第1話:逆境の勇者



 ────逆境とは!



「国家認定勇者、ガッツ殿の入場です!」

「精霊の加護を受けし勇者ガッツ、入ります!」


 声楽家としても知られている女官の高らかな声とともに、それを上回る巨大な声で一人の男が謁見の間へと入室していく。

 その男こそが、勇者ガッツ。

 湖の精霊より『不屈』の加護を受けた、この『キングダム王国』が国家として認定した正式なる勇者、ガッツである!


「……よく来たな、ガッツよ」


 ガッツは隆々とした筋肉と太い眉に切れ長の目、まさに勇者にふさわしい雄々しさに溢れた男であった。


「ッ……!」


 だが、そんな猛々しさを覚えさせる外見を持ちながら、ガッツはダラダラと背中に汗を流しながら、目の前の王の視線に耐えきれず目を伏せてしまった。

 王、ヘイボーン・キングダム・フーツ三世はふくよかな体を揺らしながら、精霊の加護を持ち、かつては勇者と認めた男に対してはっきりと言い切った。



「貴様が持つ勇者の肩書を剥奪するッ!!!!」

「なっ!!!!!?!?!??」



 逆境とは!



 ────思うようにはならない境遇や、不運な境遇のことを言う!





 ~第一話:逆境の勇者~




「そ、それは……決定なんですか!?」


 突然の国王の言葉に対して、『不屈』の加護を持つ勇者ガッツから漏れ出た言葉は、まさしく愚問であった。一国の王が、他の臣下もいる中ではっきりと言い切ったのだ。嘘や冗談で済ましてしまえば、その権威は簡単に凋落してしまう。

 よほどのことがなければ覆せる言葉であるわけがない。


「……我が国の同盟国である隣国、『エンパイア帝国』に新たに誕生した『栄光』の加護を得た勇者は知っているか?」

「ううっ!?」


 やはりそれか、とガッツは思わずうめいてしまう。新たなる勇者の誕生はガッツにとって苦々しい話題であるのだ。


「『栄光』の勇者は、勇者認定を受けてわずか一ヶ月で邪神の復活を目論む邪教団を見事に叩きのめし、さらには海賊行為を行って貿易活動や漁業を妨げていた鬼の集団を成敗したとする」

「ううっ!?」

「見事の一言だ……あの皇帝もワシにこれはもう憎たらしいぐらい自慢をしてきおった……!

 だが勇者の活躍と呼ぶにふさわしいとは思わないか、ガッツよ」

「お、俺も農業を邪魔するゴブリンを成敗した経歴が……」

「ゴブリンなど大の大人ならば追い払えるわ! 貴様は我が国民の半数近くを勇者にするつもりか!」

「ううっ!?」


 そう、ガッツは勇者としての活動が、その、地味であった。

 精霊の加護を得て一年、国王より国家公認のオフィシャル勇者の認定を受けて半年。

 その間に行ったガッツの勇者としての行為。

 それは、離れの村に現れた十匹からなるゴブリンの討伐。

 それは、薬草ダイエットブームで巻き起こった薬草不足解消のため薬草収集。

 それは、王弟であるイヌスーキ大公の飼う大型犬の狩りの手伝い。

 そんな感じであった!


「ガッツよ、お前が行ってきたことは勇者として相応しい活動と言えるか? 貴族はもちろん王室御用達の商人や果ては平民たちからも疑問の声が上がっておる。

 あんなものたちに貴重な国税を割いても良いものか、あんなものたちが勇者とかちょっと恥ずかしくて隣国に旅行に行きづらい……とな」

「な、ならば、せめて予算の減額だけでなんとか……」

「喝だぁーーーー!!!!」

「ううっ!?」


 勇者にふさわしい肉体を小さくさせてすがりつかんとするガッツを、ヘイボーン王は叱責をする。威厳を作るために生い茂った国王の白ヒゲが揺れると、ガッツはさらに体を小さくさせてしまった。


「実績は後々に付け加える事ができるかもしれん!

 だが、今の貴様のその情けない根性が、勇者に相応しいと思っているのか!

 私は精霊様の神名に傷をつけんためにも!

 我が国民の誇りのためにも!

 貴様のような筋肉だけの情けない男を勇者と名乗らせるわけにはいかん!」

「う、ううっ……………!」


 ガチめの説教であった。

 筋骨隆々の見るからに腕自慢の大の大人が、衆目の前で本気の説教を受けているのだ。勇者ガッツは今、社会的な地位だけではなく、『男』としての譲れない意地すらも失われようとしていたのだ。

 そうだ。


「ふ、ふふ………!」


 これが。


「ふふふふ……ふははははは!!!!」


 これが!


「わーはっはっはっはっはっはっ!!!!!」




 ────これが、逆境だ!!!




「……不敬ですよ、ガッツ」


 突如笑い出したガッツを前にして反応は様々だった。

 ついにイカれたかと醒めた目で見る者。

 可哀想にと同情するような目を向ける者。

 もっと無様な姿を見せてくれと楽しそうな目を輝かせる者。

 その中で、王の横に淑やかに座る王妃、タカネ・キングダム・ハンナ殿下が雨に濡れた野良犬を見るような目を向けながら、口から吹雪でも吹かしているのかと思うような冷たい言葉を浴びせる。


「恐れながら王妃様、度重なる無礼をお許しください!

 ……ヘイボーン・キングダム・フーツ三世陛下!!!」

「う、うむ」

「……っ」


 そんな王妃の冷たい言葉などどこ吹く風と言わんばかりに、ガッツは胸を張って陛下へと声を投げかける。


 胸を張って見せつけた、猛る筋肉は一つ目巨人サイクロプス

 不敵に笑って覗かせた、鋭い牙はドラゴン

 ヘイボーン王へと向けた、燃える瞳は原始の炎プロメテウス


 ガッツの体は、先程までのように縮こまった情けないものではない。

 まさに、勇者の威圧感があった!


「陛下! 我が王国は大陸が神話の時代であった頃から名を連ねる歴史深い名国……! だが、それにしては少しばかり宝物庫が寂しいと思いませんか……?」

「……黙りなさい、それは我が国に対する侮辱ですよ」

「い、いや、待て、王妃よ」


 苛立った王妃の言葉を遮り、続けろ、と国王は促す。その目には、わずかに期待の色があった。


「それも仕方ありません。我がキングダム王国は精霊に愛された平和の国、輝きを彩るための戦いとは遠い国。精霊の信仰と精霊からの愛こそがこの国の宝……!

 ですが……それでも、思いませんか?」


 すぅ、と息を吸って言葉を切る。

 そして、カッ、と目を見開いて言葉を口にする。



「例えば、我が国の宝剣が………………ッ」



 だが、それから先の言葉が出てこない。


「う、うう……!」


 これから広げようとしている風呂敷は、あまりにも大きすぎる。広げるだけ広げて、畳みきれるビジョンがガッツには見えないのだ。


「……衛兵、この愚か者を下がらせない」


 その姿に、王妃はフンと冷たい目を向ける。かつて多くの貴族子息がその目で蔑まれたいと思った支配者の目であった。

 事実、国王はちらりと横目で見て少し興奮をしていた。

 いや、違う。

 国王が興奮しているのは王妃のサディスティックな目が原因ではない。

 ガッツだ。ガッツの言葉に、興奮をしているのだ。


「『勇者』ガッツよ」

「!」

「例えば我が国の宝剣が……なんだ?」


 これまで意図的に『勇者』と呼ばなかったヘイボーン王が、ここでこの日、初めてガッツを勇者と呼んだ。

 その瞬間、ガッツの目に確かに見えた。大きな風呂敷が畳まれていく姿が見えたのだ。

 国王ヘイボーンの言葉に勇者ガッツの心は震え、覚悟を決めたのだ。



 ガッツは。



「陛下!」



 その大きな体を大きく震わせ!



「我が国の宝剣が─────!」



 大きな喉が見えるほどに大きく口を開いて!




「────竜殺しの聖剣だったら素晴らしいと思いませんか!!!!」




 大きな声で!

 大きなことを言ったのだ!



「お、おお…………!!!」


 ガッツの言葉に、国王ヘイボーンもまた震えた。

 竜殺し。

 辺境を支配していた邪竜を滅ぼして、精霊の加護を知らなかった人々に精霊の教えを広げた聖ジョージ然り。

 老境に入ってその勇猛さを失って配下から侮られていたが命を持って竜を討滅したベーオセルク王然り。

 古来より竜殺しを成し遂げた者は、千年の長きに渡ってその名を讃えられる。


「ほ、欲しい……! 竜殺しの聖剣、欲しいっ!」


 そして、その竜殺しが持っていた剣となればとんでもない希少価値を持つ。そんな貴重な剣が、自分の国の宝物庫に並んでいるのだ。

 外交の度に隣国のエラソー・エンパイア・ヤナーヤトゥ皇帝が自慢気に語ってくる、聖女の祝福を受けたとされる盾である帝国の国宝を自慢されるたびに覚えた悔しい思いが蘇り、それがさらに払拭されるかもと思うと、ヘイボーン王の胸は高鳴った。


「……馬鹿らしい」


 そのロマンを理解しない王妃は人知れずポツリとつぶやく。

 だが、これも悪くない。この勇者ガッツが竜殺しをしようとするのならば、それが待つ未来は二つだ。

 竜に殺されるか、尻尾巻いて逃げ出すか。

 この恥だけを与える『不屈』ではなく『微妙』の勇者はこの国から消えるのだ。


「それだけではありません……! 竜殺しの逸話は千年の後の世に受け継がれる伝説……!」


 だが、王妃の考えは甘かった。

 この『不屈』の勇者の不屈性を理解していなかった。

 すなわち、『不屈』とは屈しないこと。

 すなわち、『不屈』とは────ただでは転ばないこと!


「そう!

 勇者に竜殺しを命じ!

 国宝である宝剣を貸し与えた名君として!

 国王ヘイボーン・キングダム・フーツ三世の名が千年の後に謳われるのです!」

「なっ……!?」


 ────この勇者は、国宝を寄越せと揺すってきたのだ。


「ま、待ちなさい! 我らが宝剣を貸し与えるなんて、そんなこと────!」

「お、おおおおおおお!!!」


 そして、その言葉に対して冷静で居られたのは王妃だけであった。

 つまり、隣に座る国王は。


「いいよいいよ! 国王、ヘイボーン・キングダム・フーツ三世の名において命じる!

 勇者ガッツ、我が宝剣にて竜殺しをするのだ!

 その時まで、ガッツよ! 貴殿は我が国の勇者である!」

「へ、陛下……!」

「ははっ! 尊き王命、確かに拝命いたしました!」


 ────王が、臣下の前で口にした言葉を簡単に覆すことは出来ない。


 王妃は苦虫を噛み潰したような顔で、ペテン師のような勇者をにらみつけることしか出来なかった。


 ◆


 ────逆境とは!


「やるぞ……俺はやるぞぉ……!」


 その後。

 勇者ガッツは王宮から飛び出して、冒険者ギルド本部に隣接している、冒険者御用達の酒場へと向かっていた。

 冒険者ギルドとは突如発生して瘴気を放つダンジョンや、自然発生(ポップ)するモンスターの駆除などを受け持つ公的な組織である。

 モンスター専門の騎士団も存在するが、騎士は精鋭であるために数が少ない。

 そのため、ゴブリンのような低級のモンスターの駆除は半民間組織である冒険者ギルドが受け持つのである。

 勇者ガッツも、肩書自体は冒険者であるために冒険者パーティーを組んでいるのだ。


「俺達なら出来る……! 出来る……はずだ……!」


 ガッツはほとんど勢いで竜殺しを口にしてしまったが、まるっきり無策というわけではなかった。

 ガッツには頼りになる仲間がいるのだ。

 故郷を同じくする幼馴染の神官であり、将来的に大神官の地位すらも狙える精霊術の使い手である、甘いマスクで女性からの人気も高いヘンリー。

 熟練の冒険者であり、防衛的前衛(タンク)として敵からの攻撃を一手に引き受ける盾術の達人、渋いを通り越してジジ臭さあるライアン。

 大魔術師の血を引く、未だにその深淵を見通すことが出来ない魔術の究明に命を燃やす、悪役令嬢と称されるほどに冷たい美貌の美少女シンシア。

 そして、精霊の加護である『不屈』を授かって剣の腕前には自信がある自分、勇者ガッツ。


「うおおおお! やってやるぅぅぅぅぅ!!」



 ────俺たち四人ならばどんな強敵をも跳ね除けることが出来ると、ガッツは信じているのだ。



「勇者ガッツ。

 今日今この時この瞬間この言葉が言い終えたその時に、貴方をわたしたちのパーティーから追放をします」

「ほえっっっ!?!!??」


 逆境とは!



 ────思うようにはならない境遇や、不運な境遇のことを言う!


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