第4話:宝剣の崩剣
逆境とは!
『シノブ……シノブは居ますか?』
『ここに、王妃様』
王妃の寝室にて、虚空へと呼びかければ一人の女が片膝をつき、頭を垂れて現れる。
彼女はシノブ、キングダム王国の暗部を担当する『影』の一員であり、その中でも王妃の信頼も厚い優秀な女性である。
その黒髪は夜の闇のように心を引きつける美しさで、その研がれぬいた刃のような鋭い美貌はすべての男を魅了する。
王妃の冷たくも豪奢な美貌とは正反対の落ち着いた美貌ながらも、このタイプの二人の美女がいる寝室はそれだけでどんなパーティー会場よりも華やかなものとなっていた。
王妃は疲れたように息を漏らしながら、自身の右腕とも言える美女へと語りかける。
『陛下が口にした以上、あの愚かな勇者に国宝を貸与する必要があります。
それはあまりにも屈辱的ではありますが、王に二言はなし』
『心中、お察しいたします』
『ですが、問題はその後です』
王妃は枕元の冷水を口に含み、肩を落とす。
キングダム王国の現国王、ヘイボーン・キングダム・フーツ三世は王としてあまりにも平凡で普通な男であった。
そんな十人並みの男を支えることが、この美しくも聡明なる王妃タカネ・キングダム・ハンナの生涯の勤めであった。
それに不満はない。
あのような平凡な国王ヘイボーンに対して、意外なことではあるが王妃タカネは、女として深い愛を向けているためだ。
だが、それでもこのような出来事が起きればため息もつきたくなる。
『国宝である宝剣『ジュエルソード』は、陛下がもっとも大事にする宝です。
武芸に秀でたわけでもないだけに、あの『力』の象徴である宝剣を何よりも大事にしているのです。
それを、あのようなどこの馬小屋で生まれたかもわからぬようん、へ、平民の冒険者風情が、一時的にでも握るなど……!』
『王妃様』
愛する男の何よりも大事な宝を、あんな見てくればかりが勇猛な口先だけの男に所有権を一時的にでも奪われるなど、男としての国王を愛している王妃には耐えられない屈辱であった。
氷像のようだと恐れながらも讃えられる美貌が怒りで真っ赤に染まりそうなところを、シノブは冷静に声をかける。
その声にハッと表情を戻し、ふぅ、と王妃は息を吐く。
『……ええ、ごめんなさい。
とにかく、それだけでも業腹だというのに、それを持って向かうのはドラゴン退治です』
『気狂いの所業かと』
『ええ、貴女の言う通りよ……シノブ、ドラゴンが金銀財宝を収集することは知っているわね?
そこでドラゴンにあの方の国宝であるジュエルソードを奪われることだけは避けたいの』
『……なるほど、全てを理解いたしました』
優秀な『影』であるシノブは王妃の口にしたいことを理解した。
つまり、ドラゴン退治を当然のように失敗するであろう勇者たちの亡骸から無事にジュエルソードを回収せよと王妃は言いたいのだ。
難関なミッションである。
なにせ、相手はドラゴン。
その隙をつくのは簡単ではない。
『我らが王国の『影』の中でも上位の実力を持つ貴女にしか頼めないことだわ。
大勢が尾行をすればバカな勇者はともかくドラゴンに感づかれるでしょうから、単独でのミッションとなるはずよ。
……受けてもらえるわね?』
『もちろんでございます。
我が生命、我が魂……全ては王家の皆様にお捧げしたもの』
シノブは覚悟を決めた。
大丈夫だ。
難しいミッションでも、自分には完遂することが出来る自信がある。
凛々しい視線を王妃へと向けて、シノブははっきりと口にした。
『ジュエルソードは完全なる姿で国王様と王妃様の前にお見せすること、お約束しましょう』
そして、シノブ────今は女官サポトと名乗っている女は、勇者パーティーの逃亡防止のための監視と死亡後のジュエルソードの回収の任務についたのであった。
「折れちゃった………」
逆境とは!
────もはや取り返しの効かない危機が迫っている状況のことを言う!
~第四話:宝剣の崩剣~
「こここここ、こく、こくほ、国宝が……!?」
「やややややややっばばばばばばばば」
「あたしのせいじゃないあたしのせいじゃないあたしのせいじゃないあたしのせいじゃない…………!!!」
見事に真っ二つに折れた、ジュエルソード。
根本の付近に並べられた宝石の上からちょうど真っ二つ。
どんなものでも傷をつけることの出来ないという逸話はいったいなんだったのかというほどの真っ二つ。
勇者パーティーの四人は顔を真っ青にしてしまうほどの真っ二つっぷりである。
「………………………………………………………………………」
だが、一番衝撃を受けていたのは、他ならぬサポトであった。
勇者パーティーの支援を任された女官サポトとは仮の顔。
その正体は勇者パーティーが逃げ出さないための見張りであり、勇者パーティーが死亡した後にジュエルソードを回収するための回収要員の『影』。
その名もシノブという一流の『影』である。
そう、サポトのお役目とは国宝であるジュエルソードを無事に回収することなのだ。
チラリ、と。
サポトは先程は自分の目が狂ってしまっただけではなかったのかと思い、勇者ガッツが握るジュエルソードへと視線を移す。
そこにあるジュエルソードは。
「ど、どうしよう……これ……」
「………………………………………………………………………」
間違いなく真っ二つになっていた。
────ジュエルソードは完全なる姿で国王様と王妃様の前にお見せすること、お約束しましょう。
無理だった。
サポトは、震えた。
そして、その聡明な頭脳がどんどんと『次』を連想させる。
まず、これがバレたらどうなるか。
打首である。
国宝の確保を任されていながら、その国宝が破損するその瞬間に立ち会わせて何も出来なかったのだから、弁明の余地もない。
「まさに……宝剣が、崩剣……!」
「ガッツ! ボイスドラマ化したら伝わらないギャグはやめなさい!」
「ヘンリー! こんなクソパクリ小説がボイスドラマ化なんてするわけねえだろ!」
「そうよ、ふざけてる場合じゃないでしょう!」
四人がギャーギャーとくだらないことを言って争っている姿を、ぼんやりと眺める他なかった。
宝剣が崩剣。
笑えない冗談だ。
いや、冗談ならどれだけ良かったのか……宝剣は実際に折れてしまったのだ。
それも相手はドラゴンではなく、訓練用のゴーレムが相手だ。
国宝はこれ以上なく凹み、それを見たあの一途な王妃が怒りに狂わないわけがない。
生きられる理由など、一つとしてない。
「あれー、なにかすごい音がしましたけど、大丈夫ですかー?」
そこにやってきたのは、『鍛錬の塔』の受付であるお姉さんであった。
先程まで調子よくゴーレムを要求していた広間Aのパーティーが突如として黙り込んだのだ。
なにか異常が起こったのかと思い、様子を見に来るのは当然だろう。
「ッ!」
「えっ、あ、あれ、扉が開かない? あのー、開けてもらえますかー?」
そこからサポトの動きは早かった。
勇者パーティーの誰よりも俊敏な動きで扉の取っ手を握り、外から開けられないように必死に抑える。
「ッッッ!!!!」
「あっ!そ、そうですね!」
「……そういうことか!」
「ガ、ガッツ! 早くそれ、それ!」
「へ………?
あ、ああ! なるほど!」
野獣ならば射殺せるのではないかと思うほどに鋭い視線を四人に向けるサポトと、その視線が何を意味しているかを理解して宝剣ジュエルソードを隠す四人。
そして、完全に隠しきったことを確認した後、サポトは扉を開いた。
「もう! 広間の鍵を閉めるのは規則違反ですよー!」
「申し訳ありません、どうやら立て付けが悪いようで」
「入れてくれたから今回は問題にはしませんけど……二度目はないですからね!」
規則に照らし合わせて叱責をする受付のお姉さんが見えないように、折れてしまった剣を隠す。
全ては始まってしまった。
賽は投げられた、ということである。
女官服の背中を大量の汗で濡らしながら、サポトはこれからのことについて考える他なかったのである。
「とにかく……治す方向で考えましょう」
サポトは受付のお姉さんをいなした後、震える唇でなんとか四人へと語りかける。
修復だ、それしか方法がない。
「わ、わかりました……」
「そ、それしかねえよな……」
「わ、私はイミテーションの方向で考えるわ……」
「あ、明日から監視が増えます。
と言っても、宝剣の監視が主ですので……ガッツさんは別の大剣を鞘に入れて、ごまかすために私と行動をともにしてください」
「りょ、了解……!」
宝剣が折れてしまったことがバレれば、全てが終わる。
神官ヘンリーは折れてしまった柄の部分を持ち。
戦士ライアンは折れてしまった剣先の部分を持ち。
天才美少女魔法使いシンシアはツテを使って宝石の埋め込まれた贋作の制作を。
そして、ガッツとサポトは監視の目をごまかすために日中行動をともにして、鞘に入れた大剣を見せびらかすことを。
方針は決まり、勇者パーティーと女官は行動に移った。
五人はすでに、運命をともにする仲間であった。
なにせ、竜を殺す前に王妃に処刑されてしまうかもしれないのだから。
◆
翌日のこと。
「あー、こりゃ無理だね。元の剣が見事すぎるよ、オレの腕じゃくっつけようとしたら全部ぶっ壊れちまう」
「そ、その、使えなくても良いんです。ただ飾れるようになるだけも……」
「無理無理、鋳造し直そうと思ったらびっくりするぐらい濁った剣になっちゃう。これ作った人は天才だね、神様か精霊様のどっちかなんじゃないの?
あっ、神官様の依頼だし、本当にそっち系統だったりする?」
神官ヘンリー、撃沈。
「おおう、なんでい!
王都一の鍛冶師のオイラに『折れた剣を直せるか』だってぇ……?
ハッ、偉くなったもんだなぁ、ライアン!
まったく、馬鹿言ってんじゃねえよ!
こちとら修復と研ぎでおまんま食ってんだ!
どんな剣でも元通りにしてやらぁ!」
「おお! さすがだぜ、おやっさん!
それで、これなんだが、十日でなんとかして欲しいんだ。
折れてるもう一方は仲間が持ってんだけど、すぐに来るはずだぜ!」
「……………………………」
「おやっさん?」
「すまねえなぁ、最近になって肩が重くてよぉ。当分、店じまいさせてもらうぜ」
「なっ、と、当分ってどれぐらいだよ!」
「十日ってところかねぇ、東の方に良い湯治場があってそこに行こうと思っててなぁ」
「おやっさぁん!?」
戦士ライアン、轟沈。
「ねえ、こうやって宝石を剣に埋め込んでほしいんだけど」
「ハハ、お嬢ちゃんは面白いことを言うねぇ。
剣に宝石を埋め込むって魔法剣を作りたいのかい?
あれはお伽噺だよ、お伽噺。
宝石が所有する純粋な魔力を鉄や鋼が常に浴びているんだよ?
すぐに耐えられなくなって二日で剣は自壊しちゃうよ」
「そ、そんな……! で、でも、前に宝石を埋め込んだ剣を見たことあるのよ!」
「ああ、あれね……大きなことじゃ言えないけど、あれ、ただのガラス玉なんだ。
人間じゃ宝石を埋め込んだ魔法剣なんて作りようがないよ」
天才美少女魔法使いシンシア、沈没。
◆
「「「ダメでした……」」」
「くぅ……!」
さらにその翌日。
ギルドに併設された酒場で、五人が肩を下ろして震えていた。
そこに希望など一欠片もなく、ガタガタと震えることしか出来ないのだ。
「……こうなれば、方法は一つしかありません」
「さ、サポトさん……なにか考えがあるっていうのか!?」
サポトは覚悟を決めて、四人を見据えた。
あの勇者追放騒動はサポトも目撃しており、この四人のことはおおよそ把握できた。
知能が低いくせに口先だけは達者な筋肉マン。
甘いマスクで年若い幼児に邪な想いを抱く癖のある天然の破戒僧。
散財癖と酒癖の悪さで家族から見放されたダメ中年。
まだ十五の若さながらイケメンに目がなくて逆ハーレムを夢見る色ボケ女。
「ドラゴンを退治するのです」
勇者パーティーはクズで考えなしの集団だ。
だが、強い。
「ど、ドラゴンを……?」
「それは、もともとそういうつもりでしたが……」
「いや、今は宝剣の話だろ!?
ドラゴンを首尾よく倒せても、今度はキングダム王国自体が俺たちを処罰するだろうぜ!」
「一度っきりのドラゴンと違って、軍が波状攻撃を仕掛けてくるのは手強さの種類が違うわよ……」
「いいえ、キングダム王国はあなた方を受け入れます」
この強さは、彼らも自覚しているはずだ。
ドラゴンが相手でもワンチャンスがあると、思っているはずだ。
その意識をサポトは突く。
「なぜなら、宝剣はドラゴンによって折られてしまったからです」
サポトは彼らを利用することに決めた。
「ど、どういうことだ……?」
「いえ、そうか、そういうことですか!」
「あん……?」
「つ、つまりそれって……!」
ガッツとライアンは理解できないが、ヘンリーとシンシアはサポトが何を言いたいのか理解した。
ちなみに五人はこそこそ声を潜めている。
周囲に監視の目があるからである。
「はい。本当は宝剣は二日前に鍛錬の塔で折られてしまいましたが、ドラゴン退治の途中で折れてしまったことにするのです。
幸い、折れ方はきれいなもの。
『死力を尽くしてドラゴンと戦った勇者は宝剣と引き換えに見事にドラゴンを倒した』というドラマ性を彩って飾る分には問題がないはずです。
……そこの紆余曲折とした英雄譚は、勇者ガッツ殿の口がいつもどおり滑らかに動くことに期待をしましょう」
「ああ、ガッツなら大丈夫ですね!」
「ガッツなら心配ねえよ、見事に王様も王妃様も丸め込んじまうさ!」
「そうね、脳みそより先に口が作られたような男ですもの!」
ひどい評価であった。
「へへ、頼られちゃ仕方ないな……!」
救いはガッツに自分が貶されていることに自覚がないことだろうか。
いや、ガッツの知能が救えないのは変わりがないが。
とにかくとして、五人の方針は決まった。
『宝剣なしでドラゴンを退治して、その後になんとか誤魔化す』
これしかない!
「となると、作戦タイムだな。
難易度は上がっちまったが……なにか方法はあるか?」
「ドラゴンの弱点は喉元にあるとされる一つだけ向きが逆さに生えた鱗、『逆鱗』だと言いますね」
「ああ、そこに触れられるとドラゴンは怒り狂うが、それはその鱗だけがすごく柔らかい弱点だからだって話だ」
「そこにあたしの全力の『ライトニング』を打ち込んで、さらにガッツが追撃に最高のチェストを決めれば……!」
すぅ、と四人は息を吸った後、言葉を揃えて言い放った。
「「「「竜は倒せる!」」」」
ニヤリ、と笑う。
サポトも笑う。
しかし、サポトの笑みは四人の笑みとは違う。
(よし……これですべてを捨てて逃げるという選択はしなさそうですね……!)
サポトは胸をなでおろした。
サポトが一番怖かったのは、四人がプライドも何もかもを捨てて、この国から逃げ出してしまうことだ。
宝剣が盗まれて国外に持ち込まれてしまうことを恐れているわけではない。
いくら勇者パーティーであっても、『影』からは逃れられない。
モンスター退治の専門家でも、逃走と追走という分野では『影』に一日の長があるからだ。
だから、問題は捕まってしまった後に『宝剣が折れている』という事実が知られてしまうこと。
(ドラゴンとの戦いで折れてしまったことならいくらでも言い訳が効きますが、ダイヤモンドゴーレムとの訓練で折れてしまったなんて知られたら……ああ、恐ろしすぎる!
わ、私の処刑はもちろん、下手をしなくても親族郎党にも累が及び、御家断絶の憂い目に……!
そして、『影』の教育では反面教師として間抜けな女として一生晒し上げされてしまうのです……!
そ、そんな未来は、そんな未来だけは避けなければ!)
そう。
それを避けるためには、勇者パーティーにはドラゴン退治に向かってもらわなければいけないのだ。
もちろん、大見得を切ったくせに宝剣を真っ二つにしてしまったサポトは王妃の信頼を失い、出世コースからは大きく外れるだろう。
嫌味な同僚からはサポトを馬鹿にされてしまうことは間違いない。
なにせ、サポトは女官として地味めの化粧をしていても目を瞠るほどの美貌を持っていたエリートキャリアウーマンだったのだから、弱点を見せれば嫉妬をしていた無能どもはここぞとばかりに責め立てるはずだ。
それでも、それでも処刑をされて御家が断絶してしまうよりは百倍、いや、一万倍はマシである。
(まずはこの馬鹿たちをその気にさせなければ……!
間違ってもその戦意を挫くような真似をさせてはいけません!
例えば、ドラゴンを実際に見てしまって、恐怖に震えるようなことだけは避ける必要があります!)
サポトは覚悟を決めた。
この勇者パーティーには死んでもらう。
そして、自分だけが生き残らせてもらう。
どんな手を使ってでも、こいつらにはドラゴンに殺されてもらわなければいけないのだ!
────逆境とは!
「ねえ、サポトさんはどう思う?」
「え、あ、ああ、はい。悪くないと思います」
そんな事を考えていたために、ガッツの問いかけの内容をよく把握もせずに頷いてしまった。
サポトらしからぬ行動だが、それほどまでに追い込まれていたのだ。
そんなサポトを見て、ガッツはいつものような知能ゼロのえみを浮かべたのだ。
「よし! なら、明日は実際にドラゴンマウンテンに行って竜の偵察をしよう!」
「異議なしです!」
「どれぐらいの相手かは知っとかねえとなぁ!」
「山に住んでいるであろう、道中で遭遇してしまう可能性の高いモンスターのレベルも気になるものね!」
「よし、サポトさんも含めて全会一致で決定ッ!!!!」
そして、明日にはレッドドラゴンの住むドラゴンマウンテンへと向かうことが決まったのだった。
「………………………え゛っ?」
逆境とは!
────もはや取り返しの効かない危機が迫っている状況のことを言う!
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