第7話:不屈の勇者


 逆境とは!

 不屈の勇者ガッツの人生において切っても切り離せないものであった!


「ほ、本当に……倒した……?」


 物陰で様子を見ていた女官サポトは、王国の暗部『影』の正式な制服を身にまとっていた。

 首元から足首までをきれいに覆い尽くす、意外と凹凸のある魅力的なスタイルを半ば見せつけるようになった、ピッチリとしたタイツスーツを身にまとったサポト。

 サポトは勇者パーティーが敗北した際に国宝の宝剣ジュエルソードを回収する大事な役目を王妃から仰せつかっているのである。

 サポトはいつものように大口を叩いて失敗するものだと思っていた。


「すごい……!」


 だが、勇者パーティーは竜の首を切り落とした。

 サポトにはわかった。

 竜は気圧されていた。

 勇者が時折見せるあの大きな威圧感は、竜にすら通じたのだ。

 だが、そこで終わりではなかった。


「なっ! く、首を切り落としたのに!?」

『そんな、そんなはずはないのだ……!』


 喉元に溜め込んでいた自身の炎が魔力に反応して大爆発を起こし、首を切り離されてしまったレッドドラゴン。

 いかに強力なモンスターであるドラゴンと言えども、首が胴と切り離されれば死んでしまうことが道理だ。


「でも、道理と言うなら……竜が負けること自体が道理から反している……!」


 だが、道理がなんだというのだろうか。

 人間が竜を倒すという無理が押し通されてしまったのだ。

 無理が押し通されてしまった状況においては、もはや道理が居座る隙間などは存在しない!


『この我が、負けるはずがない……負けては、ならんのだ……!』


 竜は傷口から血と魔力を爆発させるように噴射させ、その重量のある竜の頭部を移動させて、ガッツへと噛みかかったのだ。

 だが、顎を動かす力すらあまり残されていない。

 本来の竜ならば鎧ごと噛み砕ける力強さもなく、ただガッツを咥えているだけという情けない状況なのだ。


『せめて……忌々しい貴様も道連れだぁ!』


 逆境とは!



 ────苦しさと困難に見舞われた状況のことを言う!




 ~第七話:不屈の勇者~



「くぅ……!」

『ただでは、死なんぞ……!』


 竜は、血が届かないことで朦朧とし始めた意識のまま、魔力を操って筋肉を動かし、ガッツを噛み砕こうとする。

 それが上手く行かないために時間がかかっているが、レッドドラゴンの血走った目はガッツをじっと睨みつけている。

 その目だけで常人ならば恐怖によって死んでしまいそうな鋭い目であった。

 もはや絶体絶命、待ち受けるのは死の運命。

 そうだ。


「ふ、ふふ………!」


 これが。


「ふふふふ……ふははははは!!!!」


 これが!


「わーはっはっはっはっはっはっ!!!!!」



 ────これが、逆境だ!!!



 竜の威圧にさらされ、その体を牙で押し込まれながらも。

 ガッツは笑ったのだ。


『……なにが、なにがおかしいっ!!!』


 口を閉じていても魔力を操ることでレッドドラゴンはテレパシーを行うことが出来る。

 そのために、レッドドラゴンはガッツに笑みの理由を問いただす。

 この状況で、絶体絶命の死が迫っているというのに、笑えるわケアないのだ。


「ああ、笑うとも!

 俺は勇者ガッツ! 不屈の勇者、ガッツ!

 どんな逆境でも勇気を持って乗り越える、それが勇者!」

『それになんの力もある!

 今ここに至っては勇者であろうと愚者であろうと王であろうと奴隷であろうと……竜であろうと!

 ただ死ぬのみ!

 その言葉に、名に、なんの力もないだろうが!』

「いいや、それは違うぜ!」


 竜が発する激怒の言葉に、勇者は敢然と立ち向かう。


「ここで勇者が怯えて泣きわめけば失望をするだけだ……窮地で泣きわめく男を誰が希望に思える! 

 幼い俺が英雄譚を聞いて生きる希望を抱いたように、新たなる勇者の逸話はきっとどこかの誰かの胸に希望を抱かせるはずだ!

 そして、その希望をみんなに与えることが俺に与えられた使命!

 精霊がその偉大な役目を俺に任せたんだ……なら、俺はどんな危機でも逃げはしない!

 俺は、どんな時でも、勇者として!」


 レッドドラゴンは、その目を見た。

 勇者ガッツは、確かに前を見ていた。

 そして同時に、その目とは矛盾するものを口内から感じたのだ。



「勇気を胸に、逆境へ立ち向かうだけだ!!!!」



 勇ましい言葉とは裏腹に。

 勇者ガッツの体は────確かに震えていた


『……馬鹿が、震えているではないか』

「当たり前だ! お前は、お前は恐ろしすぎる!

 勇気の力を振り絞っているから、なんとかなっているだけだ!」


 目を逸らさないくせに、勇者ガッツは吠えた。

 体は震えているというのに、恐怖を感じていないわけがないのに、勇者ガッツの目は前を見て、逃げないと大きく宣言した。


『……全く』


 レッドドラゴンは、その姿を見て理解した。


 ────ねえ。


 空を飛ばなければいけない理由が。

 火を吹かなければいけない理由が。

 最も強くなければいけない理由が。

 山のように黄金と財宝を集めていた理由が。

 空を飛んで火を吹くだけの巨大なトカゲでいてはいけなかった、理由が。

 永い永い時の果てに、もう忘れてしまったことだけれど。

 きっと。


 ────いつか、私がお姫様になったら、貴方は勇者になって迎えに来てほしいな。


 きっと、レッドドラゴンにもあったことを。


『勇気の力、か……』


 力が失われる。

 目から、怒りが消える。

 それでも、勇者ガッツは不敵に笑ったまま、震えている体などまるでないように、こちらを睨みつけている。

 きっと、この勇者は死ぬまでそうするのだろう。

 ならば、レッドドラゴンには勇者を殺すことなど出来はしない。



『……手に負えん、力だ』



 竜の首が、地に落ちた。

 永遠とも思われたその生命が、今、消えていった。


「お、おお……!」

「う、うおお……!」

「や、やった……!」


 ガッツが噛み砕かれることなく、生還した。

 その姿を見たヘンリー、ライアン、シンシアの勇者パーティーの三人は顔を見合わせる。

 そして、大きな声を挙げんと口を開く。


「感゛動゛し゛ま゛し゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」


 その時、岩陰がら涙と鼻水と濁った声を出しながら、女官サポトが姿を現した。

 冷静で優秀な普段の姿からはかけ離れた、そもそもとして服装が女官服ではなく影の制服。

 突如として


「勇者、勇者様のお言葉……!

 こ、この、シノブ、胸が震えましたぁ!

 うう、ぐすっ、うう……!」

「サ、サポトさん……ですよね……?」

「その服、あんた、影だったのか!?」

「そ、それは確かに普通の女官を竜退治にはつけないわよね……」



「ささっ、皆さん……黄金を集めましょう!」

「!」

「!」

「!」


 今にも倒れ込みそうになっていた体が、サポトのその言葉で体の奥の奥から元気が湧き上がっていた。

 黄金。

 竜が溜め込んだとされる、数千年にも渡る価値ある宝。

 それを回収しなければならない。


「合図の煙幕を出します! 騎士がすぐに来ますが……さあ、みなさんも!」

「ええ!」

「応よ!」

「宝石、宝石!」


 三人は動き出す。

 重さのある財宝を集めて、運んでいく。

 だが、そこに不快感など一切ない。

 集めれば集めるほど、これは自分の財となって帰ってくるはずだからだ。

 まさしく、至福の雑用であった。


「…………」


 そんな中、勇者ガッツは大きく仰向けに倒れ込んだ。

 そして、拳を真っ直ぐに空へと伸ばす。



「勝った……!」


 そう。



 ────勇者の、完全勝利である。



 ◆



 さて、物語は竜の討伐という山場を終えた。

 ならば、残りは端的に説明しておこう。


 まず、キングダム王国について。

 キングダム王国は騎士団総出でドラゴンマウンテンから竜の財宝を運び出し、巨大の富を得た。

 これによって内政においても外交において大胆な政策を取ることが出来るようになり、精霊に愛された国であるキングダム王国はさらに巨大な大国となった。

 そして、その財宝の中で特に大きな利益を生んだのは、隣国であり同盟国である大国『エンパイア帝国』の勇者がレッドドラゴンに奪われた『聖女の盾』である。

 キングダム王国と比べれば歴史が浅いエンパイア帝国にとって『聖女の盾』はまさしく国宝、喉から手が出るほどに取り戻したい代物である。

 それを使って外交を有利に運ぶことが出来たのだ。


 続いて、国王ヘイボーン・キングダム・フーツ三世。

 彼は号泣していた。

 自身の胸を揺さぶるほどに口がうまい勇者ガッツが、まさかの竜殺しを成し遂げたのである。

 それはもう感動した。

 勇者ガッツのことを褒め称えた。

 折れた宝剣ジュエルソードにしても、むしろ折れてなお竜に挑みかかるガッツの勇ましさに惚れ込んで、折れたまま飾りだす始末であった。

 アバタもエクボというやつである。

 それを王妃タカネが苦々しい顔で見ていたのは言うまでもない。


 次に、神官ヘンリー。

 竜殺しの勇者パーティーという栄光を得たヘンリーは神殿の中でも大きな地位を得た。

 聖女マリアも手が出せないほどの権力である。

 その権力と、王から与えられた財宝を使って『学校』を立てた。

 6歳から12歳までの少年少女が通う学び舎である。

 そこでヘンリーは若き『校長先生』となって、毎朝毎朝、校門の前であいさつ運動を行っている。

 素直な少年少女、反抗的な少年少女、おとなしい少年少女。

 様々な少年少女の未来を、今日も穏やかに見つめる神官にして校長先生のヘンリーは次代の聖人として名高い。


 戦士ライアンはどうなったのか。

 まず、ライアンは立派な一軒家を購入した。

 すると、どうしたことか。

 別れた嫁と娘が帰ってきたのである。

 嫁のモニカは打算的、というと悪意がある現実的な性格であった。

 愛する娘のメアリの将来を考えれば、もはや竜殺しの英雄の一人となったライアンのもとのほうが良いと考えたのだ。

 なによりも、一度は好いて結婚した男である。

 今となってはライアンも酒をほどほどに断ち、冒険者ギルドの相談役としての地位を得て、酒好きのベテラン冒険者から優しいマイホームパパへと転職したのであった。


 天才美少女魔法使いシンシアの未来は特に明るい。

 栄誉と財を手に入れたシンシアは実家から独立。

 王都の離れに館を購入し、そこで大好きな魔法の研究と大好きなイケメン研究者に囲まれて日々を暮らしている。

 時には冒険者としても活動し、そこで天才美少女魔法使いと讃えられることで悦に入る、年頃らしい可愛らしさもあった。

 将来的にも大魔道士としての道が約束されており、あの恨み深い年上の姪っ子に社会的にも復讐をすることを今か今かと楽しみにしている日々を送っていた。



 さて、我らが勇者ガッツはどうなったのか。



「…………なぜ、こうなるのでしょうか?」

「うーむ……わからん!」


 勇者ガッツは、女官サポトが用意した住居に身を隠していた。

 なんで?

 それは単純なことである。

 勇者ガッツは……あまりにも人気が出過ぎたのだ!


「王妃様の刺客が、常に送られてきます。いくら勇者様でも、早晩、限界を迎えるでしょう」

「眠る隙もないからなぁ」


 王家よりも支持されるほどの人気が出てしまった、勇者ガッツ。

 その人気によって王権の簒奪を恐れた王妃タカネは、密かに影を使って暗殺を目論んだのである。

 暴挙ではあるが、王妃タカネにとって王とは他ならぬ愛するヘイボーンのみだ。

 例えヘイボーンから激怒をされようとも、その万が一の未来が残されていることは、到底許せることではなかったのだ。

 それをガッツに密かに教えたのは、他ならぬ女官サポトこと影の一員であるシノブであった。


「どうされるのですか、勇者様」


 あの頃は『勇者殿』と呼んでいたサポトが、今では敬意に満ちた目で『勇者様』と呼んでいる。

 誰も知らず、なんならばサポト本人も知らぬことであったが、サポトは感動屋の気質があった。

 竜殺しという偉大なることを成し遂げた勇者ガッツに、一人の人間として惚れ込んでしまったのである。

 ここらへんは主である王妃と根っこは同じなのであろう。

 勇者のためならば全てを捨て去ると覚悟を決めて、勇者ガッツの元へと向かったのだ。


「どうもしない! ここに居られないなら外に出る!

 王妃様と言えども、王様に内緒では外国で手出しはできんだろう!

 幸い、元手となる財宝はもらえているしな!」

「そ、それでよいのですか!?」

「えっ……なにが?」

「貴方は他のお三方のように、後は悠々自適な隠居生活を送れば良かったのに! 勇者様のみが栄光を手にできないなど!」


 サポトの叫びは、まさしく道理であった。

 他の三人が、あくまで『勇者の仲間』ということで求心力が強くないために王妃から見逃される一方で、勇者は勇者として莫大な人気を持っているために危険視されて、追われようとしている。

 四人は仲間のはずなのに、これはおかしな話だ。

 道理が通らないではないか。


「なんの問題もない!」


 だが、それが勇者の道だ。

 無理を押し通してきたのだから、道理など通るはずもなし!

 その無理が自分に襲いかかってきたら一方的に恨み言を漏らすなど、勇者ではない!

 ちょっと泣き言は漏らすが、それも愛嬌だ!


「俺がすべきことと、俺がしたいことはなにも変わらないのだから大きな問題じゃないさ!」

「……!」

「それにこれは……そう!

 俺が何度も、何度も、何度も何度も何度も体験した、あれだ!

 あれならば、なんの問題もない!」



 さて、突然の昔話となるが。



 そもとして、不屈の勇者ガッツは今では人よりも恵まれた頑強なる肉体を持っているが、生まれた時の体重は他の子供の半分もないような未熟児であった。

 生まれ落ちた瞬間から死とともにあった少年は、奇跡的な確率で生き残り、すくすくと育った。

 そんな生い立ちから両親は精霊への信仰も深く、その両親の教育を受けるガッツも当然のように精霊への信仰が深い少年となった。

 村の者たちからは幼馴染のヘンリーとともに神官になるのかと思われたが、信心深い少年ガッツは意外なことに冒険者となる道を目指していた。

 ひいては、その後に冒険者ギルドからの推薦で騎士となる姿を夢見ていたのだ。


 ガッツの体は強靭であった。

 未熟児という出生ながらも生まれ育ってさえしまえば、病に侵されたこともなければ、子どもたち同士の相撲では負け知らず。

 ガッツはそれを、精霊が与えた試練────『逆境』を乗り越えたからだと信じていた。

 精霊は人に試練を与え、人を導いてくれる。

 たとえ乗り越えれずとも、精霊は人に試練を与え続ける。

 流れる水が腐らないように、転がる石に苔が生えないように。

 精霊は、人が停滞しないように試練を与えるのだ。

 その教えを幼いガッツは忠実に信じ、あらゆる試練を前にしても恐れずに進むようになった。


 ガッツの人生とは、逆境の繰り返しであり、すなわちそれはガッツが逆境に屈しなかったことの証明であった。

 生まれたその時から逆境にさらされ、それでも戦い続けてきたガッツ。

 その在り方こそを精霊は愛し、『不屈』の加護を与えた。

 いや、それは正確に言えば、加護ではなかった。

 祝福でもなかった。

 それは、精霊が与えたガッツに対する賛辞であった。

 そう。

 例え、勇者の称号を剥奪されようとしても。

 例え、仲間たちに見限られようとしても。

 例え、宝剣が折れようとも。

 例え、竜の実力を見てしまっても。

 例え、仲間たちに再度裏切られたとしても。

 例え、死にかけた竜の顎に体を噛みつかれようとも。

 例え、救った国を追われようとも。



「これが逆境なんだ!」



 そう。

 例え、どんな逆境が迫りこようとも!



 ガッツの心が折れることは、決してないのだ!



 逆境とは!



 ────苦しさと困難に見舞われた状況のことを言う!



 そして、勇者とは!



 ────いかなる逆境をも乗り越えるモノのことを言う!!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る