第2話:勇者の追放



 逆境とは!


「な、何故だ、ヘンリー……!?

 俺たちはこれまで上手くやっていけていたじゃないか!」


 冒険者ギルドに併設された酒場で、勇者ガッツは仲間である神官ヘンリー、戦士ライアン、魔法使いシンシアの冷たい視線を一身に受けていた。

 気のいいやつらだ、とガッツは仲間たちのことを認識しており、彼らのそんな冷たい視線は記憶にないほどの変貌だった。

 当然、ガッツはその変貌の理由を問いただす。


「チッ……」

「やれやれ……」

「『なぜ』? ガッツ、他ならぬ貴方が『なぜ』と尋ねるのですか?」


 だが、ガッツの言葉に三人はやはり冷たく対応をする。

 シンシアは震えるようなゴージャスな美貌を顰めて舌打ちをし、ライアンは老練とした渋さをにじませながら顔を伏せ、ヘンリーは呆れたようにライアンの問いかけに答えるのだ。


「竜退治を引き受けたそうですね、ガッツ。

 『勇者ガッツが属する勇者パーティーがレッドドラゴンを退治して見せる』、と王宮の人たちに宣言したとか」

「あ、ああ、そうだ!

 隣国との境目にあるドラゴン・マウンテン!

 そこに住むレッドドラゴンを退治して、俺たちは本物の英雄になるんだ!」


 赤き竜、レッドドラゴン。

 数多の猛者を返り討ちにし、時折人里から財宝を奪っていく恐るべき災害竜。

 キングダム王国と同じく神話にすら名前を連ねるエンシェント・ドラゴンである。

 とはいえ、その生のほとんどを冬眠で過ごしているため、実害は百年に一度あるかないかというレベルなのだが。


「はぁ……本当におめでたいわね」

「全くだ、これほどにバカだとは思わなかった」

「シ、シンシア……ラ、ライアン……」


 大きなため息をつく二人の仲間に、ガッツは怯む。

 昨日まではこうではなかった。

 ガッツたちは仕事終わりの一杯を笑いながら皆で嗜むほどに仲のいいパーティーだったのだ。

 それがどうして、このような冷たい敵意を見せているというのだろうか。


「ガッツ。

 幼馴染の縁で、お馬鹿な貴方が追放される理由を教えてあげましょう」


 その理由がヘンリーから明かされる。

 いったい、ガッツはどんな理由で仲間からここまで冷遇されているというのだろうか。

 その理由が、今明かされるのだ。


「いいですか……!」


 すぅ、と息を吸い、ヘンリーはその整った甘いマスクを怒りに染めて、大きく言い放った。


「レッドドラゴンと戦ったら死ぬに決まっているでしょうが!!!

 死にたいなら一人で勝手に死んできなさい!!!」

「はうあっ!!!!!???!!???」


 逆境とは!



 ────すべてが思う通りにいかない不運な境遇のことを言う!




 〜第二話:勇者の追放〜




「本当に最低、こんな男だとは思わなかったわ」

「全くだ、バカだバカだと思っていたが、単なるイカれポンチだったとはな」

「う、ううぅ……!」


 そう、彼らは竜殺しなんてしたくないのだ。

 それも当然である。

 竜殺しが千年の後にも語り継がれるほどの偉業である理由は、ひとえに人間が竜を殺すことは不可能だからだ。


 確かに、神官ヘンリーは将来を有望視されているバフからデバフに回復、果ては状態異常までサポート役のエキスパートだ。

 確かに、戦士ライアンは大ベテランの冒険者でこの王都の冒険者たちから一目置かれる存在、彼の鉄壁の防御をすり抜けて傷をつけることは騎士団長でも難しい。

 確かに、魔法使いシンシアは未だ十代の半ばでありながら五つの基本属性魔術、その全てを操ることが出来る天才少女だ。


 だが。


「「「ドラゴンに勝てるわけないだろ!」」」



 ────これから闘おうとする相手は、ドラゴンなのだ。



「僕の精霊術がドラゴンほどの魂を持つ相手に通るわけがないでしょうが!」

「ワシの盾なんざドラゴンの爪にかかれば水に濡らした紙よりも柔らかいわ!」

「あたしの攻撃魔法ごときがドラゴンの鱗を貫けるわけがないじゃない!」


 なぜ勝てないのか、なんて理由を羅列することすら馬鹿らしい相手、それがドラゴンだ。

 ヘンリーがドラゴンの動きを鈍らうと精霊の力を借りて状態異常に陥らせようとしても、ドラゴンはその精霊と並ぶほどに高い概念位級を盾に精霊術を無効化するだろう。

 ライアンが自慢の盾を翳して攻撃を防ごうとしても、ドラゴンはその代名詞である鋭い爪と牙でまるでバターのようにライアンの肉体ごと盾を斬り裂くだろう。

 シンシアの得意技で貫通力に定評のある『ライトニング』を放っても、ドラゴンの硬すぎる鱗は一枚として剥がれることはないだろう。

 それは三人の腕前に問題があるのではなく、そもそもとしてドラゴンが強すぎるから起こってしまう確定した未来だ。


 だから、三人は、すぅ、と息を吸い。



「「「絶対に五秒で全滅するっ!!!!」」」



 きれいに声を揃えてガッツへと言い放ったのだ。


「ううぅっ!!!!!」


 ガッツはへこたれた。

 信頼できる仲間に言われただけに、それはじんわりとガッツの心に染み渡っていく。

 ひょっとしたら。

 いや、ひょっとしなくても、無理かもしれない。

 いや、絶対に無理だ。

 ガッツの心に弱い考えが襲いかかってくる。


「お、俺たちは……仲間じゃなかったのか……?」

「それは僕たちのセリフなんですよねぇ……」

「なんでドラゴン退治とかいう無茶振りされたあたしたちが裏切った側なの?」

「どう考えても信じていた仲間に死地へ送り込まれるワシらが裏切られた側なんだが?」

「ううぅっ!?」


 一言の反論もできない正論であった。

 ガッツはがくりと膝をつく。

 一緒ならドラゴンとも戦えると思っていた頼れる仲間は、そもそもドラゴンと戦う気がなかった。

 そんな当たり前の現実を叩きつけられ、ガッツの心はまさに折れそうになっていた。

 いや。


「……ふ、ふふ!」


 これが。


「ふふ、ふふふ……!」


 これが!


「ふぅーわっはっはっはっはっは!」



 これが、逆境だ!



「な、なんですか、ガッツ……いきなり笑いだして」

「笑いたくもなるさ、ヘンリー!」


 大きな高笑いとともに立ち上がる、不屈の勇者ガッツ。

 仲間に裏切られた(裏切ってない)状況、この状況こそまさに逆境であり、逆境とは不屈の勇者ガッツがもっとも輝ける状況。

 先程までしなしなに萎れていた体はどこへやら、追い込まれたことで体から汗を流しながらもその顔には不敵な笑みが貼り付けられていた!


「ヘンリー、ライアン、シンシア……お前たち、勇者である俺を追放して、これからどうするつもりだ?」

「……どうもしませんよ、普通の冒険者に戻るだけです」

「そうだ、確かに勇者パーティーっていう国家公認の肩書を外されるのは名残惜しいが……」

「死んじゃうよりは全然マシ、でしょ?」

「笑わせるぜぇ、お三人方!」


 三人の返答を鼻で笑うガッツ。

 その姿を見て、今この王都でガッツという人間を一番知る幼友達であるヘンリーは、まずい、と思った。

 これはガッツが年に一度ほど入る、ガッツだけの『ゾーン』に入る兆候である。


「死んだほうがマシ……本気で思ってるのか!?」

「な、なにを……」

「そ、そんなの……」

「死んだら終わりじゃない……」


三人は、無意味に自信満々なガッツの姿に気圧されていた。

ここに来てガッツの筋骨隆々とした肉体と濃い顔立ちとよく通る大きな声が有利に働いているのだ。


「ライアン!」

「……な、なんだ?」


 まずはお前だ、と言わんばかりに渋さあふれるライアンを指差すガッツ。

 その堂々とした姿に歴戦の猛者であるライアンも呑まれていた。

 勇者ガッツだけが放つことのできる、有無を言わせぬ威圧感である!


「嫁さんと娘さんは帰ってきたか?」

「うぐぅ!?」

「ガッツ、その話題はやめなさい!

 ライアンのような無骨な冒険者で貯金もほとんどない放蕩中年に奥さんと娘さんが帰ってくるわけないじゃないですか!」

「そうよ、ガッツ!

 いくらなんでも触れて良い話と悪い話があるじゃない!

 そもそも、あたしたちと毎日仕事終わりに酒盛りをしてる酒臭いオヤジのもとにあんなきれいな奥さんとかわいい娘さんが帰ってくるわけ無いでしょ!」

「うぐうぅぅぅ!!!?」


 今度は戦士ライアンが膝をついた。

 ライアンほどの猛者が膝をつく、それは(今はライアンの散財癖に愛想をつかして離婚をし、シングルマザーとして王宮で侍女として働いてさらにそこで年下で真面目な文官といい感じに再婚をしそうな雰囲気を出している)妻にプロポーズをする時以来のことだった。

 どのような猛攻にも決して屈することはない、そんないぶし銀な戦士ライアン。

 その唯一の弱点こそが別れた妻と娘なのだ。


「ふふ、嫁さんは戻ってこずに娘さんとも月に一度会えるだけ。

 ライアン、今のお前はなんだ?

 なんのために生きている?

 いつか嫁さんも別の男と再婚をして、娘さんはたどたどしくその男のことを『お父さん』と呼ぶ!

 結婚式で『お父さん、今まで育ててくれてありがとう』と泣きながら伝える父親は、お前じゃなくて再婚した男になるんだよ!

 そんな人生が待っていることは確定しているのに、死ぬよりはマシ……?

 ハハッ、笑えるぞ!

 今のお前が死んでないっていうのか!?

 これが笑い話じゃなくてなんだっていうんだよっ!」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉお!!!」


 ライアンの慟哭が響く。

 普段は最年長としてパーティーを支える冷静な戦士の姿など今はどこにもない。

 どんな猛獣やモンスターを前にしても冷静沈着にパーティーを守る戦士ライアンは、ただ嫁と娘のこととなると視界が狭くなる悪癖があるのだ。

 その姿を見て、ヘンリーがライアンへと呼びかける。


「ライアン、耳を傾けてはいけません!

 口ではガッツに絶対勝てない!」


 悪魔に呑まれてはいけない、と。


「ライアン!!!!」

「が、ガッツ……」


 だが、そんなヘンリーの言葉もライアンには届かない。

 ライアンは今、ガッツの言葉に呑まれているのだ。

 幼馴染みであるからこそ知る、こうなった時のガッツの口の上手さにヘンリーは震える。

 不味い、とヘンリーは思った。

 これはガッツのパターンだ、実際にライアンはその心を奪われている。


「だが……お前がドラゴンを退治したとしたら、どうだ?」

「え……?」


 一転してガッツの言葉が柔らかくなる。

 ヘンリーは思わず舌打ちをしたくなった。

 この男は演技や計算ではなく、天然でこの落差を演出する。

 この演出に騙されて、ヘンリーもまた故郷の村を出て王都への旅に同行することになってしまったのだから。


「奥さんとお子さんが帰ってくるぞ……!

 当然だ、お前は英雄なんだからな……お前のことをなんだかんだで一度は好きになった嫁さんと、お前のことをまだ慕っている娘さんだ。

 お前がドラゴンを倒した英雄という名誉と、ドラゴン退治の褒美で得た財と、ドラゴンを倒すほどの戦士という評判で得られる地位!

 それさえあればお前の生活は安泰だ!

 なら、戻ってくる……本当は嫁さんも娘さんも、生活の心配さえなければお前と暮らしたい、そうに決まっているんだからな!」

「お、おお……!!!」


 ライアンは考える。

 確かに。

 確かに、竜を倒して名誉と地位と金を手に入れれば、嫁と娘も帰ってくるだろう。

 そもそも勇者パーティーとして定給を経てから、勇者の仲間という名誉を経てから、月に一度の娘との面会に嫁もついてきてちょっと会話に応じる様子が見え始めてきているのだ。


「『あなた』、『お父さん』と呼んで温かいメシを作ってくれる家庭が見えないか……?

 ふふ、そうなったらもう酒盛りも中々できなくなるな……」

「あ、ああ……」


 その光景が目に浮かんだのだろう、ライアンの肩が揺れる。

 冒険者という不安定な仕事に嫌気がさして逃げ出してしまった最愛の妻と娘、その二人が帰ってくるという甘美な夢が浮かんでしまったのだ。

 そこをガッツは畳み掛ける。


「いいや、それだけじゃないな……目をつぶったら見えてくるだろう?

 お前が戦士を引退し、娘さんが結婚をしたりもするだろう。

 そこでお前は涙を流すんだろうな……それは喜びと悲しみのカクテルだ。

 娘さんが一生の伴侶と選んだ旦那さんに恨み言を一つ二つ漏らしながら、それでも娘を頼むと言うんだろうな。ふふ、お前らしいクサい姿が俺の目にも浮かぶぜ。

 そして、その後……お前は冒険者を引退し、冒険者ギルドの相談役として置きながらも、広々とした屋敷で楽隠居をするんだ。

 もちろん、それで終わりじゃない、お前の人生はまだまだ続く。

 娘さんは子供を産んで、今の御時世だから子育てだって楽じゃない……母親を頼ってよく屋敷に遊びに来るだろうさ。

 すると、その娘のお孫さんたちが駆け寄ってきて、目を輝かせてこう言うんだ。

 『お爺ちゃん! ドラゴンを退治したときのお話、聞かせてよ!』ってな」

「うおおおおおおおおおお!!!!!!」


 戦士ライアンは号泣した。

 ライアンには見えたのだ。

 優しかった頃の妻が戻ってきて、天使のような娘が微笑みかけてきてくれて、それがずっと続いて、やがてはおじいちゃんになるその日が。

 それは、オンボロ長屋に帰れば待っている孤独な生活を酒で誤魔化しているライアンにとって、抗いがたい誘惑であった。


「俺はやるぞ、ガッツ!!!!」

「ライアン!!!」


 ガシリ、と。

 二人の筋骨隆々の男がむさ苦しく抱き合う。

 そして、ガッツは涙ぐむライアンの肩越しにニヤリと不敵に笑った。

 それを見て、ヘンリーは恐怖を抱いた。

 同じだ。

 まだこの男に死地に追い込まれてしまうと、そう直感したのだ。


「くっ、シ、シンシア!

 これ以上ここにいるのは危険です!」

「そ、そうね……!

 い、一度離脱を……!」

「おっと、待て、シンシア!」


 次にガッツが狙いを定めたのは、美少女魔法使いのシンシアであった。

 ビクリ、とシンシアの体が震える。

 そして、揺れる瞳でガッツを見つめるのだ。


「な、なによ……」

「大魔道士スングェ・マッホ・ツーカの70の頃に出来た妾腹の娘、それがお前だな、シンシア」

「そ、そうよ……なんか文句であるの……?」

「ふふ、実家では随分と肩身の狭い思いをしているのだろう……現当主にして、18も年上の姪っ子さんからは蛇蝎のように嫌われているんだったな」

「う、うるさいわね……!」


 シンシアはこのキングダム王国が誇る大魔道士、スングェ・マッホ・ツーカの実娘である。

 とは言え、英雄唯一の恥部である色狂いが災いして平民のメイドのお腹から生まれた妾腹の娘である。

 そんな境遇の子供は、実はこの王都には多くいる。

 実子とは認められていないながらもスングェの財力である程度の支援をしているだけだ。

 だが、その中でシンシアは莫大な魔力を保有していた、それこそ将来的には大魔道士スングェに比肩するのではないかと思われるほどの魔力である。

 スングェはその才能に魅入られ、例外的にシンシアを娘だと認知して娘兼弟子として迎え入れたのだ。


「ふふ、後ろ盾がないと大変だよな……お前はスングェ様が亡くなられた今、非常に不安定な立ち位置だ。

 そんな時に俺たち勇者パーティーに加入できたのは望外の幸運だったな。

 お前は勇者パーティーという社会的な地位を得たことで、18も年上の姪っ子さんの陰険ないじめから逃れることが出来たんだから」

「だから、うるさいわねっ!

 いちいち説明がましく言わないでよ、惨めに思えるじゃない!」

「そんなお前が勇者パーティーじゃなくなったら、どうなる!!!」

「うっ!?」


 その言葉に、シンシアは後ずさった。

 考えないようにしていたことだ。

 今のシンシアは『勇者の仲間』という、マッホ家の栄光を彩るために都合のいい肩書をなくせば、あの陰険ババアはなにをやってくるかわからない。

 そこをガッツはその卓越した弁舌で言い当てていく。


「いいか、あの現当主様はそれほど魔法に秀でた方じゃあない。

 そして、君は大魔道士スングェ様のお気に入りになったほどの才能の持ち主だ。

 つまり、君の才能に嫉妬している可能性は大……いや、確定している!

 なら、どうなる?

 決まってる、その魔法の才能を使えないところに飛ばされるに決まっている!」

「え、ええっ!?」

「恐らくは……そう、スークェブ男爵の後妻だ!

 魔法使いとしてではなく、魔法研究家としてではなく、ただ若くてかわいい女の子としか見られない、そんなところに君は売られるのさ!」

「いやあああああああ!!!!」


 スークェブ男爵は、決して悪い人間ではない。

 領民からは寂れた土地であったスークェブ領を立て直した名君として慕われているし、その鉱山から取れた鉱石を欲しがる貴族は山の数。

 そんな立派な貴族のスークェブ男爵だが……ただ、ただただ、彼はエロかった。

 そして、外見が非常にキモかった。

 多くの貴族がスークェブ男爵と縁を結びたいと娘を妻として送り出され、そのまま娘たちは修道院へと逃げ出すほどに彼はスケベでキモかった。

 女達の多くが逃げ出す場所、そこにシンシアは送られるだろう。

 シンシアの美貌と才能に嫉妬をしている現当主ならば、間違いなくそこへ送り出す。

 鉱石の名産地との繋がりも出来るのだから、99%、間違いがない。


「スークェブ男爵のたるんだ肉体に毎夜抱かれて、スークェブ男爵のぶっとい唇に君の赤い唇を吸いつくされる日々だ!

 だが、君は逃げられないぞ!

 あの現当主がそんな手を打たないはずがない!

 魔封じの腕輪をつけられて、逃走防止のために侍女も派遣されて、お前は人はいいけどとにかくスケベなスークェベ男爵の妻として一生を過ごすんだ!

 そんな日々が死ぬよりはマシだと、本気で思っているのか!?」

「もう、もうやめて……! うぇぇん……!」


 ついには泣き出してしまうシンシア。

 いたたまれない目でその姿を眺めるヘンリーとライアン。

 そんなシンシアに、優しく手を伸ばすガッツ。

 もはや、勝敗など見るまでもない。


「だが、ドラゴンを退治した大魔女となれば、話は別だ……」

「えっ……?」

「ドラゴンを退治した栄誉さえあれば、シンシア、君はあの大魔道士の家系とは完全に袂を分けることが可能だ。

 君は大魔女シンシアとして国から保護されるほどの人物になる。

 君は魔法の研究も思いのままだし……」


 そこでガッツは言葉をくぎり、ニヤリと顔を歪めた。


「複数の美男子を囲う……『いけめん☆ぱらだいす』だって出来るだろうさ!」

「えっ!?」


 ガバリ、と涙を止めてシンシアが顔を上げる。

 そこには、確かに希望の光が宿っていた。


「そうともさ!

 月曜日は王子様系イケメン!

 火曜日は騎士系イケメン!

 水曜日は学者系イケメン!

 木曜日は子犬系イケメン!

 金曜日は悪党系イケメン!

 そして土日は複数人ハーレム!

 竜殺しの英雄ならば……『いけめん☆ぱらだいす』だって許される!

 むしろ、国王陛下は君をこの国に引き止めるために率先して作るだろう!

 男たちだって君ほどの美少女が相手ならば喜んでハーレムの一員となるだろうさ!」

「ガッツ……脳みそまで筋肉で出来てるアンタとライアンじゃ心配よ。

 あたしみたいな頭脳明晰で容姿端麗な絶世の美少女がいてあげなきゃ……!

 だから……この天才美少女魔法使いのあたしも、ついていってあげるわ!

 ドラゴン退治に、ね!」

「シンシア!」

「信じていたぞ、シンシア!」

「べ、別にあんたたちのためじゃないんだからね!」


 本当に自分だけのためである。

 ともあれ、シンシアはこうして勇者ガッツの仲間となったのだ。

 つまり、残る敵はただ一人である。


「ヘンリー」

「あー! あー! 聞こえない、聞こえない!

 ガッツ、貴女の口車に乗るのは人生で一度だけです!

 何を言われようとも、あの時のようにはついていきませんからね!」


 耳をふさぐポーズをしてガッツの言葉を聞かまいとするヘンリー。

 それを無視してガッツが言葉を続ける。


「お前はどこに帰るつもりだ?」

「…………………………」

「どうした?」

「ヘンリー、どうしたの?」


 だが、ガッツの言葉にヘンリーの動きが止まる。

 それを訝しむライアンとシンシア、その理由がわからないためだ。

 その二人を放っておいて、ガッツの口は回る。


「村長の娘さんに手を出したお前が、今更故郷に戻れるか?」

「ええっ!?」

「ヘンリー、恋人がいたの!?」

「いません! そもそも手を出してなんかいません! 僕と彼女はプラトニックな関係です!

 それを……そうです、ガッツ! そもそもお前が原因でしょう!

 僕と彼女の純愛は、貴方によって邪魔をされたのです!」

「ガッツ、なにかしたのか?」

「まさか……三角関係!?」


 シンシアが途端に喜色めいた声を上げる。

 シンシアはその大きな胸からは想像もできないが15歳の天才少女、恋バナがなによりも楽しいお年頃なのだ。

 だが、そんなシンシアのときめきは簡単に打ち消されることとなる。


「村長の娘さんは俺たちの8つ年下だ」

「……………………は?」

「つまり、今だと10歳で、当時は7歳だ」

「恋に年齢なんて関係ないでしょう!!!!」

「ひえぇ……」


 ヘンリーのらしからぬ激高、だがライアンとシンシアはドン引きしていた。

 ヘンリーだけが興奮をしてガッツに詰め寄る。

 積年の恨みと言わんばかりだが、こればかりはガッツは勇者として相応しい行動をしたと言える。

 15歳、それはこの世界ではすでに成人をしたと見なされる年齢だからだ。


「そうです、あの時に貴方の口車に……彼女の幸せを思えば僕は離れるべきだなんて甘言に流されなければ、僕らは永遠の愛の元に幸せに暮らしていたはずなのに……!」

「ヘンリー、娘には近づくなよ」

「怖ぁ~…………」


 もうすっかり引いている二人。

 シンシアなどは露骨に『もう別にヘンリーがいなくても良くない?』などと目で物語っているほどだ。

 それでもガッツにとってはヘンリーは大切な仲間なのだ。


「ヘンリー、そんな君が王都にきて……聖女様に目をつけられたのはなんの因果だろうな」

「うわぁ、聖女様のお気に入りってそういう……」

「因果応報っていうんだっけ、こういうの」

「違う! 僕はあんな熟しきって爛れてしまった女性に興味などはない!」

「だが、聖女様はヘンリーに興味がある……それが事実だ」


 現・聖女、それは王都であまりにも有名な44歳の中年女性である。

 精霊に愛された聖女であり、国を守る結界術に秀でた英雄だ。

 だが、彼女はあまりにも男好きだった。


 聖女は『いけめん☆ぱらだいす』と自分で呼んでいる館に好みの男性を集め、そこで酒池肉林を貪っている。

 精霊の教えは『産めよ増やせよ、地に満ちよ』である。

 褒められたことではないが、聖女失格だと咎められるほどのことでもなかった。

 なぜならば、聖女は精霊に愛された土地である王都を守るというその役目を果たしているためだ。


「ヘンリー、お前が生き残るためにはドラゴンを退治するしかないんだ!」

「騙されません!」

「お前はこのままだと聖女様の男娼だぞ!」

「騙されませぇぇぇん!」

「ドラゴンを退治して英雄としての地位を手に入れれば村長よりも格上!

 アリスちゃんを王都に呼んで館でパヤパヤできるんだぞ!」

「…………!」

「うわっ、最低……」


 一瞬考え込むヘンリーに、シンシアが氷のような目を向ける。

 そもそもとしてシンシアも若い男でハーレムを作ろうとしているのだが、それはそれである。


「それだけじゃない、お前が望むなら……お前だけの学校が作れるんだ!」

「が、学校……!?」

「多くの子どもたちがその学校に通い、お前はその学校の校長先生として毎朝校門の前で挨拶をするんだ……!」

「あ、挨拶……!」

「すると、どうだ……どんなことが起こる?」


 ヘンリーは目をつぶる。

 すると、一つの光景が思い浮かぶ。

 ヘンリーは甘いマスクをにこやかに微笑ませて、子どもたちにおはようございます、と挨拶をする。

 すると、元気いっぱいの子どもたちはヘンリーに対して満面の笑みを向けて、こういうのだ。


「こ、子どもたちが……『おはよう、センセー!』と挨拶を返してくれる……!」

「そうだ!」

「ガッツ! 君はは勇者ではない、悪魔だ!!!!」


 稀代の神官が落ちた、その瞬間であった。

 一人の娘の親であるライアンはすでにヘンリーを敵を見る目でみていたし、甘いマスクが実に好みだったシンシアはもはやそういう対象として見ることができなくなっていた。


「だ、だが……それでも……」

「それでも、なんだ?」

「それでも……ドラゴンには勝てないという問題は変わりません……!」


 そう。

 そこが最大の問題だった。

 うっ、とライアンとシンシアも唸る。

 だが、ガッツだけは不敵に笑った。


「なんでそんなことがわかる?」

「そんなこと、誰だってわかりますよ……!」

「いいや、俺にはわからない……なぜなら、やってないからだ!」

「やらなくても、そんなこと……!」

「やらなければわからん!」


 ガッツははっきりと言い切った。

 それに対して、ヘンリーは口ごもる。

 しかし、それでも確かに尋ねた。


「そ、それならば……なぜドラゴンを倒せると言うのですか!

 やってないというのならば、勝てるかどうかということも一緒でしょう」

「そうだな……だが、やればわかる!!!!」

「っ!!!!」


 力強い言葉であった。

 ヘンリーは、あの頃のように、完全に呑まれてしまった。

 そんなヘンリーを畳み掛けるように、ガッツは大きな言葉ではっきりと言ったのだ。



「やらなければ、一生わからん!!!!!!」



 ガーンッ、と。

 雷が激突したような衝撃が三人の体に襲いかかる。

 それが決め手であった。

 ふらふらとした体を起こして、ガッツへと手を差し出す。


「ガッツ。貴方は、やはり悪魔のような……悪魔のような、勇者だ!」



 ────ガッツとヘンリーが固い握手を結んだこの瞬間、ここにチームが再結成されたのだ!!!



「俺たちの夢は多々あれど、目的は一つだ……!」

「ええ、そうですね……!」

「ああ、やるべきことは一つ……!」

「ここでいつもの、やっちゃいますか……!」


 すっと、四人の冒険者が手を重ねる。

 まず差し出された手は、他ならぬ勇者ガッツ。

 その上に神官ヘンリーの手が乗せられる。

 そして、戦士ライアンもそこに続く。

 最後に、魔法使いシンシアの手が一番上の乗った。

 ガッツが、すぅ、と大きく息を吸った。

 そして、その大きな体で大きな声を出したのだ。


「勇者パーティー、ファイアー!!!」

「「「ファイアー!!!」」」


 その言葉とともに手が大きく下がり、そのまま反動があるかのように天へと掲げられる。

 勇者パーティーの伝統的な声がけの姿であった。


「よぉし、目指すは一年後だ!」

「ええ、一年をかけてパーティーのレベルアップに努めましょう!」

「ふっ、血が騒いできたぜ……一年後が今から楽しみだ!」

「一年もあればこの天才美少女魔法使いシンシアも、大天才美女大魔道士シンシア様になることだって夢じゃないわ……! 一年もあれば、ね!」


 やいのやいのと盛り上がる勇者パーティー。

 ガッツだけではなく、ヘンリーにも、ライアンにも、シンシアにも、その目に不屈の闘志が宿っていた!


 ────逆境とは!


「あのぉ……終わりましたか?」

「うわぁ!?」

「私、王妃様のご命令で皆様のご連絡役を任されました、サポトと言います。どうぞ、よろしくお願いします」

「あっ、これはご丁寧にどうもどうも」


 そこで声をかけたのが、王妃付きの女官のサポトであった。

 丁寧にお辞儀をするサポトに対して、四人もまた丁寧にお辞儀をする。

 サポトは派手ではないが整った顔立ちをした、優秀そうな女性であった。


「それで、サポトさんいったいどんな御用で?」

「はい、それはですね」


 そこでサポトは、なんでもないことのようにガッツたちに告げるのだった。


「王妃様より、竜の討伐へは十日後に向かうように仰せつかっております」

「………………はい?」


 逆境とは!



 ────すべてが思う通りにいかない不運な境遇のことを言う!

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