 竜は火を吹かなければいけない理由があったから、火を吹いたんだ!

 竜は強くならなければいけない理由があったから、強くなったんだ!」


 それが、ガッツの出した答えであった。


「竜とは……ただのトカゲで居られない理由があったから、ドラゴンになったんだ!」


 最強でなければいけない理由が竜にもあった。

 だから、竜はトカゲではなくドラゴンとなったのだ。

 そして、そう思うことでばガッツには勝機が見えるようになったのだ。


「だが……俺にも、竜と同じく、負けられない理由がある!」

「理由……ですか?」

「そう……その理由は、三つ!」


「一つ!

 勇気とは、恐ろしい相手が相手でも覚悟を決めて進むことである!」


 勇気とは、不可能を可能とするモノである。


「二つ!

 勇者とは、勇気を持って道を切り開いていく人間のことを呼ぶ!」


 勇者とは、勇気を持って突き進むモノのことである。


「そして、三つ!

 俺は……俺たちは!」


 そして、ガッツというモノは。



「────勇者なんだ!!!」



 勇者なのである!!!!!



「う、うおお、うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 その見えきりに、国王ヘイボーンは号泣した。

 あまりにも雄々しかった。

 あまりにも猛々しかった。

 あまりにも、あまりにも、あまりにも!

 あまりにも、かっこよかった!!!!


「国王様!」

「なんじゃ! なんじゃ、勇者ガッツ!」


 そんな感情を震わす男が、自身を呼ぶ。

 自身を国王だと讃える。

 ヘイボーンは怪しげな薬を使わずにトリップをしている状態であった。


「貴方が俺から勇者の地位を剥奪することは────」

「せん! お前は勇者じゃ!

 勇者ガッツ、お前はこの国王へイボーンにとって永遠の勇者じゃ!」

「なっ……! わ、私すらそんなこと言われたことないのに……!」

「くっ……信じそうになる、こいつの大ぼら……!」


 興奮する国王の横で、『私にとっての永遠だ』という理想の口説き文句を自分以外のものに口にされたことにショックを受ける王妃タカネ。

 女官サポトは、この大ぼらの空気に呑まれていた。

 だが、このガッツが放つ荒唐無稽な大口を信じ込めば命が失われる可能性があることをサポトは知っている。

 なぜならば、あの男が背負っている宝剣は。


(折れた剣で竜を倒せるわけがないでしょう……!)


 折れているのだ。

 そんな剣で竜殺しなど出来るわけがない。


「いいえ、陛下。貴方は俺を追放しなければいけない時が来る」

「な、そ、そんなことは……!」

「勇者ならば!」


 国王の言葉を遮るという不敬を行うガッツ。

 だが、その燃え盛る瞳によってその不敬を咎める言葉を押し留まらせる。

 そして、その口を開くのだ。


「勇者ならば! 竜を倒せるのです!」

「そ、そうじゃ……!」

「つまり……俺が竜を倒せなければ、俺は勇者ではなかったということです!

 だから、俺がもしも竜に殺された時は!」


 勇者ガッツは叫んだ。

 この王都に住むものみんなが聞こえるような大きな声で、叫んだのだ。


「陛下は!

 俺を勇者を騙った憎むべき愚者だと!!

 この王国全土に伝わるように断罪してください!!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 国王はむせび泣いた。

 その叫びが心に届いたのだ。

 勇者とは勇気を持つものであり、勇気を与えるものだ。

 そんな勇者が竜に無残に殺されたとして、子供に夢を与えられなければ?

 それは勇者ではない。

 勇者ではないのに勇者を名乗ったのならば、その罪は裁かれるべきだ。

 その気高い想いに、あるいは単純な一念に、国王は、そう、感動したのだ。

 感動だ。

 どんな言葉の装飾も、その感動を歪ませるだけ。

 ただ、一言。

 感動したのである!!!!!


「では、行ってまいります!」

「うおおおおおお!!!!!

 勇者ガッツ、バンザーイ! 竜殺しの勇者、バンザーイ!!!」


 さっそうと去っていくガッツの背中に向けて万歳三唱を行う国王ヘイボーン。

 見るものが見れば王権の崩壊すら感じる危険な構図だが、ガッツとヘイボーンは今や単なる男と男の関係。

 一人の人と一人の人でしかないのだ。

 ガッツの熱いパルスが、ヘイボーンのパルスを共鳴させたのだ。


 ────そして、その共鳴はヘイボーンの心にだけ届いたものではなかった。



 ◆




『俺は……俺たちは、勇者なんだ!!!!』

「ガ、ガッツ……!」



 聖女の館は王宮の直ぐ側でもある。

 つまり、出立パレードの前でのガッツの無駄にデカすぎる叫びは聖女の館にも届いていたのだ。

 いや、本当にガッツの声は信じられないぐらいデカイので、届くわけないだろうみたいな距離でも届いてしまうのだ。

 拡声器とか使ってなくても届くぐらいすごいのだ。

 そういうことなのだ。


「ふぅん、大きな事を言うのね。顔は好みじゃないけど、ああいうの嫌いじゃないわ」


 横にいる聖女は面白そうに見ているが、ヘンリーはそうではなかった。

 ガッツは、ガッツは、『俺たちは』と言ったのだ。


「し、信じているのですね……!」


 その言葉が、ヘンリーの心を動かした。

 恐怖で縛られていた心をほどいた。

 ヘンリーは覚悟を決めた。

 死ぬ覚悟と、心を売る覚悟をだ!


「聖女様!!!!」

「あんっ、ヘンリー、大胆………んんっっぅぅぅぅぅう!?!?!?!」


 ヘンリーはその甘いマスクを聖女に近づけて、思い切り唇を重ねた。

 そりゃ、もう。

 ぶちゅぅう、と。

 擬音が出そうなぐらい勢いよく聖女の唇を貪った。

 聖女の性欲に満ちた臭いがヘンリーの鼻孔へと襲いかかり、それこそ幼子の天真爛漫で清純な臭いを愛するヘンリーにとっては失神してしまいそうなほどの悪臭であった。

 だが、失神したのはヘンリーではなかった。


「おっ……あっ……?」

「……ふぅ」


 思い切り唇を三分近く貪られた聖女は失神。

 ヘンリーは口から唾を吐き出しながら。

 外で大きなことを口にした、いつだって自分の前で道を開いていく幼馴染へと駆け出したのだ!


 そして、それはヘンリーだけではなかった!




『俺は……俺たちは、勇者なんだ!!!!』

「ガ、ガッツ……!」




 戦士ライアンもまた、裏路地でその声を聞いて心を震わせた。

 こんなだらしのない男を。

 裏切った戦士を。

 ガッツは、まだ仲間だと言ってくれているように感じたのだ。


「うおおおおおおおおおおお!!!!!」

「な、なんだ!? どうした!?」

「おい、あれを貸せ!」

「へっ、あれって……?」

「お前が取り扱ってるクスリだよ! 出さないと騎士団に垂れ込むぞ!」

「なっ!?」


 ライアンは安酒場のマスターの首根っこを掴み、脅しかける。

 お前が取引をしている、国が禁止をしている違法薬物を出せ、と。

 その言葉に慌てたのはマスターである。

 どうするべきか一瞬で考え、マスターは一瞬で答えを出した。


「ほれ、これぐらいでいいか?」

「四人分だ! 出せええええええ!!!!」

「へぇへぇ、今後もご贔屓に」

「おう、戻ってきてやらァ!」


 その粉末状の違法薬物────興奮を高めるクスリを片手に、ライアンは外を睨みつけた。

 そして、自分に唯一残されていた盾を持ち、自分を唯一待ってくれていた友人へと駆け出したのだ!


 当然、あの天才美少女も同様である!




『俺は……俺たちは、勇者なんだ!!!!』

「ガ、ガッツ……!」




 天才美少女魔法使いシンシアもまた、そのガッツの叫びを確かに聞いた。

 なぜか勇者ガッツに惚れ込んでいると勘違いしている年上の姪っ子イザベラの嫌がらせで音声を拾ってこられていたためだ。

 さすがに防音もバッチリの研究所であるこの館にはガッツの叫びは届かない。


「こ、こんなあたしを……必要だというの……?」


 生きるために美貌を売り渡して誇りを捨てることを選んだシンシアを、『俺たちは勇者だ』と言ってくれたガッツ。

 シンシアの胸が高鳴った。

 それは恋慕などでは、決してない。

 シンシアという幼い少女は、男女の間に恋や愛とは異なる、強い感情が生まれ出ることをこの日初めて知った。


「『ライトニング』ぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

「なっ、貴方、なにを!?」


 シンシアは雷の上級魔法で、館の宝物庫の扉を破壊した。

 そして、そこに眠る魔法アイテムを睨みつけ、必要なものを手にとった。

 その前当主である大魔法使いと並ぶ才能を敵意とともに見せつけるシンシアに震える当主イザベラを睨みつけ。


「ひっ!」

「邪魔!」


 無視をするように、外へと駆け出した。

 これは駆け落ちなどという逃避行ではない。

 もっと、もっと純粋で単純な。

 仲間の窮地を救うための進軍だと言わんばかりに、シンシアは駆け出した!!!!



 ◆




「お、お前たち……!」


 ドラゴンマウンテンの前にたどり着いたガッツの前に、ボロボロの三人が待っていた。


「待たせましたね……」


 神官ヘンリーはボロボロであった。

 聖女が必死に追いかけてきて、その精霊術と交戦していたために息も絶え絶えなのだ。


「悪い冗談を口にして、悪かったな……」


 戦士ライアンはボロボロであった。

 質の悪い酒を浴びるように飲んでそのまま早馬を使ったのだ、ゲーゲーと体内の栄養全てを吐き出したからだ。


「さっさと竜を退治に行くわよ」


 美少女天才魔法使いシンシアはボロボロであった。

 あの後に実家に使える魔法使いの軍団や研究動物として飼っているモンスターを仕掛けてきたを撃退したためだ。


「……ああ、行こう!」


 この中で唯一無事なガッツは、自身だけゆったりと馬車で来たことを悔いた。

 しかし、謝りはしない。

 謝りはせずに、手を前に差し出す。

 三人も、手を前に差し出す。

 謝ることなど、何一つとしてない。

 なぜならば、四人は。



「勇者パーティー、ファイアー!!!!」

「「「ファイアー!!!!!!!!」」」



 四人は、仲間だからだ!



 ◆



『……また、人間が来たか』


 人間たちが神代と呼ぶ神話で語られる時代から生きている強大な竜、レッドドラゴンは人の気配を感じて目を覚ました。

 レッドドラゴンは、眠気を覚まされた程度で怒りはしない。

 膨大な時間を生きているレッドドラゴンは、感情というものが希薄だからだ。

 もはや、黄金を求めている理由も覚えていない。

 なぜか、集めなければいけない気がしているから集めているだけだ。

 誰かに命じられていたのか、それとも自らの意思だったのか、そこすらも定かではない。

 今は睡眠の時間で、黄金を奪いに行く時間ではない。

 それでもレッドドラゴンは、ただ、歯向かう相手を殺し、思い出したように黄金を求める。

 それだけの生き物へと、レッドドラゴンは『堕落』していたのだ。

 自らは、気づきもしないだろうが。


「……ぉぉぉおおお!」

『煩わしい……』


 レッドドラゴンは遠くから聞こえる雄叫びに眉をしかめる。

 威勢がいいのは初めばかりだ。

 竜の咆哮であるドラゴン・ウォー・クライを一つ仕掛ければ、その威勢は簡単に

 消え去る。

 後はドラゴンブレスを吐くなり、爪を振るうなり、牙を立てるなり、あるいは翼をはためかせるだけで、敵は死ぬのだから。


『さて、行くか……』


 すぅ、と。

 レッドドラゴンは息を大きく吸う。

 そして、『四人の敵』の姿が見えた瞬間に大きく吠えた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

「オオオオォォォォォォォォオォオオオォォッ!!!!!!!」


 四人の敵の叫びをかき消すように、大きな龍の咆哮が響き渡る。

 それはレッドドラゴンの強い魂が、人間という弱い魂に与える強いプレッシャーだ。

 どんな勇猛な男でも、このいななき一つで脚を震わせて失禁をする。

 それは確定された出来事であった。

 だが。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」




 ────だが、今ここに例外が存在した。



『なっ……!?』


 レッドドラゴンは呆然と呟いた。

 ドラゴン・ウォー・クライが効かなかったことなど、記憶にはない。

 四人の人間たち────勇者パーティーは血走った目でレッドドラゴンを見据えて、震えることなく前へと進んでくるではないか。

 なぜ、勇者たちは竜を恐れないのか。

 いや、恐れない理由はわかる。

 彼らは勇者だからだ。

 しかし、それは心の話。

 聖女に、酒に、刺客に、途中のモンスターに。

 あらゆる理由で、四人の体は疲れ切っているはずだ。

 その疲れは心に隙を作るはずなのに、なぜ彼らは立ち向かえるのか。

 簡単なことである。


 勇者たちはライアンの幼友達から奪ってきた違法薬物がガンガンにキマッていてトリップをして疲れを忘れているからだ!


 レッドドラゴンはそんなこともつゆ知らず、見たこともない恐怖を知らぬその目を見て、背中に奇妙な感覚を覚えた。


『ぐぅぅ……気味が悪い、死ねっ!』


 レッドドラゴンはその奇妙な感覚を打ち消すように、喉奥で魔力を生成され、炎を生み出す。

 体内の膨大な魔力を循環させて、竜は炎を作り出す事ができる。

 その温度は石すらも溶かし、水すら焼く絶対の燃焼温度。

 すなわち、消火活動ができない地獄の炎である。


『ドラゴン・ブレス!!!!!!』


 ぶおぉ、と。

 ものすごい轟音とともに、地獄の業火が勇者パーティーへと襲いかかる。

 勇者パーティーは一列縦隊で、盾の戦士であるライアンを戦闘に進んでいる。

 だから、これで終わりのはずだった。

 ライアンはドラゴンブレスを防ぐことが出来ず、勇者たちは全滅のはずだった。

 だが。



「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

『何ぃ!?』



 だが、例外は一つではない。

 勇者たちは炎の海をまるで聖人のようにかき分けて進んでいく。

 その正体は、盾にくくりつけられた『宝剣ジュエルソード』が持つ宝石の力であった。

 宝剣ジュエルソードとは、本来は『魔法を蓄えること』を目的とする守りの剣だったのだ。

 それを勇者たちは魔法剣だと勘違いをしただけで、本来ならば一つの属性を完璧に吸い込んで剣を蓄えることが出来る凄まじい力なのだ。

 これに気づいたのは、宝石魔法に造形の深いシンシアであった。

 シンシアの発案の元、ライアンの盾に宝剣をくくりつけて魔力に対して無敵の防御を誇る戦法を生み出したのだ!

 奇しくも、キングダム王国はエンパイア帝国が自慢気に見せびらかす聖女の盾を超える防御の国宝を持っていたということが判明した瞬間であった。


『なんだ……なんだ、こいつらは……!』

「『ライトニング』ぅぅぅぅ!!!!」

『ッ!?』


 シンシアが牽制として、雷の上級魔法を放つ。

 本来、その魔法はレッドドラゴンを貫くことが出来ない魔法。

 シンシアが実家から奪ってきたマジックアイテムでドーピングした最強魔法だが、レッドドラゴンの前ではなんの意味も持たない。

 恐れることなど、何一つない魔法。


「惜しい!」

「空を飛びやがった!」

『と、飛べば……問題あるまい……炎が効くまで焼き払ってくれる……!』


 だが、レッドドラゴンは下がった。

 レッドドラゴンは空を飛んだのは戦略的な選択だと言う。

 だが、違う。

 レッドドラゴンは、下がったのだ。



 ────逆境とは!



『死ねぇ!! 』


 レッドドラゴンは喉元で炎を貯める。

 先程のような一撃ではない、この山全てを焼き払ってもいいと、溜め込んだ財宝がなくなってもいいと思いながら溜め込んだ炎。

 ひょっとすると、王都に届くかもしれないほどの、レッドドラゴンが生涯で一度も出したことのない『全力』であった。

 その瞬間であった。


「『シビレール』ッ!」

『な、なんだっ!?』


 神官ヘンリーが精霊術を唱える。

 薬物でガンガンにトリップしたヘンリーの目を見つめて、レッドドラゴンはたじろいだ。

 その瞬間、ヘンリーが身につけていた十字架が砕けた。

 ちなみにこの十字架は精霊に仕える教会が至宝と断言する、聖女だけが持つことを許される『精霊の瞳』と呼ばれるものである。

 それが壊れた。

 その対価として、ドラゴンは精霊術の支配下に陥った。


『だ、だが……この高度ならば人間はたどり着けない!』


 麻痺によって炎を吐き出せないレッドドラゴンは、自身の選択が正解であったことに安堵した。

 高く舞い上がったことで、次の攻撃を受ける危険は低い。

 あの一番うしろにいた、切り札と思われる剣士の攻撃を受けなくても良いのだ。

 だが、それこそが誤りであることにレッドドラゴンは気づいていない。

 自身の体が震えていることに、気づいていないのだ!


「おおおっ!!!!」


 ガッツは、前へと進んだ。

 届くはずのないドラゴンへと向かって、一直線に進んでいく。

 それを待ち受けるのは、戦士ライアン。

 戦士ライアンは、命綱である宝剣を盾からはがし取り、それをガッツへと投げつける。

 勇者ガッツはそれをガッチリとキャッチし、なお進む。

 届くはずのない、天空の竜を睨みつけて進む。

 それを手助けするのは。


「ガッツ! 『ツヨクナール』です!」


 精霊術でガッツにバフをかける、神官ヘンリー。


「飛べぇ、ガッツっ!」


 盾を足場にさせてガッツを大きく上空へと投げ出した、戦士ライアン。


「いきなさい……『ライトニング』!」


 折れた剣でも切れるようにと魔法剣を作る、天才美少女魔法使いシンシア。

 他ならぬ、『勇者パーティー』の三人である!


『な、なんだ……!?』


 そう、勝負は決まった。

 あの瞬間に、レッドドラゴンが空を飛んだ瞬間に勝負は決まったのだ。

 レッドドラゴンは、逆境に立たされた。

 自身の威光を意にも介さぬ狂人たちを前にして、僅かゼロコンマ数%の可能性でも自身を殺せる相手を前にする、逆境とも呼べない逆境に立たされた。

 もしも、その時に言葉をかわしていれば、ガッツは笑ったであろう。


 ────レッドドラゴンよ、それが『逆境』だ!


 そう。

 『不屈』の勇者ガッツは、どんな『逆境』が迫ってきても前へと進んだ。

 最強のレッドドラゴンは、そんな体験したこともない『逆境』を前にして下がった。


「「「いけえええええええ、ガッツぅ!」」」



 ────その心の弱さが、精霊術『シビレール』を通す甘さを作り、この迫りくる一撃を避けることが出来なくさせたのだ!



「チェストォォォォォォォォォ!!!!!!!!」


 チェストの一言ともに、レッドドラゴンの首に凄まじい衝撃が走る。

 ガッツはレッドドラゴンに恐れることなく、宙を高く飛び、その根本しかない剣が届くほどに近づき、まるでハンマーのように魔法剣を振り下ろしたのだ!


『ぐぉおっぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!!?』


 その衝撃は鱗と皮膚と筋肉越しに、レッドドラゴンが蓄えていたドラゴンブレスのための炎へと通じる。

 その炎は、宝剣ジュエルソードが蓄えていた魔力と反応し。

 凄まじい爆発を起こしたのだ!


「りゅ、竜の………!」

「く、首が……!」

「き、斬れた……!」


 その爆発によって、竜の頭部と胴体は離された。

 すなわち。

 すなわち!


『我が……死ぬ……?』



 竜の死である!



『我が、このような、ちっぽけな人間風情に、負ける……?』


 竜は、空気を震わせずに言葉を口にする。

 魔力を震わせて言葉を伝える。

 ゆえに、生首となってもまだ言葉を発するのだ。


『そんな……そんなっ……!』


 現実というものを、この時、レッドドラゴンは知った。

 舞い散った花が大地に還るように。

 凍った川がいつかは溶けるように。


『ありえん……そんな、そんなことは!

 この我が負けるなどぉぉぉぉ!!!!!』


 永遠などこの世に存在しないことを、レッドドラゴンはようやく知ったのだ。


『そんなああああああああああああああああ!!!』


 断末魔が響き渡る。

 これにて終了。

 勇者ガッツは、竜殺しを成し遂げた偉大なる英雄となったのである!

 そう。






『────はずはなぁぁぁぁぁいっ!!!!!!!!!!!』







 レッドドラゴンが、魔力をジェット噴射させて生首だけでガッツに飛びかかることがなければ。


「「「ガッツッ!!!!?????」」」



 逆境とは!



 ────乗り越えたはずの危機が再び蘇ってきた状況のことを言う!

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