第3話:勇者の特訓



 逆境とは!


「と、十日後!?」

「せ、せめて一年後になんとかなりませんか……!?」

「十日後にドラゴン討伐の出発パレードを行いますので。

 その日に合わせて皆さんは出立の準備をよろしくお願いします」

「急すぎるだろ!」

「な、なんでそんなことになっちゃうのよ……!?」


 王宮から仕わされた女官、サポトの爆弾発言に勇者パーティーたちに動揺が走る。

 当然だ。

 ドラゴンを前にして十日の猶予など、そんなもの明日に行くことと、いいや、今から向かうこととなんの違いもない。

 ドラゴンを倒す準備など、どれだけ時間をかけても足りないほどなのだから。


「王妃様は宝剣の窃盗を警戒されておられます。

 あんまり時間を置いてしまうと、貸し与えた宝剣を持って敵性国家へと逃亡してしまうのではないか、と。

 そのための警戒として騎士たちや『影』のものに監視をさせようにも、勇者パーティーを監視できるほどの貴重な人材を長く割くわけにも行かないので……」

「窃盗、ですって!?」

「そんなことするわけねえだろ!」

「というか宝剣ってなに!?」

「あ、じ、実は……その……」


 もごもご、と。

 ガッツが大きな体を小さく縮こませて、言いにくそうに口を動かす。

 ヘンリー、ライアン、シンシアにはもう嫌な予感しかしなかった。


「俺の剣、そろそろ古くなってたしそもそも安物だったから……」

「ガ、ガッツ……貴方という人は、まさか……!?」

「竜殺しの聖剣にするにもちょっと不釣り合いだなって思っちゃって……」

「お、お前……本気で言ってるのか……!?」

「どうせなら、その、謁見の間に飾ってるかっこいい剣が見えちゃったから……」

「あ、アンタ……馬鹿じゃないの……!?」


 もじもじ、と。

 太い指先と指先を合わせながら、ガッツは三人を上目遣いで見上げながら、いかめしい顔つきには似つかわしくない、はにかんだ笑みを見せた。


「宝剣を貸してくださいって……お願いしちゃった、えへへ……」



 逆境とは!


 ────もう後戻りの出来ない崖っぷちに立たされた状況のことを言う!



 ~第3話;十日の猶予~



「宝剣の貸与さえなければ一年から二年ほどの猶予は与えても良かったかも、と王妃様は仰っておりました」

「ガッツ、貴方をわたしたち勇者パーティーから追放……」

「そ、それはもういいじゃないか……俺たちは一蓮托生!

 そ、そうだろう、ライアン……!」

「…………」

「シ、シンシア!」

「…………」


 三度追い込まれてしまった、勇者ガッツは仲間たちにすがるが、彼らはガッツの視線から目をそらす。

 それもむべなるかな、なにせガッツが宝剣を強請らなければ違った未来があったからだ。

 キングダム王国に代々受け継がれる宝剣、『ジュエルソード』。

 おおよそ五百年ほど前に存在した伝説的な鍛冶師が、キングダム王国の芳醇な資材を投じて作り上げた、人が作りえる範囲では最上位に存在する名剣である。


 曰く、その剣に斬れぬものはなし。

 曰く、その剣に傷つけられるものはなし。

 曰く、その剣を錆びさせられるものはなし。

 鋭く、固く、錆びない。

 それは『剣』という武器が持つ機能を最大限まで引き出した名剣である。

 だがしかし、宝剣ジュエルソードには『伝説』がなかった。


 例えば、隣国であるエンパイア帝国の国宝、『聖女の盾』はかつてこの大地を莫大な瘴気が覆ったその時に浄化をした聖女を守り続けた騎士が所有していたという『伝説』がある。

 その聖女と騎士の物語は大河ドラマとしても恋愛ドラマとしても大変な人気を博しており、その中でもクライマックスで聖なる力を失った聖女に愛の誓いを捧げる騎士に、聖女がなんの意味もない、しかし、二人の絆である盾に二度目の祝福を施すシーンは、それこそ五歳の子供も七十の老人も知っている名シーン。

 その『盾』のような輝かしい伝説が、宝剣ジュエルソードにはないのだ。


「不敬すぎます……!」

「せめて騎士団御用達の武器屋で一番いい武器を国費で購入してくれとかにしろよな!」

「なんで!? なんでそんな変なところでばかり思い切りがいいのよ!?」

「う、ううぅ……ご、ごめん……」

「それでは勇者ガッツ殿、これより貴方に宝剣を貸与しますので王宮までお越しくださいませ」

「えっ、さっき行って帰ってきたばかりなのに……」

「準備が整うまでお待ち下さいと伝えたのに、先に仲間へ伝えるからと飛び出したのはガッツ殿です」


 サポトは冷静であった。

 それもそのはず、サポトとは王宮という選ばれた人間が勤める場所で王妃からの信頼も厚い優秀な女官なのだ。

 直情的で考えなしなくせに口だけは回るガッツ、クールを装いながらも沸点の低いヘンリー、渋い男を演出しながらも散財癖と酒癖の悪いライアン、幼さから感情的になりがちでイケメンにデレデレしがちなシンシアのようなダメ人間とは違うのである。


「……………ガッツ、僕たちは少し準備をしておきますから一人で王宮へどうぞ」

「……………そうだな、薬草の準備とかもしなきゃいけないしな」

「……………ええ、私も魔力を込めた宝石とか用意してくるから」

「うん、わかった……ごめんな、みんな……」


 肩を落として王宮へと向かうガッツを見送り、ヘンリーは迷うことなく足を動かした。

 目指す場所は、ギルドの受付である。



 ◆



「なんという輝きでしょうか……神聖さを帯びている!」

「おお、これが宝剣ジュエルソード……! こんな剣、見たこともないぜ……!」

「すっご……! ここに埋め込まれてる五つの宝石、基本の五大属性を司る最上級の宝石じゃない……! だから、ジュエルソードっていうのね……!」


 宝剣ジュエルソードを受け取り、酒場に戻ってきたガッツが仲間たちに宝剣を見せびらかし、仲間たちは感嘆の声を上げる。

 ジュエルソードは、それほどまでに見事な剣であった。

 優秀な神官ヘンリーには、長いキングダム王国の歴史の中で宝剣として祀られたことによって神聖な力を帯びていることを感じ取れた。

 歴戦の戦士ライアンには、その輝きは名剣の輝きだとはっきりとわかり、自身が持つ愛剣とは比べようのない剣だとため息を漏らした。

 天才魔法使いシンシアからすれば、その剣に埋め込まれた五つの宝石が魔力を増幅させる機能を持っていることが読み取れた。

 ジュエルソードには伝説こそなくとも、勇者パーティーにはその力が国宝と呼ばれるに相応しいものだとわかったのである。


「こ、これなら確かに……竜も倒せるかもしれません……!」

「竜の鱗、それを斬れる可能性があるとしたら、確かにこの国にはこの剣しかないだろうな……!」

「この宝石、増幅機能だけじゃなく耐性も付与するの……!? ドラゴンブレスも、これなら防げるかも……!」


 その宝剣の輝きに、ヘンリーもライアンもシンシアも興奮の声を上げる。

 そして、胸の中に竜殺しのビジョンが見えてきたのだ。

 これなら、勝てるかもしれない。

 熱に浮かれているだけであった四人の胸に、ふつふつと浮かび上がってくる勝利への道筋。

 ガッツはギュッと剣を握り、そして、その輝ける宝剣を天に掲げて宣言をした。


「まずはこのジュエルソードを使った訓練をしよう!」

「そう言うと思って、『鍛錬の塔』の使用許可を先程ギルドからもらってきました」

「どんな剣か知らないと作戦の立てようもないからな」

「ワクワクするわね、これなら最高硬度のダイヤモンドゴーレムだって一刀両断できるかもしれないわ!」


 四人が向かう先は『鍛錬の塔』と呼ばれる特殊なダンジョンであった。

 二百年前に突如としてこのキングダム王国王都の近辺に出現し、百五十年前に当時の一級冒険者パーティーによって攻略をされたダンジョン。

 瘴気を放つこともなく、ダンジョンボスが所有していた『ゴーレム生成マッシーン』をキングダム王国が手に入れたことで、冒険者たちの鍛錬場となっている場所だ。


「ようこそ、鍛錬の塔へ」

「先程予約をした勇者パーティーです、これ、許可書」

「……はい、確認しました。それでは本日はどのようなコースになりますか?」

「まずは……ルビーゴーレムだ!」


 この『ゴーレム生成マッシーン』は『鍛錬の塔』の内部ならばいくらでもゴーレムを作ることが出来るマジックアイテムだ。

 申請をすれば望んだ強さのゴーレムを相手に訓練ができるということで、ヘンリーは宝剣の強さを確かめるために冒険者ギルドに使用許可の申請を提出していたのである。

 受付のお姉さんに申請書を見せると、ガッツが『ルビーゴーレム』を要求した。


「かしこまりました、それでは奥の広間Aへとお進みください」


 受付のお姉さんの言葉に従い、広間Aへと進むガッツたち。

 この鍛錬の塔はすでに多く解析がされており、本来ならばランダムな移動となる階層の移動も任意で移動出来るようになっているのだ。

 そして、広間Aへと進んだガッツたちの前に現れたのは、一体の赤いゴーレム。


「ルビーゴーレムでもかなり硬いですよ、筋力強化のバフはいりますか?」

「いいや、俺の力と技、そしてこのジュエルソードの切れ味なら……!」


 カチャリ、とガッツが剣を構える。

 その構えは堂に入っており、ガッツが名ばかりの勇者では決してないことがよくわかる。

 そう、ガッツとはただの口先勇者ではないのだ。

 その剣技は村では並ぶものなき腕前で、王都に来てからはNo.1ではなくなったものの誰もが一目置くほど。

 その剣技の性質は優れた身体能力を活かしてどれほどの硬度の敵も一刀のもとに叩き切る、天性の剛剣である。


「ふぅ………!」


 ガッツは剣を天に捧げるかのように、大上段に構える。

 握る柄がガッツの頭部よりも高くなるほどの大きな構えであった。

 これこそ、技こそまだまだ未熟なれど多くの冒険者が一目置くガッツ特有の構え。

 ガッツとゴーレムの距離は、おおよそ十八メートル。

 多くの剣士ならばじわりじわりと距離を詰めて、ゴーレムを自身の制空権に踏み入れさしてから斬りかかるだろう。


「おおおおおおおおっっっっ!!!!!


 だが、ガッツの剣はそうではない。

 大きく叫びながら、大上段に剣を構えたまま、急所である多くの内臓が詰まった腹部を見せつけるように、ガッツは駆け出した。

 速い。

 ガッツはその大柄な体躯に似つかわしくない俊敏性を持っていた。


「チェェェェェストオオオオオ!!!!」


 そして、ゴーレムが拳を振ると同時に、その拳へと向けてジュエルソードを振り落とした。

 駆け抜けながら振り下ろされた大上段からの振り下ろし。

 それは全体重を乗せた一撃であり、この鍛錬の塔に生成されるモンスターのうち、硬度では上から三番目にもなるほどに頑丈なルビーゴーレムを一刀両断してみせたのだ。


「す、すごい! まさかルビーゴーレムをチェスト一発で一刀両断!

 ナイスチェストです!」

「今までなら腕を壊せるだけのクソチェストだったのに、ルビーゴーレムの一番硬い頭部までも切り裂くナイスチェストに変わるとは!」

「剣が変わるだけでここまでチェストの出来が変わるだなんて!

 ナイスチェスト!」


 ガッツが身につけた剣技における基本にして奥義。

 チェスト。

 それは『全力を持って剣を振り下ろす』という単純にして奥深い技である。

 今までのガッツならばルビーゴーレムの腕を破壊できても、ゴーレムで最も硬い頭部を破壊することは出来ず、二の矢を必要とすることとなっていた。

 だが、ジュエルソードが持つ宝石によるバフはガッツの筋力を増大させ、ジュエルソードが持つ切れ味はガッツの剣戟をより鋭くさせた。


「チェストゴーレム!」

「「「チェストゴーレム!」」」


 ルビーゴーレムを一刀両断するという初めての体験に興奮したガッツが叫ぶと、その見事な一撃を讃えるようにヘンリーとライアンとシンシアもまた叫ぶ。


「チェストとは、一体なんですか?」


 だが、監視のサポトだけが状況がわからずに困惑していた。

 確かに、ルビーゴーレムを一刀両断することはすごいことだ。

 恐らく、普通の剣を使うのならば、騎士団にも出来る人間は居ないだろう。

 それほどにジュエルソードの凄さを感じ取って感動しているのはわかる。

 しかし、そこで叫ばれる『チェスト』の意味がわからない。


「チェストはチェストですよ、サポトさん」

「チェストの意味を考えているようじゃチェストの意味は理解できんだろうな」

「そのうち分かるわ、頭じゃなくて心で感じ取るものだもの」

「はぁ……」

「よし、次だ! 次は……そう、ダイモンドゴーレムを頼む!」


 勇者パーティー独特のノリに気の抜けた言葉を返すサポト。

 それを尻目に、ガッツは次のゴーレムを要求する。

 そのゴーレムはダイヤモンドゴーレム、この鍛錬の塔で最強にして最硬のゴーレムである。

 本来の対処法は魔法による撃破、それもただの魔法ではなく、上級とされる攻撃魔法を畳み掛けるように打つことが必要になるほどの硬さだ。

 それを、剣で倒そうというのだ。

 冒険者の常識を照らし合わせれば、狂気の沙汰とも言える出来事であった。


「うおおおおおお!!!」

「今回はサポートするぜ、ガッツ!」


 だが、ガッツとライアンは駆け出した。

 ライアンはガッツの前に立ち、その年季の入ったシールドを掲げる。


『ぐぉおおおおぉおっ!!!』


 ゴーレムが手を前に差し出すと、驚くべきことにその指がまるで矢のように飛び出していく。

 ゴーレム・ミサイルと呼ばれるダイモンドゴーレムの持つスキルである。


「ライアン、『カタクナール』!」

「ぐぅっ!」


 だが、ライアンへと防御を強める精霊術をかけたヘンリーのおかげもあり、ライアンは盾に襲いかかる衝撃を耐えて足を前へとすすめる。

 ダイモンドゴーレムのゴーレムミサイルの衝撃は、二メートル級のオークの体当たりに匹敵するほどの衝撃がある。

 これを防げる戦士は王都でも少なく、ライアンはその少ない中の一人であった。

 そこに精霊術に秀でたヘンリーによる支援があるため、ライアンは攻撃を受けてもなお前に進むことが出来るのだ。


「足を止めるわ、『ブリザード』!」


 そして、次に動いたのはシンシアである。

 水魔法の上級である、大気中の水分の温度を下げることで凍化現象を起こすブリザードでダイヤモンドゴーレムの脚を拘束するのだ。

 こうなれば、ダイヤモンドゴーレムは単なる的にすぎない。


「チェストオオオオオオオ!!!!!」


 ガッツはその動きの止まったダイヤモンドゴーレムへと向かって大上段に掲げた剣を振り下ろす。

 ヘンリーが前衛にバフをかけ。

 ライアンが盾を掲げて攻撃を引き受け。

 シンシアが魔法で先制攻撃を行い。

 ガッツが敵の怯んだ隙を狙ってチェストを極める。

 それが勇者パーティーの基本の戦法であった。


「ぐぅぅうっ!?」


 だが、その攻撃が通じない相手もいる。

 それがこのダイヤモンドゴーレムであった。

 ダイヤモンドゴーレムは自由に動く左腕を盾のように掲げて、ガッツのチェストを受け止めたのである。

 勢いよく振り下ろされたチェストはゴーレムの腕に阻まれ、その左腕を破壊するだけで頭部や胸部に埋め込まれている急所、ゴーレム・コアには届かなったのだ。


「腕だけ、クソチェストです!」

「クソチェストだ!」

「クソチェスト、ホント最悪!」

「失敗すると……言い方が変わるのですね」


 少し顔を赤らめているサポト。

 上品な生まれとして王宮の女官に召し抱えられたサポトには、クソチェストとははしたない言葉なのだ。


「ガッツ、動くんじゃないわよ!」


 そんなサポトを放っておいて、シンシアが動き出す。

 実父から授けられた高級な杖であり、これを介して魔法を使用することで出力が上がる優れものである。


「『ライトニング』!」


 そこで発した魔法は、シンシアが最も得意とする雷魔法の『ライトニング』である。

 そのライトニングでダイヤモンドゴーレムを貫こうとしたのかと、誰もが思った。

 だが、シンシアの狙いは別であった。


「うおっ!?」

「ジュエルソードに……『ライトニング』が吸い込まれた!?」

「おいおい、まさか……『魔法剣』か!?」


 そう、シンシアが狙った対象はダイヤモンドゴーレムではなくジュエルソードであった。

 魔法研究家としても優れた才能を持つシンシアは、ジュエルソードを見た瞬間に埋め込まれた宝石の用途に気づいた。

 火を司るルビー。

 水を司るサファイア。

 大地を司るダイヤモンド。

 雷を司るトパーズ。

 風を司るエメラルド。

 その五つの宝石が埋め込まれた剣が意味するところは、一つしかない。


「うおおおおおおお!!!!」


 魔法剣だ。

 先程までとは違う、『力』の高ぶりを感じ取ったガッツは再び大上段に剣を振りかざし、ガッと力強く一歩、足を前方へと踏み出す。

 そして、その踏み込みを利用して、勢いよく剣を振り下ろしたのだ。


「サンダァァァァ!!!チェストオオオオオオオ!!!!」


 次は右腕を盾のようにかざすダイモンドゴーレム。

 しかし。


「ま、真っ二つ!」


 これはサポトの声であった。

 サポトは教養としてゴーレムの硬度を知っている。

 その中で習ったこととして、『ダイヤモンドゴーレムは人間では切り裂くことは出来ない』というものがある。


「サンダーチェスト、決まりました!

 ナイスチェスト!」

「ナイスチェスト!」

「ナイスチェスト!」


 その常識が今、ガッツの剛剣とシンシアの魔法とジュエルソードの力で覆されたのだ。


「チェストゴーレム!」

「「「チェストゴーレム!」」」


 勇者の声が響き、それを讃える仲間の声が響く。

 これならば、とサポトは柄にもなく胸を高鳴らせた。

 ドラゴンなど倒せるわけがないが、しかし、あり得るかもしれない。


「すごいな、魔法剣の力とはこれほどなんですか……!」

「どんどん他の魔法剣も試そうぜ、宝石的に全部の魔法剣が出来るんじゃねえか!?」

「ふふ、あたしの魔法の才能がさらに活かされるときが来たようね!」


 やいのやいのと盛り上がる勇者パーティー。

 サポトは、それを見て期待をしてしまう。

 勇者ガッツが持っている自信と直線的な行動は、現実主義者のサポトも浮かれさせるなにかがあった。

 これも、一種のカリスマ性というものなのかもしれない。


「次は『フレイム』!」

「ファイアーチェストぉ!!!」

「火の魔法剣! ダイヤモンドゴーレムも一撃です!」


「続いて『ブリザード』!」

「アイスチェストぉ!」

「今度は水の魔法剣だ! チェスト一発!」


「どんどん行くわよぉ! 『サイクロン』!」

「ウインドチェストぉ!」

「風の魔法剣! まさに嵐すらも切り裂かん鋭さですよ!」


「最後にぃ! 『アースクエイク』!」

「アースチェストぉ!」

「すげえチェストだ! この鍛錬の塔が壊れちまいそうな重いチェストだぜ!」


 五属性全ての魔法剣で、この鍛錬の塔が生み出す最高硬度のダイヤモンドゴーレムが一撃で切り伏せられてしまった。

 これならば、確かに硬い竜の鱗も裂くことが出来るだろう。

 竜殺し、というのも笑い話ではないかもしれない。


「……なぁ、俺、思ったんだが」

「どうしました?」

「なんだなんだ、なにか不満でもあるのか?」

「言っとくけどこれ以上なんてないわよ、美少女天才魔法使いのあたしの魔法を使った魔法剣なんだから」


 だが、勇者ガッツはさらにその先を見ていた。

 不屈、それは諦めないこと。



「五属性全ての魔法をかけた魔法剣なら……ドラゴンも一撃なんじゃないか!?」



 不屈、それは常に前へと進むことだからだ!


「なっ……!?」

「おいおい……!?」

「えぇっ……!?」

「……!」


 その言葉に、三人の言葉が詰まる。

 サポトも同様に、言葉が出ない。

 沈黙が鍛錬の塔を支配し。


「天才ですか、貴方は!」

「その発想はなかったぜ、ガッツ!」

「確かに最上級の宝石全てを使ってあたしの最高の魔法を注げば……竜だって相手じゃないわ!」


 わぁっ、と。

 まさに世紀の大発見だと言わんばかりに勇者パーティーは喜び始める。

 この時、外野のサポトだけはわずかに嫌な予感を覚えた。

 覚えたが、しかし、サポトもまたガッツが生み出す熱気に囚われていた。

 ひょっとしたら、すごいことが起きるかもという予感が、サポトの中にあるはずの嫌な予感を塗りつぶしてしまったのだ。



 ────逆境とは!



「行くぜぇ……ダイヤモンドゴーレムを頼む!」

「こっちも行くわよ、ガッツ!」


 シュン、と『ゴーレム生成マッシーン』によってダイヤモンドゴーレムが生み出される。

 ガッツは天に掲げるようにジュエルソードを大上段に構えて、その剣へめがけてシンシアは杖を翳す。


「『フレイム』!」

「おおっ!」

「『ブリザード』!」

「ぐぅっ!」

「『ライトニング』!」

「むむっ!」

「『サイクロン』!」

「つぅ!」

「『アースクエイク』!」

「うおおおおおおお!!!!!」


 五つの上級魔法が、五つの宝石に向けられる。

 凄まじい衝撃がガッツの体を襲う。

 だが、これだ。

 この衝撃こそが、最大の一撃を生むのだ。


「勇者斬り!!

 チェェェェストオオオオオオ!!!!!」


 魔力の渦巻くジュエルソードを最上段にかざし、それを勢いよくダイヤモンドゴーレムにめがけて振り下ろす。

 どのようなことが起きるだろうか。

 ヘンリーはダイヤモンドゴーレムが消し炭になる姿を幻視した。

 ライアンは勢い余ってこの広間Aの壁を破壊することを予想した。

 シンシアに至ってはこの『鍛錬の塔』すら破壊できる自信があった。

 サポトですら、その一撃が生み出す凄まじさを期待してしまった。


 そして、ダイヤモンドゴーレムとジュエルソードがぶつかり!



 ポキッ。



「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 見事に、ジュエルソードは刃の半ばから折れしまったのである。



「ほへ?」



 逆境とは!



 ────もう後戻りの出来ない崖っぷちに立たされた状況のことを言う!


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