第6話
「今日は長々と話をしてしまい、すみません。いい時間をありがとうございました」
橙に空が染まったころ。星帝と雪帝は私を見送ろうと、門の前に立った。予定より長居してしまったことで、鴉まで鳴いている。
「こちらこそありがとうございます。またお話しましょう。我々や貴女様の務めも重々理解はしておりますが、人との出会いや語らいは、幸福と学びをもたらすものですから」
星帝はうっとりとした顔で微笑む。頬はわずかに赤く、照れたように眼鏡の金具に触れた。
「ぜひ」
私は口角を上げ、二人と目を合わせてから馬車に乗り込んだ。扉が閉じて馬が走り出し、月宮から遠ざかるのを待ってから、ため息を吐いた。
星帝に出された茶は、催淫作用のある薬草が混ざっていた。裏路地で取引されるようなものだ。貧しいものが作り売るようなものだから、同じ貴族相手ならわからないと思ったのだろう。
それを裏付けるように、人に勧めるわりに両者とも一口も飲まなかった。
そして香も人を錯乱させる毒草が含まれていた。二つとも、よく山で狩りをする時、「絶対食べるな」「触るな」「近づくな」と近所の人たちが何度も教えてくれたものだ。あの時は近づくわけないしと思っていたけど、まさか近づけられるとは。
星帝も雪帝もまともではあるが、それ故に謀りを行おうとしたというわけだ。意思疎通はできるぶん、敵でしかないことが惜しい。
私は冷ややかな気持ちで、散りゆく花を車窓から眺めたのだった。
◇◇◇
「これはこれは、シオン様。」
晴宮へ戻った私を出迎えたのは、皇帝付きの男官だった。瞳の色すらうかがえない眼指しで、人を食ったように笑うこの男は、私を後宮へ連れてきた男でもある。
奴は私に城へ来いと言った時と全く変わらぬふざけた声色で、「皇妃様から伝令をお持ちしましたよ」と笑った。女官は去っていき、部屋に二人きりにさせられる。
「わざわざどうも」
「ふふ。その装束大変お似合いですよ。まるで本物の皇女のようです」
変わらずその笑みはこちらを嘲るもので、苛立つ。もしこの後宮を何事もなく出ることが叶ったら、一思いに蹴り飛ばしてしまいたい。
「それで、一体どんなご用件でしょうか」
「明日、後宮のうち誰か一人と床入れしなければ、暗州の書き物小屋を焼くとのことです」
その言葉に、背筋が凍った。書き物小屋は、身寄りのなかった私を引き取ってくれた場所だ。ここへ攫われるまで、育った場所だ。老夫婦はもう亡くなってしまったが、ある程度大きくなった者たちで、幼き子を守って暮らしている。
「そこには、子がいる。まだ、十にも満たぬ、子らがいる……そこを焼くと?」
「皇帝の伝令にはそう書いております。では」
男官は私に文書を渡すと、夕闇に潜むように去っていった。
明日の晩まで。
つまり明日の夜までに私はだれかと床に入らなければいけない。いや、そんな簡単な話ではない。協力を求められる男を見つけなければならないのだ。
まともな星帝と雪帝は間違いなく皇帝の意思に沿う。「さっさと済ませようぜ」「さぁ抱け」は論外だ。頼みの綱は岩に隠れた森帝だが、明日一日でひょっこりと顔を出すとも思えない。
なんとかしなければ、物書き小屋が燃やされる。
子供が出来ない可能性にかけるなんてできない。
今から五帝の誰へ協力を求めればいいのか。外へと目を向ける。風にのせられた花がはらはらと舞い、夕日をかすめている。この状況でさえなければ夢のように美しい光景だけれど、眺めている暇はない。
なのに大切なことを見落としている気がして、その答えが花に隠されている気がして、私はじっと白い花が雪のように散るさまを眺める。そして、一瞬の太刀筋を垣間見るかのごとく、ほろりと花がその首を落とすさまを見て、はっとした。
そうだ。五人だけではないのだ。帝たちは。
まだ、一人いる。
私は部屋の周囲に女官の影がないのを確認してから、窓伝いに晴宮を後にしたのだった。
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